作品タイトル不明
指名手配犯
少ししてからリチャード殿下を筆頭に、全員が帰ってきた。外は土砂降りの雨だ。
フィナさんが用意していたタオルを、ロイは全員に配った。もれなくずぶ濡れだった。先行でコウモリ人間を抱えていた二人もずぶ濡れだったが、そっちにはフィナさんがついて行ったから大丈夫だろう。従者たちが縄で縛りあげた、黒いローブの男を連れていた。
「先ほど、ヴォルデ殿がコウモリ人間を抱えて到着されました。今はフィナさんが部屋に案内しています。」
「そっちはどうだった?」
「隠し部屋がありました。そこから、バージェス家に勤めていたメイドの持っていた万年筆が出てきました。あの、メイドです。」
リチャード殿下とレオン君が少し言葉に詰まったのを背中に感じた。ロイは口に人差し指を持って来た。
「モニカ嬢はあのメイドのことを知らないそうです。」
振り向いて目くばせすればリチャード殿下とレオン君は少し頷いてくれた。その後ろにいたローファス伯爵は、きっと何のことか分からないだろうに、目が合えば頷いてくれた。
「それからモニカ嬢が当時森の中でなくした眼鏡も出てきました。」
「それは・・・。」
珍しくレオン君がそこで言葉を切った。
「使用人から聞いた話によればよく宝石のある部屋に、黒髪で髪の長い男、それから数人の錬金術師が出入りしていたようです。その部屋から隠し扉の先にあった小部屋に、細かい魔石が大量にあり、女性の小物も多数出てきました。」
足を止めて使用人をまとめている部屋の隣の、掃除道具が置いてある部屋を開けた。道具室だけあって狭い。縄で縛りあげたローブの男を、とりあえずそこに隔離しておくことにした。従者に見張るように言いつけ、居間へと向かう。
「王妃様、クリス殿下。みんなが帰ってきましたよ。」
ノックもそこそこに扉を開けると、モニカ嬢が出迎えてくれた。
「あ、おかえりなさいまし。」
彼女の努力の成果であろう暖炉が、火をガンガンと焚いて、この部屋はかなり暖かかった。濡れた人にタオルを手渡し、一番火の近くに案内していた。飲み物もあり、眼鏡はテーブルの端に寄せてあった。ここに来たのを聞きつけたのか、ヴォルデ殿とフィナさんが部屋にやって来た。今は部屋でもう一人のジェズ殿が、コウモリ人間の男のほうを風呂に入れているらしい。あのコウモリの爪で風呂に入れられるのか少し疑問ではある。
「モニカ嬢、こちらの眼鏡が、森でなくしたものですか?」
眼鏡を指して、レオン君が慎重に言葉を選んでいた。モニカ嬢は落ち着いてはい、と答えた。良かった先ほど動揺していた時はどうなるかと思ったが、今はいつも通りだ。
「私が攫われたとき、頬を張られ、手首を縛りあげられ、馬の背に荷物のように載せられました。その時のいずれかで落としたと思われます。」
どんな状態だったかは覚えている。アリアドネの主治医が急いで診察もして、応急処置もした。でも当時のことを直接、モニカ嬢の口から聞くのは初めてだった。あまりのことに、二の句が継げなかった。と、同時に頭にカッと熱が上った。
「どんな奴らだったかは、覚えていますか?」
レオン君の極力感情を消した声は、この部屋の総意だった。暖炉ではない怒りという名の熱気があった。
「覆面とフードしていたので顔はあまり・・・。ああそうだ、一人、リーダー・・・でしょうか。艶やかな黒髪の男が・・・わたくしが指輪でガタイのいい男に麻酔毒を刺したんですが、そのリーダーは知っていたんです。わたくしは毒としか言わなかったのにもかかわらず、『麻酔だって言っていただろ』と、そういうことを。」
「なるほど、つまりモニカが持っていた指輪は、護身用のものだとバレていたのか。」
「新緑商会で買った時、店長は護身用の防犯グッツの需要はそれなりにあるそうですが、物騒な見た目のため、貴族女性に勧める時は奥の個室に招くそうです。モニカ嬢の時もそうでした。新緑商会から確実に、情報が漏れていますね。」
クリス殿下が荷物をそれぞれに手渡していた。
「ま、みんなおかえり。とりあえず脱ごうか。着替えたほうがいい。風邪ひいちゃうからね。」
「あ、でしたらわたくしは退出いたします。」
「お嬢様お手数ですが、コウモリ人間の女の子を洗うのを手伝っていただけませんか?まだ小さい子なのですが、勝手が違いますので・・・。」
「あら、わかったわ。じゃあ行きましょう。わたくし、コウモリ人間に会うのは初めてです!」
「ありがとね、モニカさん、フィナさん。俺も後から行くから。」
ヴォルデ殿が少し笑いながらモニカ嬢たちを見送っていた。王妃様がリチャード殿下の着替えを手伝おうとして睨まれていた。
「それで、そっちは何があったのかな?」
穏やかな口調のクリス殿下はヴォルデ殿に暖炉の前に座るように促した。そのままの流れでヴォルデ殿が口を開いた。
「この屋敷から逃げ出したのはローブを着た男だった。そいつの後をつけていくと洞窟と小屋があって、その中に広い空間と無数の檻が・・・ああ、檻と言っても小さいのじゃない。人一人が入れるほどの檻だ。その中には、魔物化した人間が詰め込まれていた。生きてはいなかったがね。」
「実験だな、あれは。」
ローファス伯爵が重い口を開いた。情景を思い描いて、少し吐き気がした。
「最近、魔石を使って馬をペガサスに魔物化する話があったが、そうしている業者の中には、馬の餌に魔石の粉末を混ぜて魔物化させる輩がいるらしい。」
つまりそれを。
「人間でやったってことだな。」
着替えをさっさと終わらせたリチャード殿下がつぶやいた。魔石を加工するときに出るかけらを集めれば、実験することぐらいはできるだろう。
「なあ、あの子たちどうなるんだ?人間の国では亜人になった人間は一緒に暮らせないんだろ?確率は低いが、吸血鬼になる確率もあるもんな。あの子たちはどうやら兄妹っぽいから、離したくないし。」
ヴォルデ殿が当然の疑問を口にした。どう考えても被害者の彼らだが、体が亜人になってしまったからにはもう、この国で暮らすことはできないだろう。
「・・・、うちの、山奥で暮らせるようにすることも出来ますが。」
「それなら魔王国で引き取ってもいいか?ジェズは同種だし。」
視線を巡らせてクリス殿下で止めた。
「彼らから少し話を聞きたいね。それがすんだらこちらからお願いしたい。うちの国民を、そちらで幸せにしてやって、下さいと。」
少し頭を下げた。これがクリス殿下が国民を引き取ってくれる敵国にできる最大限の謝辞だった。
「ん、努力はするさ。ま、住めば都って言うからな。慣れれば悪くないと思う。」
「ところでそちらの探していた魔方陣は、あったんですか?」
「ああ、あったよ。これこれ。」
懐から四つ折りになっていた紙を取り出した。
「こっちで処分しとくな。」
「はい、お願いします。」
話すことはこのくらいかな、そう言って後ろ頭で両手を組んだ。彼の体重を受け止めてソファがギシリと鳴った。不思議なことに彼の毛並みはもうすっかり乾いていた。
「なあ、女性を暴行して殺し、その人の私物を取って逃げる指名手配犯。レストで聞いたことがあんだけど。」
唐突に出てきた言葉に、その場の空気が固まった。
「それは、どのような人ですか?」
リチャード殿下が慎重に聞けば、ヴォルデ殿は紙を一枚取り出した。似顔絵にバツ印の入った男がいた。
「ピピン・ヤン。数年前にレストで捕まったって話だが、どうなったかね。この時点で6人殺しているクソ野郎だからな。死刑確定だろうが、執行されたって話は聞かねぇな。」
「戦利品として被害者の持ち物を持って帰る・・・。黒髪で、長髪だな。」
食い入るように指名手配書を読むリチャード殿下は、奥歯を噛み締めているのが分かった。
「使用人にそれを見せて聞いてみましょう。」
「それで、モニカさんにヒドイことした犯人は捕まるかい?」
「「かならず。」」
レオン君とリチャード殿下の返事がかぶった。こと、これに関しては自分も同意だ。