軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

103話「光の下_01」

穏やかだった流れが、まるで大雨の後みたいな濁流になって自分たちを呑み込んでいくのを、ラフト・グロリアスは感じていた。

ドワーフの鍛冶士ドゥビルに師事するようになって、まだ一年も経っていない。にも拘わらずラフトの技量は上がり続ける一方だった。何度か壁のようなものも感じたが、鎚を打っていればいずれ崩れてくれた。

なにしろダンジョンから鉄と魔鉱石がもたらされるのだ。材料不足に悩まされることなど一度もなく、ひたすらに鎚を振るい続けていれば、クラリス・グローリアの不在など気にしている間もなかった。

日々は単調で、思考の大半は真っ赤に焼けた鉄のことで占められていた。

どう叩くか、どう伸ばすか、どう折るか、どう冷やすか。

力は、魔力は、速さは、機はどこにあるか。

次第に魔鉄を打つのも上手くなってきた。師匠のドゥビルが驚くほどに。

「ラフト。おめぇには才能がある。だがそれは覚えが早いとか、鉄を打つのが上手いとか、そういうことじゃねぇ。魔力を込めて鉄を鍛えることが出来る……それも違う。手際の良さも関係ねぇ」

どういうことか判るか――と、ドゥビルは言う。

無論、ラフトには全く判らなかった。

ただひたすら鉄を打った。

それしかしていない。

「そう、それだ。それだラフト。目の前にある鉄をぶっ叩く。叩き続ける。叩き続けることに嫌気を感じない。次は今よりちょっと上手くやる。今回は上手く行かなかった。だが次は、その次は、その次こそは――それを厭わねぇ」

ドゥビルは奇妙な形に口元を曲げていた。

まるでラフトにではなく、ここではない何処か、今ではないいつかに語りかけるように、髭面の気難しいドワーフは言った。

「儂らには、それだけあればいい」

それはなんというべきか、ラフトにとって免罪符のように思えた。別になんの罪も犯していないのに、ユーノフェリザであることを止めてから、ずっとずっと気に病んでいた――肩に載せていた荷物が、ふっと消えたような。

だって、それならおれにもできる。

鍛冶が好きかと問われれば、今はまだ判らないと答えるだろう。しかし嫌なのかと問われれば、考慮する必要もなく首を横に振れる。

目の前の鉄を打ち続けるのは、嫌じゃない。

ずっとずっと打ち続けることも、嫌じゃない。

少し上手く打てれば、少し気分がいい。

それをやり続けていいのだと言われれば――正直、少し嬉しかった。

が、そういうわけにもいかなくなった。

槌を振り続けていればいい、なんて簡単さは、この世には存在しないのだ。

◇◇◇

クラリス・グローリアによる鉄筋コンクリートのお披露目が終わってすぐ、ドゥビルの鍛冶場近くに建てる作業場の相談が始まった。

参加者は建設指揮を任されたグロリアス最年長のビアンテ、その補佐を命じられた人族の男レガロ、なんだかずっとニヤニヤ笑っていて気味の悪い九尾の妖狐カイライン、ここのところダンジョンに潜ってばかりの斧使いガイノス、細工上手なコボルトのイオタ・ポロ、当然ながら鍛冶場の主であるドゥビルに、何故かラフト。

そしてクラリス・グローリア。

場違いなほど美しい少女が、さも当然のように腕組みをしながら曲者たちの会話の中心にいる。

「なるほどね、その基礎? ってやつをまず造るのかい。地面を掘って、壁を乗せる台みたいなものを拵える……」

「地面に鉄筋を刺すだけだと、強度が足りなそうですもんね」

「その基礎ってやつだが、鉄筋を上方向に伸ばした状態でコンクリートを固めてやった方がよさそうじゃないか。その、基礎だけをつくるんじゃあなしに」

「ふぅむ。それなら、突き出た鉄筋に別の鉄筋を鉄線で括ってやれば、鉄筋を――言うなら組み上げることができる、か」

「必要本数の計算をしておいた方がよさそうですねぇ。強度は……まあ、強度はあまり考えなくてもいいでしょう。あの鉄筋を入れておけば、コンクリートの自重で崩れることはなさそうですし」

「魔鉄の棒に凹凸を入れろってのは、あれか、コンクリートに食い込むようにするためか。それに鉄線で括るのもやりやすい。面倒な仕事を頼むと思ったが、理にかなっているのがムカつくな」

横に走らせる鉄筋の数は、立体交差させるならどのように、そもそもコンクリートの元になっている木灰やらの混ぜモノは、砕いた石を混ぜるのは何故か――。

会議は盛り上がり、九尾の妖狐が異様なほど楽しそうにしていたのがラフトにはかなり不気味だった。そもそも紹介されてからろくに話もせず会議を始めたせいで、新規参入のカイラインやレガロがどんな人物なのか判らない。

しかしそんなことを誰も気にしていないようだった。

何故か。

考えてみれば、答えは簡単だった。彼らがどのような何者であったにせよ、クラリス・グローリアに惹き寄せられた――そこは確信できる。

ならば、彼らが ど(・) ん(・) な(・) な(・) に(・) であろうが関係ない。

「なるほどなるほど、なかなか有意義になってきたな。ところでさっきから黙っているが、ラフトからはなんかないのか?」

不意にクラリスが話を振ってきた。

車座になって床に直接座っているのだが、クラリスはたまたまラフトのすぐ隣にいた。そのせいで、ラフトを覗き込んでくる彼女の瞳をうっかり至近距離から見てしまって……なんだかひどく気まずくなった。

だって、ラフトはカタリナやキリナみたいには、クラリス・グローリアに心酔していないから。

「あ、えーっと……その、鉄筋だけじゃなくて、鉄の柱も立てれば、構造が強くなる気がしますけど」

なんとなく思っていたことを口に出す。

と、何故かクラリスの顔がぐいっとラフトに近づいてきた。きらきら光る長い金髪が揺れ、形の良い小さな唇がきゅっと吊り上がる。

「どうしてそう思った?」

顔が近くて居心地が悪い。が、いつの間にか場にいる全員がラフトに注目して続きを待っているのに気づく。誰一人として子供が余計な口を出すな、みたいな雰囲気を出していない。居心地の悪さは、あっさり消えた。

「いや、だって、家を建てるとき、柱を立てるじゃないですか。鉄の柱に鉄筋を固定してやれば、もっと頑丈になる……と思う……ました」

「うふふ――よく考えたな、ラフト。褒めてやろう」

心臓が止まるかと思うほど綺麗に微笑んで、クラリスは細く小さな手でラフトの頭をよしよしと撫でてきた。

このときラフトが思っていたのは……ヤバイ、ということだった。

なんだか知らないけど、クラリスに褒められて頭を撫でられた。

カタリナとキリナに知られると、絶対に面倒なことになる。

そのことだけを考えながら、ラフトは「はぁ、どうも」とだけ言った。

◇◇◇

鉄の柱――鉄骨、というらしい――の製造はドゥビルが担当することになった。それだけではなく、荷車の車輪やらなにやら、大抵の『部品』はドゥビルに任されたので、ラフトは内心ほっとしていた。

精密な規格で『部品』を造るような技術は、まだラフトにはないからだ。教えられればどうにかできるようにはなるが、どちらかといえば鉄を打っていたいというのが本音だ。面倒というより、そうしたいという方が近い。

「ふぅん。それじゃ、ラフトには道具の製作を頼むか」

コンクリート建築会議も区切りがついたところで、クラリスがそんなことを言い出した。ちょっとそこのスプーンを取ってくれ、というくらいの軽さで。

「道具、ですか?」

「連れてきた猪獣人がいるだろ。それにオークたちも駆り出すことになる。だから連中の体躯に合わせた道具が必要になる」

確かに、ラフトたち魔人種やセレナのような狐人、あるいは牛獣人のトーラス族なんかは、人族とそこまで体格が変わらないので同じ道具が使える。しかしオークたちとなれば、さすがに同じ道具は使い回せない。

「ゾンダなんかは馬鹿力の持ち主だから、武器を造るようなノリで魔鉄の道具を造った方がいいな。スコップとツルハシ、それにレーキなんかもあるといいかな」

「ええと、それはどういう道具なんですか……?」

「ふむ? そういえば、それにあたる道具をこっちでは見てないな。覚えている限り、該当する言葉も知らんな」

「えぇ……?」

「まあいい。詳しく説明してやる。カタリナとキリナのナイフを造ったときより腕前は上がっているんだろ? だったら大丈夫だ」

たぶんな、と微笑むクラリス・グローリア。

なんの保証もないのに、それだけで『やらない』という選択肢が消え失せるような、そういう笑い方だった。

日々が、また急激に流れ出す。

栄光に照らされた、目も眩みそうな日々が――。