作品タイトル不明
二つの再会
深い溜息をついた第三王子殿下は、足の上で組んだ手を見ていた。
先ほどから視線に耐えながら観察していたが、怒ってはいない。呆れてもいない。しかしそれでも何を考えているのか全く分からなかった。泡立つ肌をおさえきれない。思わず腕をさすっていた。
きっと第三王子殿下はわたくしの願いを聞き入れない。今まで一度たりとも聞き入れられたことが無いのだ。そんなことは分かり切っていた。しかしこればっかりは譲れない。
「モニカは数年前、ラペット元王太子妃の製造したクッキーを私にくれたよな。」
「はい。当時は王太子妃殿下がお作りになったものとは知らず、お渡ししました。」
「そうだな、当時は元王太子妃が私に毒を盛るとまでは思われていなかったから、『事故』で処理されていたが、今なら王都に出頭を命じることはできる。」
確かに限りなく黒に近い。共犯だと言われても仕方ない。
「それはつまり、第三王子殿下にわたくしが、洗脳薬を盛ったということですか。」
「ああ、シエナ嬢を婚約者に仕立てるために、薬を使った、そうではないか?」
「それは、バージェス家が第三王子殿下を手放さないために薬を使ったと、そういう解釈ですか?」
「一般的にはそう思うだろう。」
確かにそういう面はある。シエナ様への好感度を上げるために薬を使ったのは事実だ。
「それならわたくしが殿下に薬をわざわざ飲ませなくても、婚約者のままでよかったはずです。」
「そうだ。だから関わっているのは、モニカだけだ。バージェス公爵家は関わっていないとみるのが妥当だろう。モニカはシエナと私を婚約させたかったんだ。正攻法では成されないとみて薬を使った。どこで情報を入手したのか、どんな効能か知っていたのかは王都で聞こうか。」
「ここでも構いませんわ。どんな効果なのかは知りませんでした。ただ、占い館の近くに雑貨屋があったので寄っただけでしたし。」
こんなことになるならクッキーなんて送らなきゃよかった。
「わたくしがクッキーを贈らなくても、第三王子殿下はシエナ様と婚約されていたと思っておりますし。」
「あの日から明確に、私の思考が鈍くなったのは事実だ。」
「それは、申し訳ありませんでした。まさかそんなになるとは思いませんでした。」
「今でも時々、『そうなる』んだ。シエナを前にすると口と体が勝手に動くんだ。」
ちょっと待って。
たかがクッキーが、そんなに効果が続くだろうか?洗脳薬という危ない薬まで持っているラペット妃が、効果抜群のクッキーを作ったというのはあるかもしれないが、あれは一般に売られていた。そんな危ないクッキーを、一般販売するだろうか?第三王子殿下は明らかに人が変わったようになった。だったら一般人でもそうなっていてもおかしくない。
「ミランダさんならそういう情報は聞き逃さないはずですから、やっぱりおかしいですね。それは本当にクッキーの効果なんでしょうか?あまりに効きすぎていると思うのです。一般に売られていましたのに。」
「では他に何かがあると?」
いぶかしげな第三王子殿下には言えないが、『ゲームの強制力』という力なら説明がつく。もしくは・・・。
「断続的に摂取されていた、とかでしょうか?」
「なくはないな。」
すっとベンチから立ち上がった。
「どちらにしても、王都に連行させてもらう。」
ああ、ここで抵抗すればバージェス公爵家にもレオン様にも迷惑になってしまう。せめてリエッタ様だけでもローファス領に逃がしてあげられないだろうか?まだ交渉する余地はあるのだろうか。
殿下の手がスローモーションでこちらに迫ってくるなか、やけに重い蹄の音が隣を行く通りに響いた。
ごつ、ごつ、ごっ。
「あ、モニカさんじゃん!わあ!久しぶり!」
大きなトナカイのような生き物に、聞き覚えのある声がした。視線は馬より一回り大きい動物の背に向いた。そこには青銀色の毛におおわれた狼がいた。ただし二足歩行だ。
「あ、ヴォルデさん?」
ぴょいとトナカイの背を下りて私の側に寄ってきた。そのトナカイの背からまた声がかった。
「モニカ嬢、久しぶりだな。」
そこにいたのはローファス伯爵だった。なぜ、二人が一緒にトナカイに乗っているんだろう?
ひらりと地に降り立ったローファス伯爵は、トナカイを道からベンチの前に寄せた。
「ヴォルデ殿とお知り合いですか?」
「え、あ、はい、数カ月前、攫われたときに・・・、助けてくださいました。」
「一緒に逃げ出したんだよね~。いやあ、また会えるなんて思わなかった。俺的にはエレン卿と知り合いって方が驚きだよ。」
相変わらず明るくて場の空気が一気に軽くなった。
「実は今回は魔王陛下の使者として正式に派遣されたんだよね~。」
「魔王、陛下?」
ここまで黙っていた第三王子殿下が口を開いた。ヴォルデさんはニカリと笑った。
「そう、魔王国、国王陛下。その公式使者。」
「エレン!」
言葉を続けようとしていたヴォルデさんを圧倒する大きな声で、リエッタ様がまっすぐローファス伯爵のほうに駆け寄ってきた。伯爵が挨拶をしようと体をそちらに向けたが、その胸にリエッタ様が飛び込んできたため、不発に終わった。
「あ、王妃さ「エレン~~~!!もう嫌、もう無理、耐えられない!あんなところにいるの我慢できない!助けて・・・。」
流石前線で魔物を退ける軍人であるローファス伯爵は、リエッタ様が不意で胸に飛び込んでも、びくともしなかった。ただかなり驚いた様子だった。主にいつも気丈なリエッタ様の瞳から次から次へと流れ落ちる涙には、大いに動揺していた。
「何かあったのですか?リエッタ様。」
「私も離婚届け書いて出てきてやったのよ!」
「え、と・・・どういう経緯で・・・?」
「もお嫌になったの!」
とりあえず泣き出したリエッタ様を落ち着かせるため、ローファス伯爵は背中をポンポンと優しく叩きながら、あとを追いかけてきた息子と、いつの間にか合流していたクリス殿下たちに視線を向けていた。
第三王子殿下も、後から来たクリス殿下も、母親がすがって泣くところなど見たことなかったのだろう。二人の様子を見て固まっていた。
「とりあえずどこかに移動したらどう?」
小声でヴォルデさんが私に話しかけてきたので、集合場所にするつもりだった宿屋に向かおうかと、レオン様と小声で話し合った。どちらにしろリエッタ様がもう少し落ち着いてからとにしようとなった。
今度はイーリス夫人がローファス伯爵とリエッタ様と道の向こうに移動し、落ち着かせていた。私たちはヴォルデさんとともにフィナと第三王子殿下の護衛のいるこちら側に移動した。
「そちらの話し合いはどうなりました?」
「決裂しました。何とか逃げなければなりません。第三王子殿下はわたくしを連行するおつもりです。」
嘆息とともにそうですかと、それだけかえってきた。唇に手を当てて何やら考えていた彼だが、ふいにこちらを見た。
「このまま行ってもいいのですね?」
それは最終確認だった。このまま第三王子殿下と一緒に王都には戻らなくてもいいのか。ローファス領に行ってもいいのか。私の答えは決まっていた。
「はい。むしろレオン様はこのままで、良いんですか?」
気になるのはそっちだった。私の決定は第三王子殿下の命に、レオン様を背かせるということに他ならない。二の足を踏むのはどちらかと言えばレオン様の方ではないか?
「ええ構いません。貴女を領地に連れて行くと決めたのは俺ですから。ただ、貴女が望まないのなら、」
「絶対に行きます。」
食い気味に答えれば、それなら問題ありません、といつも通り無表情に言ってくれた。ちゃんと言葉で確認を取ってくれる。それに私はまたひどく安心した。