作品タイトル不明
追手①
気まずい。
私は王妃様の隣、王太子殿下の目の前で、馬車に揺られていた。
あの後、バージェス公爵が立ち上がって、支度をと言い出した時、レオン様が手をあげた。
「少々よろしいですか?俺が北の街道から卒業式に行くために王都に向かった時、土砂崩れと雪崩であまりいい道の状況じゃなかったんです。ですから帰りはグリーン領を通ってクラブ山地の山道を通るルートで帰ろうかと思っていたんです。父はそのルートでグリーン領に行ったので。ただ、今の時期クラブ山地は雪に覆われていて危険な道になります。先にグリーン領地にいる父と合流して、どちらのルートにするか決めるというのはいかがですか?」
「なるほど、一端ローファス伯爵と合流してから山越えか否かを決めると。」
私はレオン様を見ながら言った。そうなると全員でグリーン領に行かなければならない。
「・・・先にエレンに会うのは良いわね、匿ってもらうために、直接交渉したいわ。」
王妃様がそう言ってくれたので、早速、西の街道からグリーン領にはいることにした。
「合流するなら行き違いにならないよう、先に手紙を送りたいですね。できればなるべく早く。」
そこまで黙って聞いていたバージェス公爵が口を開いた。
「じゃあ、従者に手紙を届けてもらおう。エレンの顔を知っている人を選んで、そうだね、ユニコーンのモカを借りればいいかも。どうせレオン君は馬車に合わせていくならウチの馬に乗って行って、手紙をエレンに渡したら、従者がその馬に乗ってこっちに帰ってくればいいから。」
「そうね、モカはちょっと目立つものね。」
「なるほど、ではそのようにします。」
「じゃ、エレンへの手紙は私が書くから、みんなは荷物を積み込んで。」
公爵閣下が執務室にと足を向けたので、私たちもおのおの準備を始めた。
あまり大きい馬車は山道では小回りが利かないということで、一頭立ての4人乗りの馬車を二つで移動することになった。なんとあの侍女長も、王妃様のお付として一緒に行くことになった。つまり今、後ろの馬車にはフィナと侍女長、前の馬車には私と王妃様と王太子殿下という何とも気まずい振り分けになったのだ。ちなみに、レオン様は公爵閣下が提案された通り、ユニコーンに手紙を一足早く届けてもらうため、馬に乗って馬車と並走していた。
王妃様が国王陛下から逃げている状態なので、公爵夫人が用意してくれた、なるべく目立たない旅着を着ることにした。裕福な商人風で、奥様が王妃様、私はその侍女、王太子殿下は商人のお坊ちゃん、という設定にしてみた。
「お前も王妃なんてもう言うんじゃないわよ。リエッタとお呼び。」
私の隣で気品あり過ぎる商人の奥様がそう言った。
「わかりましたリエッタ様。じゃあ王太子殿下のことはお坊ちゃまとお呼びします。」
「え~それはちょっとなぁ。そんな年じゃないんだけどなあ。」
「では若様とかはいかがですか?」
「そうしよう。えっと、モニカちゃんはモニカちゃんでいいかな?」
「いえ、一応アンバーとしておきましょう。」
「アンバー、琥珀ですか。」
唐突に、銀のしおりについている琥珀の石を思い出した。昔レオン様にいただいたものだ。
「いい?アンバーの名でホテルや宿を取りなさい。本名はダメ。」
「わかりました。」
追われているのは王妃様だ。きっと不安の芽を摘みたいのだろう。すっかり日は落ちてあたりは黄昏時だ。今日進めるのはグリーン領手前の町までがせいぜいだろう。
「闇夜に紛れてグリーン領に入ったりとかしますか?」
リエッタ様を見上げれば、首を振った。
「夜に砦を通るなんて怪しい行動はとれないわ。中を改めろと言っているようなものよ。手前の町で宿ね。」
「なるほど、そうなんですね。」
コンコン。フードを目深にかぶったレオン様が、突然窓を叩いた。そうして徐々に速度が落ちていく。カーテンを閉めるしぐさをしたので、私と王太子殿下が両側のカーテンを閉めた。一応魔石を使ったランプを付けていたが、それも光を細くした。何があったのだろう、怖くて外が見られない。
外から話声がかすかに聞こえる。聞きなれた声に、体の震えが止まった。
「ロイ様?」
本当にささやきのような呟きを、馬車に落とした。そのうち扉が開いた。
「モニカ嬢!」
少し目じりに涙を浮かべたロイ様が、馬車の中で抱きしめてくれた。
「ああ、よかった、俺がこっちに来て!ローファス領に向かうつもりだったんですよね?土砂崩れの話を道端で聞いたから、もしかしてみんなこっちかなと思ったんだ。怪我とかはないですね?」
そう言って頬に手を当てられた。顔が近いのはロイ様のデフォルトだ。
「ロイ卿はバージェス公爵に、モニカ嬢に近いから離れろと言われたでしょう。」
ロイ様の首根っこをレオン様が掴んで、引き離した。私としては別にロイ様が抱き着いてくるのはいつものことなので、気にはしていないが。
「あなたももう少し抵抗してください。」
「いえ、いつもこんな感じですし、慣れていますので。」
そう言うとぎょっとした、リエッタ様と王太子殿下の顔が見えた。
「あんたそれやばいわよ。見る人が見ればあんたの夫だと思うわ。」
「よく今まで変な噂流れなかったね。」
口々にそう言われれば少し自信がなくなってきた。確かにロイ様は既婚者なのだから噂なんて、アリアドネ様を傷つける結果にしかならない。たとえ噂の相手がちんちくりんの私でも。
「以後、気を付けます。」
ロイ様が馬の隣に立った。
「国王陛下の命で王太子殿下を追って来たんですが、どうします?一緒に帰ります?それとももう暗いから町に泊まって、明日王都へ戻りましょうか?いや、もしかしてモニカ嬢とレオン君と一緒かな~とは思っていましたが、まさか王妃様まで一緒だとは思いませんでした。てっきり北の街道の方かと。それはもう、国王陛下が大変心配されていましたよ。」
「なあに、この人数を一人で連れ帰ろうと思っていたの?」
「いえいえ。私の場合は王太子殿下を連れ戻すことが命令ですので、別々に行った事にしてしまえば、ローファス領へ行く面々は見なかったことに出来ます。しかしクリス殿下は無理ですので、おとなしく俺と帰ってもらいますよ。」
「ねぇ、ロイ。ちょっとだけ寄り道していい?」
「ま、王都に帰ったら絶対見て回れないだろうから、寄り道くらいならいいですけど。」
それは王命に背くことになるのでは?と思ったが、連れ戻す期限が決まっていないのだから大丈夫だそうだ。
「ありがと、ロイ。いや、ロイが来てくれてよかったよ、動きやすくなった。」
「いいえ、ケイトがあんまり騒いでいなかったので、そんなに長居するつもりないんでしょう?心配してないですよ。それより御者のマントについているバージェス家のマーク、隠したほうがいいんじゃないですか?俺はそれを目印に来たんですよ。」
レオン様は御者の二人にマントを裏返しに着るよう指示した。
「ま、クリス殿下のことはいいんです、問題は王妃様ですよ。国王陛下が血眼になって探していますよ。バージェス家にも自ら馬車で行ったんですから。それにモニカ嬢、リチャード殿下がお探しですよ。レオン君のほうに行ったと殿下が気が付いたみたいです。俺のすぐ後に殿下が自らユニコーン部隊を連れて、北の街道のほうに行くのを見かけたから。」
「わたくしですか?いったいなぜ?王妃様を追いかけているのではないですか?」
首を傾げれば、いいえ、とロイ様はきっぱり言った。
「北の街道の先、山越えした先はヴィヴィエ領です。王妃様がそちらに向かったなら、ヴィヴィエ公爵にペガサスを飛ばせば馬より早く、手紙を出せますから。ついたら捕縛せよというだけでいいのです。リチャード殿下の狙いは間違いなくモニカ嬢ですよ。」
そう言われても実感がなかった。王太子妃を回避するためには、王都から他領へ出て、文官としての実績を積み上げ、ほとぼりが覚めるのを待つのが最良だ。思わず口をつぐんだ。
「ユニコーンですか。まずいですね。北の街道のほうに行ったとしても、砦で話を聞けば、今、街道が馬車は通れないかもしれないと、戻ってくる可能性があります。ユニコーンの足は馬車の3倍ほど。行ったん王都に戻り、西へと進路を変えたとしても、追いつかれるかもしれません。しかも近衛騎士の制服を着たロイ卿までいるので、今我々は目立っています。」
確かにロイ様は藤色の髪も、整った顔立ちも、そして制服も目立ちすぎる。困ってあたりを見回していると、後ろの馬車からフィナが下りてきた。
「あの、私は馬を走らせることくらいはできます。そちらのロイ卿の馬に私が乗り、ロイ卿が後ろの馬車に乗るのはいかがですか?」
確かにフィナが第三王子殿下に会ったことがあるのは数回のはずだ。しかしあの殿下だ。顔を覚えていてもおかしくはない。
「そうですね、そうしましょう。ただし言い訳は考えておきましょう。第三王子殿下の記憶力を舐めてはいけません。」
目深にフードをかぶせ、馬にフィナの荷物を載せた。しかしロイ様の乗ってきた馬は立派な軍馬なので、そっちからもバレそうだ。馬車に馬具一式が乗せてあったので、そっちに変えた。この馬具はシエナ様に何があるか分からないから、予備は持っていったほうがいいと強く言われたものだった。まさかさっそく使うことになるとは。シエナ様はたまに、未来を見てきたかのような行動をすることがあった。さすがヒロイン。