軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

朝露

毎朝、王妃様とモニカさんは、一緒に畑の野菜の様子を見るのが日課のようだった。きゅうりの黄色い花が朝露に濡れて光っている。畑のから二人が手を振って見送ってくれた。セレナーデに乗っていたエレンも、少し手をあげてそれに応えた。

文官として来てくれたモニカさんにも、王妃という立場のリエッタ様にも、畑仕事などさせてはいけないのだが、何より二人が楽しげに土をいじっていた。驚いたことにモニカさんはバージェス公爵家でも、長期休みには外に出て、いろいろ作物の品改良をしていたらしい。この数年、バージェス家の頭打ちだと思われていた作物の、全体の収穫量が徐々に上がっていて来たのは、彼女の功績が大きいようだ。どおりでケイオスと顔を合わせれば、もっぱらモニカさんの自慢をしていたわけだ。

レオンが『ものすごく優秀』と言ったのも納得だ。こっちの言葉には少しばかりの下心を感じるのが、父親としてはなんとも複雑な気持ちになる。この間の歓迎会でも、ふと目がモニカさんに行った時、レオンが彼女の髪に触れていたのだ。たとえモニカさんがまったく気にしていなくとも、レオンの手つきがやけに丁寧だったとしても、元近衛騎士だった自分から言わせてもらうと護衛対象の女性の髪に振れることなどご法度だ。髪飾りがずれていたとして、近くの女性のメイドに頼んで直してもらうのがセオリーだ。騎士自らが触れるなど言語道断。しかし今は近衛騎士と公爵令嬢という立場ではない上、二人は幼いころからの友人で、気安い仲であることは明白だ。レオンはモニカさんには饒舌になるし、彼女が花のように笑うのはレオンと一緒の時が多い。そういうところを見るたびに、視てはいけないものを見てしまった感覚になる。何とももどかしい。

山の隆線一歩ずつはっきりとしてきた。森が近づいて独特の木の香りがする。空気がしっとりと冷たかった。しかし悪い気はしない。

魔王国との話し合いの後、柵の設置を進めていた。森の入り口に看板を立て、向こうに行ったら命はないし、助けられないと、ここより先は死を覚悟するようにと、はっきり書くことにした。また領民にも周知させるべく、集会などで広げてもらえるように頼んだ。

そう、この間あったモニカさんの歓迎会がその最初の会となった。ローファス領に来て早々、魔王国との話し合い、レオンの婚約破棄の手続き、マイヤーの仕事の引継ぎなど、慣れない環境なのに無理をさせてしまった。それでも予定より早く落ち着いた。

一息ついたのが1週間前で、モニカさんの歓迎会という話が、領民から上がってきた。確かにこんなに仕事をしてくれていて、助かっているのに何もしないのは申し訳ない。本人はお気になさらずと言っていたが、領民の方が盛り上がってしまった。それも仕方ない、モニカさんはあの、双頭のドラゴンを倒したグロリア卿の孫娘なのだから。その熱気は領館の庭で行ったガーデンパーティによく表れていた。周りを囲まれて質問詰めに遭い、歓迎会とは名ばかりの大変な思いをさせてしまった。そう謝った。しかし・・・。

「いいえ。わたくしは皆さんと仲良くできてうれしいですわ。やはりこれから仕事をするにあたっても、領地の皆さんの顔が見えたほうが気合が入りますし。それにそのほうが気持ちよくできますから。謝る必要なんてありませんわ伯爵様。」

話すぎてかすれた声でそう言われてしまった。どうやったらあんないい子に育つんだろう?今度ケイオスに聞いてみよう。

子供と言えば、マイヤーを送りに行った騎士が、グリーン侯爵から賜った屋敷に無事ついたとの連絡があった。一回目の慰謝料も渡し終え、ようやく一段落ついた。時間に余裕が出てくると、離婚した事実がじわじわと胸に上がってきた。一年の半分は現場で魔物と対峙し、もう半分はその間の書類の整理をしていたので、すれ違いの生活を送っていた。寂しい思いをさせていたこと、その隙間を埋めてくれたのが、ウォルタとナバ令嬢だということは分かっていた。二人が想い合っているのなら婚約の解消をしようと何度も話し合ったが、ナバ令嬢本人が王都での生活が約束されていたレオンと結婚するの一点張りだった。今から思えばナバ令嬢は本当にウォルタと結婚する気など無かったのだろう。自分を一時甘やかしてくれるだけの存在というのが正しい気がした。確かにウォルタの花嫁にはシエナ嬢を、とは思っていた。ウォルタとシエナ嬢は幼いころ顔を合わせただけでそれ以来会っていなかったから、お互いにその頃のまま来てしまった。

徐々にウォルタには後継者の教育が足りていないように感じた。剣を持って魔物と対峙しても逃げ帰ってくるのが常だった。夏休みを利用してたまに帰ってくるレオンのほうが頭数に入れられた。それでも小さいころから知っているものが多いウォルタは、騎士団からの支持が厚かった。甘やかされていたともいうが、自分に似て口下手なレオンよりも、甘え上手で母親からの支持も厚いウォルタが、後継者だともてはやされていたようだった。見えないところで手を抜くのがうまいタイプだったのだ。それに気が付いたから、後継者にはウォルタとレオンの成績の良いほう、ということにした。

マイヤーも学園での成績の良い方と言えば納得してくれたようだった。学園の剣術大会、3年間で準々決勝まで行くことを最低条件にしたが、3年間初戦敗退だった。では学業はと言えば、留年を回避するかしないかという話をするばかりだった。

その頃から少しづつウォルタへの支持は減っていった。騎士団は良くも悪くも実力重視だ。学園に入る前の子供の頃ならいざ知らず、入ってからも手を抜くのは相変わらずだった。いや、今から思えば手を抜いていたのではなく、それが限界だったのかもしれない。いったいどうしたらよかったのだろう。自分に似ず、世渡り上手なところを生かせるような道を示せていれば、今のようにはならなかったのかもしれない。

溜息を一つつき、セレナーデの背の上で揺られていた。

マイヤーのこともそうだ。寂しい思いをさせていた、子供が慰めになっているから。そんな言葉は責任から逃げただけだった。やはり自分が、寂しい思いをさせないように努力しなければならなかった。何をしたらいいのかわからなかったら、側にいて話を聞くだけでもよかったのだと、今ならわかる。結局ウォルタに母親の心を支えさせてしまった。これは明らかなエレンの落ち度だった。後悔あとに立たずとはその通りだった。

レオンに対する態度にも少し違和感を感じた。確かに容姿は似ていないが、成長するにつれ性格がエレンにそっくりだった。たまに学園から帰ってきても、行動が似通っていたりと、エレンよりも年上の老騎士たちや領民たちは、レオンを受け入れてくれていた。

もう遅いが、自分と同じ過ちを繰り返してほしくない人がいた。国王陛下だ。何があったのかは全く分からない。しかし諦めてほしくなかったし、しあわせになってほしかった。

どうか国王陛下がリエッタ様をうまく説得しますように。今度こそ二人が誤解なく互いを理解し、これからの人生を歩んで行けますように。自分の分までうまくいきますように。

エレンはそう祈りながら森を見ていた。

作業の中盤もうすぐ昼休みだという頃に、普段は領館で次の日の準備をしてくれているレオンが、モカに乗ってやってきた。急ぎだろうということはすぐに分かった。

「なにがあった。」

「国王陛下がいらっしゃいました。指揮を変わりますので領館へお戻りください。」

「わかった。まかせた。」

レオンはこくりと頷いて、副官をしていた騎士に話しかけていた。前日に準備を任せているので、どこまでやるべきかもわかっているのだろう。スムーズに騎士の輪に入って行った。エレンはそれを確認した後にセレナーデを領館のほうへと向けて走り出した。