作品タイトル不明
読み違い
人間が頭で考えうる出来事は、起こらないことなどない。
モニカがレオンの要請に応じる可能性を消すべきではなかった。
リチャードはあの事件後、よく乗っているユニコーンにまたがった。その事件で保護されたユニコーンは数頭がそのままペガサス航空団にて運用されていた。護衛の近衛兵にそのユニコーンをつかわせて、北へ向かう。
荷物のあるモニカが一緒なら、レオンはユニコーンに乗ってはいても足は馬車を引く馬に合わせることになるだろう。こちらの方がだいぶ早い。しかも目立つから、後ろから追えばすぐに見つかるだろう。王城をあっという間に出発して、一路北を目指した。
完全に読み違った。
バージェス公爵が隠したかったのは、母上の行き先ではない。モニカの居場所だ。だから公爵ははじめ、父上を煽るように〈離婚〉と口にしたのだ。そのことで頭がいっぱいになっていたはずの父上は自分たちのことだと思うだろうし、話がこじれることは目に見えていた。
ユニコーンで、先行く馬車を見つけては、レオンを探して首を巡らせた。
なぜ、モニカはローファス領に行くのだろう。
王太子妃になるのがそんなに嫌だったのか。いや、モニカはバージェス家を出るのが嫌だったのではないのか?だから王太子妃になりたくなかったのではないのだろうか。兄上と相談をちょくちょくしていたようだし、兄上は出奔のことを知っていたのか?レオンもなぜ、モニカを連れて行こうとするのか。
本当は何となくわかっていたのだ。
このままモニカが王都にいたらそれこそ、いつかは王の圧力に屈して兄上の妃になってしまう。『文官として』ローファス領に行くのなら、それが安全だと。
しかしここ数年の、レオンとモニカのことを思えば。
もっぱらダンスパーティのパートナーは二人で踊っていたし、生徒会の仕事を二人でこなしている姿を見てきた。何やらこそこそとダンスの練習をしていたのも、知っている。ミランダ嬢など、二人きりで無かったから我慢していたのだ。しかし面白くないのは変わりない。昔はリチャードとシエナがそのメンバーだったのに。シエナはたまに講師として参加していたと話していたが。
学園の3年の時には『避けられていた』と明確に自覚できた。その理由はやはり、入学前にモニカが攫われたときの対応のまずさだと思っていた。しかしそれが理由の一つに過ぎなかったのだ。
「私が、第三王子殿下のことが、ニガテ、だからです。」
「恐怖しか、感じておりませんわ。」
どうしてこうなったのだろう。モニカとダンスの練習をしていた時はそんなこと感じたことがなかった。しかしモニカに言わせれば暴力を振るっていたと。立ち振る舞いはレオンとそう変わらないと思っていたのだが、違うのだろうか。むしろ暴力というならダンスが苦手なレオンは何度もモニカの足を踏んでいたように思う。それで怪我をしていたのに、そっちは暴力ではなかったのか。
そういえばモニカはレオンの手なら躊躇なく掴むし、ロイに両腕に抱かれたら逆に抱き着いたりしている。レオンとロイの前で、体をこわばらせながら震えることなど一度だってなかった。卒業式の日だって、今まで我慢した分絶対に踊りたかった。当日は制服で来ていたが、できればドレスを着たモニカを見たかった。それに髪を切ったのも謎だ。しかしあんなことをされたらダンスどころではないことは明白だった。つまりは、髪を切ってしまうことより、自分と踊りたくなかったということなのか。
たかが一曲分、踊るのが嫌だというくらいで大事な髪まで切るか?
昔は練習まで一緒にやっていたのに?一曲分どころか何時間も踊ったことがあるのに。モニカのことが分からない。暴力のことは謝ったし、リチャードはこれ以上どうしようもなかった。
現状、このままローファス領で、兄が違う妃を連れてくるのを待つのが得策ではある。
しかしそれなら仲が良すぎるレオンではなく、違う家に世話になってほしかった。ミランダ嬢のキュレス領か・・・、あそこは未婚の嫡男がいたから駄目か。オーズ家はモニカの弟がいるから・・・でもあそこの嫡男であるクラレンスは今年から家を継ぐために婚約者を探しているし。
やはり侍女として姉上につけるのが一番いい。しかしその話はモニカに行かなかったようだった。ロイがいれば事情が知れたのに今はグリーン領のほうに行ってしまった。
最近はよく兄上と王城で話していたようだったけど、その時だって表情は暗くはなかった。モニカはどうするつもりだったのか?兄上からもモニカを妃にしないとはっきり言われていた。もちろん兄上を信じている。それにいざとなれば兄上の妃にシエナを推すことも出来る。
母上が考えていたように、シエナは英雄の娘だ。知名度がある分、私から兄上の妃になっても、何か王都であったんだな、程度で終わるだろう。
シエナについては本当に、不可解な思考になる。確かに愛しく感じて好きなのだが、それだけで終わることが多い。一緒にいれば話もあうし、踊るダンスは常に楽しい。しかしいざ兄上の妃になるとなったら心置きなく推すことができる。
しかしモニカはダメだ。レオンにも兄上にも、オーズ家にも、何ならバージェス公爵にも、だれにも渡したくなかった。公爵なんてモニカを娘としか考えてないだろうにそれでも、一緒にいる姿を見るのが嫌だ。
ではどうしたらいいのか。
モニカを捕まえて、自分の持っている王都の屋敷に匿うのはどうだろう。バージェス公爵から抗議が来るだろうから自重していたのだが、一時期行方不明になってもらうのがいいだろう。こうなるならフィナの辞表を受け取らなければよかった。また彼女を雇いなおしてモニカの世話をしてもらおう。
兄上の件がすむ間に、モニカの持っている自分への苦手意識を克服してもらおう。こっちもモニカが嫌がるところを直そう。そうしたら昔みたいにまた仲良くなれるかもしれない。
10台ほどの馬車を追い抜き、しかしめぼしい馬車はなかった。黄昏時に北の街道の始まり、王都の砦が見えてきた。そこには数十台の馬車が広場にたむろしていた。普段なら砦を通過し先へ進んでいるところだ。砦を抜けるのは比較的軽装の馬車と、馬に乗った旅人だけだった。
「何かあったのか?」
馬上からその辺にいた、暇そうな少し厚着の二頭立て馬車の御者に聞いてみた。
「ああ、何でもヴィヴィエに行く道が土砂崩れと雪崩れて、馬車の大きいのは通れないそうです。二頭立ては厳しいかな。一頭なら通れるのか・・・。ああ、馬一頭なら通れるそうですぜ。どちらにしても今日は近くの町に戻って宿を取らねば。」
レオンが遅れてきた理由は、これか。ああ、そういえば誰かが廊下で話していた気もする。
「なるほど、王都に引き返す。西の街道だ。レオンはこれを知っていたから、冬場は通れないグリーン領から山越えルートで帰る気だ。」
リチャードは王都にユニコーンを向けた。ユニコーンの角はうすぼんやりと光っていた。