軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

108話「獅子姫と_03」

獅子姫ラプス・クルーガが砦建設予定地に訪れてから、二日。

その間にラプスはマイアと手合わせをして、ゾンダと手合わせをして、どちらにも敗北した。ビアンテは忙しかったので相手をしなかったが、マイアに言わせれば「あたしに勝てないなら姉御に勝つのは無理」とのこと。

意外にというべきか、ラプスはあまり悔しそうではなく、むしろ嬉しそうにしていた。いざ殺し合いとなれば話は変わってくる、というのが全員の共通見解だそうだが、本気でやれば殺せるから悔しがらなかった――わけではなさそうだ。

今の自分で敵わない者がいる。

それはランドールになかったもので、だからラプスには退屈が訪れない。

ちなみにラプスの護衛である山猫獣人のネルヴァは手合わせに参加せず、もっぱらトーラス族の女たちに混ざって料理をしていた。スープの作り方やらなにやらを知りたかったらしい。

土竜獣人の三人は、魔鉄筋や針金に興味を持っていたようだが、あまり深くは追求してこなかった。こちらとしても獅子姫の今後が判らないうちからダンジョンの話なんてするつもりもなかったので――当然、岩山地帯に案内することもしていない――彼らが奥ゆかしかったのは助かったし、ちょっと好感が湧いた。

ヌーの獣人であるロッパ・ガラッハは、特になにもせず、ラプスの行動を眺めてはあれこれ感想を述べていただけだ。

で、三日目。

ユーノスとカイラインが戻って来た。

◇◇◇

食事広場に誰も彼もが集まって、その中で一人立ち上がった九尾の狐は、名探偵みたいに「さて」と呟いてから、語りだした。

「やはり我らがクラリス・グローリア様の予想通り、人族の連中は魔境の森を切り拓いている真っ最中でしたねぇ。かなりの人数を投入していましたが、こちら側まで『道』をつくるには、極限まで少なく見積もっても三十日は掛かるでしょう」

森の中に道を切り拓くのは、当然だが大変な作業だ。

グロリアスの連中なんかを見ていると忘れがちになるが、普通の人間は斧で樹木を一刀両断したりできないのだ。オークみたいに切断された樹木をずりずり引きずって移動することも不可能だ。

もちろん、この世界の人族もまた魔力を有している以上、現代日本の若者を基準に考えることも間違ってはいるはずだが、しかしそれにしたってだ。

「はい、質問」

手を挙げたのはマイアで、視線はカイラインではなく、その隣に座って腕組みしているユーノスへ向けられている。

が、返事はカイラインがした。

「はいどうぞ、マイアさん」

「……そもそも、なんだって人族の連中は悠長に森なんか切り拓いてるわけ? なにか目的があるなら、少数で攻め込んで目的を達成すればいいじゃない」

「少数で攻めては侵略ができないでしょう」

ニヤニヤと嫌らしく唇を曲げて九尾の狐は答え、その場の全員をさっと眺め回すようにした。

「つまり、大人数でずかずか攻め込んで、獣人の領域に自分たちの陣地を築く。そこを足がかりに、獣人の土地を自分たちのものにしよう――それが目的?」

「どこまでやる気かは知りませんが、そんなところでしょう」

そして都合悪くというか良くというか、連中の侵略経路の先にあるのは獣王の都ではなく、グロリアスの領域からちょっと南下した場所だ。

話を整理する。

そもそもはレクス・アスカとカイラインが獣王ランドール殺しを計画しており、カイラインがたまたま接触した人族に取引を持ちかけた。

アールヴから貰ったとかいう『秘石』と引き換えに、三十人分の鎧を調達し、この甲斐あってランドールの打倒には成功。

しかしちょっとおかしい。

鎧を三十個も調達するにはどうすればいい? いや、これは設問が微妙だ。違う言い方をするなら、どんなやつなら鎧を三十個も調達できる?

たまたま獣人の領域に訪れていた探検家や冒険者がいたとして、そいつと取引して鎧を大量に入手することは非常に難しいはずだ。現代日本で考えてみよう。ちょっと遠出した町で、ファンタジーコスプレした兄ちゃんが現れて「米を二十トン入手したい。この宝石と引き換えに」と言われても、たぶん困るはずだ。

考え方としては、二通りある。

アールヴの『秘石』の価値を知っていたか、カイラインに鎧をくれてやりたかったか。もちろんその両方という線も考えられるが、私としては後者がメインではないかと思う。

つまり――カイラインが接触したという人族も、ランドールに死んで欲しかったのだ。

そもそもカイラインに接触した人物は『トゥマット・スペイドの使い』を自称していたという。もちろん嘘に決まっている。スペイド領の領主はそんなことを知らなかった。そして当時の獣人たちにはそれを確かめる術などない。

さて、ここまで考えれば答えは出たようなものだ。

スペイド領の北部にはティアント男爵領がある。位置的に、ティアント領から真西に向かえばグロリアスの領域からちょっと南下した位置、つまりこの砦建設予定地あたりに出る概算になる……と思う。

「そのティアントとかいう領の連中が攻めてくる。迎撃するためにここに砦をつくっている、ということか」

ふむふむ、と頷いたのは獅子姫ラプス・クルーガ。

なんで部外者のおまえが得心がいったとばかりのリアクションを取っているんだよと思わないでもないが、言っていることは正しい。

「つまりは戦争ということじゃな」

皮肉げに笑う妖狐セレナに、九尾の妖狐はむしろ嬉しそうに笑い返す。

「まったくその通りですねぇ。守りたいものがあり、奪わせるつもりがないなら、戦うしかない。それが嫌なら尻尾を巻いて逃げればいい。もちろん、どう考えても勝てない場合も逃げるべきですがね」

「かつておまえがそうしたように、か? おまえ、ウチのことは覚えてるか?」

「はて? そういえば知らぬ顔触れがいますねぇ。どちらさまでしょうか? ……ああ、いえいえ、冗談ですよ。面影や雰囲気が父君によく似ていらっしゃいます。大きくなりましたねぇ、ラプス・クルーガ」

「かつての言葉通り、父様を殺せたようだな。満足か、狐?」

腕組みして胸を張り、どういうわけか物騒な気配を微塵も見せずにラプスは問うた。カイラインもそれは意外だったようで、一瞬だけ嫌らしい笑みを引っ込め、けれどちょっと迷うようにしてから結局は同じ笑みを顔に貼り付けた。

「ええ、思っていたよりもね。なにしろクラリス様に出会えましたから」

ふーん、あっそ。

と思ったけど言わなかった。

かわりに口を開いたのは、ユーノスだ。

「そんなことよりも、クラリス、おまえの考えを話せ。ティアント領の連中が攻め込んで来る。目的はおそらく侵略。これを迎撃するために砦を建てる。だが、連中を迎撃するだけならもっと簡単だろう」

敵は侵略するために人員を送り込む必要があり、そのために森を切り拓いている。人的資源をスムーズに輸送するためだ。

「森を拓く作業中に襲えばいい。こちらには獣人が多くいる。人族よりもよほど森での行動は上手いだろう。俺たちも別に苦手じゃない」

何故、それをしないのか。

敵がいるのに走って向かってぶん殴りに行かない理由。

ラプス・クルーガに答えたことだ。

「ティアント領っていうのは、ロイス王国の領のひとつだ。こいつらに先制攻撃をかますということは、ロイス王国に対して敵対行動を取るのに意味合いが近い。何故ならロイスにおける各領地というのは、ロイスの王から下賜されているものだから。土地というのは領主が治めているが、それは王の土地であり、国の土地だ」

詳細は省くにしても、とにかくそういうことになっている。

ランドールの統治とも言えぬ統治では、そのあたりのことは理解がし難いだろうが、これは文化や歴史やシステムの問題だ。

ランドールが獣王だったのは、最も強い獣人だったからだが、ロイス国王が王であるのは、王族に生まれ王位を継承したからなのだ。

「それが、先に攻撃しちゃいけない理由なのか?」

不思議そうにラプスは首を傾げるが、見ればグロリアスの連中や獣人たちも似たようなものだ。カイラインや人族の魔術師であるレガロは理解が及んでいるらしく、普通に頷いていた。

「こっちが先に攻撃すると、ロイス王国から見れば『王のモノを攻撃してきた』ということになる。逆に、連中がこっちに侵略しようとした場合を考えてみる。王のモノであるティアント領が、独自の判断で獣人の領域に侵略を開始し、抵抗されて被害を出した――」

「その場合はティアント領の連中が『王のモノを損なった』ということになる、か。国が責めるのは、俺たちではなくティアント領になる」

「その公算が高いと私は思う」

「面倒くせぇんだな、人族ってやつは」

心底うぜぇ、とばかりに息を吐いたのは猪獣人のゾンダだった。

私は雑に笑って混ぜっ返す。

「はっ! そういうおまえたちだって、ランドールの機嫌を窺って生きてたじゃないか。兎のやつなんか、随分とまあ生き難そうに見えたぞ」

名前をぱっと思い出せないが、獣王の都に滞在しているときに私をストーキングしていた兎獣人。あの女は、ひどくランドールに怯えていたように思う。

そしてそういうやつは、他にもたくさんいたはずだ。

でなければプラドが『そうでない俺たち』を目指す必要がない。混ざり合って進化することを目的としていたレクス・アスカと、まともな統治を目的としていたプラド・クルーガでは目指す先がちょっとずれているが、たぶんそのずれはレクスの方が勝手に修正するだろう。

「楽園など何処にも存在せんということじゃな」

「楽園を欲しがっている間抜けが何処にいる?」

くつくつと笑うセレナに、ユーノスが真顔で返す。

そう――私は完璧な統治も、恒久の平和も、永遠の繁栄も、欲してなんかいないのだ。そんなものは存在しない。

いつの間にか私の顔が笑みをつくっていたようで、ユーノスはこちらを見てニヤリと唇を曲げ、立ち上がってその場の全員をぐるりと見回した。

それはカイラインがやった『見回し』とはなにかが違う、他者の心の何処かを確かに叩く、そういう一瞥だ。

「俺たちは、こいつを よ(・) す(・) が(・) に集まった。クラリス・グローリアと共に歩みたいと、それこそが栄光だと。そのクラリス・グローリアが、奪わせたくないと言っている。俺たちをだ。その意味が判るか?」

大きな声を出しているわけでもないのに、ユーノスの声は妙によく通った。

私の周りに集まっている面々だけではなく、食事広場にいる全ての者が、いつの間にやら立ち上がったユーノス・グロリアスの言葉に耳を傾けている。

初めて魔境の森で出会ったときは、こんな感じではなかった。

ユーノフェリザの連中が仕掛けていた縄罠に引っかかって宙吊りになった私を発見したのが、ユーノスだった。

あのときは確か、好青年だなと思った気がする。そう、例えばまだ私と婚約を破棄する前のエックハルトが印象としては近かった。

それがどうだ。

今や雑多に集めたボンクラ共の指導者だ。

魔人種、狐人、オーク、犬獣人、牛獣人、コボルト……その他、様々。おまけに客分で獅子に土竜にヌーまで。

「獣王ランドールを殺して獣王になったプラド・クルーガは『そうでない俺たちになる』と言った。俺たちはどうだ? どんな自分たちになるべきだ? そこに画一的な回答は要らない。クラリス・グローリアは、そんな俺たちを望まないからだ。だが、俺たちが『そうなるべきでない』ものは明確だ」

判るだろう。

理解できているはずだ。

ぽかんと間抜け面をしている私とは無関係に、ユーノスは言葉を紡ぐ。

「――『 こ(・) い(・) つ(・) ら(・) な(・) ら(・) 奪(・) わ(・) れ(・) て(・) も(・) い(・) い(・) 』 と(・) 、 ク(・) ラ(・) リ(・) ス(・) ・ グ(・) ロ(・) ー(・) リ(・) ア(・) に(・) 思(・) わ(・) せ(・) る(・) な(・) 。俺たちがそうなった瞬間、俺たちの栄光は終わりだ。忘れるな、俺たちは栄光の中にいる。光の下を歩いている」

だから、奪わせるな。

だから、道を違えるな。

「共に歩むぞ。笑って楽しめ。俺たちの 栄光(グローリア) がそれを望んでいる」

特になんの新情報もあったわけではない、その言葉で。

場の全員が色めき立ち、ほとんどのやつが歓声を上げた。マイアですら高揚を隠さずに不敵な笑みを浮かべている。ゾンダも満足そうに笑っている。セレナもそれでこそとばかりに頷いている。

やれやれと息を吐いて腰を下ろすユーノスに、私は文句を言いたい気分なのになにも言えず、ひとまずじっとりと睨んでおいた。

が、グロリアスの代表は、めずらしく満足気に微笑んで、私に言うのだった。

「おまえはこういうのが苦手だろう? たまには背負い込んだ荷物の重さを確認しろ。普段は俺たちが持ってやる」

◇◇◇

そうして異様な速度で砦が出来上がる。

楽しい作業の時間は終わり。

次に待っているのは、戦争の時間。