軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

顔をあげて

クリス殿下の足になる馬と馬具、それから旅支度をするために、手分けをして買い物をすることになった。ロイ様とクリス殿下は馬を買いに行き、私はリエッタ様、レオン様、フィナと侍女長と一緒にクリス殿下の分の荷物も用意する。リエッタ様の準備もあるのでクリス殿下の旅支度はついでだ。ロイ様の馬は私たちの馬車と一緒に宿屋の厩につないでいたので、買い物の後は結局全員が集まることになる。

第三王子殿下の足はもう隣町に向いているだろうと思えば、少し気が楽だった。

私はレオン様とリエッタ様の意見を聞いて、防寒具の見直しをしていた。

「あんたは髪が黒いからこういう濃紺がいいわね。」

「そうですか?俺はこっちの空色の明るいほうがモ・・・アンバーさんの好きな色だと思います。」

二人は私の毛糸の帽子や襟巻きばかりを見立てていて、ちっとも先に進まない。レオン様の持っている空色の一式を手からとった。

「わたくしの物はもう買いました。リエッタ様はご自身の、レオン様は若様のを選んでください。」

そういってレジにもっていけば、レオン様がリエッタ様に肘で突かれているのが見えた。何をしているんだろう。外で待っておりますから、と出て行こうとすれば、荷物を持った侍女長が一緒に出てきた。フィナの分の防寒具もリエッタ様が選んでいるようだ。侍女長と店を出て道の端で待っていた。それなりの往来があり、たまに馬車が通っていた。しかし一番の大通りからは入ったところなので目立たない。だから沈黙がかなり気まずかった。

もともと私はこの侍女長には嫌われていたのだ。もともと王妃様についていたと聞いて納得したものだ。しかしまさか公爵家をやめて、リエッタ様について行くとは思わなかった。

「あの、侍女長は防寒具を買わなくてもよいのですか?」

「もう買いました。色など選ぶのは若い方がやればよろしいの。それにもう侍女長ではありません。」

「・・・あ、」

思わず言葉に詰まってしまった。私はあの屋敷にいながら、侍女長の名を知らなかったのだ。古い記憶すぎて全く覚えていなかった。

「申し訳ないですが、お名前をお聞きしても?」

とても気まずかった。だって8歳で公爵家にやってきてこれでも今年で18歳。10年も侍女長の名前を知らなかっただなんて。ああ、やってしまった。そう思って恐る恐る彼女の顔を見れば、予想以上に驚いた顔をしていた。

「ああ、そうですね、わたくしは、貴女にそういう扱いをいたしました。名乗ってもいなかったのですね。わたくしは。」

「いえ、あの、子供の頃だったので覚えていなかったのです。すみません。」

「あなたは悪くありませんよ。小さかったのですから。・・・改めまして、イーリスと申します。フィナからはイーリス夫人と呼ばれております。」

「わかりました、イーリス夫人。よろしくお願いいたします。」

そこでまた両者黙ってしまった。夫人ということはご結婚されていたのか。そういえばリエッタ様の乳母だったと聞いた気がする。じゃあお子さんもいるのだろうか?

少しの思考の後、それらの質問を口に出そうとした時だった。後ろから迫っていたブーツの音に気が付かなかった。

「モニカ。捕まえた。」

右腕を急につかまれた。無遠慮な力で握られ、先ほど買った防寒具の紙袋を取り落としてしまった。

「第三王子殿下。」

私の体は訓練された犬のように、第三王子殿下の声だけで動かなくなった。呼吸が浅く繰り返されていた。心臓は早鐘に鳴り、頭では振り払って逃げるべきだと分かっていたが、思ったように足が動かなかった。

「まったく、やっぱりアマンダに来たか。グリーン領本領まで行くかとも思ったが、兄上がいるならここでいったん止まると思ったんだ。」

腕を引かれて、足が勝手ついて行った。

「なんでこちらに・・・?」

「今言っただろ?」

どういうことだ、なんで私の腕を引いているのか。どこに連れて行かれているのか。

「殿下!」

肩を掴まれて、私はやっと我に返った。自分の意志で止まることができた。

「レオ・・・。」

「お待ちください。モニカ嬢、大丈夫ですか?」

「はい、はい。大丈夫ですわ。」

いつの間にか私と第三王子殿下のあいだに、レオン様が割り込んで背で庇ってくれていた。それが心強かった。

お前に顔をあげて話せと言わなかったの?下ばかり向いて歩かないで、前を向いて歩けとは言われなかった?迷惑ではないから目を見て話せとは?それに怒っていないとも言われなかった?

そうだ、私は第三王子殿下と、対話が足りていない。

「第三王子殿下、少々お話したいことがあります。あちらのベンチに行きませんか。」

道沿いのちょっとした広場に、街灯とベンチが置いてあった。そこを指せば第三王子殿下はレオン様のほうを見た。

「じゃあレオ、モニカから離れろ。」

「お話があるのなら、離れたところから見守っていますが、先に殿下がモニカ嬢の腕をお放し下さい。また、きっと痣になっています。」

思いのほかすぐに腕を開放してくれたので、腕の状態を確認した。確かに少し赤くなっていた。大したことない。レオン様と同時にほっと溜息をついた。物理的に第三王子殿下と距離が出てきたため、心理的にもだいぶ軽くなったし、あの、第三王子殿下過激派のレオン様が間に入って助けてくれたのだ。レオン様の顔を見れば、いつものポーカーフェイスだ。視線は殿下のほうをむいていたが、私はその顔を見て口元が緩むのをおさえきれなかった。

「なにか?」

「いいえ。」

戻ってきた視線から顔をそらし、心配顔のリエッタ様とフィナのほうに行った。イーリス夫人が私が落とした買い物袋を拾ってくれていた。

「少し第三王子殿下とお話してきます。」

「あら、大丈夫なの?」

「はい。わたくしは第三王子殿下とお話ししなければなりません。何も言わずに来てしまいましたから。」

「ふうん。別にいちいちリチャードに報告しなくてもいいでしょう。」

「いえ。第三王子殿下がバージェス公爵になったあかつきには、上司になりますから。」

ああそうね、とリエッタ様がため息交じりに答えた。

ベンチに座った第三王子殿下の目の前に、私は立った。

往来の激しい大通りを挟んで、あちら側にはレオン様たちと、第三王子殿下についてきたユニコーン部隊が固まっていた。道を挟んですぐの場所であるのに、あちらの声は全く聞こえない。ここならゆっくり話せるだろう。レオン様に少し手を振れば、振り返してくれた。大丈夫、ちゃんと見ていてくれている。第三王子殿下は、最後お会いした時より少しやつれているように感じた。足と手を組んで私のほうを見た。私は思わずいつもの様に目線をそらそうとして、やめた。

ちゃんと、顔を見てお話ししなければ。そう思って視線を受け止め返せば、第三王子殿下のほうから逸らしてくれた。

手が震えていたが、そんなものは無視をした。大丈夫だ。第三王子殿下は怒っていない。そう、私は知っているのだ、第三王子殿下が本気で怒った時は、周囲の気温が下がるほどの気迫を感じるのだ。今はそれがない。シエナ様と一緒にいる時の、気安い第三王子殿下だ。私は勢い良く、頭を下げた。

「この度は次期バージェス公爵になられる第三王子殿下に、何もご相談なくローファス領行きを決めてしまい、誠に申し訳ありませんでした。」

私はそこで言葉を切ったのだが、第三王子殿下からの返事はなかった。しかし思ったより静かな声が返ってきた。

「相談していればこんなことにならなかったのにな。姉上だってモニカを侍女にと考えていたようだったし、言ってくれれば王都に一時避難所を作って匿うことも出来た。卒業まで表立って動けなかったが、卒業すれば時間に余裕もできるからどうとでもなったんだ。」

声には疲れたという感情しかなかった。大丈夫、怒ってない。

「はい。しかしわたくしがローファス領行きを決めたのは、王太子妃の話が出てくるもっと前からです。」

頭を下げたままの私に、第三王子殿下はベンチの隣を叩く音を立てた。

「座れ。」

「お言葉ですが、そこはわたくしの席ではございません。学園を卒業いたしましたので、わたくしは一貴族であり、臣下です。」

そう、今まで学生だということで許されていた大部分は、もう卒業した私には当てはまらない。王族と並んでベンチに座るなど、一貴族としてはもってのほかだ。唯一第三王子殿下の隣に座れるのは、妃となるシエナ様のみだ。

「座れと命令したら?」

「この場に。」

そういってひざを折ろうとすれば、やめろと鋭く言われてしまった。びくりと肩を震わせて心臓がきゅっとなった。今までの私ならそのまま縮こまっていただろう。しかし私は顔をあげてお話しすると決めた。視線が合うまで顔をあげて第三王子殿下のほうを見た。

「なんでお前はいつもそう、頑ななんだ。」

眉毛を下げて、困惑の表情の第三王子殿下がそこにいた。震えはまだあるが、大丈夫だ。怖いが、怒ってないのは分かった。

「わたくしは昔から頑固ものなのです。」

「知ってる。」

はあ、とため息を一つついていた。

「とにかく、王都から出る必要はないし、生活の保障はしてやる。少し不自由かもしれないが、兄上の次の結婚相手が決まるまでそうかからないと思う。なんだって用意してやるから王都に帰るぞ。」

声には険しい感情が出ていた。私はじっと、第三王子殿下のエメラルドの瞳を見た。怒ってはいない、しかしなんだろう、いつもの力づよい第三王子殿下ではない。今までなら命令だと思った言葉なのに、今は違うと感じた。

「いいえ、わたくしは帰りません。ローファス領で文官になるのです。」

「なぜ?バージェスから遠いところで学んで何になるんだ?王都でだって学べるだろう。」

今までなら攻められていると思っただろうに、今は違うと思った。

「実践に勝る学びはありません。それに・・・。」

そうだ、違う。王太子妃になりたくないからとか、文官として働きたいとか、第三王子殿下のことを一人で支える自信がないとか、私がローファス領に行きたい理由はそうじゃない。

「第三王子殿下、わたくしに、レオン様に恋する時間を下さいませんか。」

調度、馬車が私とレオン様の間の道をガラガラガラと走り抜けて行った。初めて、第三王子殿下に本心を言った気がした。