軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

指切り

お湯にゆっくりとつければ、コウモリ人間の女の子はゆるゆると目を開けた。黒くて大きな瞳がくりくりとしていてかわいらしい。私がその子の体を慎重に支え、フィナがぬれタオルで丁寧に汚れをぬぐっていく。薄い羽根に穴をあけないように細心の注意を払った。お湯がすぐに茶色くなるので、それを何度か繰り返した。

「ここ、どこ?」

「ここはラペット様のお屋敷ですわ。ちょっとお体を洗いますね。熱かったら言ってくださいましね。」

「お兄ちゃんは?」

「先に入って、今はお食事をしていますわ。」

フィナが石鹼を使い、何度か流してようやく泡立った。カピカピだった毛並みは艶やかな黒になった。どうやらこの子は怪我はしていないらしい。濡れた毛並みの下から、肋骨が浮き出るほどにやせ細っているのが見えたが。

「ところでわたくしはモニカと申します。お嬢さんのお名前は?」

「あたし、サラ。」

「まあサラちゃん。よろしくお願いいたします。お年はいくつですか?」

「お年ってなあに?」

「何歳でしょう?」

そこでサラちゃんは首を傾けた。

「わかんない。」

「そうですか、困らせちゃってごめんなさい。」

フィナのほうを向けば無表情で黙々と手を動かしていた。

「終わりました。」

「ありがとう、フィナ。」

乾いたバスタオルをふたり掛かりで使い、水分を丁寧にふき取っていく。私が抱っこをして、フィナが扉を開ければ、扉の外にはソワソワしたサラの兄が、ジェズさんのかぎ爪に首根っこを掴まれていた。

「離せよ!サラ、大丈夫だったか?!」

じたばたしている彼に、ジェズさんが一言静かに言った。

「女性の風呂を覗くなんて最低だな。」

「は?覗いてねーぞ!」

テーブルの上のフルーツはいまだに手付かずだった。たぶん心配で手が出なかったのだろう。そのままサラちゃんをテーブルのほうに運んで行った。クッションの乗った椅子にちょこんと座らせた。切られ、美しく盛られたフルーツをキラキラと見つめていた。

「女性のお風呂は時間のかかるものですわ。さあ、サラちゃん、わたくしと一緒にフルーツでも食べませんか?」

「食べる。」

「おい待てよサラ!毒が盛ってあるかもしれないだろ!」

私は皮の剝いてあるフルーツではなく、皮の付いたまま籠に乗っていたオレンジを手に取った。ナイフを使ってサラちゃんとお兄さんの前で丁寧に皮をむいた。

「わたくしが先に食べましょうか?」

お兄さんの方を向けば、ぐっと詰まった。返事を待たず一口ほうばってから、サラちゃんの口元に運んだ。彼女は躊躇なく口に入れてくれた。

「おいしい!おにーちゃん、おいしいよ。」

その後も自分でパクパク食べてくれるサラちゃんにほっとしてから、お兄さんの方を向いた。

「わたくしはモニカと申します。サラちゃんのお兄さんはお名前を何とおっしゃるんですか?」

「おっしゃる?」

ベッドの上で首を傾げた彼は、大きな耳がピコっとしていてやっぱりかわいい。

「はい、名前を何というんですか?」

「・・・。」

「自己紹介してくれたのに名乗らないのは失礼だぞ。」

ジェズさんがジロリとこれまた大きな黒い瞳でお兄さんを睨んだ。腕を組んでいる姿には貫禄がある。姿は大きなコウモリであるが。

「ショー、だ。」

「ショー君。よろしくお願いいたします。」

不服そうな顔に、笑って頭を下げた。

二人の食事を見守ってから、サラちゃんがお兄ちゃんと一緒がいいと言ったので、二人でベッドに丸くなった。お兄ちゃんの羽の中は安心するのかすぐに寝息が聞こえてきた。お盆に皿を持って、音を立てずに部屋から下がった。

「ありがとうな、二人とも。」

落ち着いた低い声が、大きなコウモリから聞こえてきた。目を細めたジェズさんがいた。

「いいえ。怪我など無いようで安心しました。」

「ああ、思ったほどでなくてよかった。」

そう他愛のない話をしながら歩いていると第三王子殿下とレオン様、ロイ様とヴォルデさんが廊下にいた。何やら雰囲気がおかしい。

「おやどうなさいました?」

軽い気持ちで声をかければ、なぜか第三王子殿下に睨まれた。

「あっは。いや、ちょっとモニカさんとエレン卿を連れて帰りたいな~って言ったら怒られちゃった。てへっ。」

ぺろりと舌を出したヴォルデさんはまったく気にしていないみたいだったが、第三王子殿下の肩をロイ様が抑えているところを見ると、多分何かあったのだろう。

「なにやってんだ。」

隣からため息が聞こえてきた。衣擦れを起こしながらジェズさんが腕を組んだ。

「だってモニカさんと話すの楽しいし。」

「おやそれは嬉しいお言葉ですね。」

もちろん社交辞令のうちだろうが。

「モニカは使者殿と仲良くし過ぎだ。手違いがあれば敵国なんだぞ。」

私は一瞬身を固くした。いつもの第三王子殿下の前にいるためにおこる硬直ではない。明らかに魔王国からの使者の前で言うべき言葉ではない。失言だ。一つ間違えれば本当に戦争になる。背中に冷たいものがよぎった。少しヴォルデさんを見れば、あらま、という顔をしていた。

「そうですね、わたくしとヴォルデさんは敵国同士。もし何かあれば、戦場で相まみえることでしょう。もし万が一そうなった時は・・・、手加減は、不要です。」

私はこの場の全員の顔を見た。そんなことになってほしくない。戦いたくない。こんなに仲良くなれたのに口惜しい。

「その時は互いの、クロス王国と魔王国の生存権をかけた真剣勝負。お互い全力を、死力をとして戦いましょう。」

じっと、オオカミの瞳を見つめれば、彼はニカリと笑った。

「その心意気や見事。」

彼は胸を張った。背筋を伸ばし、目を細める。

「手加減は相手に失礼だ。全力で叩き潰すことを約束しよう。」

それはわたくしはクロス王国で、ヴォルデさんは魔王国で互いに生きて死ぬ覚悟だった。

「でもそれだけじゃ寂しいな。だからさ、モニカさん。それが終わって、お互い運よく生き残れたら、うまい酒でも飲まねぇか?」

「それは良いですね。お酒を用意しておきませんと。」

どうせなら酔いたいから、俺もいい酒を用意しておく。そう言ってヴォルデさんが右手を差し出した。握手かと思えば小指を立てていた。ああ、懐かしい。私もその小指に指を絡めた。

「「指切った。」」

そう言って二人で囁けば、不思議と叶う気がしてくるのだ。国境を簡単に超えられる日々が。友人として気軽に会える日々が。

「さあ、ではそろそろ食事などいかがでしょう?」

そう声を上げれば、ロイ様とレオン様が頭を下げてから第三王子殿下を連れて行ってしまった。

「殿下が失礼いたしました。」

私も胸を張ってヴォルデさんを見上げた。彼が私の頭をぶっきらぼうに撫でた。

「いや、かわいいもんだよ。」