作品タイトル不明
夏用のワンピース
肩の上までしかない髪を、フィナが赤いリボンを織り交ぜて結い上げ、まとめてくれた。それから悪目立ちしない程度に化粧をしてくれた。もちろん服はレオン様から頂いた服だ。彼は私の好みではないかもしれないと言っていたが、抵抗なく着ることができたのは、色が茶色と地味で、レースは主張の強いもので無かったし、何より私のことを知っている人の少ないローファス領だったというのが、大きかった。王都ではいつも噂に怯えて目立たない服装をしていた。攫われたこともあって、一見公爵令嬢とは分からないような服をあえて着ていたためだ。
でもここは噂はあっても王都とは比べられないほど些細なものだった。悪女だレオン様に取り入った浮気女だと言われはするが、半分は事実だ。私の中にレオン様に気があるかと言えばあるし、そそのかして連れて来てもらったと言えばそうだからだ。しかし、次期王太子妃だとか、第三王子殿下の妃の座を狙っているとか、そういう事実では全くない噂ではないから、気が楽だった。その噂も2カ月たった今、自然と消えようとしていた。使用人の態度は少しずつ軟化して行っていた。まじめに仕事をしていてよかった。
「やはりぴったりですね、サイズ。なんでわかったんでしょうかね。」
フィナが少し怖い顔で笑っていた。
「ええ・・・学園時代に、制服の借りっこをしたのですわ。わたくしがミランダさんや、ライオルト様や、レオン様の制服を借りたりして。ブレザーを着てみたくて・・・その時にレオン様にわたくしの制服をお貸ししたの。ライオルト様のなんてぶかぶかだったわ。騎士科でも上背がある方だからね。」
「あらまあ、そんなことが。」
今度は明るく笑ってくれた。いつものトランクを開けて中身を確認した。腰にはミランダさんにもらった道具入れポーチがあり、シエナ様から頂いた護身用の短剣をその革ベルトにかけ、父の形見のダガーはトランクの中だ。少し鞘の双竜を眺めた後、トランクを閉めた。ちゃんといつも通りのものが入っていた。そのトランクはフィナが持ってくれた。
「では参りますか。」
「うん。」
私の休みに合わせてレオン様も時間を作ってくれたらしい。昼食を食べた後の3時間、初めて外の町に行ってみる。楽しみだ。居間にいてくれと言われたので、そちらの方の扉を開けると、リエッタ様が麦わら帽子をかぶって、水を飲んでいた。
「あら、可愛いわね、お出かけ?」
さらりとほめてくれたので、私は少し笑いながら答えた。
「はい。レオン様に街をご案内いただくんです。」
「なっ」
リエッタ様が何かを言おうとしたときに、後ろの扉がガチャリと開いた。
「モニカ、さん。」
レオン様がゲッと小さな声をあげたのが聞こえた。
「ちょっとレオン!どういうこと?あなた何かあったら言いなさいって言ったわよね?何いつの間にデートの約束までちゃっかり取り付けているの?もう!ちゃんと行くところは決まっているんでしょうね?つまらなかったら承知しないわよ!」
肩を掴まれたレオン様と、高速で言っているリエッタ様に驚いて、私はしばし固まった。デート?え?これデートなの?小首を傾げるとレオン様と目があった。眉間のしわがパッとなくなって少し笑った。
「お似合いです。」
すぐに、服のことだと分かった。好きな人に褒められれば悪い気はしない。しかも微笑付きだ。
「フィナが頑張ってくれました。」
そうなんですか、とレオン様がつぶやいたときにリエッタ様が勢い良く手を離し、扉を開けた。
「ちょっと待ってなさいアンバー!」
「え?はい・・・。」
靴音高く廊下を駆ける音が遠ざかって行った。
「どうしたんでしょうか。」
「俺に言ってもきかないから、あなたに待てと言ったんでしょう。」
確かにリエッタ様に待てと言われたら、私は待ってしまう。また靴音が帰ってきた。ため息をついたレオン様が口を開けたとき、リエッタ様の手が扉からにゅっと伸びてきた。
「ちょっとこっち来なさいレオン!」
襟首をつかまれ、扉の外に拉致されてしまった。私はフィナのほうを見たが、彼女は動揺することなく、すまし顔で私に帽子をかぶせていた。やがて扉が開いたときにはリエッタ様はまた、どこかに行ってしまったらしく、足音が遠ざかって行った。
「お節介ですね。」
レオン様がぼそりとこぼした。
珍しくレオン様も馬車に乗りフィナと三人のんびりと揺られていた。他愛のない話を時折フィナを交えて話しながら窓の外を眺めていた。今は山中の 柵と看板の設置が騎士団の仕事だった。5月まではまだあまり山から下りてこない魔物も、6月あたりから本格的に下りてくる。そろそろ忙しくなってくるころ合いだそうだ。つまり麦の刈り取りと被ってそっちに人員を割けない。食料自給率をあげたいのに人手がない、悪循環だ。
せっかくの休みなのに仕事の考えが頭から抜けることはなかった。街について馬車を下りた。ローファス領は独特の建物が多い。雪が多いせいか道幅が広く取られていた。雨水を流す排水溝も他の地域よりちゃんと整備されていた。地方都市でこれだけちゃんと整備されているのは珍しい。綺麗に組まれた石畳は見ていて気持ちがよかった。
「まずはどちらへ行きますか?」
「フィナ、わたくしの服で足りないものってあるかしら?夏服をみようと思ったのだけど。」
「でしたらワンピースがあったら便利だと思います。」
「ではやはり服を見に行きましょう。」
すっと手を出されたので無意識に手を取った。その後に少し近づいた距離にはっと気が付く。レオン様は全く気にするそぶりなく、ここは父の代よりも前からお世話になっていて、と話していた。相槌を打ちながら気づいてしまった手に意識が持っていかれる。そう、私がレオン様を好きだと自覚して何回目かのエスコートだ。今までは全く躊躇なんかしたことなかったのに、今は自分の心臓の音が大きい。落ち着くためにショーケースを覗き込んだ。包丁がずらりと並んでいた。なるほど流石武器職人の店だ。隣を覗けばこちらもハサミなどがあった。
「ローファス領は金属加工が得意なんですね。」
「ええ、丈夫なんですが、いまいち貴族に売れないんですよね。俺はこういうシンプルなやつが好きですが。」
「ええ、わたくしも好きです。」
シンプルなペーパーナイフの柄の部分にワンポイントの鳥の羽が控えめについていた。これとか素敵だ。普段使いで目立たない。しかし他の人と混ざらない程度の装飾。実に使いやすい。
「こういうのに慣れていたから、昔あなたに贈ったような、銀のしおりが珍しかったんですよね。」
「あれはきれいでしたね。繊細な透かし模様。わたくしのお気に入りですわ。」
それはよかった、とレオン様は少し笑っていた。そういえばこちらに帰ってきてから彼の表情が少し柔らかくなったような気がする。端的に言えばよく笑うようになってくれた。やはり故郷というものは落ち着くのだろうか。そんなレオン様の顔を見ているとこちらもニコニコしてしまう。
意外とローファス領には王都でも見る有名ブランドの支店があったりする。
「うちは毛皮がとれるので、その仕入れの前哨基地になってるんです。魔物の解体の専用の従業員を雇っているところもあるんですよ。それで牙とか爪とか鱗とかも状態のいいものを選びたいからと丸々一頭買ったりもします。国の機関よりも高値で買ってくれるので、魔石以外はそっちに売るのが主流ですね。」
「なるほど。解体までとは。本気度を感じますね。」
その並びの一軒、レオン様一家の行きつけのお店に入って行った。ここはどこかのブランドの持ち物ではないようだった。若い男性の従業員と気安く話しているのを見るに、かなり仲がよさそうだ。レオン様って第三王子殿下以外にお友達いたんだ。
「モニカさん、こちらマートル、ここの息子です。」
「あ、どうも。」
にかっと笑ったそばかすの印象的な男性だった。少しスカートを持ち上げた。
「初めまして、モニカと申します。」
「よろしく!君が噂の子か。」
ここにもまたふしだらな噂が流れているのだろうか。
「マートル。」
「いやだって、ずっと手を焼いていたあの、元婚約者を追い出してくれたんでしょ?うちの領主親子は口下手だからさ~みんな心配してたんだよ。一緒に魔物狩りに行けばすごさが分かるんだけど、普段は口足らずじゃん。あの人らが長男と出かけてるのとか散々見せられてモヤモヤしてたからさ。コテンパンにしたんでしょ?」
街中の噂は質の違うものだということか。
「まあ、最後まであがいていましたが、もうローファス領に二度と帰ってくることはありません。それにグリーン領でお二人はご結婚なさっていることでしょう。」
ちろりとレオン様を見れば、話していい内容らしく、特にアクションはなかった。
「へぇ、上手くいかないと思うけどなぁ。まあこっちは関係ないし、よかった。アイツラ感じ悪かったからもう会いたくないんだよ。そういやなんか屋敷の面倒臭い使用人が愚痴ってたけど、新しく来た子の仕事が早すぎてついて行けないって言ってた。もしやそれって・・・。」
「フィナのことでしょうか?確かにフィナは優秀ですから。」
私がそう言って後ろを振り向くと、フィナははっきりと首を横に振った。
「いいえ。もちろんお嬢様のことでしょう。ローファス伯爵様でさえ、仕事が早く息つく暇さえない上に、今まで終わらなかった仕事が、その日中に終わるようになってきたとおっしゃっていました。」
「モニカさんは学園でも常に上位3位以内に入っている才女ですから。それにバージェス公爵家にて業務のお手伝いもなさっていました。ついて行けなくても当然ですが、それを屋敷の外に言うのはいただけませんね。」
口の軽い使用人は確かに危険だ。しかも私のことを言っているということは、ローファス領の領地の仕事に携わっている可能性が高い。簡単に言うと機密性が高い。内部調査が必要だ。
「この件はお任せください。それよりマートル、モニカさんの服を作ってほしい。夏用のワンピースなんですが。」
「お、どんなのがいいかな?見本があるからこっち来て。」
奥から女性がやってきて、私の採寸をしてくれた。彼女はマートルさんの奥さんで、ディアナさんだそうだ。昨年結婚したばかりの新婚さんだそうだ。おおらかな彼女に癒されながら生地の特徴を聞いていた時だった。
「ディアナ!俺のオーバーオールは直ったか?」
「お父さん!ちょっと今お客様が来てるのよ!」
「ああ、レオンじゃねーか。」
「ディックさん。お久しぶりです。この方は隣の金物職人です。ディアナさんのお父さんです。」
「初めましてモニカと申します。」
「どーも。なんだ細っこいな。もっと飯食いな。ほら、あそこの飯屋がうまいんだ、後で行くといい。」
「あら、そうなんですね、行ってみますわ。地元の方がおすすめするところが一番おいしいですから。」
「もう!ほらこれ持って来たからもう帰ってよ!今お仕事中なんだから!」
ディアナさんがオーバーオールをお父さんに押し付けていた。困り顔の彼女が出入り口に押すが、がっちりとした筋肉質の職人には全く歯が立たなかった。もしや嫁に出した娘が心配で見に来ているのでは?
「後程ディックさんのお店にも、うかがっていいですか?」
レオン様がポケットから懐中時計を取り出した。そこでディックさんの目の色が変わった。
「レオン、ちょっとその懐中時計を見せてくれ。珍しい金属でできているな。」
「え?」
勢いに押されて手の中の時計をディックさんに渡した。私はおおこれは、と思っていた。
「お解りとはさすが職人さんですね。馬に乗るレオン様が落としても壊れぬよう、丈夫な合金で作っていただいたんです。」
「いや、合金は丈夫だが曲げたり色付けをしたり、加工するのは難しい。それをこんなに繊細にやってのけるのは、なかなか腕のいい職人だな。」
じっくり窓辺の光で眺めていた。そんなに褒められちゃったら、私の懐中時計も見てほしくなってしまう。今度リッティーさんに手紙を書かなくちゃ。
「そうなんです、大変だったと言っていました。こちらはわたくしの懐中時計なんですが、同じ職人の手によるものなんです。見ていただけますか?」
シロツメグサの時計をレオン様に返して、私の懐中時計を手に取った時、ディックさんの動きが明らかに止まった。窓の外の何かと時計を見比べていた。
「グロリア卿?」
「どうしたのよお父さん。」
「グロリア卿の剣の紋章と同じだ。」
「ああ、そういえば忘れていましたね。」
レオン様は窓の外を指さした。
「街の入り口にあるあの銅像、グロリア卿なんですよ。」
ディックさんの隣から覗けば、確かにそこには銅像があった。そういえば昔そんな話を聞いたことがあったような。
「まあ、おじい様の銅像ですか。後で見に行きませんと。」
「おじいさま?」
振り向くとマートルさんと目があった。
「はい。わたくしモニカ・バージェスと申します。」
そういえば家名を言っていなかった。レオン様が言葉を引き継いでくれた。
「ディックさんは卿らと直接お会いしたことがあると記憶していますが、グロリア卿の一人息子である、ジン卿の御息女がモニカさんです。ですから直系のお孫さんですね。」
「あの、グロリア卿の?」
「双頭のドラゴンを倒した、話しにきく・・・。」
「あ、でも会ったことはないんです。小さいころに亡くなってしまって。快闊な方だったとは聞いたことがありますが。」
「ジンが、嫁さんを連れてきたことがあった。黒髪の美人だった。嬢ちゃんは母親似だな。あんときは店を継いだばかりで・・・。昔っから世話になってたんだよ、グロリア卿とジンには。だからグロリア卿には親父が剣を打って、俺はジンにダガーを渡したんだ。」
「それはまさか・・・。」
私は急いでフィナが持って来ていたトランクを開けた。そこには双頭の竜が武骨に彫られたダガーがあった。
「俺が打ったやつだ。ああ、まだ全然だめだな、こりゃ。・・・これはあいつに合わせて、2腰で一揃いだったはずだ。」
「・・・そちらは弟が持っています。」
「それは・・・そうか。あいつは死んだのか。」
柄をがっちりと握りしめながら、ディックさんはそれを眺めていた。
「父はこのダガーでわたくしを守って、くれました。それはつまり、ディックさんが守ってくれたことと同じことですわ。ありがとうございます。」
「何言ってんだ。俺はただ剣を打っただけ。いつだって何かをなすのは前で戦う、もののふたちだ。あんたの親父もきっと何かをなしたんだ。」
私が頭を下げるとその頭にガシリと手を置いた。そして乱暴にかき混ぜられた。涙がこぼれそうになったが、目が回って引っ込んだ。
「はい・・・。」
「・・・こうしちゃおれん。みんなにも伝えねぇと。グロリア卿の孫が来てたってんなら、歓迎会をしないとな。たく、なんでエレンの奴は何にも言わねぇんだ。最近屋敷にこもりやがって。」
懐中時計とダガーを手の中にそっと戻して、ドアを乱暴に開いてあっという間に出て行ってしまった。
「きっとお祭り騒ぎになりますね。」
少しうれしそうなレオン様が近所を回っているディックさんの背を、目で追いかけていた。
「あまり大事にならないといいのですが。」
「いいえ無理でしょう。グロリア卿のドラゴンを倒した話は、秋の豊穣祭りで必ず行われる演目ですし、絵本にも人形劇にもなっています。ローファス領内ではメジャーなお話なので盛り上がらないわけがないんですよ。しかも最近は話に聞いていただけの若い層が多いですから、実在したんだと驚かれるでしょうね。」
「ああどうしましょう。わたくし、おじい様の話なんて、借金のことくらいしか知らないですわ。」
「それは黙っときましょう。それにしても店に行きたかったのにディックさんが駆けずり回っていて、いけませんね。そのうち野次馬もここに来そうですし。」
「ではディックさんのお店は今度にいたしましょう。」
もうすでに、実在したんたという顔をしている服屋の新婚さんが、ハッとして仕事の続きをし始めた。その後無事に服の詳細も決まり、店を後にした。来た時より若干視線を感じるが、それはまあ王都では感じない程度のものだったので、銅像の前に行ってみた。
「そういえば実家のある町の灯台の扉を開けたところにひと振り、剣がありました。今思えばあれはディックさんのお父様の打ったものかもしれませんね。うちの紋章も入っていましたし。」
その後本屋に立ち寄って、レオン様からグロリア卿の絵本をもらった。私が支払いをしようとすると、彼がため息交じりでつぶやいた。
「リエッタ様から押し付けられた『お小遣い』があるのでお気になさらず。ワンピースの方も、あと3人で食事もしていけるくらい貰いました。全く幼子ではないんだから。」