作品タイトル不明
母子の語らい①
朝、下の食堂で順に食事をとって、それから一つの部屋に集まり、道の確認をした。このまま西の砦を抜けて、3つ目のアマンダという街から北上すると、ラペット妃の所有していた屋敷があるらしい。
しかしそこに行くにしてもまず、リエッタ様のコートなど北の地で生きていけるだけの準備が必要だった。3月といえどローファス領は寒いらしい。王都とグリーン領のはざまの西の砦はさっさと通過すべき壁だった。
「見張りがいないといいわね。」
リエッタ様のそんな不穏な一言も、何とか杞憂に終わったようだ。
山場を過ぎて少しだけ気が抜けたとき、山並みを馬車から見ていた。白い雪を讃える稜線が険しくそびえたっていた。
「あそこを越えるのですね。」
「ええ、クラブ山脈には今の時期ならまだ、魔物の数も少ないはず。でもそれだけ雪深いということだから、しっかり準備しなくてはね。最悪、徒歩での移動も視野に入れておきなさい。」
「はい、リエッタ様。そうなった場合はどんな準備がよろしいのでしょう?コートとブーツは持ってきましたが、他には何か?」
「そうね、食糧は多めに、吹雪で動けないことも想定したほうがいいわ。薪も同様に、その辺の枝を折って薪にはならないんだから。」
「ずいぶんお詳しいんですね。」
母親への問いかけとしてはずいぶん丁寧な言葉で、クリス殿下が口を開いた。
「・・・、わたくしはこう見えても、あの山を越えた先にあるヴィヴィエ領出身なのよ。雪は深く厳しく、夏場は魔物が山から下りてくる。そういうところなのよ。もちろんローファス領ほどではないけれどね。」
そう言って遠くの山々に目を向けていた。
「そうでしたね、どのようなところでしたか?」
クリス殿下の声はとても落ち着いていた。いつもの穏やかとも違うが、とにかく聞く姿勢はちゃんとしていた。私も背筋を伸ばした。もしかしたら、この親子がこうやって膝をすり合わせ、話をすることは初めてのことなのかもしれない。
「・・・わたくしの生まれたころは、公爵家とは名ばかりの貧しい家だった。父があれほど権力にこだわるのも、ひとえに公爵領を飢えさせない為でしょうね。今は街道も増えたし少し余裕もできたでしょう。」
一息、言葉を切った。そしてクリス殿下のほうを見た。
「そうね、わたくしはあなたに伝えなきゃならないことがあるわ。今までたくさん機会があったのに、言わなかった。あなた、出掛ける前にバージェス家で、こう言ったのを覚えている?『バージェス家には王家の尻拭いをさせて申し訳ない。』と。」
「ええはい、覚えています。」
はあ、と一つ息をついた。
「あれは言うべきではなかったわ。知らなかったのだろうけど。・・・ここにはバージェス家の跡取りであるモニカと、貴方しかいないから教えておくわね。」
首をかしげる私とクリス殿下は、黙って続きを待った。
「昔、わたくしが国王陛下と結婚する前、ヴィオラ王女殿下には、隣国の王太子妃にならないかとの打診があった。でもね、年頃になった時に、王女殿下には子供が望めない体であることが分かったのよ。それから間もなく年の離れた王弟殿下が生まれたのがその証拠よ。しかしね、幼少のころからよく一緒にいた私とローズ、それからケイオスは何となく察していた。」
「では、公爵閣下は・・・。」
私のつぶやきをリエッタ様は拾ってくれた。
「そう、子供が望めない幼馴染を、それでも引き取ったのよ。口さがない者たちから盾になるために。そのおかげで、王家の王女の名誉は守られたの。」
「ちょっと待ってください、じゃあ私はそれを『尻拭い』って言ったってことですか?そんなつもりは・・・。」
クリス殿下の顔色がサッと青くなった。そんなつもりはこれっぽっちもなかったとしても、そうとられる発言をしてしまったのだ。
「わかっていると思うわ。これは極秘だったから。でも事情を知っているものからすると、心臓が飛び出るかと思ったわ。わたくしは貴方に教えてなかったことをあの時、後悔したわ。あの国王陛下がそんなフォローできるはずないのに。」
知らなかった。偶然子供ができなかったわけではなく、できないと分かっていたのか。そういえば昔、父が養子に欲しいと昔から言われていた、と言っていたような気がする。
「わたくしが貴方に教えなかったことで、他にも何か不都合なことがあったんじゃないかと思ってしまったのよ。」
白くなるほど握られたこぶしに、そっと手を置いた。握られた手をほぐしにかかった。するとその手を掴まれてしまった。それから意を決したように、クリス殿下の顔を睨んだ。いや、睨んだように見えただけかもしれない。
「ごめんなさい。これだけは言いたかった。教えるべきことを、教えなかったの。これはわたくしが言うべきだった。貴方の為にも、ヴィオラの為にも。悪かったわ。」
そう言って、頭を下げた。クリス殿下は唖然としていた。
「あなたが謝ることなんて、あるんですね。」
聞きようによっては皮肉にも聞こえるが、自然と口から出た言葉であることは明白だった。
「あるわよ、貴方は、一応わたくしが生んだのだから。」
「一応って何ですか。」
少し笑いながらクリス殿下が言うと、また、彼の顔をじっと見ていた。私の手を、リエッタ様がぎゅっと握った。
「わたくしは幼いあなたを育てなかったの、だから、産んだだけよ。母親という資格さえないわ。」
「私は、幼少期の私は、貴方に何かしましたか?」
ここで自責の言葉が出てくるのが、この王子様らしいというか。考え込んでいる姿が、前世の自分と重なってしまった。しかしリエッタ様は首を振った。
「貴方って小さいころは本当に国王陛下そっくりだったからね、見ていられなかったわ。」
クリス殿下は黙ってリエッタ様の言葉を待っていた。私も手を握り返した。きっと積りに積もった二人の澱を、少しだけ取り除こうとしているのだ。そしてそれには多分の勇気がいる。
「こんなに顔も中身も違うのにね。」
「・・・それは、父上が、何かなさったと・・・。」
彼もリエッタ様が王妃様になった経過は知っていたはずだ。
「世間で言われているのは、わたくしがローズが逃げた代わりに王家に嫁入りしたといわれているけど、それは違うわ。もともと国王陛下がナタリー・リリエン子爵令嬢に現を抜かすから、いけないのよ。それをローズは応援しようとしていたのに。」
「応援、ですか?」
私がそういうと、王妃様はこくりと頷いた。
「ローズはね、私とケイオスに結婚してほしかったのよ。ヴィオラとケイオスは昔から仲が良かったから、弟がヴィオラと結婚すると言い出すと思っていたらしいの。その予想は当たったわけだけど。弟が盾にならなくてもいいじゃないかと『実にならない恋をするんじゃなくて。』幸せになってほしいとずっと言っていたの。」
なるほど、ローズ様は二人の結婚に反対だったのか。確かに茨の道だ。
「ローズと国王陛下の間に子供ができて、次男をバージェスの跡継ぎに出来たらいいと、話が出るようになった。王家としても二人にとってもいい話だと進んでいった。当の本人の意思など全く関係なくね。・・・でもそれなら、他に好きな 女(ヒト) のいる陛下に嫁ぐローズはどうなるの?好きな女のいる国王陛下はどうなるの?そこでローズが1年間考えて出た答えが出奔だったの。」
「あ、ローズ様と国王陛下のお子が、次期バージェス家の当主ならご自身が出奔すれば、国王陛下は好きな方と結婚できるし、公爵閣下は夫人と結婚できませんね。その時わたくしの家では姉が生まれたばかりで、男の子がいませんでした。子供を残さなければなりませんから。」
そう考えるとローズ様の出奔はかなり、計画的だったことが分かる。一時の衝動では決してない。
「しかもケイオスはあの時、お父様が亡くなって、公爵になったばかり。弟を支えてほしいといわれていたの。でもそれからは全く予想外のことしか起こらなかったわね。仕事詰めだったケイオスはヴィオラに求婚するし、エレンのところに逃げると思っていたローズはグロリア卿を頼ってバージェス領に行くし、破れかぶれになった国王陛下は私に求婚して来るし。」
「エレン・・・、ローファス領に、ですか?」
「いいえ、エレンのところ、よ。出奔した時エレンはまだ学園に通っていたの。1年間だけ匿ってもらうのかと思ったら、その年にグロリア卿が国外に連れて行っちゃったの。ローズは昔からエレンのことが、大好きだったからね。結婚するなら断然エレンだって言ってたわよ。でもその国外に行った時に、グロリア卿の弟子だったジョコビッチと出会って、そのまま結婚しちゃったし。」
なんだろう新たな事実がボロボロ出てくるのだが。
「私にはもう後がなかったわ。後から思えば、ケイオスは私と結婚したくなかったから、ヴィオラとの結婚を決めたんでしょうね。次期国王からの求婚に、父が否など言うわけないから。ローズのように逃げ込める場所も、無かった。」
確かに八方塞がりだ。もし公爵閣下がリエッタ様と結婚していたら、国王陛下との結婚はなかっただろう。ローズ様が逃げ込むであろうと思っていたローファス伯爵の元に行けたなら、これもまた、国王陛下との結婚はなかった。なんだろう、意図的にそうなったような気味悪さがあった。
「そうなったら腹をくくるしかないわね、国のために結婚したことも、子供を産んだことも後悔はなかった。無かったけど。いえ、あるわね、『あの人』と結婚したこと。」