軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

107話「獅子姫と_02」

――ウチはおまえたちのことを見て、知って、あれこれ考えるために来た!

などと宣うものだから、てっきり獅子姫一人で来たのかと思いきや、彼女には仲間というか、家来というか、パーティメンバーがいた。

いや、だったらおまえは『ウチら』って言えよ。

と思ったが、人の話を聞きそうにないので言わなかった。

「紹介するぞ。ウチの護衛のネルヴァ。山猫獣人だ。こいつはトピ獣人の集落で用心棒みたいなことをしていたが、ウチが召し上げてやった。あと、こないだ初めて知ったが、あの女豹の護衛の妹だそうだ」

広場でちゃっかり食事をしていた『獅子姫御一行』の面々を、自ら上機嫌に紹介してくれるラプス・クルーガ。

女豹の護衛というのは……レクス・アスカの傍についていた山猫獣人、ニーヴァのことだろう。ネルヴァもまた彼女と同じく腰に山刀を下げていた。

ネルヴァはラプスの紹介を受けて小さく会釈をするのみで、口は食事に使われたままだった。無口なのか食いしん坊なのか。

「で、こっちはマートラにカートラにシュトラだ。シムリカという名のモール族だ。 土竜(もぐら) 獣人だけど、むしろ精霊に近いそうだぞ。詳しくはウチは知らないが」

はっはっはっ、と大口を開けて笑うラプスである。

紹介された三名は、黒に近い灰色のフード付きのローブをすっぽり被っていて、コボルトたちよりはちょっと等身が高いかな、というくらいしか判別できない。フードの影に隠れている顔は、獣度合いが高そうだ。

モール族もまた口は開かず、ネルヴァよりやや丁寧な会釈を済ませるのみだったが、こちらに興味はあるようで、食事の手を止めて私へ視線を注いでいた。

精霊に近い、という意味はよく判らないが、ひとまず置いておく。

私の心の棚はそれなりに頑丈なのだ。

「そんで、このでかい巻角がロッパ・ガラッハ。ヌーの獣人だな。父様が滅ぼしかけた集落の生き残りが南下して、ちっこい集落をつくってたのだが、そこにウチが訪れたわけだ。集落の中でもっともジジイだったロッパが、なんかウチについてくることになった。物知りで、ちょっと口喧しいが、良いジジイだ」

「ロッパと申しますじゃ」

と、ヌーの獣人らしい巨躯の老人が最も丁寧に頭を下げた。

なんというか中世の悪魔の絵みたいな、山羊頭の異形とでもいうような……頭と肩がでかくて、腹のあたりから足首までが細い。

……ヌーがどのような動物だったかは、私にはちょっと思い出せないが、これもまあいいとする。どんななにであろうが、別に構わない。

「これがウチと、ウチの家来だ! なんとも弱そうだろう!」

笑って言って胸を張るラプス。

恥ずべきことなどひとつもない――態度がそう語っている。

「別におまえやおまえたちが強そうでも弱そうでも、私にとってはどうでもいいことだぞ。今はどちらにせよ、迷惑な客人だ」

「今は?」

「見て知ってあれこれ考えると言ったろ。せっかくだから付き合ってやろう。見るだけじゃなく、話して、聞いて、関わってから態度を決めればいい」

私は私で腕組みしながら胸を張り、にんまりと笑って見せる。

ラプスはそんな私に――ランドールが見せたような、ひどく楽しげな笑みを浮かべた。そこにあるものが、私には理解できる。

期待、だ。

クラリス・グローリアに対するものじゃない、自分自身の未来に対する、楽しいことが起こるんじゃないかという、己の未来への期待だ。

「世話になるぞ、クラリス・グローリア」

「ああ。少しの間だけ世話してやる。その後のことは、その後に決めよう」

言葉の意味は、たぶん伝わった。

ラプス・クルーガがこちらを見定めて決めるというなら、それはこちらも同様だ。この獅子姫が尊敬すべき隣人になり得るのなら、両手を広げて歓迎しよう。是非とも隣で生きていてほしい。

しかしそうでないのなら――そういうことだ。

◇◇◇

「それにしても、お嬢。なんだって都に戻ったんだ?」

日中の労働を終えたゾンダ・パウガ――途中で一度ラプスの面通しをして彼女が獣王の娘だと証言してから仕事に戻ったそうだ――が食事の器を手に、私たちが雑に集まっている輪の中に入って来た。

「そもそもラプス。おまえはどうして獣王の都にいなかった?」

都にいたランドールの子は、側近のようになっていたガーランドと、父殺しを計画し実行したプラドの二人だ。他にもランドールの子はいると聞いたが、ランドールに殺されたり、ランドールが嫌になって何処ぞへ消えたりしたとか。

「この汁、美味いな。なんで煮ただけの食い物が美味いのだ? ウチは焼いて食うばっかりだったから、調理というやつはよく知らん……ああ、それは父様と喧嘩してぶっ殺されそうになったからだ」

逃げたんだ、とラプスは当たり前みたいに言ってトーラス族の女たちが調理した肉と野菜のスープをずるずると啜り、続けた。

「うん、美味い。喧嘩の内容は、くだらんぞ。なんかどうでもいいようなことを父様に言ったと思う。ああしないのか、こうした方がいい、これをやったらどうだ、そんな感じだな。中身は忘れた。父様は気に入らなかったようだな。ウチはウチが正しいと思っていたから、衝突した」

この場合は意見の衝突ではなく、物理的な衝突だろう。

従わせたいなら、暴力。

獣王ランドールが最も重んじ、活用した規律だ。

殺さなかったのは実の娘に甘かったからか、ラプスの生存能力が高かったからか……ランドールが死んだ今となっては、確認のしようもないが。

「父様なりに手加減はしていたんだろうな。でもウチの力じゃ父様の気を変えることはできなかった。だから逃げて、都を飛び出して、ウチ自身を変えることにした。このままだと父様には勝てないと思ったからな」

こんっ、と小気味いい音を立ててスープの器をテーブルに置き、ラプスは私の隣に座っている妖狐セレナへ視線を向け、懐かしそうに目を細めた。

「狐だな。覚えているぞ。いや、おまえのことは覚えてない。だが、ウチがもっと子供だった頃に、狐の連中が追い出されたのを覚えている。そのとき、めっちゃ悔しそうにしてるやつがいたんだよな。他のやつらは悲しそうだったり、諦めたような感じだったり、不満そうだったり不安そうだったりした」

「悔しそうにしているやつ――じゃと?」

ぴくりと眉を上げるセレナに、ラプスは他意なさそうに頷く。

「尻尾が九本ある狐の男だ。死んだほうがマシってくらい悔しそうで、けど父様の言うことに従って都を出ることにしたみたいだった。ウチは不思議だった。本当に死ぬほど悔しいなら、命と引き換えにしてでも父様に歯向かえばよかったじゃないか」

死ぬより嫌なら、死ねばいい。

ロジックとしては筋が通っている。

である以上、ナニラインだか知らないが、そいつは『死ぬより嫌ではなかった』ということになる。死んだ方がマシなほど悔しそうなだけの嘘つき野郎だ――と、そのときのラプスは思ったのだそうだ。

「『自分はまだ死んでいない』と、そいつは言ったぞ。『獣王ランドールは自分を殺していない』『だから殺せるようになったら殺しにくる』とな。『ただ正面から当たっても殺されるだけ』『そんなのは、それこそ逃亡だ』とそいつは言った」

仮にラプスが現在十八歳だとすれば、当時十歳にも満たない女の子に、そのゴールラインだかパイプラインだかは己の呪詛を垂れ流したわけだ。

「ウチはちょっと驚いた。だって、ぶち当たって負けたらそいつが弱かったってことだ。弱い者は、強い者に従うものだ。でもあいつは弱いのに従わず、いずれ父様を殺すと言い切った。でも、父様より弱いのは変わりないじゃないか」

どうやって殺す?

どうやったら殺せる?

「―― 変(・) 化(・) 、か」

セレナがぽつりとこぼす。

狐らしいヘンゲ、ではなく。

誰にでも何処にでも訪れる、ヘンカ。

「今じゃ駄目なら、今と違うふうになればいい。今は勝てないなら、勝てるように変わればいい。そういうことだな。そのときのウチにはあまり判ってなかったけど、父様から逃げたのは、そのことを覚えていたからだ」

でなきゃ、最後まで遣り合って殺されていた。

ラプスはそう締め括り、何処か遠くを眺めるようにしてから、にぱっと快活な笑みを浮かべ――、

「――まあ、その父様は戻ってみたら死んでたけどな」

はっはっはっ、とまた笑った。

マジで裏のなさそうな言い方と笑い方だった。

たぶん、本当にランドールの死に憤りなんかは覚えていないのだろう。

「……いや、お嬢よ。その話の流れだと、お嬢は今ならランドール様に勝てると思ったことになるが……」

微妙そうな顔で突っ込んだのはゾンダだ。

「無理だぞ。今のウチじゃあ、まだ父様には勝てん。だが、今のウチなら、昔のウチよりも父様と話ができる気がしたんだ」

「初めて出会った頃よりも、姫様は大人になられましたからのぅ」

感慨深げに呟くのはヌーの獣人、ロッパ・ガラッハ。

私としては『獅子姫と愉快な仲間たち』の珍道中にはさほど興味がなかったので、ふぅん、と雑に頷いてスルーしておく。

言うべきことが、あるような気がしたので。

「ラプス。私はランドールの死に際の言葉を聞いたぞ。知りたいか?」

「知りたい。教えてくれ」

駆け引きのない即答。

なのでこちらも無意味な駆け引きはしない。

「『もっと弱ければよかった。その方がもっと楽しかった』だ。ランドール・クルーガは確かに強かった。強すぎた。だから、あいつには楽しいことがあんまりなかった。敵を見つけて暴れるときくらいだ、あいつが楽しそうだったのは」

「…………」

「ラプス・クルーガ。おまえは楽しそうだな」

言って、クラリスマイルをプレゼント。

獅子姫は三秒間だけ私の言葉を噛み締めてから、やっぱり裏のなさそうな笑みを見せるのだった。

「ああ、そうだな。ウチは楽しい。今も、きっとこれからも」

◇◇◇

「ところで例の九尾だけどな、女豹からはクラリスの配下になったと聞いたぞ。ここにはいないようだが、やつはなにをしてるのだ?」

レクス・アスカから聞いてんのかよ。

この場にいないから適当に流しておこうと思ったのに。

思い出の中でそっと眠らせていた方が無難な男なのに。

「偵察だ」

と私は言った。

カイラインとユーノスには、魔境を真東に向かわせ、人族の偵察に向かわせていた。九尾の妖狐には姿を眩ませる妖術が使えたし、仮にあいつが裏切ったりすれば単独で確実かつ素早く対処できるのがユーノスしかいなかった。

「偵察ってことは……敵がいるのか。ということは、この場所で迎え撃とうとしているのか。なんでそんな面倒くさいことをする?」

敵がいるなら走って向かってぶち殺せばいい。

獅子姫の言うそれは、獣の道理としては全く正しい。

しかしそれはヒトの理としては不正解だ。

「この世には『私とあなた』以外の、たくさんの人がいるからだ」

と私は答えたが、ラプスはいまいち理解していなさそうだった。

わざわざ丁寧に説明しようとは思わなかったが。