作品タイトル不明
104話「光の下_02」
砦建設予定地の中心には、井戸がある。
東側に魔境の森が広がっているけれど、至近というほど近くはない。オークたちのスーティン村から南下した位置でもあるけれど、ちょっと北上したくらいでは村が見えてきたりはしない。だいたいそんな位置だ。
ここに人族と対峙するための砦を建てる。
そのはずなのに、カタリナ・グロリアスには、 こ(・) れ(・) が戦の準備であるとは到底思えず、ちょっと混乱していた。
寄宿舎、である。
この砦予定地へ最初に運び込まれたのは鉄筋でもコンクリートの材料でもなく、かまどと燃料用の薪と小麦粉だった。それに開拓地で大量生産していた干し肉や、乾かして長期保存できるようにした香草も。
それから大量の材木が運び込まれ、井戸を中心にして驚くような手際で最初に建設されたのは、休憩・宿泊・食事のための寄宿舎だった。
――飯を食って寝る。
――それができなきゃ文句も出るぞ。
とは、カタリナが敬愛してやまないクラリス・グローリアの言である。
それはその通りだと思うし、いよいよ鉄筋やコンクリートの材料が運び込まれ、地面を掘り始めた今となっては、まさに至言だったとも感じる。
全身汗だくになってぜぇぜぇと息を切らしながら荷車を押してきたボア・オークたちに、食べるものも休む場所も提供できないなんて、そんなの終わってるとカタリナでも思う。
まして彼らは訓練を兼ねて荷運びや土木作業を買って出たのだ。そんな彼らには絶対に食事と休憩が必要だった。さもなくば鍛えられるどころか痩せ細ることになるだろう。荷物がたっぷり積まれた荷車は、今のカタリナでは魔力を全開にしたって片道分ですら覚束ない。
だから、なにも間違っていないのだ。
なのに―― こ(・) れ(・) は、なんだろう?
「ねえねえ、やっぱりゾンダ様って牛獣人には興味ないのかしら? すごぉく狙い目だと思うのよね。クラリス様からも直接仕事を頼まれたくらいだし」
「あら、オークたちは私たちに興味ナシってわけじゃなかったんだもの、もしかしたら、もしかするかも知れないわよ」
「きゃー! それじゃあボア・オークの方々に配膳したいって人、こっそり教えてよ。協力しちゃうわよ」
などと、黄色い声で話し合っているのは、トーラス族の女たちだった。
もちろん井戸端会議に花を咲かせているわけではない。水源に近いので井戸端には違いないが、彼女たちが行っているのは、食事の用意だった。
料理、洗濯、掃除……そういった生活の基盤を砦で行ってくれる者を募集して、声を上げたのは大半がトーラス族の女たちだったらしい。
「ね、ね、カルローザさんはどう? やっぱりオークやボア・オークはそういう対象にはならないのかしら?」
パンの種を手際よくちぎって丸めながら、メラルヴァという色気たっぷりの女が言った。トーラス族では中心的な人物らしい――というのは、この寄宿舎で彼女たちを間近にするまでカタリナは知らなかったが。
「ファッ!? いぇ、あっ、いえ……あたしは、そういうの、あんまり……なんかスミマセン……えへへ……」
と、挙動不審な返答をするのは、名を呼ばれたカルローザである。
カルローザ・グロリアス。
かつてはユーノフェリザだった、カタリナと同じ魔人種の女だ。ユーノスより少し年上で、鍛冶士ドゥビルの弟子になったラフトとは違った意味で、カタリナたちとはあまり馴染みのない人物だった。
全く鍛えていないせいで棒みたいに手足は細く、ぼさぼさの長い髪が表情の半分くらいを隠している。たまに口を開けばなんだかよく判らないことを言って陰気な笑みを浮かべ、その笑みは申し訳無さそうに引っ込められる。
「えぇー。それじゃあ、やっぱりグロリアスの女は、グロリアスの男がいいの? ああ、それとも 蜥蜴獣人(リザードマン) のアストラさん? 割といつも一緒にいるわよね」
「へっ? あっ、あっ、えへへ……」
にやぁ、と笑うが、笑みも言葉も続かない。
なんでこんな女が、当たり前みたいにこんな場所にいるんだろうとカタリナは思ってしまうが、理由は判っている。
カルローザは、魔法使いとして万能なのだ。
火、水、土、風の魔法を不得手なく使用できるし、組み合わせて魔法を放つこともできる。ただし強力ではない。
そんな彼女は、蜥蜴獣人のアストラ・イーグニアと共に、地下水源を掘り当てるため、クラリスから現地調査員に指名されたのだ。
クラリスから名指しされたカルローザは、これまでで最も挙動不審な態度を見せて是非すらも判らない状態になっていたけれど、クラリスは特に気にしたふうもなく、じゃあ決まりだな、と拒否を許さなかった。
いや、そもそも拒否していたのかも判らないのだけれど。
ともあれ、地下水脈を探すのに『水の匂いが感じられる』というアストラ、水脈を魔法で探ることのできるカルローザが同行して、実にあっさりと都合のいい立地で水を掘り当て、砦の建設予定地が決まったというわけだ。
「やっぱりユーノス様かしらね! クラリス様の傍に立って、どんなことにも動じないって感じ! カッコイイわよねぇ!」
自分自身の言葉で楽しくなったのか、メラルヴァはカルローザの調子にはまったく構うことなく、楽しげに続ける。その話題に目を輝かせたトーラス族の女たちが嬉しそうに話を引き継いだ。
「まあねぇ。ユーノス様ってば本当にお強くていらっしゃるものねぇ。でも、マイア様と恋仲だったりするんじゃない?」
「どうかしら? 私としては、セレナ様が怪しいと思うわよ! だってセレナ様、他の人達には少し距離を置いてるじゃない。でもユーノス様には気安いような気がするのよ。これって、特別ってことじゃない?」
「きゃー! それって三角関係!?」
「もしかしたらもしかするわね!」
聞いているだけで頭の痛くなるような会話だったが、カタリナはわざわざその渦中に飛び込むことはしなかった。
ちょっと離れた位置で彼女らの会話に聞き耳を立てているのは、環境の変わった彼女たちの様子をクラリスに伝えるためだ。もし不満や不和がありそうなら教えてくれ――と。
「えへへ……あのぅ、その……トーラス族の代表の方、いるじゃないですか。あの、名前は、えへへ……アレ、なんだっけ。あの、あの人は、皆さんからしたら、どうなんですか? ユーノスの舎弟みたいになってますけど……」
「ああ、スパーキのやつね。話になんないわよ、あんなの」
「最初、オークを下に見てあの態度だったでしょ。そもそも村長の息子だったから私らのまとめ役になってただけでさ、向いてないのよ、そういうのに」
「ユーノス様の舎弟気分は楽しそうだけどね」
「でもユーノス様、舎弟なんて必要あるのかしら?」
ないだろうな、とカタリナは思う。
あの男にあるのは、固く強い決意だ。クラリス・グローリアに心酔している自覚があるカタリナであっても届かないほどの、信念だ。
もしかすると、クラリス当人よりも。
ユーノス・グロリアスは、クラリス・グローリアを信じている。
「――あっ、カタリナちゃんだ」
と、通りがかったトーラス族の女が、炊事場の端で聞き耳を立てていたカタリナを発見してしまう。
豊かな胸部を揺らしながら駆け寄ってきて、仲間を見つけたとばかりにカタリナの手を取り、彼女は捲し立てる。
「ねぇ、ねぇ! カタリナちゃんは誰推しなの? もちろんクラリス様以外でね。ユーノス様は剣の師匠でしょ? それとも他のグロリアスの方かな? 同年代だと、ラフト君とか? ねっ、一緒にご飯つくりながら話しましょうよ! メラルヴァ、聞こえてる? カタリナちゃんが来てるわよー!」
「いや、え……なんで? えぇ!?」
あまりの勢いに戸惑うことしかできず、心の何処かで、これじゃまるでカルローザだな、と思った。
気になる異性なんかいない。
そんなことを気にしていられるほど余裕がない。
◇◇◇
けれども――と。
トーラス族の女たちと一緒に料理をしながら、カタリナは思う。
彼女たちが楽しそうに働いていたと教えれば、クラリスは満足そうに微笑むだろう。そうに違いない、というくらいに明確なことだ。
だったら――私は?
傍から見たカタリナ・グロリアスは、楽しそうに見えるのだろうか?
クラリス様は、私を見て満足そうに微笑んではくれない。
そのことを思うと、ひどく切ない気持ちになった。