軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

111話「対ティアント領騎士団_03」

魔術師が魔力を編み上げて魔術を放つように、強力な剣士は身体と武器に魔力を乗せて、いうなれば『魔撃』を放つ。

多少ならばヴォルトも可能ではあるが、ジャック・フリゲートのそれは、比較するのが莫迦らしくなるほどの巨大さと強烈さだった。

夜空に瞬く流星が尾を曳くように。

ジャックの『剣撃』もまた光の尾を曳きながら、獣人たちの中心へと流れ落ち、その衝撃が地面を刳り、土埃を巻き上げ、ヴォルトたちが立っている場所にまで余波が届くほどだった。

これは――冗談のようだ。

こんなものを隊伍にぶち込まれたなら、為す術がない。

が、

「――ちぃっ! 弾かれたぞ、ヴォルトの兄ちゃん!」

信じ難い科白を、ジャックがこぼした。

光の『剣撃』が直撃した場所には濛々たる土煙が舞っており、状況の確認などできはしない。しかし手触りのようなものでも感じたのか、ジャックの言葉には曖昧さがまるでなく、単に事実を告げたという端的さがあった。

「あの猪みてーなデカいやつが、槍で俺の『剣撃』をぶん殴った。魔力衝撃は連中の真ん中じゃなく、連中の前の地面に当たった。衝撃の余波は喰らっただろうけど、とてもじゃねーが倒せてねぇ……っつーか、逃げ出してる」

まだ土煙が晴れていない。

獣人たちが逃走を始めたと言われても、それが罠でないことを確認できず、ヴォルトは突撃の指示が出せなかった。あと二呼吸分の時間は、必要だ。

「私が追撃する」

言って、許可など待たずにマリエルがいつの間にか構えていた弓を引き、魔力を纏った矢を放つ。

手持ちの長弓だというのに、城に備えられた弩砲もさながら。ジャックとはまたちがう青紫色の光を曳き、舞い上がる土煙を斬り裂いて――、

―― ガ(・) ァ(・) ン(・) !

という、物凄い金属音が響いた。

おそらくは 鏃(やじり) と敵の武器が克ち合った音だ。

「こちらも弾かれた。あのデカブツ、獣の分際で武器を振り回すのに慣れているな。それに狙撃を警戒しながらも、逃走を選んでいる」

気付きを口にするマリエル。

ジャックもそうだが、ヴォルトへの報告という意味合いだった。突出した戦力の二人ではあるが、結局のところ数を動かせるのは部隊長のヴォルトしかいない。この場合の判断は、いずれにせよ突撃だ。

今、この瞬間、罠はない。

であれば戦略的撤退であろうが単なる逃走であろうが、追わないという選択肢が潰されている。深追いになるか否かという判断は求められるが、放っておいたところで潜伏されて夜襲でもされる方が厄介だ。

「追うぞ! 全軍、前進しろ!」

再び剣の切っ先を天へ向け、前方へ振り下ろす。

鬨の声を上げて騎士団員が走り出す。ヴォルトも先陣を切って駆けてはいるが、どうしたって全軍が歩兵であるというのが拙い。

獣の疾駆と騎士団の前進、どちらが速いかなど言を俟たないだろう。

ただ、それでも敵の背は見えている。

向こうもこちらと同様、まとまって動くためには最も足の遅い者に歩調を合わせる必要があるから――あるいは振り切ってしまわないように加減しているか。

なだらかな丘を駆け上がり、森の出口から見えていた稜線を越えたところで、ヴォルトは『撤退』の判断を下すべきか、かなり深刻に考えた。

何故なら、砦があったから。

◇◇◇

思考の停止はどれだけの時間だったか。

視界の向こうに紛れもなくそびえ立つ人工物――砦が見えた瞬間、ヴォルトの脳裏に刻まれていた『想定』というものが音を立てて崩れ落ち、その崩れて散らばった破片たちを心の何処かで他人事のように眺めていた気はする。

我に返ったのは、単に仕事のことを思い出したからだ。

任務……というより、やはり仕事だ。任務というなら獣人の領域にティアント領軍の陣地を築くという任務はおそらく果たせそうにない。

見えている砦は、かなり立派なものだ。どのような手段で建築したのかは推察すらできないが、獣人たちは実に堅牢そうな外壁を建てており、その大きさは、とてもではないが小さいと断じられない。

ごく普通に考えて、二百六十程度の戦力では落とせそうもない。

だが――普通に考えなければ、あるいはできなくもないか?

どちらにしても、仕事としてすべき事柄は、明確だった。

「斥候と伝令! 小隊ひとつを護衛に何人かで森の陣所まで引き返せ! 団長と殿下にこのことを報告しろ!」

意識せずに大声が出た。ヴォルトの怒声によって、同じように忘我していた部下たちがはっと我に返ったのが判った。

なにしろ、こんな光景は想像の埒外である。

野蛮な獣人たちが砦を持っているなど……ましてこれは、我々を迎え撃つための砦ではないか。位置的に考えればそうなる。

「りょ――了解しました!」

最も近くにいた小隊長が声を張り、すぐに動き出した。もしかすると他の誰かがそうしたかったのかも知れないが、先に動いたやつにその権利がある。

とにかく、これで『想定外』は伝わるはずだ。

小隊を護衛につけたのは伏兵を警戒してのことではあるが、おそらく問題ないだろう。砦の規模から考えれば、最悪こちらの倍以上の戦力がある。

「で、どうするよ。ヴォルトの兄ちゃん」

焦りも緊張も見せず、それどころか笑みさえ浮かべたジャックが言う。

「こちらは稜線に立っている。砦の位置は、次の丘のちょうど頂にある。逃げた獣人共はとっくに砦の中だろう」

状況を整理するため、ヴォルトはわざわざ口に出した。

「つまりここから下って、上って、ようやく砦に辿り着ける。丘の傾斜は緩やかではあるが、確かに傾斜がある。だから森の出口からあの砦は見えなかった」

「まっ、普通に考えれば、射掛けられるよな」

上を取るとはそういうことだ。本当になだらかな丘ではあるが、それでも無視できるほどに平らではない。

馬が欲しい。切実に馬が欲しい、とヴォルトは思う。

ここで必要なのは速度だ。獣人たちが弓を使うなど聞いたこともないが、そもそもヴォルトは獣人のことなどなにも知らないのだ。

唯一知っているとすれば、女アールヴのマリエル・サン・フォーサイスが、獣人たちに暴行されて重傷を負った、ということ。至近距離から殴られ、蹴られ、最後には剣でざっくりと斬られたという。蛮人共の蛮行だ。

「可能であれば全軍を退却させたいところだがな」

ふっ、と我知らず笑みが洩れる。

実際問題、ヴォルトの部隊はまだなにもしていないのだ。なんの損害も被っておらず、なんの戦果も上げていない。もちろん任務も達成していない。

だから退けない。

莫迦らしいが、単純な話だ。

「我々はこの位置で阿呆のように留まっているが、今のところ敵の攻撃はない。仮に、この距離で有効な攻撃手段があるなら、敵にとっては絶好の好機のはずだ」

「手札を隠してるって線もあるぜ?」

「だとすれば間抜けだ。嬉しい誤算だな。停止している阿呆を殲滅できるのにしないのだから、今後も判断を誤ってくれるだろう」

「なるほどな。で、どーすんの?」

問いを浮かべるジャックには向き合わず、ヴォルトは背後に控えている部隊の面々に振り返った。

「これから突撃するぞ。莫迦らしい話だが、我々は騎士であり、騎士団だ。命令を受けている。我々に許されているのは撤退ではなく、勝率を上げることだ」

思ってもいないようなことを、口から垂れ流す。

いつの間にかそういうことができるようになってしまった自分に、ヴォルトは虚しさと、他になにかもうひとつくらいの感慨を覚えた。

状況が切羽詰まっているので、それがなにかは判らなかったが。

◇◇◇

騎士団員にとって最も重要な訓練は、走ることだ。

全軍突撃――ヴォルトの下した命令と共に、ほとんどの騎士たちが稜線から丘を下り、砦を目がけてまっしぐらに駆け出した。

鎧を身にまとい、武器を手に、腰には必要分の道具袋を括り付け――脚甲などという装備は走行には全く向かない代物だというのに、それでもティアント領騎士団員であれば、七割ほどの走力でかなりの時間を走り続けられる。

と。

背後から青紫の光矢が、先程よりも太い線を描きながら、砦の外壁へ吸い込まれ――派手な音を立て、弾かれた。

「マジか!? ただの壁じゃねぇぞ、あれ!」

稜線に留まっていたマリエルの射撃は、先のものよりどう考えても強力だった。例えば馬を繋いでおくための簡易的な厩舎であれば、衝撃波だけで屋根も壁も吹き飛んでいただろう。

それが直撃して、単に弾かれた。

「構うな! 閉じている門を開けばいい!」

我ながら無茶苦茶だ、と思いながらも叫んでおく。

ほぼ時差なく、突撃中の隊員の中、魔砲兵と呼ばれる兵種の者たちが、走りながら魔術を中空へ放った。

ごく単純な、火線の魔術だ。当たれば小さな爆発と高熱に襲われるという。

そんな魔術が、十七発。

小隊ひとつは状況を知らせるために森へ引き返させているので、残った小隊全ての魔砲兵が火線の魔術を放ったわけだ。

当然、届きはしない。

そんなに便利な魔術が誰にでも使えるのであれば、弓兵などという兵種がこの世から消え失せている。だから無意味な魔術を中空へ撃ち放ったに過ぎない。

そして――そんなことを、敵は知りようがない。

はずだ。

ほんのわずかにでも戸惑いを与えられれば、その分だけ自分たちは進める。もう丘は下りた。とっくに上り始めている。傾斜は緩い。砦の外壁が、嫌に高く見えてしまう。随分と立派な門だ。ケモノの分際で、一体どのようにしてこんな砦を建てたのか――と、そこまで考えたときだ。

ば(・) つ(・) ん(・) っ(・) 、

という嫌な音がした。

疾駆するヴォルトのすぐ後ろで、部下が射抜かれた音だ。

やや細めの槍みたいな矢が、部下の身体を地面に縫いつけている。あまりの威力に鎧ごと貫通し、鏃が地面に突き刺さっているのだ。

「バリスタじゃねぇか! マジかよ!?」

隣を走っているジャックが、この場の状況にはあまりそぐわない、単純な驚きの声を上げた。バリスタというのは……おそらく弩砲のことか。

それは砦があって立派な外壁があれば、その上には射撃武器が用意されているだろう。なんで獣人たちが人族の戦争みたいな真似をするのかは理解できないが。

射撃。

を、剣で弾く。いや、弾ききれない。魔力を十分に乗せたはずのヴォルトの剣が、それでも矢の太さと速度に負けて、体ごと吹っ飛ばされる。

剣を手放さなかったのは、ほとんど偶然だ。

「冗っ談じゃねぇぜ――オラァ!」

矢に弾き飛ばされたせいで前進が止まり、そのせいでジャックがヴォルトよりもかなり先行してしまった。

拙い――『癒やしの聖女』の護衛を、失うわけには行かない。

半ば自動的に仕事用の思考がヴォルトの脳裏を踊るが、なにを考えたところで、吹っ飛んだ自身の身体が地面に叩きつけられるだけで、意味はなかった。

次の瞬間、ジャックが放った巨大な『剣撃』が、砦の門へ叩き込まれる。

マリエルの弓よりもさらに強力な攻撃。

そんなことは誰にだって判る。子供が騎士団員を見て、その鍛え抜かれた腕を見て、殴られたら死ぬだろうなぁとぼんやり理解できるように、少年剣士の大剣から放たれた一閃は、あまりにも鮮烈だった。

なのに。

ぶち破られるはずの門が、閉まったまま。

天を見上げ、次の射撃が降り注ぐのを眺めながら、ヴォルトは思った。

なんだ、これは。

これが獣人たちの戦だとでもいうのか。

牙と爪を持つ、野蛮なケモノの戦いだとでも――。

俺たちは一体、なにと戦っているのだ?