軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

106話「獅子姫と_01」

――私たちはもっと混ざり合わねばならない。

なんてことを言ったのは前も今も獣王の頭脳として働いている巨乳の女豹レクス・アスカである。しかし私――クラリス・スレンダー・グローリアは、そこまで強くそう考えているわけじゃなかった。

混ざってもいいし、混ざらなくてもいい。

牛獣人の女たちの中にオークの男といい感じになっているやつがいる、という話を聞いたが、好きにすればいいことだ。食料だけは余るほどに確保してあるし、これからもそれを怠るつもりはない。だから、ある程度は好きにしていいだけの余裕がある。みんなして好き放題したらすぐ破綻するだろうが。

ともあれ。

混ざり合えばどうなるか。

話は単純―― 進(・) 化(・) す(・) る(・) 。

思考や価値観や文化や風習がぶつかり合うことで、新しい考え方や価値観が生まれ、文化や風習が再構築されていく。それを良いとか悪いとかいうつもりはないが、少なくとも地球上の歴史において、人類はそのように進化してきた。

獣人の領域に進化をもたらさねばならない。

だからそれには邪魔なランドールを排除した。

では、我が身を振り返って考える。

クラリス・グローリアは、私自身を よ(・) す(・) が(・) に集まってきた連中に進化をもたらさねばならない――なんて考えは、一ミリもない。

好きにすればいいのだ。

好きなように、好きなことをすればいい。可能な範囲で。

そのための大前提は――奪わせないこと。

奪わせないためには、手を取り合う必要があった。

つまりはそういうことだ。

混ざり合わねばならないというより、混ざって物事に取り組む必要がある。それのなにが違うかと言われれば、よく判らないが。

◇◇◇

砦の建設に着手してから、私は馬車でグロリアスの領域をぐるぐる巡回し続けていた。これまで牛獣人は牛獣人で集まっていたし、犬獣人のヤマト族は彼らを中心にして馬の世話をし、馬車で物資の運搬をしていた。

例外的に、魔境の開拓においてはコボルトやオーク、牛獣人の男、蜥蜴獣人にグロリアスの魔人種なんかがごっちゃになって開拓を進めていたが、これはビアンテという指揮者がいてこそだ。

とにかく今となっては『グロリアスの領域』が形成されていて、そこには様々な人種――あえて人種と表現する――が存在しているのだ。

彼らを必要に応じて配置し、働かせ、目標を達成する。そのために必要なのはまともな指示と調整だと私は思った。もしかすると他になにかあるのかも知れないが、私は完璧超人ではなく、あまりにも可愛いだけの少女だ。

幸い、現場指揮官は育っていたし、存在していた。

オークたちのスーティン村では変わらずに農耕を続けてもらい、小麦を挽いて小麦粉にし、これをコボルトたちが編んだ麻袋に詰め、空の荷台に集積させる。これらの指示はいつの間にかスーティン村の代表になっていたモンテゴが担当し、大過なくこなしていた。

魔境においては、開拓の手を一旦緩め、狩猟に比重を傾けさせた。といっても魔境の人員をかなり砦の建築に回したので、魔境ではほとんど狩りをさせ、必要があれば加工させ、荷台に集積させていたわけだ。

ドゥビルの岩山地帯では、鉄筋の大量生産にそれなりの人員を投入し、スコップなんかの道具はラフトに造らせ、同時にダンジョンアタックで鉄のインゴットと魔鉱石の収集を続けさせた。必要数の『部品』が揃うまではかなり大変なはずだが、どういうわけかドワーフの鍛冶士は楽しげにデスマーチをこなしていた。

ちなみに満足な食事と休憩の推進委員会長であるクラリス・グローリアであるが、鍛冶場の面々に守らせることは叶わなかった。常に火を入れっぱなしにしており、これを絶やすぐらいならもうなにもしないと居直られてしまったからだ。

なので、いずれ彼らに報いるためにも、酒の調達手段は考える必要があるだろう。ドワーフといえば酒と相場が決まっているし、ドゥビルも例外ではなさそうだったし、鍛冶場で働く連中や、ダンジョンアタックを担当しているやつらにも酒くらいは振る舞ってやるべきだろう。

まあ、私はたぶん呑んでも酔えないが。

で、そうやって荷物を集積した各地の荷台を、ゾンダ・パウガやオークたちが荷車と連結させて人力で運んでいく。ちょうどトレーラー車みたいな形だ。トラクタとトレーラー。車輪や車軸にも魔鉄が使われているそうだが、考えてもみれば身長二メートル半を超える猪獣人が勢いをつけて引っ張る荷車なんて、普通に考えたら壊れるに決まっている。なので、普通じゃない荷車が必要だったわけだ。

総てが砦の建設に収束し、建設現場ではビアンテ・グロリアスとスペイド領の魔術師だったレガロというおっさんが現場を仕切っている。

ビアンテは私の見込み通り、人をまとめてあれこれ取り仕切るのが上手だった。これはもう人徳というか、そういう性質というべきだろう。姉御肌で親切だが、他者への厳しさも持ち合わせている。

レガロの方はとにかく指示を伝えるのが上手く、相手に合わせて伝達のやり方を柔軟に変えられる男だった。作業員の中にいるまとめ役を見つけ、そいつに細かいことを教え、そいつから現場全体に情報が広がるようにコントロールするといった技術は、平民であるにも拘わらず魔術師団で中隊長をやっていた苦労が故か。

そしてそんな全部に対して、私自身があれこれを気を配る必要があった。少なくとも、クラリス・グローリアがみんなに気を配っていると、みんなに見せておく必要があった。そんなことしたいなんて思わないが、必要だと判断したのだから仕方がない。みんなにあれこれやらせておいて、私だけのんびり茶でも飲みながら時の流れを優雅に愉しむほど、貴族ではないのである。

というわけで、馬車でぐるぐると現場巡り。

あちこち見た感じ、問題らしい問題がほとんど起きていないのが、かなり真剣に不思議だった。人なんて二人以上集まれば揉めるに決まっていると私の中の『私』は思うのだが、揉め事なんて実にまったく存在しなかった。

「おぬしは、自身の価値を理解しておらん」

くつくつと声を洩らして笑いながら、仕事を受け持っていない妖狐セレナが言った。ひどく愉快な娯楽でも見つけたみたいに。

「気づいておらぬか? まさかそれほどまでに間抜けでもあるまいよ、クラリス・グローリア。判っておるじゃろ、誰もがおぬしのために働くことを喜んでおる。これまで『アレをしろ』『コレをしろ』と言わなかったおぬしが、ここにきてようやくじゃ。皆、待っていましたと言わんばかりじゃな」

「まったくどうかしてるわね。こんな小娘にみんなして熱を上げちゃって……と言いたいところだけど、カルローザでさえ動かすんだものね」

はぁ、と呆れたふうに息を吐くのはマイア・グロリアス。

馬車であちこち巡る私の お(・) と(・) も(・) には、この二名と馬車の御者であるアルト・ヤマトの三名がついていた。

「あの陰気な女のことか? おまえたちの中では珍しく肉体派じゃなかったみたいだから、なんかできるのかなと思っただけだぞ」

水源を探るのに必要な人員を探してみれば、都合よくそこにいた。聞けばカルローザという女は、ユーノフェリザだった頃から氏族の中では役立たず扱いされていたという。実力――というよりは、暴力至上主義の魔族らしい価値観だ。

別に、必ずしも有能である必要はない。

本当の意味で誰の役にも立たなければ居場所は狭く少なく心地悪くなってしまうだろうが、そうそう全くの役立たずなど存在するものではない。適材適所という言葉があるように、人なんて使いようだ。

「だけどあんた、今後もしも本当の役立たずが現れたらどうするのさ? 言っちゃなんだけど、今のあたしらに無駄飯食いを許しておくほどの余裕は――」

「実は結構あるぞ」

ない、とマイアが言う前に、先んじて言の葉を摘んでおく。きょとんと目を丸くしたマイアの顔は、いつもよりキュートに思えた。まあ、私ほどではないが。

「ある? あるの? 今だって必死こいて食べ物運んでるじゃない」

「運んで食わせてまだ余裕がある程度には、食料の備蓄がある。今も作らせてる。食い物に関しては、最初の最初から確保と備蓄に注力してたからな」

「そういえば、おぬしは『反獅子連』に小麦をくれてやるのも断固拒否しておったな。自分たちが大きくなることを見越していたのかえ?」

「そんなわけないだろ」

セレナの問いに、私は即答する。モンテゴたちを助けたあたりから人族との対峙を計算に入れていたとか、本当にそんなわけがない。

単に、食べ物は大事なのだ。

江戸時代においては石高、つまり米の生産力が武力をも示していた。原初の経済学においては、人は余った食い物で他の産業を行う、とか言われていたはずだ。満足に食えなければ、食い物を求める生涯が待つだけだ。

それは、私はあまり歓迎したくない。

もちろん何処ぞの森や山にひきこもって誰とも関わらずに自給自足の暮らしを送るのであれば、それもいいだろう。しかしこの世の何処に、誰とも関わらず穏やかに暮らせるような場所がある? いや、このファンタジー世界であれば、あるいは存在するのかも知れない。現代の地球にだってもしかしたらあるかも知れない。

残念ながら、私には想像もつかないだけだ。

であれば、食い物を求め続ける生涯など目指したくない。

そもそも、私はたぶん、食べなくても死なない。

◇◇◇

そんなような、あるいはもっとどうでもいいようなことを話しながら砦の建設現場へ辿り着いてみれば、作業員の半分くらいが作業の手を止めていた。

昼の休憩でもないし、まだ日も暮れていない。

ということは――、

「なにか起こったのかしら?」

事故だろうか? 現場キャット案件であれば、PDCAをサイクルさせねばならない。できれば怪我は軽いものであって欲しいが……やはりこの規模の建設を行えば、まして素人の集団が行うなら、事故くらいは起きるか。

嫌な予感と思考を胸の中に滞留させながら寄宿舎の前に馬車を停めさせ、セレナに促されて馬車を降りる。

「あぁ……ようやく来てくれましたか、クラリス殿」

あからさまにほっとしたような顔をして出迎えてくれたのは、冴えない無精髭のおっさん、レガロだ。

「なにがあった?」

端的に問う。なにもないのに作業員が手を止めているわけがないし、見れば寄宿舎の食事広場とでもいうような場所に人が集まっている。

そしてその人集りが、見ているうちに割れていく。

誰かが歩き出し、集まっていた連中がそいつの歩む先から身を避けたからだ。

「『獣王の娘』を名乗る少女がやって来ました」

と、レガロもまた端的な答えを返した。そして少し考えてから、補足する。

「ゾンダ殿が『獣王の娘』の身元を保証しました。ランドール・クルーガの娘とは顔見知りで――つまり、マジで、ランドールの娘です」

「ふぅん……?」

なにしに来たんだろう、とはレガロには聞かない。

当人に聞けば済むからだ。

そいつは割れた人垣の真ん中を、悠々とこちらへ歩いて来る。

身長は、ランドールを思い返せばかなり小さい。私よりは流石に高いだろうか。マイアよりちょっと低いくらいかも知れない。

髪は獅子を思わせる小麦色で、ランドールによく似ている。毛量が多いのか、伸びた髪がぶわっと広がっていて獅子を想わせる。獣度合いは、プラドと同じようなものか。獣の特徴を各部に残した人間、といった感じ。

尻からはちょっと太めの縄みたいな尾が伸びており、飾り気のない体操服みたいな衣服――残念ながらブルマではないが――と相まって、文字通りにネコ科の獣めいた俊敏性が、傍目にも理解できた。

年の頃は……どうだろう、まだ少女っぽくみえる。

人族なら十六から十八くらい、だろうか。少女とオンナのちょうど間あたりにしか存在しない、花が咲く前の蕾みたいな気配。

勝ち気そうな、生命力を漲らせた相貌。

口元が楽しげに吊り上がる。

「おまえがクラリス・グローリアか! ウチは、ラプス! 獣王ランドール・クルーガの娘、ラプス・クルーガだ」

どどーん、と効果音がしそうなほど胸を張り、獅子の少女は言った。

なので私も同じくらいに胸を張り、堂々と答えておく。

「私がクラリスだ。クラリス・グローリア。ここの連中の長といっていいだろう。 獣(・) 王(・) の(・) 妹(・) が、私の領域になんの用事だ?」

「む? ……そうか、父様は死んだからな。兄様が今の獣王か。おまえが父様の死や兄様の獣王就任に関わっていると女豹から聞いた。なにか得られるものがあるかも知れない、と。ようはウチのことが邪魔だったみたいだ!」

はっはっはっ、と快活に笑うラプスである。

息子のプラドより、ランドールに似ているかも知れない。

「おまえはおまえの都合で、父様の許しを得て都に滞在していたと聞いた。なのでウチがおまえのところに滞在するのも許すだろうと聞いたぞ。なんだか知らないがゾンダのやつもおまえのところにいるしな」

「滞在が目的か?」

「いいや違うな! 滞在は手段だ! ウチはおまえたちのことを見て、知って、あれこれ考えるために来た! おまえたちがくだらぬ者だと感じたときは、ウチの爪がおまえたちを引き裂くことになる!」

「帰れ」

と私は言った。

帰ってくれなかったが。