作品タイトル不明
セレナーデ
朝食をとるべく下の食堂へ行くと、クリス殿下が手を振っていたのでお隣に失礼して座った。クリス殿下の隣はリエッタ様で、違うテーブルにロイ様と第三王子殿下が朝食を取っていた。王族の方々と同じテーブルつくなど恐れ多かったのに、近頃はすっかり慣れてしまった。それもこれも隣で私にスープを解説しているロイヤル親子のせいだ。リエッタ様はムギの入った穀物入りスープで、クリス殿下はトマトとひよこ豆のスープだった。両方スープでさえ食べ応えのあるメニューだ。味はトマトが好きだが、ムギのスープには興味があった。リエッタ様と同じものを、と言ったらあからさまにクリス殿下はがっかりと肩を落としていた。いったいどうしたのだろう。
私の目の前の席にはヴォルデさんがアツアツのスープを冷ましているところだった。この世に生まれてから、すっかりオオカミ舌になってしまったそうだ。そう笑って食べていた。ヴォルデさんの相棒さんは人目を引くのが嫌いだからこの街の郊外の林に身を隠しているらしい。気にしなくても勝手についてくるそうだ。
朝食を食べ終わって馬車のほうに行くと、大きなトナカイのような生き物をローファス伯爵がブラッシングしていた。いや、私は前世を通してもトナカイを生で見たことが無かったので、この生き物が本当にトナカイなのかはわからない。私の荷物を運ぶ手伝いを、レオン様と一緒にしてくれていたヴォルデさんが、しっぽをふわふわとさせながらローファス伯爵に声をかけていた。
「今日も後ろに乗ってもいいか?」
声を聴いただけでも弾んでいるのが分かる。
「ああ、かまいません。」
やった~と言いながらくるんと一回転する彼は、この馬小屋で確実に一番可愛らしかった。馬小屋の中はいななきが聞こえ、少しざわついているようだった。
「そこまで特別なのですか?」
私がその彼に声をかけると、彼のしっぽがピンと立った。
「そ~なんだよ!聞いてよモニカさん!」
それから声の大きさを落とした。
「俺って、狼じゃん?」
「はい。」
「だからさー、馬とか草食動物を本能的に怯えさせちまうんだよ。ほら、俺たちが初めて会った時も馬が怯えてなかなか止まらなかったでしょ?あれたぶん俺のせいだと思う。動物ってそういうのわかるんだよね。」
確かに、今は最高に可愛いわんこに見えているが、人間よりも大きい筋肉隆々の狼なのだ。それが縄につながれた馬たちはどうだろう。自分がメインデッシュになった気持ちだ。
「俺は今まで一度も馬の背に乗ったことがねかったんだ。ユニコーンもペガサスもダメ。馬車はギリギリだわね。乗せてくれるのはワイバーンとかさ、そっち系。いや、いいんだけど、かっこいいけど、地上を歩きたかったというか。それなら自分で走れって言われるし。そうじゃないじゃん。馬みたいのに乗りたいんだって。」
「確かに、馬にとって背に乗せるということは、狼に常に背を見せているということになりますね。」
少し馬小屋の奥に目をやればどうどうと馬を落ち着かせている姿が見えた。
「でもね、彼女は違うんだよ。」
「立派な角を持つのに、彼女なんですか?」
「そうそう、モニカさん詳しいね!トナカイと同じでメスに持つのが生えるんだよ。あっちのヘラジカはメスには角はないんだけど、こっちはあるほうが魔物に対抗できるからなのか、メスも角が生えることが多いんだよ。」
あっちとは私たちの前世である地球のことだろう。
「まったく一緒というわけではないけど、いろいろと似ているところがあるんだ。大きいところは変わらないね。彼女のすごいところは、エレン卿を信頼しているところだよ。」
ローファス伯爵に引き連れられ、およそ蹄の音とは思えないごつごつとした足音を鳴らしながら、私たちの前を悠然と歩いていた。体高は2メートルあるヴォルデさんよりも高い。
「セレナーデはエレン卿を信頼しているんだ。だから俺が乗っても大丈夫。主人が許可を出しているからね。」
それはきっと1日1日積み上げてきたものだろう。美しい旋律だ。
「素敵な名前ですね。」
「本当にそうだよ、毎日同じことをできる人間がどれほどいるか。ああ、エレン卿を俺の部下に欲しいんだけど。もちろんセレナーデと一緒にさぁ。」
「高く評価していただけるのは嬉しいですが。」
だよね~と笑ったヴォルデさんとともにローファス伯爵の元に行った。レオン様に声をかけられて私も馬車のほうに行った。
馬車に乗ると調度セレナーデの背の二人と目線が合う高さだったため、窓を開けた。
「そういえば先ほど、ワイバーンに乗ったと言っていましたよね。どんな生き物なんですか?」
「ワイバーン!?」
向かいに腰かけたクリス殿下が目を輝かせていた。思わず私は笑いが吹き出してしまった。確かに殿方が好きそうな話だ。
「ヴォルデさんが乗ったことがあるそうです。」
「詳しく。」
クリス殿下は周りを気にする様子もなく、一直線にヴォルデさんのいるほうに席を詰めた。にやりと笑ったヴォルデさんと目があったが、しかしこまった顔になった。
「おう、いや、おとなしい子だったんだけどよ。ほら、ワイバーンたちって自分は首を動かさないで羽ばたくだろ?だから本人はいいんだけど、胴体に乗ってると酔っちゃって。ドラゴン族はそういうのを分かってくれる奴もいるんだけどな、年の功だよな。ワイバーンは若い個体が多くて。かっこいいんだけどな~。」
ごめんな~あんま参考にならなくて、と笑っていた。
「いえ、どんなワイバーンに乗ったんですか?色々種類があると聞きました。」
「俺が乗ったのはアイスワイバーンだった。あいつな~くしゃみでつららを出しちまって、それがこっちに飛んできて危うく死にかけたんだ。ファイヤーワイバーンじゃなくてよかったけどよ。あ、ファイヤーワイバーンはかっこいいよな。他にもいろいろいたよ。あでも、乗るんだったらタイガー系だったらいいかも。あんまり乗り心地はよくないけどな。」
「ファイヤーワイバーン、酔うと分かっていても一度は、乗ってみたいな。ドラゴンの背に乗るのには憧れがある。」
「うん、その心意気やよし。魔王国に来る機会があったら、乗れるように手配してやるから、俺に言えよ!」
その後も意外と話があったのか、ヴォルデさんとクリス殿下が他愛のない話をして、私はリエッタ様とその話に少しばかり混ぜてもらっていた。
最寄りの町から少しばかり森の中に入って行ったところにあるのが、ラペット王太子妃の邸だ。私たちの一団以外は森の中から鳥の鳴き声が聞こえるような、静かなところだった。本当にこの先に邸などあるのだろうか?
「ねえエレン、さっきからなんでした向いているの?」
「いえ、馬車にとっては舗装されていないので揺れるかと思っていたのですが、あまり揺れないので、思ったより道がいいですね。」
それは馬車でよく往復して踏み固めているということではないか?それも定期的に整備に手が入っている。こんな人里離れた場所で。
「あ、見えてきたね。」
ヴォルデさんの声に窓から少し顔を出すと森の中に突如、不釣り合いな王都にありそうな貴族の別邸が見えてきた。
「いきなりですね、まだかかるかと思っていました。」
私がそう呟けば、リエッタ様が少し渋い顔で口を開いた。
「隠されていたってことよ。道からは直接見えないように、木の配置が考えられているってこと。しかもこの作りは新しいわね。いかにも王都住の貴族が別荘としてほしがりそうな外観だわ。」
邸の前について外で事前に決めていたらしい手順で第三王子殿下を中心に動き出した。レオン様がユニコーンのモカから降りて門を開け、第三王子殿下が指揮を執って邸を制圧した。
「ジェズが後ろから逃げた奴らを追うって。魔法陣がありそうなのはあっちだから、俺はそっちに行くけど、どうする?誰かついてくる?」
ヴォルデさんが小雨が降り始めた窓を見ながら言った。邸にいた使用人たちを一つの部屋にとどめ、抵抗したものは気絶させ縄を巻いていた第三王子殿下が、クリス殿下の顔を見た。
「私はここで待っているよ。ヴォルデ殿が行くならローファス伯爵は一緒に行くだろうから、レオンと行っておいで。」
クリス殿下がそう言ったがいまだに少し渋っていた。残るメンバーが、私とリエッタ様とクリス殿下で、また逃げられては困るということだろう。
「さっさと行ってきなさいよ。わたくしたちはエレンとレオンを置いていかないんだから。」
リエッタ様の言葉に、第三王子殿下はようやく顔をあげてヴォルデさんたちと小雨の中を出て行った。