作品タイトル不明
ローファス領の薫風
北の地にもじりじりと夏の足音をが迫っていた。
ローファス領は戦線から遠い東に穀物地帯が多く、領地の半分は魔物の侵入があるので踏み荒らされ、耕作に適さない。しかも思ったより雪も多く、麦を育てる以前に適する植物が違うのではと思い始めた。やはり来てみなければ分からないものだ。
あれからまず魔王国の使者一行が旅立った。ヴォルデさんはヴィヴィエ領を通って王都へ、ジェズさんは兄弟たちを乗せて魔王国へ。最後旅立つときにはすっかり仲良くなったサラちゃんとの別れに、私は泣きながらマフラーと手袋を渡した。ショー君に「そんなに泣くことないだろ、一生逢えないわけでもないし。」と慰められた。きっとサラちゃんに言ったのだろうが私もそれに慰められ、「そうですね、そうなるように頑張りますね。」と抱きしめた。やめろと言われたが、抵抗が少なかったのでここぞとばかりに二人のふわふわの後ろ頭に顔をうずめた。
そんな涙の別れの後、数日後に王太子殿下の交代のニュースが来た。
この度グリーン侯爵が『違法魔石所持』によって捕まった。魔石は兵器にも使われたため、輸出入を国が管理し、国内の所持も国へ申請しなければならない。例えば国内の洞窟ダンジョンなどの魔物を狩ると、魔石が体内から出てくる。その魔石をギルドにもっていくとその魔石の価格に応じたお金と交換してくれる。そのまま自分の装備として使いたいときは、そのことを一筆書けばとってきた人の物になる。小さいかけらは申請不要だが、小さいかけらを集めて5キロを越えたら申請が必要だったり、その辺の法律が事細かに決まっていた。今回は私があの小部屋で見た小さな魔石の入った瓶が、逮捕時の罪状だ。ただ、それが最初だっただけで、後程余罪がボロボロと出てきた。
そしてその瓶が出てきたのがラペット王太子妃殿下の別荘だったから、監督不行き届き等々の罪により、王太子妃の返上となった。
事態を重く見たクリス王太子殿下は、一緒に王位継承権を放棄し、一貴族としてやっていくと宣言したらしい。今までさんざんラペット王太子妃についてぼろくそに書いていた新聞が一斉に、クリス殿下の美談として取り上げているのは、どことなく第三王子殿下の影が見え隠れするような気がする。
その第三王子殿下が、王位継承権1位となり、王太子となった。
ということはつまり、シエナ様は王太子妃となり、時期王妃様ということだ。
ふおおおお、つまり国上げての一大イベントとなるのだ。クリス殿下の時と同じく!天使で妖精のシエナ様が国の力で着飾ったら、いったいどうなってしまうのでしょう。きっと美しくてこの世のものとは思えない女神降臨となるのでは?今から二人の結婚式が楽しみで楽しみで仕方ない。とうとう叶うのか!第三王子殿下がヒロインと結ばれしあわせになるのが。あの白の聖堂でこの世の天使シエナ様のウェディング姿!
おっといけない思考が飛んでしまった。
それに次に会うときはシエナ様の結婚式なので、王太子妃殿下だ。今までの様に気楽に話せる間柄ではなくなってしまった。少し寂しいが仕方ない。
そのニュースを受け取った少し後に、マイヤー様が、ナバ元子爵家の面々と、3人の使用人、ウォルタ氏と一緒に屋敷を出て行った。乳飲み子を抱えての移動は大変だろうという配慮で今まで邸に間借りしていたのに、いまだにナバ令嬢は居座ろうとしていた。私に突っかかって嫌味などを言い連ねていた所をレオン様に抑えられ、それから少し大人しくなった彼女はそれでも最後までこちらを睨みつけて出て行った。
ナバ令嬢の影響の強かったせいか、使用人たちの風当たりはいまだきつい。しかも突然レオン様が連れてきた文官の女など確かに怪しいし、受け入れがたいのは分かる。ヴォルデさんも言っていた。こういうのはコツコツ日々を繰り返していくしかない。そうやって信頼を少しづつ積み上げていくのが一番の近道だろう。
収穫が終わったら、今度は領主の畑の一角を借りて、バージェス家から持って来た麦の種をまいてみよう。それから寒い地域にはよく植えられるジャガイモも試しに植えることにした。こちらは今空きスペースすでに始めていた。じゃがいもはよく植えられているみたいだが、緑色のものが多く、品種が小ぶりのもののようで、私がこちらもバージェス家から持って来たのは、冷害の時の非常食にと開発を進めていた品種だ。実が大きく、食べ応えがある。今のところ順調に伸びていた。夏野菜を植えたずペースではリエッタ様が嬉々としてお世話をかって出てくれた。日々の手入れや水やり、記録付けなど積極的にやってくれていた。毎日麦わら帽子に土まみれで帰ってくるリエッタ様は笑顔で、最高に輝いていた。イーリス夫人の言うところによると、昔からおてんばだったそうだ。ごっこ遊びではいつも、ローズ様を守る騎士の役を買って出て、木刀を振り回して国王陛下を追いかけていたらしい。国王陛下はいったい何の役だったのか。気になる。
そういう私はというと、文官がもともと少なかったせいか、どんぶり勘定だった予算を、一つ一つ申請制にした。さすがローファス領、金物の生産にかけては職人の多さと質の高さは折り紙付きだった。ただ、見た目に武骨で丈夫さはあっても優美さに欠け、王都の人にはこの良さはなかなか伝わらないだろうなとは思った。クロス王国の銃は観賞用として輸出されるほどの美術的価値のあるものだが、現場ではそんなもの無駄とそぎ落とされたのは想像に難くない。
ローファス領は質の高い兵士と丈夫な武器と、倒した魔物の肉と毛皮と魔石で生計を立てている地域なのだ。そして麦が育ちにくい気候ときたらいったい何から手を付ければよいのやら。
しかしいや待て。
ローファス領のように、現場で使う剣をバージェス騎士団でも職人たちが手づから作っていた。需要があるが、しかし武器の領外輸出となると厳しいか。しかし仕事の少ない冬場に、職人を遊ばせておくのももったいない。
そんな事を考えていた時、外から騎士たちの訓練の様子が目に入った。いや、その中の一人に目にいったというか、レオン様が騎士の一人と手合わせをしていたので、ついうっかり目で追ってしまった。書類を持って、伯爵の執務室に向かう足が止まった。卒業して久しぶりにレオン様に再開した時は気がつかなかったが、今は少し肩幅が広くなった気がする。身長も伸びたのか、線が細い印象があったのがだ、少し筋肉質になった。あの伯爵の血筋を感じた。
「あ。モニカ嬢。」
「これは、シエナ様のお父様。」
扉ギリギリの大男、周りがクマみたいな人が多いから、レオン様が少しばかりサイズアップしてもそんなに気にならないのかもしれない。快闊に笑ったシエナ様のお父様は、先週まで雪山でそれこそクマ狩りをしていたそうだ。仕留めた3メートル近いクマの毛皮は、今シエナ様のお父様の使っている別館で干しているそうだ。もちろんお肉も無駄にするところなく使う。
第三王子殿下が王太子殿下になり、シエナ様が王太子妃殿下になるということに真っ青になって動揺していたが、今は何とか落ち着いたようだった。
「何見てるんだレオンか?モニカ嬢はレオンのことが好きだな!」
どでかい声で、しかし悪気なく言われていたので、本人にはどうせ聞こえないしいいかと、考えていた。
「はい、大好きですよ。」
あっさり答えた私に、虚を突かれたのかポカンとしていた。
「あら、何時になく素直ですねお嬢様。」
「え・・・。」
執務室から出てきたフィナの声に振り向けば、言葉を発したまま驚いた顔のローファス伯爵が立っていた。ちょっと待って、本人のお父様に聞かれるのは相当恥ずかしい。どうしよう何にも良い言い訳が思いつかない。しかも絶句されているし。
「モニカさんは、王太子妃にと推薦されたので、うちに逃れてきたと理解していたが、違うのか?」
「・・・いえ・・・正確に申しますと、レオン様がこちらにお帰りになる昨年の10月ごろに、卒業後の、身の振り方について、相談?といいますか。とにかく、その、お話ししていてですね・・・。」
しどろもどろになっている私に集中している視線が痛かった。顔が熱い。あの日のことは頭の隅に何とか追いやったのだ。最近は色々あったためようやく記憶が薄まって、思い出しては悶える生活も収まって来たというのに。
レオン様と離れるのが寂しいから、私を望んでほしいと言ったのだ。どこへでもついて行くとタンカまで切って。ああーレオン様が記憶喪失にならないかしら?!その部分だけポンと都合よく忘れてくれてもよろしくてよ。
「あ、ああ、ではレオンが帰ってきてすぐに言っていた『ものすごく優秀な方』とはモニカさんのことか。」
「あー、帰ってきて開口一番、『ものすごく優秀な方が学園にいるのですが、卒業後にローファス領に招く場合はどういう役職が適当ですか』だったもんな。なんか婚約者に言いたいことでもあるだろうと思って、こっちは身構えていたのに。若は強いなと。」
「長年の夢を諦めさせてこちらに呼び寄せたからな。何を言われても仕方ないと思っていた。なのに何も言わなかった。ただ淡々と仕事を始めたんだ。」
少し複雑な顔をしていた。
「ナバ嬢もまさか業務の話になるとは思わなかったようで、さすがに驚いていたようだったからな。執務室で書類整理をしはじめて面を食らっていた。手配だけ進めて、そこにモニカさんが来ることになったから、てっきりその話は立ち消えになったのかと。」
シエナ様のお父様とローファス伯爵で納得したという空気になっていた。
ちょっと待って、じゃあレオン様はこっちに帰ってきてから一番最初に、私を招くための準備をなさったってこと?・・・婚約者のことよりも先に?目の奥には第三王子殿下と同じ色の髪と目を持つナバ令嬢の姿がちらついた。外見はとても美しいのだ。
「おやおやこれは脈ありですね、お嬢様。通りでクローゼットに新品の服があらかじめ入れてあったわけです。やはりあれは元婚約者様への贈り物の余りではなく、お嬢様へのプレゼントですよ。」
いつもはポーカーフェイスのフィナが、ニマニマとこちらを見ていた。痛いところを突かれた気がした。レオン様に勇気がなくて聞けなかったのだ。確かにクローゼットに新品の繊細なレースの付いた可愛い服が入っていたが、それがもしやナバ令嬢のために用意したものの横流しだったとしたら、腹が立つので、ここ2カ月その服を見るたび悶々と過ごしていたのだ。フィナは早くレオン様に聞いてすっきりすればいいと、サイズは私のものだと言ってくれていたのだが、今まで一度も袖を通していなかった。
それがもし、レオン様が数カ月前から準備してくれていたものだとしたら。生徒会の3年間で、いつものメンバーの制服のサイズくらいは知っていたので、確かに用意も出来るかもしれない。
でもそれはつまりプレゼントを受け取ってもそれを無視して、一度も袖を通さないひどい女が誕生してしまっているのでは。
急に冷や汗がぽたりと床に落ちた。熱くなってきたと言ってもこんなに汗ばむ気温ではない。なんだったら窓も空いているし、風も吹きこんできてすずしい。
「どうしましょう、わたくしがグズグズしているばっかりに・・・。」
「どうしましょうって、どういうお気持ちですか?」
いまだにニマニマしているフィナに、そんな笑い事ではないと言いたかった。
「ひどい礼儀知らずの女だと思われたらどうしましょう!」
「それはレオンに直接、聞いてみれば、いいのではないか?」
そういうことは、伯爵がレオン様の父親だからさらっといえるのであって、私が聞くのは・・・でもここは腹をくくっていくしかない。
「今日のお嬢様は赤くなったり青くなったり忙しいですね。」
そんなふうにからかってくるフィナに、持って来ていた書類を手渡して、席を外しますと、廊下を速足で歩いていった。
「モニカさんは仕事が早いから、息つく暇がないな。」
「ええ、お嬢様は『ものすごく優秀な方』ですから。」
ため息交じりだったローファス伯爵が、少し笑った後また執務室に戻って行った。
訓練が終わったのか、タオルを首にかけながら武器庫の書類を確認していたレオン様に、口実として厨房からもらって来ていた水筒を握りしめながら、声をかけた。
「あの、レオン様。お疲れ様です。こちらをよろしければどうぞ。」
中身は水が多めの氷入りレモネードだった。べたつかずさっぱり飲めるのでこれにした。
「ありがとうございます。」
それを躊躇なく受け取ってぐびっと飲んでいた。喉が渇いていたのかすぐに7割ほど飲み干した。
「そろそろ訓練中も水分を摂取できるようにした方がいいかもしれません。熱中症で倒れてしまっては肝心な時に動けませんもの。」
「確かにそうですね。手配しましょう。」
武器庫は二人きりで、静まり返っていた。レオン様はここで一人で申請書の誤りがないかの確認をしてくれていたようだった。チェックが終わった書類を私が一通り目を通した。ここまで仕事の話しかしていなかった。
「あ、の、ですね、レオン様。」
「はい。」
最後の一枚を彼が見終えたタイミングで、勇気を出して声をかけた。
「わたくしが、ご用意いただいた部屋のクローゼットに、ですね。見覚えない服がございまして。」
ゆるりと目があった。
「それは、服の用意が足りないかもしれないと思って、一応入れていたものなのですが、お好みで無かったら処分してくれても・・・」
あ、もしかしてこれってわざわざご用意してくれたってこと?
「ああ、そうだったんですね、すみません。てっきりナバ令嬢への物が残っていたのかと」
「ちがいます。」
ちょっと食い気味に否定されてしまった。
「ナバ令嬢の物は俺が帰ってからすぐに兄と同じ別館にすべて移動しました。カーテンからベッド、ソファもすべてです。本館に彼女の荷物はなかったはずです。あの服は急に荷造りすることになったあなたに、着替えが必要かもしれないと用意したものなので、決して、決して、ナバ令嬢の物ではありません。」
どうしたのか少しムキになって否定している気がする。ちょっと顔が近い。
「そうなのですね、わかりましたから。わざわざありがとうございます。」
そうか、本当に私へ用意してくれたものだった。一歩引いてからほっとして少し緊張が解けた。
「あの、いえ、すみませんでした。」
「え?」
「モニカじょ・・・モニカさんは視線だけで言いたいことを分かってくれることが多くて、ちゃんと言葉にしていませんでした。今回もクローゼットに入れておけば大体わかってくれると思ってしまっていました。」
そんなに私は察しがいいだろうか?どちらかと言えば、何も言わずともわかってくれるのはいつもレオン様の気がする。
「いいえ、わたくしはレオン様ほど察しはよくありませんよ。」
「そんなことないです。貴女はいつも、俺の欲しい言葉をくれますから。」
「そう、です、か?」
全然心当たりがない。今までの言動を必死に思い起こそうとしていた。口を押えてクツクツと笑っているレオン様に気が付いて、もしや冗談?と眉をひそめた。
「でもですね、今から思えば、あなたの好みの服ではなかったように思うんですよね。だから着てくれないのかと。昔からあなたは機能重視で丈夫な動き易い服装をお好みでしたから、ちょっとあの服は・・・。」
ふんわりした茶色のスカートに白いレースがあしらわれ、これまた白いブラウスの袖を赤いリボンで絞った可愛らしいデザインだった。仕事をするには少々可愛らしすぎる、と言いたいのかな。
「あら、可愛らしくてわたくしはいいと思いますよ。お休みの日に着たいと思います。」
確かによく着ていた服は汚してもいいようなものばかりで、着飾っていくパーティなどは公爵夫人の選んでくれたものが多かった。それはもちろんバージェス公爵令嬢としてパーティに出るのだから当然のことだった。自分にはセンスもないしそういうのでよいと思っていたのだ。
「では、次のモニカじょ・・・モニカさんのお休みに、一緒に服を買いに行きませんか。もうすぐ夏ですし、夏物は持って来ていないでしょう。貴女の好みの服を、俺はさっぱり分かっていなかったと痛感したんです。学園は制服でしたから。」
お休みの日はいつも、部屋で読書に明け暮れていた。今までこんなに何も考えず休暇を謳歌したことはなかった。そこにきてレオン様からお出かけの誘いなんて、行くに決まっている。
「行きます、街に行けるのですね!楽しみです。」
「あの、モニカじょ・・・モニカさん。」
「レオン様それもう3回目ですわ。」
「すみません、なれなくて。」
「いいえ、子供の頃からですから仕方ありませんわ。それで何でしょう?」
「できればで、かまいません。お嫌だったらいいのですが、その日に贈った服を着てもらえませんか。」
そういえば一度も袖を通していないんだった。それはさすがに失礼だ。
「わかりましたわ。」
あんな可愛らしい服が、地味な私に似合うかは別の問題だが、フィナの力を信じていくほかない。