作品タイトル不明
黙秘しま~す。
姉上のところに行って、お茶を辞退した後にバージェス家へと向かっていた。明らかに普段より落ち着きのない父上と、一緒に馬車に揺られて、書類に目を落としていた。
「国王陛下がうちに来るなんて、何年ぶりでしょうね。」
にこやかに出迎えてくれたのはバージェス公爵と夫人である叔母上だった。
「どうされたのお兄様。突然来るなんて。今お茶の準備しているからね。」
そう叔母上が言った時だった。
「あ、もしかして離婚の件ですか?」
バージェス公爵がなんてことないというように言った。その瞬間公爵が叔母上の隣から後ろに吹き飛んだ。止める間もなく父上がバージェス公爵をぶん殴ったのだ。リチャードは慌てて父を止めた。
「父上!落ち着いてください。」
「いきなり何なさるの?!お兄様?!」
叔母上が尻もちをついている夫に駆け寄った。バージェス公爵がかけている眼鏡が床に転がっていた。
「うるさい。クリスはどこだ。」
「もう出発しましたよ!それよりケイオスに何するの?!お兄様はエレンの離婚の件で来たんじゃないの!?信じられないわ!ケイオス大丈夫?」
泣きそうな叔母上が、今何と言った?
「エレンの?離婚?」
初めて聞いた。
「いきなりご挨拶ですねぇ。エレンが、離婚するそうです。今朝、レオン君が手紙を持っていった筈ですが。」
叔母上の腕の中から、それでもいつもの冷たい公爵が父を睨みつけながら言った。そういえばケイトが、青い封蝋の手紙を未処理の書類の上に置いていた。プライベートな手紙は優先度が低いため、昼休みに開けたりなどすぐに開けないことがある。
「レオが城に来たなんて、聞いていませんが。」
城に来たのならなぜ、自分に会いに来なかったのだろう。公爵がもう大丈夫だよ、と言って立ち上がり、叔母上を立ち上がらせていた。
「そうなんですか?レオン君とお兄さんの処遇で意見が合わず、そのまま離婚になったそうです。」
「そうなのか・・・。」
唖然としている父を促し、応接に案内された。父の行動によって、お茶を断って城に帰るということができなくなった。最低限謝罪はしなければならない。
「先ほどは父が失礼しました。」
「どうしてそんなことをなさったのかを聞かせてちょうだいよ。」
公爵の隣でむすっとした叔母上が口をとがらせながら聞いてきた。
「実は、母上がどこに行ったか分からないんですよ。」
「あら、別にどこへ行ったっていいじゃない。昔はいつも3人でお城を抜け出して城下町で遊んでいらっしゃったじゃない、私たちを置いて。そのうち帰ってくるんじゃないですか。」
「お昼はウチで召し上がっていましたから、安心してください。」
「リエッタはここに来たのか?」
「ええ。エレンが離婚すると聞いて、昔話に。」
久しぶりにお話しできてうれしかったわ、と公爵と叔母上が微笑みあっていた。それから叔母上が腫れてきたかも、と言い出して冷たい水の濡れタオルを公爵の頬にあてていた。
「それで、どこに行くと?」
公爵と叔母上は同時にこちらに視線を向けた。
「あ~ほっぺ痛いな~。黙秘しま~す。」
そう言って口を尖らせた公爵が、叔母上の肩に頭を乗せた。叔母上も笑って私も黙秘しま~す。と言っていた。父上に、謝罪しろと視線を送ったが、額に手を当てながら深くため息をついているので、きっと今頃自己嫌悪にでも陥っているのだろう。
「レオンはいますか?母上はレオンに事情を聴きに、バージェス家に来たんですよね?」
「もうすぐ春になると大物の魔物が下りてくるかもしれないからと、とんぼ返りでした。」
公爵が忙しいね、と言いながら答えた。
「では、モニカ付きのメイド、フィナを呼んでもらえませんか。」
「その子だったら辞めたわよ。故郷に帰るのかしらね。出て行ったわ。」
今度は叔母上が春って人事異動が多いわよね、とまた答えた。そうだった、辞表を出されたんだ。壁際の侍女の顔を見た。侍女長の顔がない。
「侍女長はどうしたんですか。」
「さあ、何か用事じゃないかしら。」
叔母上は甘えてくる公爵を思いきり甘やかしていた。確かに、侍女長の動向など知っているわけがないか。しかし、あの侍女長は元は母付きで、ヴィヴィエ公爵家から母の侍女としてそばにいた。その後、母が皇后になる前に何かやらかして、クビになったのをバージェス家に拾われたと聞いていた。つまり侍女長は圧倒的に母側の人間だ。その侍女長が父が来ているのにこの場にいないのは違和感があった。
そう、またこの違和感だ。
レオンの行動も、公爵の言動も、ケイトの動向も。
「モニカはいますか?」
にこりと笑った叔母上が、いつも通りの声で言った。
「あなたが気にすべきは、シエナでしょう。呼んできましょうか?」
「いえ、結構です。」
叔母に対して初めて、話しずらい母と同じ扱いずらさを感じた。水を必死につかもうとしている気分だ。
レオンは帰った。モニカは不明。シエナは在宅。母上の行き先は黙秘。兄上は出発。
「レオと一緒に、母上が出発したのでは?ローファス領に行くには山の間を抜ける必要がありますし、つく先はヴィヴィエ領です。レオを護衛にしていけば最低限の手勢で公爵領まで行けます。レオには里帰りと言えばいいのですから。」
「ヴィヴィエに手紙を贈ろう。リエッタが来たら捕まえておいてほしいと。」
ヴィヴィエ公爵は母上を捕まえたら絶対に王城に戻そうとするだろう。離婚なんて論外だ。
「手紙より先に行ったらどうします?ローファス領です。」
そこでつまって父は黙った。姉上の結婚式の控室で、久しぶりに笑顔を見せた母上はレオンの父、ローファス伯爵と何やら話していたのだ。レオンにあの時、何を話していたのか聞けばよかった。確かにローファス伯爵と父は仲がいいが、母上だって幼馴染だ。頼られれば保護くらいするだろう。そしてこれから忙しい時期になるわけだから、伯爵が領から離れられなくなるだろう。迎えも罪人じゃないから強制力があるわけではない。離婚届も置いてきたとなったら、王妃としての仕事も放棄したとは言いにくい。父には第二妃がいるのだから、そちらに仕事を回して離婚も視野に入ってくる。だから父上は焦っているのだ。ここで他領に逃がしたら、母上はもう戻ってくる気はないということだ。そうなったら離婚を周りから進められるのは目に見えていた。
「やはりヴィヴィエに手紙だ。それから北の街道に騎士団を送って馬車の検問。西門に王族の馬車が来たかの確認も。」
城に帰る、と立ち上がった父は、ジロリと公爵を睨みつけた。
「いきなり殴って悪かった。」
「いいえ。」
にやりと笑った公爵に、少し不気味さを感じた。
また気まずい馬車の時間を過ごし、王城に着いたとき、ケイトが出迎えてくれた。
「兄上は?」
「まだお戻りで無いですよ。」
それを聞いて、やっと違和感の原因が分かった。
「ケイト、兄上はバージェス公爵家にはもういなかった。」
「さようですか。ではどこかで道草でも?何か聞いていらっしゃいますか?」
最近仕事が積まれ、道草なんてとんでもないというのはケイトなら重々承知の上だろう。それなのにこの落ち着きは。
「兄上はどこに行った?何を聞いている?」
「・・・。」
ケイトは正しく、兄上の右腕だった。いつものへらへらした笑顔ではなく、仮面のような笑顔だった。
「ケイト。答えろ。」
国王の命令によってようやく口を割った。
「・・・、グリーン領にあった、ラペット様のお持ちの邸宅が気になると。」
つまり、兄上が直接グリーン領へ?
「なんで止めなかった。今いなくなるのは致命的だ。」
怒気が込められた声に、その場の空気が凍り付いた。
「承知しているそうです。それでもと。」
そう言ってケイトは下を向いてしまった。多分ケイトが一番反対したのだろう。
「今は北の街道と西の街道に騎士団を…。」
「父上、西の方は適当な騎士ではだめです。新年の件を知っているものがいいでしょう。」
「あの、俺が行ってきましょうか?」
今まで黙って護衛をしていたロイが、手をあげた。ロイならすべての事情を知っていた。父上を見れば、頷いたのでロイに兄上を追ってもらうことにした。
ロイの後ろ姿を見た後またおかしなことに気が付いてしまった。
なんで、レオンは卒業式に来たのだろう?あんなとんぼ返りになるのなら、来る意味があったのだろうか?そういえば遅れて理由さえ、聞いていない。ローファス伯爵からの手紙があったにしろ、一晩泊って帰るのなら、わざわざ王都まで来なくてもよかったのでは?そもそもレオンはホテルではなく、バージェス公爵家に泊まった。それこそが最大の違和感だ。
ローファス伯爵はいくらバージェス家の面々と仲がよくても、必ずホテルを使っていたし、今年の新年も二人はホテルを利用していた。今回の卒業式はレオンとバージェス公爵の間で何かしら、交流があったということだろうか?
だったらそれは何だ?ローファス領の嫡男になったレオンとバージェス公爵をつなぐものは、モニカじゃないか?
そして、今モニカはどこにいる?バージェス公爵と叔母上に巧妙にごまかされて聞けなかった。
「北の街道は私が行きます。派遣予定の騎士団と一緒に。」
気が付けば口が動いていた。
もしレオンの、文官の要請をモニカが受けたのだとしたら。北の街道からヴィヴィエ領、そしてその先のローファス領だ。