軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3カ月後の約束

話し合いはちゃんとすんだのか、妙にすっきりした顔のリエッタ様が食堂までやって来た。私にウィンクをしてきたので準備は上々らしい。イーリス夫人が作った昼食を目当てに第三王子殿下とロイ様がいるので、大きい声は出せないが、合図としては十分だった。昼食につくちょっとしたお菓子は、イーリス夫人の特性クッキーだった。リエッタ様が昔から好きなチョコチップ入りのものだそうだ。正直イーリス夫人の作るちょっと素朴なお菓子は、なんだか懐かしい味がして大好きだ。ローファス親子とクリス殿下が食堂にやってきて、食事を始めたので、私は部屋に行って荷造りの続きをしていた。

「モニカ、ちょっといいか。」

体がこわばるのは、幼いころからの癖のようなものなのだろうか。肩に一気に力が入った。

「はい、なんでしょう、第三王子殿下。」

扉付近に腕を組んで立っていた。今部屋の中は極度に整理された状態で、まじまじみられると非常にまずい。さりげなく立ち上がり扉の外に誘導した。

「荷物が少ないな。」

「はい、日ごろから整理しております。それで、どのような御用でしょう。」

廊下に出た。馬車に荷物を積む前でよかった。後は私が堂々としていればそんなに突っ込まれないはず。

「この紙を見てくれ。」

第三王子殿下は気にしていないのか、ポケットから紙を取り出した。四つ折りのそれは顔にバツ印の入った指名手配書だった。切れ長の目に、髪の長い黒髪の男。見覚えがあるような、無いような。

「この人は・・・。」

「モニカをさらった男の一人かと思って。」

「確かに髪の長さと・・・、切れ長の目が似ているような。何分数年たっているものですから。でも、よく手入れされていた髪は覚えています。性別は男性でした。」

確証がないがこんな感じだったかも。記憶の糸を辿ったが、途中からふっと消えてしまってどうにも思い出せない。

「いや、わかった。」

言葉が途切れたときに、今の時間が気になった。さっさと荷造りを終わらせなければならない。懐中時計を取り出して時間を確認した。

「その意趣には見覚えがある。」

なぜ第三王子殿下がこの時計を知っているのだろう?バージェス家の家紋が入った時計なんて世界に数個しかない。

「おや、さようですか?」

「リチャード殿下。」

第三王子殿下が頷いたところで、ローファス伯爵がレオン様とクリス殿下を伴ってやってきた。

「リチャード殿下、国王陛下への伝言を頼んでもよろしいですか。」

「伝言?」

「はい。リエッタ様はローファス領にて、4月から数えて3カ月の間、お預かりします。国王陛下が自らその3カ月の間に迎えに来てください。その後話し合いの上リエッタ様が納得されたらお返しいたします。3カ月音沙汰がなかった場合は・・・。」

そこでローファス伯爵はいったん言葉を切った。そして言いにくそうに口を開いた。

「リエッタ様は、私の後妻に入ると言ってきかないんです。」

レオン様とクリス殿下のほうを見れば、二人とも少し遠い目をしていた。第三王子殿下もぽかんと口が開いてふさがらない。

「なぜそのようなことに・・・?」

「お互い離婚したし、いいじゃないと・・・。」

自身のことなのに急展開についていけていないローファス伯爵は、眉間を親指で抑えて揉んでいた。

「あ、そうなるとレオとは兄弟になるのか・・・。」

そういえばそうだ。現実逃避である。

「私も、リエッタ様を説得しておきますから、国王陛下も絶対来てくださいと伝えてください。来なかったら教会から婚姻届けを持ってくる勢いでした。私では、リエッタ様に口で勝てませんので・・・。」

そう、ムキムキのローファス伯爵は心優しいので、女性が困っていると突っぱねられないし、押し切られてしまう。しかも成人子持ちとはいえリエッタ様は立派な美女だ。身近に公爵夫人という美魔女がいるから感覚が狂うが、リエッタ様も十分若見えだ。そんな幼馴染に結婚を迫られたら、ローファス伯爵だって耐えられないかもしれない。それにこの世界には怪しいお薬だって存在しているのだ。身の危険を感じても仕方ない。

「くれぐれもお伝えください。恥ずかしいとか、下手なプライドは捨ててくださいと。そして一刻も早く迎えに来るように、と。」

切実な願いだった。

「あら何?みんな辛気臭い顔で固まって。」

底抜けに明るい声とともに、イーリス夫人を引き連れた話題のリエッタ様が堂々と廊下を歩いてやってきた。

「母上はローファス伯爵とご結婚なさるんですか?」

第三王子殿下がジロリと睨みつけながら言うと、リエッタ様はケロリと言い放った。

「そうよ。だから国王陛下に伝えてちょうだい!3カ月間迎えに来なくていいからそのまま離婚してって。エレンと暮らすから生活は問題ないし、王妃名義でやってた事業は全部、第二妃にあげるからそれでいいでしょ。こっちは国王の『浮気』を何十年も見逃してあげたんだから。」

ビシリ!と効果音が聞こえてきそうなほど力強く、人差し指を第三王子殿下の顔に向けた。

「なかなかいい条件ですね。」

「そうでしょ。離婚後に困ることは何もないって伝えておいて。国王陛下も邪魔者がいなくなっていいでしょ。」

「王妃陛下、何度も申し上げますが、けして、国王陛下は貴方を邪魔だと思ったことはございません。それだけは絶対です。」

「ま、そうかもね、当時は結婚するのに丁度よかったでしょうよ。」

また言い争いに発展しそうだったのでリエッタ様の袖をそっと引いた。少し背伸びをして耳元にささやいた。

(荷造りは大体終わりました。どうなさいます?)

「じゃあこのままいきましょう!」

パン、と手を叩き扉を開いた。

「レオン、エレン、クリス!荷物を運んで頂戴。そっちの部屋は準備できたー?」

「はいはい、大方大丈夫ですよ。」

隣の部屋から顔を出したヴォルデさんは外套も着て準備万端だ。両手に荷物を持ち、背中にはヴォルデさんのリュック、その上にサラちゃんを乗せていた。後ろからはシュー君を抱っこしたジェズさんがのっそりと現れた。

「母上、どういうことです?だから伝言を?」

怪訝な顔の第三王子殿下が、外套に手を通すリエッタ様に食って掛かっていた。私はそれの手伝いをしてから自分もさっさとコートを着た。その時バタバタとフィナとイーリス夫人がやって来たので、クリス殿下とともに、もくもくと荷物を馬車に運ぶことにした。

「そうよ!」

リエッタ様も自らの荷物を持って私たちの後ろをついてきた。文句を言っている第三王子殿下もついでに来た。

ヴォルデさんとクリス殿下が馬車の荷台に積むのを手伝ってくれた。

「後はクリスに任せるわ。」

「はい承知しました。」

にこりとクリス殿下は笑った。

「あの子と仲直りできるといいわね。」

「母上も、お幸せに。」

「あら、わたくしは貴方と違って今が一番楽しいのよ。とっくに幸せだわ。」

「それはよかった。でも今が一番楽しいのは、私だってそうですよ。母上の専売特許ではありません。」

軽口に軽口を返していた。その様子を目を丸くして見ていたのは、クリス殿下に肩を組まれた弟だ。

御者たちが慌ただしく、馬車の準備に追われていた。二台体制で、後ろは魔王国の使者たちと兄妹。フィナとイーリス夫人が私たちと一緒に前に乗る。クリス殿下とロイ様はここでお別れだ。

「ふん。3カ月後に見ていなさい。エレンと結婚してもっと幸せになってやるわよ。」

「あまり無理強いはよくないですよ。」

「気を使って我を通さなかった結果が王妃だったのよ。だったら今度は好き勝手やってやるわ。他ならぬわたくしの幸せのために。そしてせっかく結婚してくれるんだから、世界一エレンを愛して幸せにしてあげるわ。」

胸を張って堂々と宣言できることを、私はうらやましく思った。

「・・・お二人の様子を見ていれば、まあ、伯爵もそこまで嫌だと思っていなさそうですから、大丈夫でしょうが、そうですね、もし万が一、何か上手くいかなかった場合は、私に連絡してください。娘の養育を手伝ってくれるのでしたら、母上の面倒くらいみて差し上げますよ。」

「・・・、貴方って本当に、国王陛下に似てないわね。似てる要素が全くないわ。良かった。」

眉を下げて、少しだけ声が震えていた。リエッタ様にとってそれは、最大の賛辞であった。クリス殿下も交流の前なら侮辱だと思ったであろう言葉を、ちゃんと意図したとおりに受け取ったらしい。

「ふふっ、なんですかそれは。」

「別に。貴方は私の息子にしては人間が出来過ぎているなと思っただけよ。」

目元に光るものを見られたくなくて、憎まれ口をたたきながら、馬車の中に入って行ってしまった。

「手紙を、書きます。」

「待ってるわ。」

第三王子殿下の背を押しながらクリス殿下は、荷物を持って来たローファス伯爵とレオン様のほうに歩いて行った。

「母をどうかよろしくお願いいたします。3カ月後に再婚されなくても、連絡をいただけば私が迎えに行きますので、ご無理はなさいませんよう。しかしそれまで、ローファス領に置いてやってください。」

「王太子殿下、頭をあげてください。先のことは分かりませんが、王妃様をお守りすることをお約束いたします。」

そのやり取りを横目に私はリエッタ様の隣に乗った。ハンカチで顔を覆っていたので、いつものトランクからタオルを出し、彼女の膝の上に乗せた。

「化粧で汚すわ。」

「存分に。替えはありますから。」