軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奇才

「殿下、先ほどの発言はいけませんよ。」

よっぽどのことがない限り、苦言など呈さないロイが食堂の扉をあけながら言った。先ほどはあのオオカミにからかわれた。最初はモニカが攫われたときの話だった。それが次第に『肝の据わったいい女』となった時からリチャードの頭に来ていた。最後には『モニカさんとエレン卿を連れて帰りたいんだけど、君も来る?』そう言ってレオンにまで声をかけたのだ。今ならわかる。ただの冗談だと。だがここ数日のことですり減っていた精神には、受け流す余裕はなかった。

「ああ、すまなかった。」

「モニカ嬢が丸く収めてくれたからよかったものの。」

ため息交じりのロイに、食器の配膳をしているレオンが少し動きを止めて言った。イーリス夫人が黙って手を動かしていた。

「あれは、丸く収めたかったというより、本音が出ただけではないでしょうか。」

「本音?・・・あれが?戦場で出会ったら、手加減なしでやり合うのが?」

困惑したロイにリチャードも賛成だ。なんでそんな結論に至ったかは全くの謎だ。戦場に立つうえで、手加減してくれならわかるが、全力を出し合おう、はおかしいだろ。人間と魔族では圧倒的に人間が不利だというのに。

そこにコウモリが気だるげに食堂に来た。

「さっきはうちの連れが悪かったな。」

こちらからの一方的に無礼な発言に、このコウモリが謝る必要はなかった。半笑いの顔には呆れがあり、大きな耳が廊下の方に向いていた。呆れの大部分は相棒に対するもののようだ。

「いいえ。先ほどは私が言い過ぎました。」

ちゃんと謝罪はしておいた方がいいだろう。オオカミに謝るのは癪だが、巻き込まれたこのコウモリになら素直に謝れた。

「・・・あいつはなぁ、今でこそ蒼き賢狼と名高い忠臣だが、魔王陛下のためなら自分の命を真っ先に消耗品扱いする、頭のネジがぶっ飛んだクレイジー野郎なんだよ。独特な感性と考え方で、奇才の名をほしいままにしてはいたが、ガキの頃から浮いていてな。」

コウモリは大きな黒目を細めて、過去の風景を思い描いていた。

「あいつを真に理解できる輩なんて、魔王陛下の他には出てこねぇと、そう思っていたんだ。俺だって、いまだにあいつの考えていることはよくわからん。なのにな、さっき、あのお嬢ちゃんは読み切ったんだな。あいつの思考を。いや、もっと自然な感じだったな。」

「考えて出た言葉ではなく、たぶん本心だと思われます。」

レオンが先ほどと同じくそう主張した。それにああ、それだそれ、とコウモリも同意した。

「つまりあのお嬢ちゃんは数少ない、あいつの理解者たり得るというわけなんだよ。何度もうちに来なよって誘ってんのは半分本気なんだ。だから、気を悪くしたら、それはあいつのせいだからさ。」

だから国際問題にはしない。そう言外に言っていた。ロイが隣で小さく息をついた。

「半分は本気ととらえていいんですか?連れて行かれたら困るのですが。」

手をプラプラさせたコウモリに、レオンは真面目に聞いた。

「いや、次に会うときは戦場で、と言っていたから大丈夫だろう。ああ見えて約束は守る律義なやつなんだ。もう戦後の約束に頭がシフトしてる。」

ガチャリと扉が開いて、にこにこ笑ったモニカとオオカミが入って来た。リチャードの注意も空しくまだ仲良くしていた。二人の笑顔がなんとも憎たらしい。

「ずっと酒の肴の話をして、楽しかったか?」

からかうような声色に、オオカミは上機嫌にコウモリの隣に座った。コウモリの耳には扉一枚など無いに等しいようだ。

「おう。おいしいチーズを教えてもらったから、帰りに買いに行く。」

「ああ、はいはい。勝手にしてろよ大佐。」

そこで運ばれて来た食事をとった。途中で母上と兄上、ローファス伯爵が合流しにぎやかな席になった。外の雨は相変わらずだった。この音なら錬金術師に多少乱暴に話を聞いても、大丈夫だろう。洞窟の惨状を思い出す。どうやってあれだけの量の人間をさらってきたのか、オオカミはオークションと、裏取引ではないかと言っていたがその線が濃厚だろう。

「なんか、外がざわざわする。」

食事が終わり明日からの予定を確認していた時だった。すっかり日の落ちた窓の外をじっと、オオカミが眺めていた。雷の鳴る豪雨に、邸の周りは林に覆われていたため視界が悪い。

「なあ、ジェズ、なんか、囲まれてね?」

窓を開けてコウモリがじっとそちらを見る。

「見回ってくる。アイツラんとこ行っとけ。」

「おう。」

大きなコウモリが小さなコウモリに姿を変え、窓から土砂降りの中に飛び出していった。

「チビたちのところに行くけど、どうする?」

先ほどのふにゃりとした視線から一変、険しい眼光にローファス伯爵が口を開いた。

「モニカ嬢とフィナさん、王妃様イーリス夫人はヴォルデ殿の隣の部屋に、一緒に待機していただけますか。我々は捕まえた使用人たちの様子を見てきます。」

にわかに空気が張り詰めた。周りを囲むということはこの屋敷が何であるか知っている連中のしたことだろう。コウモリによれば逃がしたものはいないから、囲めるだけの手勢がもともと準備されていたことになる。

このグリーン領で。

「とうとうあのキツネがしっぽを出したか。」

思わず口の端があがった。積極的に兄上を支持しない最大勢力が、グリーン領だ。話を聞けば父上と結婚する前のヴィヴィエ領と状況が似ていた。財政が立ち行かなくなりつつあった。穀倉地帯であるから、治水対策や、手堅い経営をすればやっていけなくなることはないなずなのに、グリーン侯爵が始めた事業は軒並みうまくいっているとは聞かなかった。

モニカたちを部屋に送り届けて、使用人たちの様子を見に行った。部屋の前にはバージェス家の御者たちが椅子に座って見張りをしていた。変わったことはなかったらしい。小部屋に捕えてあった錬金術師も、縄で縛られたままだった。

雷が鳴って地鳴りが響いた。

ガラスの割れる音が一斉に鳴って、外の雨音が大きくなった。ろうそくが床に倒れた瞬間、火の手が上がった。

「酒瓶です!全員外へ!」

ロイが叫んだ。その時火の付いた瓶が投げ込まれて、廊下は一気に火が回った。扉を一斉に開け、使用人たちを玄関ホールに誘導した。

ローファス伯爵がいつの間にか母上たちを連れてきた。モニカとフィナはコウモリを抱いていた。

「火事ですか。」

もっと動揺しているかとも思ったが、モニカは冷静だった。腕の中のコウモリに、ここなら煙は来ませんし、雨も降っていますからすぐに消えますよ、大丈夫。と声をかけていた。

ローファス伯爵はコウモリから連絡を受けたオオカミと外に飛び出して行った。この場に使用人とモニカたちだけを残していくのはそれこそ危険だ。レオンが指示を出し火の手から遠い食堂まで避難した。

少したってローファス伯爵とコウモリが帰ってきた。

「何人か捕まえたぜ。火も消した。」

かなりの勢いだったはずの火はすっかり消えていた。部屋まで消火に使ったのであろう水が来ていた。

「グリーン侯爵家の騎士だ。ヴォルデ殿が残党を探している。」

「この雨だと飛びにくくてね。あいつは雨も雪も関係ないから。」

コウモリはモニカとフィナが抱いていた小さなコウモリたちをそっと受け取って座った。フィナがイーリス夫人の手伝いをして、使用人たちにスープを配っていた。ちょうどいいので食事をしてもらおうとのことだった。

「たぶん、私についてきたのだろうな。」

ローファス伯爵が部屋の入り口付近で立って溜息をついた。そうだとしたら、洞窟の発覚を恐れて、魔王国からの使者をもろとも殺そうとしたことになる。

「手紙を書く、グリーン侯爵を拘束するよう、父上に。騎士団を派遣しなければならない。」

レオンが筆記用具をすぐに用意してくれた。

「馬車にハトがいますので、すぐに。」

使者を切って捨てるということは、すなわち宣戦布告と同義。

「応援を要請しよう。」