軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

路地裏の花

無事にアマンダにたどり着いたとき、馬車から出てきた私たちの表情の暗さに、レオン様が心配して先に遅めの昼食を取ろう、と提案した。大衆食堂では昼過ぎだということもあって、人は少なかった。馬車の番をしている御者の分も合わせて、さすが小麦の一大産地であるグリーン領で、パンの種類が豊富だった。店の中にはパンの置かれた棚があって、好きなパンをレジに持って行ってから店内でも食べられるようになっているようだったので、人数分のパンを買うべくレオン様と選んでいる時だった。

「何かあったんですか?」

そっとそう話しかけられたので、私も声のトーンをおさえた。

「いいえ。奥様と若様が少し、膝をつき合わせてお話ししていたのですわ。そんなにひどい顔をしていますか?」

「いえ、二人は考え込んでいらっしゃいますが、貴女は妙に晴れやかでした。」

「わかりますか?あのお二人なら、いつかきっとわだかまりも解けるような気がしたのです。」

私が笑って答えれば、レオン様は考えるしぐさをした後、そうですか、と話を終えた。

「それよりも、なんだか雑穀が混ざったパンが多いですね。グリーン領ではこういうのが流行っているんでしょうか。食感もあっておいしそうですね。」

前世でもライ麦パンなどがたまに食べたくなって、スーパーで母にねだったのはいい思い出だ。私がトレーにそれを数個取れば、レオン様は渋い顔をした。

「・・・、こういうのは小麦の産地では珍しいと思います。脱穀された白いパンを食べるのが普通でしょうから。」

そういうものなのだろうか。後ろに待機していたフィナが、声を潜めて私に話しかけた。

「お嬢様、そういうパンは混ざりパンと言って、普通の平民もあまり食べません。貧困層が食べるものですわ。」

「あらそうなの?おいしそうなのに。こっちのほうが栄養価が高そうね。」

そういえば私の実家でも、時折こういうのを食べていた。そんなに貧困ではなかったと思っていたが、王都の基準ではそうなのかもしれない。

「・・・?じゃあなんでこの食堂には売っているのかしら?」

レオン様が難しい顔をした。

「グリーン領の最近の小麦の収穫量は、平年通り特筆して言うことはなかったと記憶しています。備蓄量も、他領に回る量も・・・。」

「バージェス領は数年前から比べればだいぶ安定してきたはずですわ。今では不足していた備蓄も以前の水準まで戻しましたし。その間こちらで何かあったとは聞いたことが・・・、あ。」

「思い出しましたか?あなたに新緑商会で話を聞いてほしいと、リチャード殿下が言った事がありましたよね。あの時は特に問題はないと思ったんですがね。あれ以来殿下はちょくちょくグリーン領の小麦の資料を読み返されていました。きっと何かに気が付かれていたんでしょう。」

あれは何年前だ?それほど前から第三王子殿下はこの違和感に気が付いていたと、そういうことか?あの時実際に話を聞いた自分は特に違和感は感じなかったというのに。

背筋がゾッとした。あまりに思考が違い過ぎる。

「レオン様はいったいどうやって、第三王子殿下のサポートをしていたのですか。」

「石にかじりついていたとしか。」

そんな事私にできるだろうか?

会計を済ませてテーブルに行くと、少し空気が軽くなっていた。

「リエッタ様、珍しいパンがありましたよ。」

「あら、混ざりパン?」

「ご存じなんですか?」

「ええ、よく孤児院へ行った時に、ごちそうになっていたわ。結構おいしいわよね。」

「わたくしは初めて食べますわ。楽しみです。」

クルミやナッツ、干しぶどうが入っているものもあるのよ、と教えてくれた。ちぎって口に運べば、思った通りの私の好きなタイプのパンだった。はじめのうちは少し複雑な顔をしていたフィナも、私がおいしいと食べるのを見て、何やら吹っ切れたらしい。頼んでいたナッツとチーズがかかったサラダと、トマトスープが運ばれて来たので、食事をスタートすることにした。

「ナッツとチーズの組み合わせっておいしいんですね。パンも香ばしくておいしいです。」

クリス殿下もリエッタ様と私がおいしいと食べるから、恐る恐るといったようにパンを口に運んでいた。

「これ、いつものよりも少し硬めだけど、小麦の味がしっかりしていて、しかも食感も風味もいいね。おいしいよ。」

そういって穏やかに食事をしていた。この後買い物もあるしリエッタ様とクリス殿下の荷物も用意しなければならない。やることは山積みなのだ。心なしかお二人の雰囲気も良くなったので、少しばかりゆっくりとしていた。

「まずはクリス様の馬の調達をしなければなりませんね。」

食事を済ませ、ロイ様が店の扉を開けたまま言った。

そのまま私たちは外に出たところで、大通りにつながった広場のほうが騒がしい。好奇心をおさえきれずにそちらを凝視しようとしていたが、レオン様に腕を掴まれた。

「まずいですね、ひとまず裏路地に入りましょう。」

『なんだお前!亜人のくせに!』

返事をしようとしたが、怒鳴り声が聞こえてびくりとレオン様の腕にしがみついた。こういう時小心者の自分の心が嫌になる。レオン様はそれを振りほどきもせずに、前を行くロイ様とクリス殿下の後ろについて行った。

「ああ、まずいところに出ましたね。」

少し焦りの含んだロイ様の声がした。今はまだ朝と言える時間だったが、独特の香水の香りがあたりに漂っていた。甘く、そして化膿した体の組織のようなニオイだ。後ろからリエッタ様が私の頭をフードの上からポンとたたき、小さくささやいた。

『いいこと、アンバー。絶対に顔をあげてはダメよ。』

頷くのと同時に、前を行くロイ様の足が止まった。

「この道に入って、何もしないで出て行く気?顔のいいお兄さん。」

若い女性の声だ。しかし声には艶がある。足音から一人ではないみたいだ。

「すみません。少し迷ってしまいまして。今すぐ出て行きますので道を教えていただいてもよろしいですか?」

ロイ様のいつも通りの穏やかな声だ。きっと笑顔も見せているのだろう。

「いやだわ。アレも入荷したし、サービスもするからちょっと寄って行ってよ。」

しかし彼女たちは引き下がらなかった。

「アレって何だい?」

私も思ったが、クリス殿下が聞いてしまった。

「アレって言ったら、アレよ。」

また別の女性の声がした。

「みんなが元気になっちゃうアレ。」

そう言ってくすくすと笑っていた。うわ、聞かなきゃよかった。もしかしなくともここは娼館街では。そんなところに売っている怪しい薬を買うわけがない。

「へえ、いいね、一つ貰ってもいい?」

なんで買うんですか、クリス殿下。

「いいわよぉ。お兄さんは?どうする?もちろんこの中で使っていってもいいわよ。どの子がお好みかしら?」

お金を払っている殿下の隣のロイ様に、女性がさらなるアプローチをしていた。

「ああ、ごめんね、そのお兄さんは僕のなんだ。それで、出口はどっちかな?」

クリス殿下が爆弾を、おそらく笑顔で投下しその場が一瞬静まりかえった。小さな声がして、あっちです、とまた別の女性の声がした。

「ありがとね、今夜使わせてもらうよ。」

さわやかに手を振りながら堂々と通りを抜けて、川べりの欄干にたどり着いた。どっと疲れて欄干にもたれかかった。

隣のクリス殿下は買った薬を光にあてて何やら難しい顔をしていた。

「若様、それは・・・。」

言ってから、聞かなきゃよかったと後悔した。しかしクリス殿下は気にしていなかった。

「ああ、ちょっと気になることがあるんだよね。さっきの女性はこの薬が、最近また入荷した、というニュアンスで言っていたよね?普通の合法的な精力剤なら、グリーン領で枯渇なんてしないんだよ。植物も動物も薬草も何でも栽培、飼育しているのがグリーン領だからね。でもさっきの女性たちはみんな違う店の子たちだったから、少なくとも4件で、この薬は枯渇していた。そこまで珍しい薬ってことだね。」

4人も女性がいたのか。

「何か引っかかることでも?」

ロイ様がそう尋ねれば、ああ、と呟いた。

「最近王都の繁華街で、流行っている薬があるらしいって、リチャードがね。」

薬。また嫌な予感がする。

「リチャードが、ラペットに盛られかけた毒薬は、強力な催眠剤だということが分かったんだ。」

「催眠剤・・・?」

「一度で自我をおさえて、自分の言うことを聞かせる作用を持つ催眠作用のある薬だよ。ラペットはこれをリチャードに飲ませて、自分のいいなりにしようとしたんだ。『赤い虜』っていうふざけた名前なんだけどね。繁華街で流行っている、コレはそれを何十倍にも薄めたものだと考えている。コレの作用としては媚薬に近いかな。ま、繁華街で流行るよね。」

王子殿下に飲ませるにはあまりに危険な薬ではないか。いや、待て、媚薬ならゲームに出てきた気がする。確か全ルート共通のイベントで、ライオルト様と街中の散策に行くイベントだ。くじ引きの景品でピンク色の小瓶を手に入れたシエナ様とライオルト様が、偶然出会った第三王子殿下にそれを渡して調べてもらうやつだ。序盤にある地味なイベントなのですっかり忘れていた。その後の調査を、殿下は進めていたのだ。ちなみに渡さない選択肢もあるので、その時はアイテム欄に『恋の叶うおまじない』と書かれていた。

「恋が叶うおまじないって名前の小瓶があるらしいとは、聞いたことがございます。それがどんなものかは知りませんが。」

一応報告しておこう。効果は確か好感度をあげたり下げたりする、というアイテムだったはずだ。ランダム性が高いわりに初期のお小遣い稼ぎになったりするので、第三王子殿下に渡すかは好みが分かれる。シエナ様は真面目に渡すタイプだったのか。

「恋の叶うシリーズは、ロクなものがないわね。」

ため息交じりに言ったのはリエッタ様だ。

「クッキーは、ラペット妃の商品でしたっけ。」

「効果が似ているといえば似ているな。」

考え込んでいても仕方ない。王都で流行っている薬が、グリーン領でも出回っていたということは、もしやバージェス領に入っているかもしれない。副作用があるのかは分からないが、健全ではないことは分かるし流布したら面倒なことになりかねない。後で公爵閣下に手紙を書こう。