軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

同じ気持ちだった。

生まれたときから自分に関心の無かった母と、その母を独占する兄の間にいて、当時のレオンは極端に感情表現の乏しい子供だった。小さいころ腕の中の思い出はいつも父の物であり、魔物の獣臭さと、剣の手入れの油のにおいが唯一ホッとする匂いだった。それも父の手が空いた数時間の話だった。6歳になって、王宮に行くことになり、父が街の外まで見送りに来てくれた。

「レオン、お前ならやれる。」

そう言って抱きしめてくれたから、訳も分からずに力ずよく頷いた。後から聞いた話だが、予定よりも早く、王都に行かせてくれないかと、父が国王陛下に打診していたらしい。

王都について早々、驚きの連続だった。

一番は同い年のリチャード殿下と出会った事だった。何も知らないレオンに宮殿の案内や馬の厩舎への向け道、食事のマナー、東屋の屋根への登り方、知らない単語や王宮の礼儀作法。何もかもをリチャード殿下が教えてくれた。

レオンにとっては初めての近しい友だった。出会ったその日から孤独とは無縁の生活が始まった。リチャード殿下の紹介で、兄のクリス殿下、その友人である、ケイト卿とロイ卿、それからアリアドネ殿下にも出会って一気ににぎやかな生活を送ることになった。それは涙が出るほど愛おしい日々だった。そんな日々をくれたリチャード殿下に、いつか、恩を返せたらと思っていた。

一緒に過ごすうちに、レオンはあることに気が付いた。リチャード殿下は物覚えが非常に良い。一度読んだ本は全部頭に入っていた。剣の方も、一度見ただけですぐにまねて見せた。何から何まで少し練習すれば完璧にやってのける。果たして、凡庸な自分はリチャード殿下に必要な人間になれるだろうか?その日から、レオンは勉強にも剣術にもより一層打ち込むようになった。ロイ卿が、将来クリス殿下の護衛として学園に行くのだと話していたのを聞いて、自分もそれを目指そうと心に決めた。空いた時間に図書館に行って勉強をして、リチャード殿下の公務の時間に騎士団の練習場に行って自主練習をしていた。

そのうちに出会ったのが、リチャード殿下の婚約者候補のモニカ嬢だった。

怖がりで運動音痴、凡庸だった彼女は、自分を見ているようだった。着飾ったドレスを汚して帰った彼女は次の会には、動きやすそうな綿の生地の服を着てきた。転んでけがをしても、リチャード殿下について行った。そんな根性を気に入ったのだろう、正式にモニカ嬢は婚約者となった。お茶会と称して庭に出て遊ぶのが恒例となっていたが、やっぱりついていくのがやっとの彼女は、何がしたいかと問われれば、王宮の図書館に行きたいと言っていた。リチャード殿下が却下していたが、今から思えば彼女らしい返答だった。

当時のレオンは分かっていなかった。モニカ嬢は根性があるのではなく、NOと言えないだけだったのだと。嫌なこともやんわりとしか伝えることができなかった。それでも王宮で殿下と名の付く身分の者に、ちゃんと意見できるのは貴重な存在だった。特に外部から来た人間は、たとえ貴族であろうと殿下の不評を買わぬように無難に過ごすことが多かった。

今でもリチャード殿下は、モニカは嫌なことがあったらちゃんと言う。そのうえでついて来てくれる。そう思っているのだろう。そういう意味では確かに嫌だと苦言を呈したことであっても、何とかやり遂げる根性があったのかもしれない。

そんな中、シエナ嬢が来てから状況は一変した。

モニカ嬢の世界の中心が、明らかにシエナ嬢になった。話すこと、ドレスの選ぶ基準、持ってくるもの、手紙の内容、その日の予定に至るすべて。リチャード殿下はそれに危機感を感じたようだった。今まで確かに婚約者らしいことなど何もしていなかった。誕生日プレゼントでさえ、忘れていると悪いとレオンが用意していた万年筆と青い封蝋だった。今までで一番気合の入った宝石箱の贈り物は、モニカ嬢に手違いでバージェス家に来たものだと思われる始末だった。

そうして4人で過ごすうちに、本の貸し借りや、ダンスの練習などで話す機会が増えて、モニカ嬢が頭の回転の速い才女であることが分かっていった。結婚するならモニカ嬢とのほうが疲労感はないだろう。目の付け所が独特で、話しだって面白い。気遣い上手で段取りが得意なのだから、一緒にいると楽だった。彼女を手本に気を回してみたら、リチャード殿下の公務の雑用がすんなり終わった。モニカ嬢は運動が苦手なだけで、他に得意なことがたくさんあったのだ。昔失礼なことを言ってしまったと少し後悔した。ただ、リチャード殿下と趣味と話しが合うのは、妹の様に距離の近いシエナ嬢だった。どちらにせよ、殿下がモニカ嬢を選ぶのなら、自分はそれを全力で応援するまでだ。そう思っていた。

しかし二人の婚約は解消となった。一番ショックだったのはリチャード殿下だっただろう。レオンも少なからずショックだった。殿下を将来支えていくには、妻になるモニカ嬢も一緒に支えようと、二人が目指す未来の一助を担えたら、そう思っていた。ボロボロの姿でもう無理だと泣くモニカ嬢の姿を思い出し、仕方ない気持ちが大きくなった。リチャード殿下はあきらめていなかったが、あの本音を聞いてしまったレオンとしては、結婚したとしてもそれは政略的なものにしかならないような気がしていた。いや、モニカ嬢としては最初から政略婚約、政略結婚だったのかもしれない。

学園に入ってから接触は控えるようにと言われ、公務が忙しかったのもあって殿下は大人しかった。半面レオンは生徒会でモニカ嬢との接触が増えた。はじめのうちは罪悪感があった。虫よけを兼ねてダンスのエスコートをしていたが、髪を下ろしたモニカ嬢はレオンとはただの幼馴染として話していた。彼女と話すのは相変わらず楽しかった。とうとう2年になってから、リチャード殿下の我慢の限界が来て、モニカ嬢に話しかけに行っていた。公務がひと段落ついたのも要因だろう。

生徒会を変わってほしいと言われていた矢先、リチャード殿下がシエナ嬢と懇意にするようになった。とはいっても今までとあまり変わらない交流だった。それまで会えなかった分話が弾んでいた。そのうち熱が出て、それから何かつきものが落ちたようにシエナ嬢と交流が深まった。シエナ嬢と一緒にいるリチャード殿下は、非常に楽しそうだった。前から気の合う二人だったため、特に不思議には思わなかったが、ではモニカ嬢と話がしたいというのは何だったのだろう。気まずい関係を何とか幼馴染として仲直りがしたいという話だったのだろうか。リチャード殿下のすることだから、きっと何かあるのだろう。

とりあえずシエナ嬢とは仲がいいのは間違いないから、それはよかった。相変わらず、難しい振り付けでも二人のダンスは、息ぴったりで美しい。初めて二人のダンスを見たときは圧倒されたが、そこから今はさらに洗練されていた。

わたくしたちも頑張りましょう。あそこまではやれませんが。

そう言って隣にいてくれているモニカ嬢に励まされ、何とかフロアに立っていた。レオンに合わせた無難なルーティンに少し申し訳なさを感じた。しかし幼少期から一緒の練習相手というのは、なんとも心強かった。と同時に、腕の細さや手の小ささに少し戸惑った。昔はどうだったかとダンスの練習を思い出して、そういえば手の大きさなど気にする余裕などなかった。ダンスでいっぱいいっぱいで、すっかり女性らしくなってしまったモニカ嬢がそこにいた。黒髪で小柄の、ミランダ嬢とよくふざけ合って、笑ってからかってくる、一緒にいるのが楽しい友人。思えばこんなに笑っているモニカ嬢を見たのは、学園に入ってから、生徒会室でだけだった。

幼馴染だと自認していたのに、笑った顔など数えるほどしか見たことがなかった。それも、殿下に隠れて本のやり取りをした時や、シエナ嬢と一緒にいる時などはそれなりに笑っていたが、それ以前はあっただろうか?気の抜けた学園でのモニカ嬢の、のびのびとした様子に王宮での状態が怯えであったと気が付いてしまった。

モニカ嬢は身を固くし何時も真面目な表情に恐怖を隠していたのだ。

気が付きたくなかった。レオンにとってはリチャード殿下もモニカ嬢も二人とも大事な人だった。その気づきはもう3人で過ごすことが容易でないことの表れだった。バージェス家をリチャード殿下が継ぐとき、モニカ嬢はいったいどうするのだろう。こんな状態で仕事ができるのだろうか。いつしかレオンは、バージェス家でモニカ嬢と働くことが楽しみで仕方なかった。そもそも、卒業後は、一緒にバージェス家で働いてくれるだろうか?シエナ嬢とリチャード殿下の結婚が視野に入って来た時、モニカ嬢は跡取りとしてもお役御免になったのだ。あれだけバージェス家のために勉強し続けていたモニカ嬢の努力が、まるっきり無駄になった。あまりの理不尽に目の前が真っ赤になった。しかし当の本人はあっけらかんとしたものだった。これから何をするか、ゆっくり考えます。そう言っていた。

そんな矢先に目の前で、モニカ嬢たちが攫われた。

先陣切って探していきたい衝動を抑えて、連絡係に徹した。ミランダ嬢と合流した時に、ライオルト君が一目散に彼女を腕に収めたとき、そんな衝動を少しばかり眩しく感じたのだ。そして、バージェス公爵がモニカ嬢を抱き寄せたとき、資格が無いことが悔しくなった。

心配だったと抱きしめたかった。なぜ、自分は報告のようなことしか言えないのか。

自分が責任を取るつもりでリチャード殿下の側を離れたので、案の定、剣を取り上げられてしまったが、悔いはなかった。少し殿下の側を離れて、考えるにはうってつけだった。

家のしがらみや、身分、人間関係、それから殿下のことさえ、すべて横に置いておいて自分のしたいこととは何だろう。どんな将来を歩みたいのだろう。今までレオンの世界の中心はリチャード殿下だった。それを脇に置くというのは、すぐに出来ることではなかった。それでも、殿下だって前に向かって歩んでいるのだ。自分の未来なのだから、自分が結論を出さなければならない。これだけはレオン自身がやらねばならないことだった。

そうしているうちに例の手紙が届いた。どうやら兄と婚約者のやらかしが大事になってきたようだ。年に数日しかいない故郷には、帰るたびに少しずつ味方が増えていった。ただ母からの視線は冷たく、兄からはないことないこと吹聴され、それに便乗して婚約者が私って不幸なの!と役者になっていた。これは早めに帰って何とかしないといけない。そして出た答えはやっぱり、ローファスをこのままにはしておけないということだった。人間の国で唯一、魔王国と地続きになっているローファスが崩れれば、次はヴィヴィエ、そして山を越えていつかは王都も危ないかもしれない。それほど重要拠点だ。腹をくくって自分がやるしかない。

この情けない手紙について、自分以上に怒ってくれるモニカ嬢に、胸がざわついた。

いつもそうだ。モニカ嬢はレオンと一緒に、ともすればレオン以上に喜んだり怒ったり、悲しんだりしてくれるのだ。普段は公爵令嬢としての顔を崩さない、成績優秀、全生徒の見本となれる完璧な令嬢なのに。

文化祭の日に、彼女は爆弾をレオンの中に落としていった。

ライオルト君のプロポーズの邪魔にならないように、早々にその場を辞したのだが、モニカ嬢に呼び止められた。誕生日なんてすっかり忘れていた。しかしそんなこともすべて吹っ飛んだ。

『私は誰が何と言おうと寂しいですわ!ずっと一緒にいられると思っていたんですもの。どうせなら、卒業後も私を望んでくれませんか。』

王宮にいつも通り帰って、ロイ卿とケイト卿に挨拶をして、荷造りのほとんど終わった部屋をぐるりと眺めてベッドに座ってから、改めて思い出した。

一気に、顔に熱が上がってきた。何度も、言われたことを反芻して、やっと意味を頭で理解する。寝転がって顔を手で覆った。眼鏡が布団の上に落ちた。

自分も寂しいと思っていた。自分もずっと一緒にいられると思っていた。たとえ仕事仲間だったとしても。卒業後も一緒にいたかった。ローファス領に来てほしかった。自分を選んでほしかった。

『俺が望んだら、あなたは来てくれるんですか?』

『あ、ええ、もちろんですわ。どこへでも行ってやります。』

離れたくなかった。

モニカ嬢と。

同じ気持ちだった。

自分が何を言ったとか、そんなのは覚えていなかった。ただ、どうしたらモニカ嬢をローファス領に連れて行けるか、そればかり考えていた。