軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラナンジェルナのプロポーズ

国王陛下と離婚が無事成立し、リエッタ様は晴れて身軽になった。なったからにはやりたいことを全部やる勢いだった。

新聞では国王陛下擁護の論調で、しかし第二妃様がいるため大した問題もないとの見解が多数派だった。クリス殿下は国王陛下より元グリーン侯爵領、現クラウド侯爵領を賜り、もうそちらに引っ越したらしい。第三王子殿下が王太子となる式典は、急なことなので年始の式と一緒にやるらしい。新聞ではそのくらいしか書かれていなかった。王都は大荒れのようだ。

そんな時に魔物が山から下りてくる繁忙期に入り、レオン様と伯爵様は山から下りてこられない日が続いた。お二人は山の中腹にある屋敷に騎士たちと常駐して1、2か月過ごし、週末は二人が交互に帰ってくることになっていた。この領館の留守は私とリエッタ様で回していた。さすが元王妃のリエッタ様は人を使うのが本当に上手だった。

7月に入り何やらリエッタ様とフィナが張り切っていると思ったら、なんと領館に残った人たちで誕生日パーティをしてくれた。リエッタ様や私が慣れているドレスを着るようなものではなく、手作り感と温かみのある夕食会。当日は大いに盛り上がった。後日帰ってきたレオン様が、出たかったと悔しそうに言っていたのが印象的だった。ちなみにその時に誕生日プレゼントとして、ディックさんのお店にあった羽根の飾りのついたシンプルなペーパーナイフをもらったのだ。ものすごく手になじんで、毎日使う相棒になった。レオン様本人は、気に入ってくれてうれしいが、もうちょっとちゃんとしたのを送りたかった、と言っていたとはフィナ談だ。

その頃になると使用人たちとの軋轢もほぼなくなっていった。人事異動と契約終了になった数名がいたが、情報漏洩の可能性を疑えば、みな紹介状も持たずに逃げていった。そんなこんなで何とか繁忙期も終わろうとしている時に、リエッタ様が突然領民の女性たちを集めてこう言い出した。

「パイの作り方を教えて!」

突然のことに驚いていると、まだ内緒にしてほしいんだけど、と前置きをし、少し恥ずかしそうに言い出した。

「繁忙期が終わったら、エレンにプロポーズしようと思って。無論わたくしのほうからね!だからあなたたちには手伝ってもらおうと思ったのよ!」

少し赤らめた頬に手を当てた。これに盛り上がったのは領民の女性たちだ。古今遠西、知り合いのプロポーズほど盛り上がるものはない。王都の大貴族であるリエッタ様が北部の風習を知っていたということにも大いに盛り上がっていた。リエッタ様に強制参加させられる格好で、私とフィナも一緒にパイを作ることとなった。

なんだかシエナ様と一緒にパイを作ったことが思い出される。懐かしい。リエッタ様には思う存分パイを作ってもらわねばならないから、片付けと計量は任せてほしい。領地の女性たちが教えてくれる分量を私がメモしていった。

北部のプロポーズには欠かせない、宿木の枝の入った花束も用意した。

本来なら男性が花冠を作り、この花束を持って女性の家に行き結婚の意思表示をする。ダメなら数日後に花束がそのまま家に送り返されてくる。結婚しましょうとなった時は女性が貰った花束の中の宿木の枝を使い、花冠とパイを作り男性の家を訪れるのだ。もちろんこれは初対面の間柄で行われることではない。もともと恋人同士だとか、そういう人たちの中で行われることだった。だから花束がそのまま送り返されることは滅多にない。最終確認という意味合いが強いらしい。最近は女性からプロポーズするのもよくあることだそうだ。その場合は男性がパイを焼くのだが、そこは市販品でもいいとされていたりする。パイの専門店ではそういう注文もあるらしい。リエッタ様はローファス伯爵を逃す気がないらしく、すぐにイエスと言ってもらえるように、パイもわたくしが用意しておくわ!と意気込んでいた。そしてどうせならおいしいのを食べさせたいからと、顔を赤らめてごにょごにょしていた。可愛い。

本日は山から下りてくる魔物の数が落ち着いたため、ローファス伯爵が帰ってくるのだ。

今年は私が持って来た新しい品種の野菜がなかなかの出来だったが、肝心の麦の収穫量が少なかった。しかし領民の農家の皆さんは、試験的に植えた野菜を気に入ってくれて、来年から自分の畑でも野菜を育てたいと言ってくれる家が数十件現れた。こうやって少しずつ野菜を食べる人を増やして、栄養素の偏りを無くしていければ、王国内ではいまいち短い平均寿命も延びてくるかもしれない。それに数多くの野菜を育てることによって、病気が発生した時に全滅のリスクを分散することにもつながる。後はレシピの普及もしたい。パイ作りを教えてくれた女性たちに夕飯をご馳走するということで、私作のピーマンの肉詰めなんかをふるまい、地味に広報していたが、結果が出たかは分からなかった。これもこれからの努力次第ということだ。

そんなこんなで当日、私は箱に入った、リエッタ様の特製パイをもって待機していた。やっぱり殿方にはお肉が一番人気だそうで、こちらもミートパイだった。花束はフィナが持っていて、すれ違った、先に到着していた数名の騎士がぎょっとフィナのほうを見ていた。実はプロポーズが一番多いのがこの時期だそうだ。一つは花の種類が多く、花束が手に入れやすい時期というのがある。もう一つは遠征から帰った騎士に女性からというのが、近年少なからずあったそうだ。帰ってからプロポーズしようと思っていた騎士たちに、女性の方から花束の贈呈があるというのは、なかなかのサプライスだ。

フィナは妙齢の、それも美人だ。騎士の間でクールビューティとひそかに人気があるのは知っていた。本人に全くその気はないが、憧れるのはタダだ。もしかしたらもしかしてと思って、妄想に浸るのも仕方ない。

街のグロリア卿の銅像がある入り口で、長い騎士たちの列を出迎えた。少し緊張しているのか静かなリエッタ様と、店先で頑張って、という顔の女性たちが様子を見守る中、白いモカに乗ったレオン様と、ひと際大きなセレナーデに乗ったローファス伯爵が見えてきた。最後尾で手を振っていた。

セレナーデが街の手前に差し掛かった時、リエッタ様の数メートル手前で、ローファス伯爵が彼女の背中から降りた。手綱を引いてぺこりと頭を下げた。

「出迎えありがとうございます。」

「いいえ、良く帰ったわね!お疲れさま。」

フィナと私が手はず通り動こうとした時だった。

「リエッタ様に、渡したいものがあります。」

バチンと伯爵がセレナーデの荷物のボタンを外して、つぶれないように持って来ていた花束を、リエッタ様の腕の中に入れた。その花はまるで、桜のような薄ピンク色だった。子供のこぶし大の大ぶりな花だ。前世のポピーに似ているかもしれない。

「この花はうちの領の西側にしか咲かないんです。名前はラナンジェルナといいます。どうしても見ていただきたくて。」

華やかな妖精のような、美しい花だ。見せたかったとは、確かに。思わずそれに見入っていた。

「リエッタ様。花冠はご用意できませんでしたが、どうかプロポーズの花束として受け取っていただけませんか。」

真剣な眼差しの伯爵と、真っ赤になったリエッタ様の様子を、周りは固唾をのんで見守っていた。

「・・・はい。」

落ち着いた声色のローファス伯爵に、リエッタ様は予想外のことに吐息のような返事を返していた。その瞬間ワッと周りから歓声があがった。

「少々失礼いたします。」

フィナがすっと花束を預かり、リエッタ様に用意していた花冠を渡した。そしてその花束から数本ラナンジェルナを抜き取り、フィナが持っていた花束の中にある宿木を使って、即興で冠に仕立てていく。

「・・・、もしや、ご用意してくださっていたんですか?」

ローファス伯爵はふんわりと腕の中にいるリエッタ様に聞いたのだが、真っ赤になってそっぽを向いていた。結局、『先にプロポーズ大作戦』は失敗に終わってしまったのだ。

「パイもございますよ。リエッタ様の手作りです。」

「いわなくていいのよアンバー。」

「おやリエッタ様、花冠を伯爵の頭へ乗せてあげなくちゃいけません。」

今作ったとは思えない出来の花冠をフィナが伯爵にも渡した。もうひと文句きそうだったが、彼が頭に乗せた花冠が気になったのか何も言われなかった。リエッタ様も伯爵の頭に花冠を乗せていた。

リエッタ様はローファス伯爵とセレナーデに乗って領館まで帰ることになった。私がパイの入った箱をセレナーデの背に乗ったリエッタ様にお渡しした。ゆっくりと歩きだせば、おめでとうと領民が皆道沿いに出てきて祝福されていた。ラナンジェルナの花束を持ったフィナにはセレナーデと一緒に帰ってもらうことにした。

私が『先にプロポーズ大作戦』の後片付けをしていると、レオン様が手伝ってくれた。モカの背中の荷物の上に、フィナが宿木だけ使った花束を乗せてくれた。

「この花束はリエッタ様が父に用意したんですか?」

「ええ。作戦は失敗しましたが、結果は大成功ですね。」

「今朝、父が急に帰りに野原のラナンジェルナで花束を作り出したんです。そして帰りに寄った町の花屋で包んでもらいました。」

「ああそれでキレイにラッピングされていたんですね。可愛らしい花ですね。」

振り返ったレオン様が、ラナンジェルナの小さな花束を私の胸の中に差し出してきた。

「俺も包んでもらいました。良かったら、どうぞ。」

思わず受け取れば、薄ピンク色の花が手の中にあった。ローファス伯爵が送った大きな花束からすれば、小さな束だったが、私にはこれくらいがちょうどよかった。しかも結んでるリボンが私の好きな青色だった。

「かわいい。」

自然と口角があがった。しばらく花を見てほっとするような時間がなかった。それはもちろん遠征に行っているレオン様が心配だったからだ。怪我はしていないか、時間があったら考えてしまうので、忙しくして余計なことを考えないようにしていたのだ。リエッタ様のプロポーズの準備は、そのいい口実になった。

「わたくしの部屋に飾りますわ。後で花瓶を借りませんと。」

ありがとう、と言いかけてレオン様の顔を見上げると、真っ赤な顔に行きついた。え?どうしたのかしら。いつもはポーカーフェイスなのに。だからいつもと同じく顔色も変えずに渡してくれていると思っていたのに。視線を外すようにそっぽを向かれ、ええ、とだけ言ってそのままモカと歩き出してしまった。もしや、照れている?あのレオン様が?

彼の背を追って、私も歩き出した。

「あの、レオン様?あの、花束、ありがとうございます。」

「いいえ。喜んでもらえてよかったです。」

いまだあらぬ方向を見ているが、彼の耳がいまだに赤いのを確認してしまって、なんだか私のほうまで恥ずかしくなってきてしまった。領館までぎくしゃくしながら隣を歩いていた。帰ってきたレオン様と話したいことがたくさんあった筈だったのに、ほとんど話せなかった。