軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110話「対ティアント領騎士団_02」

今回の遠征における騎士団員の数は二百六十。

それに『癒やしの聖女』の護衛である金髪の少年剣士ジャック・フリゲート、事の発端であるアールヴの女マリエル・サン・フォーサイスの二人を加え、副団長であるヴォルト・クラウスを頭にして二百六十三。

これが多いのか少ないのかは、獣人たちのことを知らないヴォルトには判断すらできないが、例えばティアント領とその南にあるスペイド領が武力衝突した場合を考えるなら、局地戦に使う戦力としては、妥当ではないか。

人数が五百を超えてくると集めるにも動かすにも時間が掛かりすぎる。前夜に部隊の編成をしてから翌朝に出発、などという芸当は、訓練の行き届いた騎士団であっても数が多すぎれば不可能だ。

現在の人数でも、小回りを利かせるにはぎりぎりの大所帯である。

部隊は十二人で一組の小隊を三つ合わせた中隊が六つ……これで二百十六人の計算になり、残った四十四人で斥候と遊撃と伝令を担当させる。残りの三はジャックとマリエルとヴォルト。

陣所に設定した地点からは森林の伐採を行っていないので、小隊単位で適切に距離を開けながら森林を東へ進む。騎士団のくせに馬はなく、さすがに人数が人数なので隠密でもなんでもない。

「なあなあ、アールヴってのはあれなのか。やっぱり見た目が若い長老みてーなやつが偉そうな顔してたりすんのか?」

と、ジャック・フリゲートがなんとなくというふうに軽口を叩く。背負った大剣や腰に帯びている予備の剣、軽装の防具や身に着けている道具袋の重さなど気にもしていないようで、やはり相当な実力者なのだろうと伺えた。

「そんなものは、どのような社会においても似たようなものだろう。集団があれば頭が必要で、そいつには責任が伴う」

声を掛けられたマリエルの方も、腰には細剣、背中には弓と矢筒を装備しているが、行軍への疲労などわずかも見せない。

「そんなもんかねぇ。偉そうなやつは、偉いってことか?」

「偉いやつが偉いということだ。偉そうなやつは偉そうであるに過ぎん。そも、自分たちの集団の頭が、腰を低く他者へ媚びへつらっていれば、自分たちの価値を貶めているようなものではないか」

「なぁ、あんたはどう思う?」

本当に世間話のつもりなのだろう、なんの他意もなさそうにジャックはヴォルトへ話を振った。

どうせまだ森を出るまでは時間が掛かる。周辺への警戒は斥候へ任せているので、必要以上に過敏になるのも無駄だと適当に乗っておくことにする。

「多くの者は責任など負いたくはないだろう。それを負わせている以上、下々の者とは区別されて然るべきだ。敬うことも畏まることも、必要ではないか」

それは幼馴染だったスラック・ティアントとの間にある、明確な線引きだった。ずっとずっと幼い頃に、ヴォルトの父が教えてくれたことだ。

領主には領主の役割がある。騎士には騎士の。そして友人には友人の。

「まあ、言われてみりゃ、そうだよな。世襲制で権力者になっちまうってんだから、否応なしか。敬意を払うには十分だよな」

権力に対する畏怖など欠片もみせなかったジャックだが、まるで話が通じないというわけでもないようだ。

「フリゲート殿は、所属というものがないのか?」

「まあ、今はエックハルトに雇われてるけどな。いや、どっちかっつーと力を貸してやってるって感じか。ミゼッタ姉ちゃんには恩義を感じてるし、ヴィクターは面白いやつだと思ってるぜ。ノヴァは頼りになるしさ」

だけど――と、少年らしくない皮肉げな笑みを見せ、ジャックは続ける。

「俺を従わせられるのは、俺だけだ」

阿(おもね) らない、ということだ。

誰にも、何にも、何処にも、己自身を委ねない。

責任の所在を自分自身から動かさない――そういう生き方を、自分よりもずっと年若い少年剣士が、ごく当然のように口にする。

「難儀な生き方だな」

と、そう思ったのでそう言った。

ジャックはやや驚いたように眉を上げ、へらりと人懐っこい笑みを見せる。

「そうかな。でも、あんたらの全員が今回の作戦に納得してるようには見えないぜ。そりゃそうだよな、自分とは別に関係ないアールヴの女がボコされたからって理由で、縁もゆかりもない他人の庭を侵略しようって、乗り気になるような話じゃねーもん。それでもやるってんだから、そっちの方が大変そうだ」

「それはブリッツ殿下と領主殿の決定だ。私のことはきっかけに過ぎない」

むっとしたふうにマリエルが反駁する。

が、ジャックの心はわずかたりとも動かなかったようだ。

「俺に言わせりゃ、エルフの姉ちゃん、あんたの復讐はあんたが個人的にやりゃあいい。できねーなら誰かの助けを借りればいい。だけど今の状況は、あんたが利用されてるってふうに、俺には見えるけどな」

「それで構わん」

「それで満足できるならいいけどさ」

所詮は他人事なのだろう、ジャックはどうでもよさそうに話を切った。

確かに――とヴォルトはここにきて、今更ながらに思い至る。

自分は騎士だ。ティアント領主に剣を捧げた騎士だ。スラック・ティアントに剣を捧げている。だからこんな仕事だろうが、仕事である以上は、やらねばならない。そのことに異論はない。疑問はあっても、やれというならやる。

そういうものだ。

しかし――アールヴの女はどうだ?

個人的な報復にかこつけて、ブリッツ殿下がスラックを唆し、ティアント領騎士団が動くことになった。任務が成功すれば、これはティアント領の利になるはずだ。有り体にいえばティアント領が得をする。

そのついでに報復をすることで、この女は満足なのか……?

浅黒い肌の、耳の長い、森の民。

見るからに誇り高い性質の持ち主に見える。ジャックとはまた違った意味で、ヴォルトのような騎士とは違う規範を持っているように見える。

それで構わないと言ったからには、今回の こ(・) れ(・) は彼女の規範から外れていないのだろうが……では、彼女の規範とはなんなのか。

まるで判らなかった。

が、だからといって仕事とは関係なかった。

◇◇◇

森を抜けた。

眼前に広がるのは、まだ夕暮れを迎える前の青い空と、見渡す限りの平原だ。なだらかな丘になっているのか、遠くに見えるのは地平線ではなく稜線だ。

そして最も近い稜線の手前に、獣人たちの野営が見えた。

「第二中隊から第六中隊は隊伍を整えろ。第一中隊は小隊をひとつ俺に任せて、残りは後方に続け。獣人共と接触するぞ」

ざっくりと指示を出せば、特に動揺もなく部隊行動に移る。

この展開は想定内だ。

おそらくは、ここから先も。

ヴォルトを先頭に、小隊ひとつを従えて獣人の領域へ歩き出す。ジャックとマリエルも無言で歩を進めた。

野営していた獣人たちが、こちらの動きに合わせて動き出す。あちらの数は……せいぜいが十五といったところか。

お互い、急に走り出すわけでもなく、ゆっくりと近づいていく。

こちらはなだらかな丘を上り、あちらは下る。

そうして示し合わせたかのように、どちらも歩を止める。

大きな声を出せば会話が可能な距離だ。

獣人たちは――これまで人族の中でしか生きていなかったヴォルトからすれば、異様な集団に見えた。頭から獣の耳が生えただけの人間に見える者もいれば、ケモノが二足歩行しているような者もいる。あるいはちょっとした物置小屋みたいな身長の、縮尺感覚がおかしくなりそうな者もいた。

……なにか、おかしい。

事前の想定と違う。

そうは思ったが違和感の正体が掴めず、おまけにもう帰還不能点を越えていた。ここからは、予定通りに振る舞う以外にない。

「獣人たちとお見受けする! こちらはロイス王国ティアント領の騎士団である! 先日、こちらの重要人物が獣人の暴行を受け、貴重品を奪われた! 建国以来の不可侵を破られたからには、こちらも武力をもって応じる次第である!」

大声で捲し立てた口上は、はっきり言って無意味なものだ。

何故なら結局のところなにも言っていないに等しい。だからなにをしろとか、さもなくばこうするとか、そういう明言をしていないのだ。

である以上、獣人側は落とし所というものを用意できない。

「ウチの名はラプス・クルーガ! 獣王プラド・クルーガの妹だ! 貴様ら人族が森を切り拓いていたことは知っている! そういう理由があってのこととは知らなかったが、だったら話し合いの場を設けてやってもいいぞ!」

獣人たちの中、一歩前に出て偉そうに胸を張った少女が大声で返す。

獣王の妹だとか言われたところで、ヴォルトを含む全員が獣王など見たこともないので真偽の確認ができない。

「こちらの要求は、この地に我々の拠点を置くことだ。貴様らに奪わせたまま黙っているわけにはいかない! 獣人をこの森に近づけないための拠点だ! ここをティアント領の土地とするために、我々はここに来た!」

「はっはっはっ! 莫迦かおまえらは! おまえらの中のどんな間抜けが誰にボコされたかなどウチが知るか! 逆におまえらはウチらの中の誰かを拉致して奴隷にしていると聞いたぞ。逆側の森の出口を、ウチらの土地にしたっていい。おまえらはそれを許すのか!?」

当然、答えは否だ。

相手方が拒否するのも想定内。

「聞きしに勝る野蛮さだな! ならば貴様ら獣人にも通じる言語で語ろう……ぶち殺されたくなければ、とっとと消えろケモノ共! 全軍、抜剣――!!」

言って、ヴォルトは腰の剣を抜き払い、後方の全部隊に見えるよう、切っ先を天へと掲げて見せる。

ほとんど間をおかず、ジャック・フリゲートが背中の大剣を肩に担いで一歩踏み出し、呆れたふうに――、

「――ったく、どっちがケダモノだか判んねーよな」

などと呟き、膨大な魔力が剣に込められ、魔力の『剣撃』が撃ち込まれた。対魔族戦の英雄、その名に恥じない強烈すぎる一撃。

まるで魔術師の攻城魔法。

大声を出してようやく届くかという距離の獣人たちに、まるで流星が落ちたような魔力衝撃。

それが開戦の狼煙になった。