作品タイトル不明
隠し扉
窓の外の雨の降りが徐々に強くなってきた。私はリエッタ様、クリス殿下と一緒に、屋敷の見取り図を参考に一部屋ずつ見て回っていた。邸に残ったのは、イーリス夫人とフィナ、ロイ様とバージェス家の御者2名、そしてレオン様のユニコーンで手紙を届けてくれていた従者1名だった。
イーリス夫人とフィナは、今夜この屋敷に泊まるために客間を整えてくれていた。ロイ様はバージェス家の従者たちと、捕まえた人たちから話を聞いていた。
この屋敷はグリーン侯爵からラペット王太子妃へ、譲渡されたものだということは分かっていた。しかしグリーン領内にあるここは王太子妃が来るには王都から離れており、事実ラペット妃はここに一度も来たことがないそうだ。ただ、ラペット妃が手に入れてほしいと言ったものを手に入れる拠点にしていた。手紙と物品のやり取りをたまにしていたようだった。そしてその物品を『静かの海』商会が担っていたわけだ。
「あら、ガーネット?綺麗ね。」
ずらりと棚に並べられていたのは、珍しい鉱石や宝石、そして原石だった。そういえばぜひ占いを、と言って王宮に招かれたときは宝石占いをしてもらった。ずいぶんと昔のことのようだ。
「ここに来るまでに来た道の整備には、王太子妃宮から予算が下りていたはずだ。ここに、新緑商会か静かの海か、いずれがかかわっていた証拠さえあれば、ラペットを今の軟禁状態から出してあげられるはずなんだ。」
今のところラペット王太子妃の単独犯として処理されかけているが、背景には薬を渡した人がいるはずだ。
「あなた、これ以上あの子にこだわっていると本当に王太子から降ろされるわよ。」
「・・・、ラペットが助けられるのでしたら、それでもいいと思っています。」
「あら以外ね、あなた、あの子のこと苦手だったじゃない。」
コツコツと棚の隙間を歩くリエッタ様の付く音がやけに大きい。それを聞きながら私は部屋の端にあった作業机を眺めていた。上には使い古してある魔石ランプが乗っていた。
「苦手だということと、捕まっていることは違うでしょう。それに、私は、私たちは実はもっと話し合うべきだったんじゃないかと思っているんですよ。ここ数日、母上と忌憚なく話せるようになったために、余計に。」
「そんなこと言われたら、なにも返す言葉がないわ。」
棚の隙間から見えたリエッタ様の口角が、少し上がっていたのを見て、私はひっそり笑顔になった。最近少しばかりの時間を見つけては二人で他愛のない話をしていた。レオン様もロイ様も第三王子殿下もそれに気づかぬふりをしつつ、そっとしていた。しがらみが無くなってやっと、どうでもいいことが話せるようになった。いや、お互いのことを知る有益な会話であることは間違いないが、内容はささやかなものばかりだった。
「何よニヤニヤして。」
おや、リエッタ様に見つかってしまった。
「いえ。今朝、若様が食べていたトマトスープもおいしそうだったから、夜はトマト味のスープだったらいいなと思っていました。」
「あのスープとってもおいしかったから、アンバーも食べればよかったのに。」
「あら、あなたったらまだ明るいのにもう夕食のこと考えていたの?」
「はい。お腹が空きました。」
笑いながら答えれば二人も少し笑ってくれた。
「じゃあイーリス夫人に何か作ってもらおうか。」
居間の場所を見るために、手元の見取り図を見たクリス殿下は少し動きを止めた。
「ここ、扉がある筈の場所が本棚だ。」
壁際の本棚を指した。
「もしや隠し扉ですか。」
「あら面白くなって来たわね。」
クリス殿下の両脇から見取り図を覗き込んでいた。声のワクワク感が隠し切れなかった。
「ここの部屋の半分ほどの大きさだね。普通宝石とかをこっちに置いたりしない?」
「確かにそうですね、では何があるんでしょう?」
そう言いつつ本棚と隣の棚を3人で色々探った。途中お城のギミックはこうだったとかそういう王族あるある(機密)とかを言っていたので私は一時的に記憶喪失になることにした。そういうのに詳しい二人がいじったおかげか、ギギィと扉が開いたとき、思わずおおーっと歓声をあげたのは仕方ないと思う。
中は暗かった。窓はなく四方を壁で囲まれ、その壁いっぱい天井まである棚で埋め尽くされていた。
「先ほどの机の上にランプがありました。」
点くかの確認をしてから、それを持ってくると二人はすでに入り口付近の物に目を凝らしているようだった。灯りを持っているため必然的に最初にそこに踏み入れた。
小さな部屋だがランプスタンドが部屋の端にあったためそこにかけてみた。棚には何やら名も分からない器具が所狭しと置いてあった。フラスコやビーカーなどもあり、ちょっとしたテーブルには手書きのメモと出しっぱなしの本があった。
棚に目をやると小さな赤い石、青い石、緑色の石が色ごとに分かれており瓶に詰めてあった。それが棚の一つを埋め尽くしていた。
「これ、魔石、だね、小さく砕かれている。加工用に削った魔石のかけらかも。」
これだけの魔石のかけらはそうそう見るものじゃない。いったいいくら注ぎ込まれているのか。恐ろしい。
もう一つ、向かいの棚は魔石ではなく、私の目にはガラクタに見えた。かけた髪飾りに、使いかけの香水の瓶。口紅に、歯の欠けた櫛。どれも新品ではないようだった。その中の一つに目が止まった。
片方のレンズの外れた眼鏡だ。この色は見覚えがある。手に取ろうとして指先の震えに気が付いた。フレームを握りそっと持ち上げると、丁番が壊れていて弦が片方なかった。
なんでここにある?
瓶底のレンズに、残った弦にはバージェス家の家紋があしらわれている特注品。幼少期からバージェス夫人が時期を見て新しく作り直しにつれ出してくれたので、同じような形の度数の違う眼鏡が複数、公爵家にあった。
なくした眼鏡は1本だけ。攫われたときに頬を張られ、どこかに落としたやつだ。
なんでここにある?
手の中の眼鏡を呆然と眺めていると、リエッタ様が肩をそっと抱いた。どうやら倒れそうになったらしい。とりあえず明るいところに、と二人に連れられ、広くて明るい居間に連れてこられた。
「それ、あなたの?」
「はい、間違いありません。公爵夫人に確認を取れば、これが攫われたときにどこかで、落としたものだと証明も出来ます。」
バージェス家の家紋は、一族しか使えない紋章だ。私のお父さんが紋章入りの双剣を持っていたのも、血族で、公爵閣下から許可が下りたからだ。王の紋章も使うとなったら王室にいちいち許可を取らねばならない。それ以外で紋章を掲げているものがあったら、それは紋章侮辱罪にあたりそれなりに重い刑罰が科された。それは貴族の紋章にも当てはまった。
つまりこれは世界に二つとない眼鏡だ。
これを落とした時は彼らに頬を張られ、荷物のように馬の背に乗せられていたのだ。いまだに馬の背が怖いのはそのせいもあるかもしれない。
あの時、お父さんが助けてくれなかったら、私はどうなっていたんだろう。テーブルに置いた眼鏡を眺めていたら、あの時のことを思い出してしまった。周りがやけにざわついていて、しかし私は気を配ることができなかった。