軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お気に入りの冒険譚

あれから数日がたった。

火災のあった廊下側の部屋は基本的に使わず、使用人の中で事情を知らなそうな下位のメイドたちに手伝ってもらって何とか数日を過ごした。

「そろそろ逃げるわよ、アンバー。」

朝食が終わり、男性陣が食堂から出て行ったタイミングでリエッタ様が言った。

「応援が来たら、国王陛下から密命を受けた騎士団に拘束される可能性があるわ。貴女だって他人事じゃないわよ。リチャードが彼らを言いくるめたらどうなるか。」

「なるほど、確かにそうですね。」

そうなったらリエッタ様はローファス領に行けない。私をクッキーの件で連行したい第三王子殿下も、レオン様に言われたからと言って素直にあきらめるとは思えない。言い分はレオン様に軍配が上がるが、騎士たちは王族に従うだろう。

「エレンはそれを狙っている節があるから、貴方がレオンを焚きつけて、さっさと荷造りさせるのよ。」

「・・・リエッタ様はそれでよろしいのですか?わたくしは、国王陛下のことをよく存じ上げませんが、このままローファス領に行っても、後悔なさいませんか?」

数日前、レオン様に聞かれたことを、今度は私がリエッタ様に言うことになるとは。

「後悔なんてどんな選択をしてもするものよ。覚悟なんて日に何度も揺らぐものだし、貫くことだって簡単じゃないわ。・・・年に一回、顔を見るだけで、その一年も何とかやって行こうと思えた、エレンはわたくしにとってそういう人なの。」

綺麗な緑色の瞳が、こちらをしっかりととらえていた。なんて美しいんだろう。

「今までの人生に比べたら、今は自由で、楽しくて、何より毎日エレンに会える、最高よ。絶対に行って後悔なんかするものですか。やっと、助けてと言えたのだから。」

にやっと口の端を釣り上げて、何やらいたずらでも思いついたという顔をしていた。確かに昔とは、まとう空気が全く違う。一言でいえば輝いていた。きっと、本来のリエッタ様とはそういうお方だったのだろう。

フィナとイーリス夫人は、リエッタ様と荷造りのために借りている部屋に下がって行った。レオン様を焚き付けろと言われたが、どうすればいいのだろう。取り合ずレオン様に会いに行こう。最近はあまりゆっくり話す時間がなかったから、少しだけワクワクしていた。ただ会いに行くだけなのに。

「ほら、もう一回。」

外に出るとヴォルデさんとジェズさんが、木にぶら下がったシュー君に声をかけていた。今二人はシュー君の体を動かす訓練の真っ最中だっだ。今まで人間の時に捕まってからずっと、小さな檻の中で生活していたらしい二人は、立派な羽があるにもかかわらず飛んだことがなかった。断片的に話してくれる内容では、二人のあまりに過酷な過去に、なんと言っていいか分からなくなってしまった。そこを同族のコウモリであるジェズさんと、明るいヴォルデさんがやさしくカバーしていた。しかしやっぱり夢見は悪いらしく、夜中に何度も起きていたそうだ。昨日の夜はジェズさんが二人を羽の中に入れて眠ったそうだが、それでやっと一度も起きずに眠ったらしい。しばらくは眠りが浅くなりそうだ、とぼやいていたが、その顔は穏やかだった。

今の訓練は最終的には空を飛べるようになるのが目的だ。サラちゃんは年齢的にまだ飛ぶほどの大きさではないそうだが、シュー君はとっくに空に飛び出していてもいい年齢と羽根の大きさだそうだ。筋肉がついていないため、まずは体を動かす訓練をしていた。ジェズさんの話では逆さで眠れるようになるのがひとまずの目標だそうだ。

木にぶら下がるのはコウモリとしての第一歩だ。人間だったシュー君としては少し複雑そうだが、後々妹のサラちゃんもやらねばならないことのため、まずは自分が、ということで積極的に訓練はしていた。サラちゃんはヴォルデさんの背中にしがみついて肩口から、その様子を見ていた。その木の根元にシーツを張ったレオン様とローファス伯爵が待機していた。地面が見えて怖くないようにと、万が一落ちたときに受け止められるようにだ。

あたりを見回せばロイ様が見当たらないため、第三王子殿下とクリス殿下は近くにいないらしい。二人に話を通すチャンスだ。声をかけようと近寄って行った時、レオン様が先に気が付いて声をかけてくれた。

「どうかされたんですか?」

「いえ。リエッタ様がそろそろ逃げましょうと言っていました。」

少しだけ目を見開いたローファス伯爵は、しかし、と言いよどんだ。

「できればこのまま王都に帰っていただいて、じっくり話し合いをしていただきたい。」

応援の騎士たちと一緒に王都へ帰って、国王陛下を許してほしい。それが伯爵の本音だろう。

「ローファス伯爵、リエッタ様は衝動で、王妃という役職を投げ出すような方ですか?」

「それは断じてない。」

言い切った伯爵の意見に、私も賛成だ。

「そのリエッタ様が、助けてと言ったんですよ。もう無理だと。嫌だと。」

そう縋り付いて泣いていたのだ。他ならぬローファス伯爵の胸に。伯爵のほうを見れば眉間にしわを寄せ、シーツをじっと睨んでいた。

「今までリエッタ様と向き合ってこなかった国王陛下の元に帰って、何になります?騎士を派遣して捕まえてそれで、どうすると思います?おとなしくしていろと離宮に幽閉されて終わりではないですか?そうなったら離婚は出来ません。これは最後のチャンスですわ。リエッタ様はそう言っていましたわ。」

私は国王陛下のことを知らない。ただ、王族の命令は無茶を押し通すことがあることは重々知っていた。前世のように法に則り粛々と、とはいかない。

「リエッタ様を助けて差し上げてくださいませんか。今が一番楽しいとおっしゃっているんですよ。」

苦悩にゆがんだ顔で、空を見上げた。羽ばたくために練習中の、ショー君が苦戦しているのが見えた。

「私は、いったいどうしたらいいんだろうな。お二人のわだかまりが解けたらいいと思っていたし、元のように仲良く・・・いや、もともとそこまで良くなかったか。それでもずっと・・・。」

「それはリエッタ様の犠牲と我慢の上で成り立っていたということですわね。」

それでとうとう我慢ならなくなった。私が出会った頃のリエッタ様はきっと、そういう積み重ねの中で壊れかけの状態だったのかもしれない。あの頃も、何もかもうまくいかないと言っていた。誰も私の言うことを信じてくれないと言っていた。いや、国王陛下も我慢はしていたんだろう。しかし国王陛下には愛する第二妃様がいた。たった一人の王妃様は王宮で、それはいかほど心細いものなのだろう。想像もつかない。ローファス伯爵がぎゅっと握ったシーツの端が目に入った。

「とりあえず、伯爵こそリエッタ様とこれからのことを話すべきですわ。何がリエッタ様の幸せなのか。なにせ、リエッタ様が助けを求めたのは伯爵なのですから。」

代わりますわ、とシーツの端を引くと、黙って渡してくれた。

「わたくしたちが借りている部屋で、今は荷造りを。」

そう言えば頷いて歩き出した。きっと伯爵は言いくるめられるんだろうな、と思う。リエッタ様は第三王子殿下の母親らしく弁が立つ。

「我々も荷造りをしないといけませんね。」

それを知っているのかレオン様はため息交じりに呟いた。私はシーツの端を持ち、ピンと張った。上を見れば、おっかなびっくり木を登り下りするショー君がいた。ただ、コウモリの爪は木につかまることに特化したものなので、人間が木登りするより安定していた。それに彼には羽があった。この空に飛び出すことができるのだ。

「ええ、ひと段落したら、なるべく不審に思われないように荷造りをお願いします。ヴォルデさんたちはいかがいたしますか?」

そばで黙って上を向いていたヴォルデさんに話を振った。

「俺たちはローファス領で、条約の新規締結をしなきゃならない。前の条約の書かれた紙をお互い目の前で廃棄するのが、国際規約なんだ。更新だったらそこまで面倒臭くないんだけどな。」

「そうなんですね、じゃあお二人と、サラちゃんとシュー君もローファス領に行くんですね。」

「ああ。レオン卿たちは昼食中に荷造りをするのがいいんじゃない?お昼終わったらサッサと馬車に乗って行っちゃお。シューとサラも馬車ん中に入れてくれるとありがたいかな。」

「2台ありますから大丈夫ですわ。」

王太子殿下はここに残るだろうし、ロイ様も護衛で残るだろう。

「もう、サラとシューの調書は昨日とって、クリス殿下に渡してありますので出発も問題ありません。」

パラリ、と上から小枝が降ってきた。そろそろと降りて来ていたシュー君が、シーツと同じくらいの高さに来たので、私とレオン様は横にずれた。

「聞いていただろ?今から荷造りするから一旦部屋に戻るぞ。」

「わかった。」

ヴォルデさんは前にシュー君、背中にサラちゃんをくっつけてそれでも悠々と歩いていた。ザっという音の後ジェズさんが木の上の方から羽を広げて飛び立った。彼の影が私たちの上を通り抜けていく。羽音と羽ばたきの風が、少しだけ温かくなってきた風を頬にあてた。もうすぐ春だ。

「・・・楽しそうですね。」

シーツをたたんでいるレオン様を見上げた。いつからかこの無表情にもすっかり慣れた。それにたまに見せてくれる笑顔にも、ぶっきらぼうな言葉にも、それでも暖かな態度にも。

「ええ、わたくしの知らないことばかりが起こって毎日新鮮ですわ。」

「意外ですね、貴女は部屋の外に出たがらない人だと思っていました。」

外より中が好きなのは昔からだ。

「あら、レオン様お忘れですか?わたくしが一番好きな小説を。」

わざとらしく残念だわ、という声色でそう言えば、レオン様は少しだけ口角をあげて笑った。

「貴女は昔から、冒険譚ばかり読んでいましたね。」

少し胸が高鳴ったが、それは無視をした。けして嫌な感じの高鳴りではない。学園にいたころから、レオン様のささいな表情に、仕草に心臓が律義に反応していたが、相手は全くそんなこと意に介していないのだ。いちいちそれに反応していたらそれこそ面倒だ。

「そうです、王都とバージェス城と実家の往復しか、したことが無かったのですわ。今は初めての領地にいて、今度はレオン様のご実家に行くのです。わたくしにとっては大冒険。楽しいに決まっていますわ。」

「楽しいですか。それでしたら、モニカ嬢の幸せとは、どんな状態なのでしょう。」

「わたくしの幸せですか?」

そう言われても急には出てこない。強いてあげるとするならば。

「会いたい時に友人たちと会えて、皆さんのために仕事ができて、新しいことにチャレンジできる環境の整った、平和な状態でしょうか。」

やりたいことはまだまだある。麦の品種改良は、いまだ発展途上だ。今回ローファス領で寒さや冷害に強い品種の実験もしたい。いまいち食料自給率の低いローファス領では役に立つのではないかと思っている。そういうことをできたら幸せではないだろうか。かいつまんで話せば、やれやれといった顔になった。

「あなたは相変わらずお人よしですね。」

「そうですか?やりたいようにやっているだけなのですが。」

「まあ、無理のない範囲でやってください。俺はあまり麦には詳しくないですが、一緒に悩むことくらいはできますから。」

それはレオン様も手伝ってくれるということか。

「お人よしですね。」

笑ってそう言えば、俺はそうでもないですよ、と邸のほうに歩きだした。