軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

握りしめていた

今この場にいる馬の中で、一番早いのはユニコーンだった。すぐにレオン様が領館からモカに乗って飛び出して行って、私はフィナにリエッタ様を呼びに行くように言いつけ、冷や汗を流しながら国王陛下一行を領館の玄関にて出迎えた。多少お疲れの顔をされていたが、それでも空気の重苦しいことは王都にいたときと一緒だった。いつもは余裕のおじいちゃん侍従長も、少しばかり冷や汗をかいていた。ここはこの場で一番元の身分が高く、かつこの領の文官である私がお声をかけねばならないだろう。

「ようこそいらっしゃいました国王陛下。ただいまローファス伯爵を呼びに行っておりますので、この場はわたくしが応接室までご案内いたしますわ。お疲れでしょう。侍従長さん、騎士様たちをお部屋にご案内いただけますか?冷たい飲み物を。」

チラリと目線を送れば承知しましたと言ってくれた。私は近衛兵を引き連れた国王陛下をご案内した。ああ、とただそれだけで何も言わない国王陛下に内心ひやひやしながら、廊下を歩いて行った。廊下の長さが普段の倍感じたが、何とか到達し、まずは国王陛下にソファに座ってもらった。イーリス夫人に指示を出し、冷たいものと温かいものを用意してもらった。

「さて、今リエッタ様は外に行っていらしたので少々時間がかかります。昼餉の時間ですので、何か口に入れられますか?プラムがとれたばかりなんです。」

この間歓迎会をしてくれた御夫人がくれたプラムがあった。私は甘いのと酸っぱいのに半々で当たったが、フィナは全部甘かったそうだ。イーリス夫人のほうを見ればコクリと頷いて扉から出て行った。

「モニカ嬢は、ここで何をしているんだ?」

興味の無い声で国王陛下が聞いてきた。多分暇つぶしの質問だ。

「はい。文官をしております。第三王子殿下から報告がなかったですか。」

「会った。しかし本当に文官の真似事をしているとは。」

そこで冷たいレモン水を傾け、氷がグラスの中で鳴った。一口の沈黙、眼差しがこちらに刺さった。相変わらず圧が強い。無意識に頭を下げてしまいそうになる。恐ろしい威厳だ。

「末席をいただいております。日々知らぬ事との格闘で、大変充実しておりますわ。」

笑われても、馬鹿にされても、真似事と言われても。私はこの領に来てよかった。それだけは確かだった。しっかりと顔を見て話せたと思う。

「帰ってくる気はないと?」

「はい。領地運営は奥が深うございますね。これが国の単位とは、国王陛下は大変なことと存じます。 飛沫(しぶき) に加わるとこで分かることもあると驚いております。わたくしはいまだひよっこでごさいますから。」

溜息をついて今度は手の中でグラスを傾けた。その時高い靴音が、何やら指示を飛ばす声が扉の外まで迫ってきた。やっといらっしゃった。少しだけ息をついた。バン、と無遠慮に扉がひらいた。

「アンバー!その男に何かひどいことを言われなかった?!」

畑からそのまま来たのだろう、タオルを首に巻き汗で張り付いた髪を指でとっていた。

「大丈夫です、リエッタ様。」

立ち上がってリエッタ様を迎え入れた。コップに冷たい水を注げば、彼女はそれを受け取って豪快に飲み干した。その様を見て少し驚いていたのは国王陛下だった。

「水やりは終わらせてきたわ。レオンは行ったの?」

「はい。そこまで遠くに行っていないと思われますので、すぐにいらっしゃると思います。」

そう、と短く答えてから、リエッタ様は国王陛下に目もくれずにコップに水を注いだ。異様な沈黙がこの場を支配していた。イーリス夫人が洗ったプラムを持って来て、リエッタ様がそれをナイフで半分に切ると、私に片方くれた。

「甘い。あたりだわ。わたくしは今のところ全勝よ。」

「おいしいですね。何かコツでもあるんですか?わたくしは半分くらいあまり甘くないのを選んでしまうんですが。」

「ちゃんと熟んでいるのを選びなさいな。色が赤くて、柔らかくて、いい感じの奴よ。」

「・・・なるほど?」

プラムのかご盛をじっと眺めてから、一番赤い奴を手に取った。それをリエッタ様が受け取ってくれて、また半分にした。

「さっきよりは甘くないけどおいしいわね。」

「おいしいです。赤い奴がいいんですね。」

「後は柔らかい奴よ。この品種は赤くなるのが熟れた証拠なのよ。」

「はい。」

先ほどから私とリエッタ様が食べているのを、国王陛下はじっと眺めていた。リエッタ様が気にしていないみたいなので、私も気にしないようにしていた。どうやらローファス伯爵が来るまで、リエッタ様は国王陛下とお話しする気はないらしい。懐中時計の進みの遅い時間を、ただただじっと座って待っているのはかなり気まずかった。

「リチャードが王太子になった。お前の思惑通りだな。」

そんな中でも国王陛下は皮肉気な声を出した。リエッタ様はため息をつきながらハンカチで口を拭った。

「わたくしの思惑ではないわ。神託の通りになっただけよ。」

「全部が神の意思だったと?」

作業着でブーツなのに、リエッタ様は堂々とされていた。

「いいえ。これからこの国は今までにない繁栄を得るでしょうね。わたくしはその後のことを考えて人員の配置はしたけれど、こんなことになるとは思わなかった。あの子は、ラペットはどうなるのよ?クリスはちゃんと助けられた?」

「クリスにはグリーン領をクラウド領と改めてそこを統治させる。妃は屋敷に軟禁の上、領地からも出させない。クリスが監視をする条件での釈放だ。ただ、二人の子供にも危害を加える可能性を考えて、面会は週に一度の顔合わせのみとなっている。」

あれだけクリス殿下が尽力していたラペット妃が、助かってよかった。

「神託に関係ない子供なんて、ラペットは興味ないでしょう。でもまあ妥当ね。」

「いつ新たな神託が下りるかもわからないじゃないか。」

「あら、国王陛下はまだラペットが、この国のために神託を下ろしてくれるとでも思っているの?信じもしない、聞く耳も持たない、そんな人に?おめでたいわね。良きことも悪きことも、胸の内に仕舞っておくわね、わたくしなら。」

小ばかにしたように嗤ったリエッタ様は今度は温かいお茶をすすった。

「お待たせいたしました。」

まちに待った声が扉を滑るように入って来た。まずは国王陛下に一礼をした。私はソファを立ち、新しいコップに水を用意した。鎧に身を包んだローファス伯爵が動くたびに、金属のあたる音がしていた。

「鎧を脱ぐの手伝いましょうか?大丈夫?」

リエッタ様が声をかけたのを、いいえと手で制して、先ほどまでモニカが座っていた所に座った。

「お話し合いは?」

目の前の国王陛下へ短く問えば、少し首を振った返事だった。

「リチャードから離婚についての話は聞かなかった?こちらで用意した条件で書類も作ったのよ。リチャードもこの条件なら国王陛下に不利にはならないと言ってたわ。何なら王位継承に口を出さないって一筆書いてもいいし、離婚の責任はわたくしにあったとしてもいいわよ。慰謝料は払わないけど事業をそのまま第二妃にあげるし。」

「却下だ。」

フィナが持って来ていた離婚条件の書類を、私は受け取って目の前に広げた。リエッタ様より相談を受けて作ったものだ。不備はないはず。しかし国王陛下は見向きもしなかった。

「いいから、帰るぞ。さっさと支度をしてくれ。」

「何よ、見てから言いなさいよ。」

リエッタ様はその場から動かず、じっと国王陛下を静かに見ていた。

「離婚はしないから、条件の確認は必要ない。」

「何がいけないのか言いなさいよ。もしかして自分の代で離婚するのは外聞が悪いと思っている?今まで王族の例もあるわ。新聞だって離婚やむなしで報道されているじゃないの。」

「文句は王都で聞く。帰るぞ。」

「いやよ。国王陛下の隣はもううんざりなの。」

ここでようやく国王陛下の背が少し揺れた。先ほどから国王陛下もリエッタ様も自分の意見を曲げるつもりがなかった。両者の意見は平行線だった。そこまで岩の様に身動きも取らず静かにしていたローファス伯爵が、困ったように口を開いた。

「リエッタ様、国王陛下が何をしたら、離婚を回避してくださいますか。」

「何をしたら?もうそういう次元の話じゃないわ。国王陛下はわたくしのことなんてどうでもいいの。離婚だって自分の汚点になるかどうかのその程度のことよ。あ、そうだわ、替え玉を立てればいいんだわ!ローファスには病気療養で来たことにして、私はこのままここに残るから、適当な人を代役に立ててちょうだい。」

「どういうことですか。」

「新しく戸籍を作って私はその人としてローファス領に残るから、王妃は軟禁することを条件に誰か雇ってよ。そうして1年後に病気で死んだことにすればいいわ!葬儀もひっそりと行えばいいし。そうすれば離婚しなくてもわたくしは自由だわ。」

倫理観は確実にどこかにポイされているが、いいことを思いついたという顔のリエッタ様はキラキラと話していた。

「何を馬鹿なことを・・・。」

国王陛下は眉間のあたりをもみほぐしていた。私は結構いい案だと思うが。

「そんなに王都が嫌なんですか?」

冷たい水を少し飲んでから、ローファス伯爵が訊ねた。

「そう。気軽にエレンに会えないし、何もしていないのに腹の内を探られて不快だし、畑仕事したいのに好きなように庭もいじれないし、窮屈なのよ。そのうえケイオスもヴィオラも会いたい会いたいって手紙を寄こすし、アレも面倒なのよね。もうほっといてくれないかしら。」

「二人はリエッタ様を心配しているんですよ。」

「ええ、そうでしょうね?でも会いたくないものは会いたくないの。20年くらい無視しているんだからそろそろ遠慮してくれないかしらね。どうせ国王陛下との仲に文句が言いたいんでしょ。」

ふむ、と口に手を当てたローファス伯爵は、国王陛下のほうを見た。

「離宮の近くに土地を確保できませんか?そこに畑を作るのはいかかですか?」

「畑か?」

今度はリエッタ様のほうに向きなおった。

「ケイオスとヴィオラ殿下には、私から手紙を控えるようにと言います。腹の内を探るような無礼な輩はリエッタ様の周りにはおかないことにしましょう。それにそんな仕事もしなくてよいですよね?」

ちらっと国王陛下を見たローファス伯爵に、国王陛下はああ、とだけ答えた。リエッタ様は面白いと言いたげに楽しげな声を出した。

「あら、それじゃあ、あなたに気軽に会うのはどうしたらいいのよ?」

そうですね、とまた何やら考え込んでいた。

「冬でしたら手が空いていますので、今回のように1~2か月ならこちらに滞在するのはいかがですか。」

「いいわねぇそれ。でも1年中一緒にいたいわ。やっぱり替え玉にしましょう。」

「いいえ、王妃様。ローファス領は魔物の土地。こんなところに貴女を置いておくわけにはいきません。どうか、国王陛下と王都へお戻りください。」

その時リエッタ様が少し大きい声を出した。

「そうよ。ここは危険なの。知っているわよ。王都で毎年新年のあいさつで顔を見るまで、生きた心地がしなかったんだから!手紙が来ても、今は無事かどうかわからないってずっと不安でしょうがなかったのよ!もうあんな風に不安で待つくらいなら、ここにいるほうがずっといいわ!あなたの訃報もローズの時みたいに、ある日突然知らされて葬儀にも行けないなんて嫌だもの!」

王妃という立場では、いくら親友と言っても男爵夫人の葬儀には出られなかったのか。やりたかったこと、できなかったこと、諦めたこと。そんな無数の希望が詰まっていた。

「ここならね、ローズにも毎日会いに行けるの。」

昼休みにふっと、リエッタ様がいなくなることがあった。イーリス夫人のクッキーをおすそ分けしようと探していた時、たまたま花を持った彼女に会ったことがあった。『このクッキー、ローズも好きだったのよね。』その時はそう言って笑っていた。

「わがままを言っていないで、帰るぞ。」

ああこれは、折れる気は何一つなく。譲歩する気も全くないということか。付き合いの浅い私でもそれがすぐに分かった。

「国王陛下。」

そこでびっくりするくらい低い声が、ローファス伯爵から出た。

「恐れながら、リエッタ様は今まで一度も、わがままなど言った事はありません。ご結婚なさってから、ただの一度もです。ごく当たり前のことを言っております。」

声が震えているのは、何かをおさえているためだとすぐに分かった。どうしよう、普段は少しぼんやりしていることもある、大きいが優しい伯爵が、こんなに怖いと感じるなんて。

「先ほどから一貫して、リエッタ様は王都には味方がいないとおっしゃっています。庭の一角を畑にする相談も、ローズ様の墓参りに行きたいという相談も、聞いてくれる味方がいなかったと。どうして王宮でそんなことに・・・リエッタ様は孤独でいらっしゃったんですね。そうでなければこんな片田舎の領地まで逃げてきたりしませんし、助けてとも言いませんし、泣いたりも、私が死ぬことを怖がったりもしません。」

震える手で、隣にあったリエッタ様の手を握った。

「ちゃんと、リエッタ様の話を聞いてください。国王陛下はリエッタ様の一番の味方でなければなりません。もしやずっと話すことすら、まともにしていないのですか?」

真正面からにらまれたであろう国王陛下の額にも、少しばかりの汗がにじんでいた。

「王宮に帰った時に、検討させてもらおう。リエッタに不自由の無いように。」

「国王陛下、リエッタ様にお聞かせするのにそんな言葉でいいんですか。」

もっと、言いたいことは違うでしょう。あなたが想っていることは違うだろう。そういう言葉が聞こえてきそうな応酬だった。しかしついぞ国王陛下は口を割らなかった。

「もういいです。わかりました。話し合いをしてくださいと言いたかったですが、それ以前のようですね。私はリエッタ様に、助けてと言われました。ならばその言葉をお聞きして、全力で助けるまでです。」

リエッタ様がぐっと握られていた、自分の手とローファス伯爵のこぶしの上にそっと手を置いた。その手には信頼と感謝があった。

「リエッタ様に何か言いたいことがあるなら、滞在中に言ってください。いくら夫婦と言えど、口に出さなければ、大事なことは伝わりません。」

それは己に言った言葉なのか。ローファス伯爵も自身の離婚で何か思うことがあったのかもしれない。