軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第16話 子供が走る街

噴水が回復してから、子供たちの遊び場が変わった。

以前は汚水の溜まった水溜まりで遊んでいた。今は噴水の周りで走り回っている。きれいな水で水掛け遊びをしている。笑い声が広場に響く。

フィーネが窓から見ていた。夕日が差し込んで、赤毛が燃えるように光っている。小柄な体が窓枠に収まっている。父親に似て背が低いらしいが、本人はそれを気にしている。執務室の棚を確認する時、背伸びをしても手が届かず、「あぅ」と言っていたのを思い出す。

先日も、倉庫の上段に保管していた羊皮紙の束を取ろうとして、踏み台を使ったが踏み台ごと傾いて、俺が慌てて支えた。

「あぅ、ありがとうございます……」

「踏み台を使うのは構いませんが、一声かけてください」

「……ナカムラさん。私、もう少し背が高くなると思いますか」

「フィーネ様はまだ十三歳です。成長期は終わっていません」

「本当ですか!?」

(医学的根拠のない励ましだが、この顔を見ると嘘はつけない。——ただ、前世の知識では、女性の身長の伸びは十五歳でほぼ止まることが多い。あと二年。——伸びるといいな)

「子供が笑ってます」

「ええ」

「前は、子供が外であんなに笑うことなかったんです。レイガスさんがいた頃は、爆発とか突然の魔法で危なくて、みんな家の中にいました」

(チート転生者が暴れていた頃は、子供が外で遊べなかった。——そういう視点もあるのか)

広場を見ると、子供たちが噴水の水を掛け合いながら走り回っている。その中に、一番小さな子が混じっていた。二歳くらいの幼児が、大きい子の真似をして水を掬おうとしている。手が小さすぎて、まったく掬えていない。

その子が、三回目の挑戦でようやく一滴だけ掬えた。得意げに笑って、隣の子にその一滴を見せている。隣の子は、「すごーい」と言った。

フィーネが、その光景を見ていた。目が潤んでいる。

「……父が生きていた頃は、私もあんなふうに遊んでました」

「そうですか」

「でも、水を掬うのは得意でしたよ。私、手が小さいから」

(「手が小さいから得意」という論理がわからないが、彼女の中では筋が通っているらしい)

フィーネが窓辺から身を乗り出した。子供たちに手を振っている。子供たちが気づいて、「りょうしゅさまー!」と叫んだ。フィーネが「はーい!」と応えた。小さな手をぶんぶん振る姿は、領主というより「近所のお姉さん」だった。

「あの子、手が小さくて水が掬えないみたいですね」

「かわいいですね……」

フィーネの声が柔らかくなった。

だが、問題もあった。

「ナカムラさん! 子供が転んで怪我しました!」

マリアが駆け込んできた。広場で遊んでいた男の子が石畳で膝を擦りむいた。血が出ている。

フィーネが真っ先に飛び出した。

「大丈夫!? 見せて!」

男の子の前にしゃがみ込んで、膝を確認している。男の子は泣きそうな顔をしていたが、フィーネの顔を見て泣き止んだ。フィーネの赤毛が、少年の頬に触れた。

「りょうしゅさま……いたい」

「うん、痛いね。でも、大丈夫。すぐにお薬を——」

フィーネが俺に振り返った。

フィーネがポケットからハンカチを取り出して、男の子の膝を拭いた。男の子は突然のことに驚いて目を見開いたが、フィーネが「大丈夫だよ」と笑うと、少し落ち着いた。

(「大丈夫」という言葉は、根拠がなくても効くことがある。——行政の言葉ではないが、領主の言葉としては正解だ)

「ナカムラさん、薬は——」

俺は周囲を見た。

「治療所は——」

「ありません。この領地に治療所はないんです」

リーザ婆さんに頼み込んで、薬草の塗り薬で処置してもらった。大事には至らなかったが、リーザ婆さんは言った。

「ナカムラさん。あたしももう七十だよ。このまま一人でやるのは限界だ。次の産婆を育てなきゃ、この領地の子供たちはどうなる」

(かつて日本でも同じ問題があった。明治時代、地方の医療は産婆と薬草に頼っていた。公衆衛生の改善は、近代行政の出発点だった)

男の子が膝に薬を塗ってもらっている間、フィーネがその手を握っていた。小さな手が、もっと小さな手を包んでいる。

「痛くない?」

「……ちょっと、痛い」

「我慢できる?」

「……りょうしゅさまが手を握ってくれてるから、できる」

フィーネの目が潤んだ。こっそりメモ帳に書いた。「ちりょうじょ、ない。つくるべき?」——ではなく、もっと短い一行だった。

「この子のために、つくる」

「ナカムラさん」

「はい」

「薬草園を作りませんか」

「薬草園?」

「はい。領地の裏山に薬草が自生しています。父が生きていた頃、侍従の方が採ってきてくれていました。でも今は誰も採りに行かない。——だったら、広場の近くで育てればいいんです」

(フィーネから提案が出た。しかも、土地の記憶に基づいた、現実的な提案だ)

「いい案です。予算案の柱二、民生費から支出できます。——リーザさんに薬草の知識を教わって、若い人を一人、弟子に付ける。それが保健衛生の第一歩です」

「第一歩……ということは、第二歩もあるんですか」

「あります。薬草園の運営が軌道に乗ったら、次は簡易的な診療所を作ります。建物、機材、人員。一つずつ揃えていく」

「一つずつ……別々のことが、つながっていくんですね」

(「つながっていく」という言葉を、この子は自分で使った。「行政は点ではなく線」と教えたのは棚卸しの授業の時だ。それを、薬草園の提案にまで応用している)

フィーネの目が光った。

「私、リーザおばあちゃんに聞いてきます!」

走り出して、二歩目で石畳につまずいた。

(まず自分が怪我しないでくれ。——だが、この子の「放っておけない」は、領主としての本能だ。教えたわけではない)

「だ、大丈夫です!」

起き上がって、膝の砂を払って、また走り出した。三歩目でまたつまずきかけたが、今度は耐えた。

「たえました!」

振り返って笑顔を見せた。背後の夕日と赤毛が重なって、オレンジの光の中で「たえました!」と胸を張る十三歳の少女は、どこからどう見ても誰かのヒロインだった。

(その誰かは、この領地の住民全員だ)

(フィーネ様の転倒率も台帳に記録すべきか。——いや、それは人事考課に載るものじゃない)