軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

追手②

もう日が落ち、街の明かりが見えてきた。ロイ様との実にのんきな邂逅だったが、私には少し疑問があった。

なんで第三王子殿下は私なんか追いかけてくるのだろう?

彼はシエナ様を愛しているのに。『ゲーム』でも、現実でも、シエナ様にプロポーズをし、愛を誓って婚約者になったのだ。今更、元婚約者である私など、用はないはずだ。

卒業後について、バージェス公爵位を継ぐ予定の殿下に、相談しなかったのはよくなかったが、それは王太子妃の話が出て、レオン様と相談ができず、立ち消えになるかもしれない話だったからであって、わざとでもない。それにローファス領での任期が何年になるか分からないが、殿下が公爵を継ぐまでには、帰ってくるつもりだった。

それはもちろん、レオン様への恋心に整理をつけて。

何年もレオン様にお世話になる気はなかったし、迷惑をかけたくなかった。ただ、今はローファス領へ行きたかった。卒業後に、望んでほしいと言ったその願いを、レオン様は真剣に考えてくれたから。それがどんなにうれしかったか。今すぐにレオン様と離れ離れになるのは、それだけは嫌だった。遠くからでもいいから、姿が見えるところにいたかった。

こんなに不純な理由でレオン様の打診を受けたとは、一生黙っておこう。

カーテンの隙間から見える馬車の外は、人の形も分からないくらい真っ暗だった。その中で聞き覚えのある音がした。

カツ、カツ、カツ、カツ・・・。独特の蹄の音が後ろから迫ってきていた。

ユニコーンはペガサスのように翼はなく、空を飛べない代わりに地を跳ねる。速さだけで言えばペガサスの速度よりも早いが、大きな山や川を迂回しなければならないことがある。

平民でもお金のある商人や、手紙の定期配送などで馬ではない、速達などで使われていたりもするから、王都でもたまに見かける魔物ではある。が、それが数頭連れだと話が違う。それはもう、『部隊』だ。そう考え付いてからはなぜか、手が震え出した。

もし万が一、本当に第三王子殿下が追ってきたら?もちろん目的はリエッタ様だろう、しかしみんなの話では他領に私を出したくないという口ぶりだった。それが、レオン様の元であるローファス領でもダメなのだろう。見つかってはいけないのは、私もということか。第三王子殿下につかまっていはいけない。

それになぜか、コワイ。

いや、昔から第三王子殿下のことは怖かった。最近は何を考えているのやらさっぱりなところも、得体のしれない怖さを感じる。いや、小さいころから第三王子殿下のお考えが分かったことなど、一度もなかった。あんなに美しいシエナ様に愛されて、他に何がいるというのだろう。もしかしたら、小さいころからの友人として、何か私に求めることでもあるのだろうか?もしや、シエナ様の侍女の打診とかだろうか?私としてはそれも捨てがたいが、政務に携わりたい。できるだけ明るいことを考えていた。

私は口を押えて、乱れた息を整えようとした。そっと、リエッタ様が私の肩を抱き寄せてくれた。今はその温かさがありがたかった。

カツン。

馬車の近くで蹄の音が止まった。思わず身構え、体がこわばった。何やら話声がしたが、フィナが対応しているのか、女性の声だけかすかに聞こえた。その間も馬車は進んでいる。ほんの数分の出来事だったのだろうが、30分ほどそうしていたような気がした。その間ずっとリエッタ様の温かさに縋っていた。いつの間にか握られていた手を握り返した。蹄が去り、町につき宿屋につくまで、生きた心地がしなかった。

アンバーの名で宿を取り、一緒に来ていたレオン様に聞いた。もちろん私も彼もフードをかぶっていた。

「あの蹄は…。」

「リチャード殿下でした。ユニコーンは馬と一緒の厩舎では預かってくれないでしょうから、西寄りの高級ホテルのほうにいるでしょう。」

「つまり、すれ違ったと。」

ぞわりと、背筋が凍った。本当に第三王子殿下だった。宿の廊下、階段の前で両手を思わず胸の前で握っていると、その手をレオン様がそっと取って自分の腕に誘導してくれた。いつものエスコートの体勢だ。

「フィナさんがうまく言ってくれたようでした。ロイ卿にマントの件も指摘していただいてよかったです。きっと、俺がユニコーンに乗っていたら、追い越された時に気が付かれていたでしょう。運が、というか、バージェス公爵も夫人もそれも考えていたような気がします。」

声のトーンも小さめではあるが、いつもの平坦なものだった。普段どおりが今の状況ではひどく落ち着く。

大部屋で6人部屋を一つと、4人部屋を一つ取った。御者2名と王太子殿下とレオン様にロイ様。侍女長とフィナと私とリエッタ様という部屋割りだ。フィナの顔を見たとき何だか久しぶりの気がした。

「フィナ・・・。大丈夫だったの?」

「はい。第三王子殿下が先に声をかけてこられたのですが、当初の予定通り、故郷に帰るため商隊の後ろに着かせてもらっていると言いました。女の一人旅ですからね、特に不審に思われませんでした。」

視界の端にはいつになく生き生きとしていた侍女長がいた。人数分の夕食を持って来てくれていたので、お礼を言ってフィナと小さなサイドテーブルについた。この宿には2つのサイドテーブルしかなかった。この世界の平均的な宿ではこれが普通らしい。そういえば平民の生活から離れて久しいため、普通の生活がいまいちつかめない。優しい味のスープを飲みながらフィナに聞いた。

「ねえ、ここのランプは暗いけど、馬車の中のランプ持ってこようか?」

「いえ、隙間からそんな強い光を発したら、高級魔石ランプを付けていると分かってしまいます。正直壁も薄いので、あまり大きいお声は出さないように。」

「あ、そうなのね。私旅慣れていなくて。」

「いえ、お嬢様が旅慣れていたらそのほうが驚きます。」

「たしかに、そうね。知らないことばっかりだから教えてほしいわ。」

「はい、それこそ私がついてきた意味ですから。」

そんなやり取りを知ってか知らずか、リエッタ様がこちらを向いた。

「そういえばアンバー、あなた何時からレオンと仲がいいの?」

私はパンをちぎってから小首を傾げた。

「いつからと言われましても…、小さいころからの幼馴染ですから。」

「違うわよ。ローファス領について行ってもいいと思えるくらいになったのって、意味よ。」

それはつまり、何時から好きかということか。

「あ、そ、う、ですね、学園に入った時から、生徒会で一緒に仕事をこなしていたので、その頃から確かに仲は良くなりました。・・・、わたくしはずっと、レオン様と一緒に、第三王子殿下とシエナ様を、バージェス家でお支えするつもりでしたので・・・この度王太子妃のお話をいただいても、バージェス家から出るつもりはなかったのですが。」

「でも、クリスが王太子でなくなったら、バージェス家へ婿入りもできるじゃない。」

さらっとすごいことを言っていたが、私はそんな可能性に全く気が付かなかった。派閥が違うと聞こえてくる話は、こうも違うのか。

「バージェス家から出ないのと、クリスと結婚することは成り立つわ。今回の件で国王陛下はクリスの責任を問わねばならなくなるでしょう。その時に謹慎で済ますのか。王太子を返上させるのか、廃嫡まで行くのか。今はクリスの正念場なのに、本人がこんなところにいるなんてね。今頃国王陛下が頭を抱えているのが見えるようだわ。」

最後は皮肉気に笑っていたが、王太子殿下の話の時までは真剣そのものだった。

「リエッタ様は、若様のことをご心配なさっているのですね。」

「どこをどう聞いたらそうなるのかしら?ただ、廃嫡されたらあなたの婿にしてもいいって話よ。貴女のほうが、クリスと仲良くやっていけそうだわ。あの娘よりね。」

つまりはそれってクリス殿下の今後の心配をしているってことなのでは?そう思ったが口には出さなかった。

これだけ、王太子妃にならないかと話が出て、私だって『あの』クリス殿下の隣にいる自分を思い浮かべてみたことぐらいはある。青空の宮殿で、春風のように優しいあの方の隣にいる光景だ。初めて見たときから素敵な王子様だと思っていた。思い返して驚いたが長年、第三王子殿下の隣にいても、そういった未来を思い描けたことはなかった。しかし数度しか会ったことのないクリス殿下の隣はすっと思い浮かべられたのだ。確かに波長が合うのは、たびたび感じていた。

しかしそれ以上に、レオン様の隣のほうがしっくり来たのだ。きっと長年一緒にいるという慣れから来るものだろう。面白いことにすぐに未来も一緒にいる光景がありありと浮かぶ。執務室で領地について、ああだこうだと言いあっている姿が、容易に想像できた。そしてそれは何より、楽しそうだった。

「・・・わたくしはきっと、レオン様とお仕事をしたかったのだと思いますわ。ずっと一緒にシエナ様と第三王子殿下をお支えするのだと思っておりましたから。急にそれを一人で、と言われて、正直、戸惑っておりました。わたくし一人で、第三王子殿下をお支え出来るのだろうかと。」

そう、レオン様が領地に帰ると聞いて、私は戸惑っていたのだ。言葉にして初めて、レオン様なしで第三王子殿下の補佐をするとなって、それを不安に思っていたことに気が付いた。まず、私が第三王子殿下とちゃんと会話できるのかということさえ不安だった。業務的な内容なら幼いころからちゃんと話せたと記憶しているが、最近の殿下は話の通じなさに拍車がかかっていた。いや、殿下のせいだけではないのかもしれないが、全く意図が読めないのだ。私の察しの悪さも、よくないほうに働いている気がする。

「・・・、あなたって、リチャードと話す時、ずっと下を向いているものね。それじゃあ何を言いたいのかわからないわよ。」

下を、向いている?

そういえば第三王子殿下の顔を真正面から見たのは、数えるほどしかないかもしれない。遠くからなら大丈夫だが、近くで話す時はいつも、襟付近を見ていた。そうだ、顔を見たことがない。

「そう、ですね。指摘されて初めて気が付きました。」

学園に入ってからは遠くからお見掛けすることが多く、気にするほどではなかったが、婚約者時代はそれではいけないだろう。

「顔を見て話をするのは、人としての基本でしょ。」

「その通りですね。」

「なんでそんな事したの?あんたは別に他の人にはそういう無礼な態度とらない子でしょ?どの報告書を読んでも、くそ真面目としか書かれていなかったんだから。」

リエッタ様への報告書にそんなことが書かれていたなんて。いったい誰が書いたんだろう?

そして私の第三王子殿下への無礼。いったいなぜなのか。そういえば私が過去を思い出した時にはすでに、それは習慣化していたように思う。今まで全く気が付かなかったが。もっと昔、私が養子としてバージェス家へと来て、殿下にお会いしたすぐからだ。

ああ、確かその頃から私は、目が悪く、眼鏡をかけていた。眼鏡を外すと全く周りが見えなくなるほどの乱視だった。眼鏡をかけている人は分かると思うが、眼鏡をかけて階段を下りるとき、しっかりと下を見ないと、眼鏡の境目と段差がの見分けがつかなくて、踏み外すことがある。それと同じで、足場の悪い例えば庭の飛び石や池の周りも、地面と眼鏡の境目のせいで転ぶことが多かった。そしてそれをよく嗤われた。第三王子殿下が手を引いて走るものだから、私は下ばかり向いていた。転ぶのが恥ずかしくて、それが癖になっていた。

そして成長してからは、第三王子殿下の完璧な容姿に気後れしていた。

常に睨まれているような気がして、目を合わせられなかった。モタモタしていてどんくさい私を、殿下はいったいどう思っていたのだろう。きっと期待などしていなかったに違いない。

「あの、その、怖くて、目が、合わせられませんでした。」

「怖い?あの子が?」

そりゃあ実の息子なのだから怖くはないだろう。

「はい。私はいつもどんくさくて、第三王子殿下のお手を煩わしてばかりでした。迷惑をかけっぱなしでしたのでいつも心苦しく、同時にお怒りではないかとそればかり考えておりましたので、その、目を合わせるのが怖くて・・・。」

「リチャードは一度も、お前に顔をあげて話せと言わなかったの?」

そんなことは言われただろうか?もしかしたらあったのかもしれないが、覚えていない。

「では、下ばかり向いて歩かないで、前を向いて歩けとは言われなかった?迷惑ではないから目を見て話せとは?それに怒っていないとも言われなかった?」

子供の頃が、あの時のことが、靄がかかったかように思い出せなかった。パーティに出たとか、誕生日プレゼントをもらったとか、そういう大まかなことしか思い出せない。

「小さかったせいでしょうか、全然思い出せません。ただいつも、謝っていた記憶はあります。」

「・・・じゃあいいわ。」

思ったよりあっさりとリエッタ様は引いてくれた。何か考え込むようなしぐさをしていた。そして独り言のようにつぶやいた。

「きっとお前にとって、思い出したくないことなんでしょう。」