作品タイトル不明
襲来①
レオン様が手紙を届けて、その後荷物の準備をしていた。
「あら、この荷物は?」
廊下に積まれた荷物に、見慣れないカバンを見つけて手伝ってくれていたシエナ様を振り返った。
「それは私の物です。」
シエナ様の奥にいたフィナが、いつも通り無表情で答えた。
「フィナは、ここから出ていくの?え、公爵家のメイドをやめるの?」
「はい、公爵家のメイドは辞めて、ローファス家でお嬢様のお世話をすることになっております。」
何ということだ、私についてくると?フィナが貧乏くじを引いてしまった?!
「フィナ!なんということでしょう、ここのほうがご家族とも会えるのよね?残るべきよ!」
フィナは確か、病弱な弟さんの薬代のためにこの公爵家にやって来たのだ。
「弟は最近もっぱら調子がよく、働けるくらい元気になりましたから。私は自由の身です。それにもう辞表を出しました。」
「それなら公爵閣下にわたくしからお話しします!わたくしは1人で大丈夫ですわ、だからフィナはここにいてちょうだい!せっかくこれからお二人で住めるというのに。」
「お嬢様は私がついて行くのがお嫌なのですか。」
少しだけ眉を八の字にしたフィナの肩を、鷲掴みにして私は言った。
「そんなわけないでしょ!でも、だって、ここからだいぶ遠いのよ、ローファス領は。」
「私は、お嬢様の隣に、居たいのです。」
今まで無表情でクールな顔しか見たことのなかった、公爵家の完璧なメイドの姿が、私より少しだけお姉さんの女性に見えた。ここまで言われては連れて行かないわけにいかない。
「本当にいいんですね?」
「はい。」
無表情の中にもどこか嬉しそうだ。作業をしながら軽くつまめるもので昼ご飯を取ろうと本館のほうに行ってみると、何やら慌ただしい。フィナが道行くメイドに事情を聴いた。
「実は、王妃陛下がいらっしゃったのです。」
「王妃様が?」
思わず私は声をあげた。私が知っている中で幼少期より、王妃様は一度もバージェス公爵家に来たことはなかった。公爵夫婦と幼馴染だったとも、旧知の仲だとも、公爵閣下のお姉さまの親友だということも知ってはいるが、話の中だけだ。むしろ、王妃様はバージェス公爵家そのものを避けているようなそぶりさえあったのだ。しかも、公爵を呼びつけるでもなく足を運ぶとなると相当火急の用があったのかもしれない。
今日この家から去る私としては、最後の問題に首を突っ込んでいいものかとも考えたが、やっぱり気になるので今いらっしゃると聞いた食堂へと向かうことにした。
扉の前に久しぶりに見た侍女長が、行く手をふさいでいた。ああ、これは中に入れないかとも思ったが、前まで行くと何も言わずに扉を開けてくれたのでそのまま中に入って行った。フィナも止められず一緒に食堂までやって来た。
「ああ、モニカ、荷物の整理は終わったかな?」
「はい、後は馬車に積み込むだけですわ。」
そう言いつつ勧められたのはバージェス公爵夫人の向かい側、王妃様の隣だ。本当に王妃様がいる。緊張しながらしかし顔には出さずに、しれっと席についた。
「どこかに行くの?」
食事の手を止め、上品な仕草で私を流し見している王妃様に、少しびっくりしながら公爵閣下を見た。こくりと頷いてくれたので、私も頷いた。
「はい。わたくしは前々からレオン様より、ローファス伯爵領の文官にならないかと打診されておりました。是非にと返事をしていたのですが、国王陛下より王太子妃のお話も来たので、レオン様とお話ししたいと思っていたのです。」
バージェス公爵閣下には国王陛下のお話よりも、先にレオン様の手紙が来て打診されていたらしいから嘘は言っていない。前々からあった話としたほうが、断りやすいだろう。
「ふうん。じゃ、あなたローファス領に行くのね?」
「はい。」
ねっとりとこっちを見られて、私は嫌な予感がした。そこで公爵夫人が口を開いた。
「あのね、モニカ。王妃様ね、お兄様に離婚届を叩きつけて出てきちゃったみたいなの。」
「叩きつけてなんかいないわ。わたくしの執務室にそっと置いてきたのよ。」
は?
ぽかんと口を開け、二の句が継げなかった。公爵夫人の言葉を頭の中で反芻する。
まず、公爵夫人がお兄様と呼ぶ人は、二人いる。公爵閣下の姉の婿である、シエナ様のお父様だ。義兄に当たる。それともう一人は実の兄だ。この国のトップ、国王陛下だ。そりゃそうか、王妃様の夫は国王だ。
「国王陛下と王妃陛下は離婚できるのですか?」
外交上も内政上も面倒なことになる未来しか見れない。
「歴代で何回かあったことよ。それにわたくしたちの結婚契約書には王国法に則ると書かれているの。離婚しないと書かなかった国王陛下の落ち度ね。」
にやりと笑った王妃様の、目が笑っていなかった。
「今朝、レオンが手紙を持って来たでしょ?エレンが離婚するって。それを聞いて、わたくしも離婚しようと思い立ったの。」
「思い立ったの、ですか。」
コンソメスープが運ばれてきて私はそれに手を付けた。
「そう、でもわたくしの行動をいちいち監視している気持悪い国王陛下は、わたくしが今ここにいるのは分からなくても、すぐに近衛に指図してわたくしを拘束して、もしかしたら王太子妃と同じく軟禁されるかもしれないわ。病気療養だって言ってね。わたくしは、そんなのごめんよ。今でさえ自由に身動き取れないのに。」
確かに堅苦しい生活をなさってはいるだろう。
「だから、今日、ローファス領に帰るレオンについて行こうと思い立ったの。」
「思い立ったの?ですか?」
それはつまり・・・。
「あなたの馬車に乗せてちょうだい。国王陛下の目をくらます為に荷物はみんな置いてきたけど、お金と宝石は持ち出せたから、要るものは全部旅程で買うわ。」
真剣な顔をした王妃様は、私の顔を覗き込んだ。
「お願いよ、モニカ。私も一緒にローファス領に連れて行って。」
そういって、王妃様は私に体を向け、頭を下げた。視線は膝の上の握られたこぶしに自然と向いた。彼女の肩は、こぶしは少し震えていた。
「王妃様はヴィヴィエ公爵家の出のはず。離婚なさったらまずご実家に行くことになるのではないですか?」
「うちの父は、公爵は、王妃で無いわたくしなどいらないのよ。実家についたときに拘束されて国王陛下の元へ送られるのが関の山。そうなったらわたくしは二度と逃げられないように軟禁されるはず。」
何たることだ。離婚した女性に厳しい世界であるといえ、そこまでとは。しかも軟禁とは穏やかではない。いや、国王という立場上それは当然のことなのか?
「・・・王妃様と一緒にローファス領に行ったとして、バージェス家に何かお咎めなどあるでしょうか?」
チラリとバージェス公爵夫婦を見ると、閣下は晴れやかに笑った。
「王妃様がうちを頼ってくれてうれしいですよ。ここ10年、お声を聴く機会しかなく寂しく思っておりました。僕ができることはなんだってしますよ。」
「そうです。私たちはずっと王妃様の友達ですから。」
王妃様はその二人の反応に、下唇を噛んで下を向いた。きっとバージェス家にお咎めがあるのだろう。金髪がさらりと肩に落ちた。
「わかりました。ご一緒しましょう、王妃様。」
王妃様がパッと顔をあげたその時、タイミングよくレオン様が部屋に入って来た。
「話はつきましたか?」
王妃様がコクリと頷いた。
「モニカ嬢が嫌だと言ったら連れて行きませんよ。それで、どうなりましたか?」
じろりと王妃様を睨んだレオン様は容赦なく言い切った。
「王妃様もご一緒に行きましょう、レオン様。」
話を聞く限り、王妃様は本当に困っていて、そして国王陛下は王妃様を軟禁しかねない。こんなところに置いておけない。それに何だろう、以前お会いした時の王妃様よりも、そう、つきものが落ちた顔をなさっているのだ。幼いころの記憶ではもっと何かに追い立てられているような、背中から何かが差し迫っているような、せわしなさを感じたのだ。それが今はすっかりなく、落ち着いていた。
「あなたは、本当にお人よしですね。」
呆れたような物言いだが、少しほっとした声がした。公爵夫人が、そうと決まれば、荷物を準備しなくちゃと、食事もそこそこに立ち上がった。公爵閣下も、時間稼ぎをしないとね、とノリノリだ。
その時ドアの前にいた侍女長がノックをした。
「失礼いたします。王太子殿下がお越しです。」