軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シエナ様の婚約話

「おはようございます。」

「あ、レオン様おはようございます。」

「おはようございます。」

まだ寒い朝の空気の中、別館と本館をつなぐ庭石をシエナ様とフィナで渡っていると、本館の客間に泊まっていたいたレオン様がメイドに案内されて廊下を歩いていた。私はシエナ様と一緒に朝食をとるべくダイニングに向かっているところだった。きっとレオン様もそうなのだろう。

「ご一緒しても?」

「もちろんです。」

そう言って手を出してエスコートしてくれた。私はそっと手を取った。

「短いのも似合いますね。」

おや、レオン様はお世辞も言えるようになったらしい。

「あら、ありがとうございます。」

そこでシエナ様が私の右手にギュッと抱きついてきた。

「モニカは何でも似合うわ。」

ウフフと笑いながら可愛らしいシエナ様に返した。

「今日からあわただしくなりますね。」

「そうですね。一番忙しいのはレオン様ではありませんか?」

「いいえ。領地に帰るだけですから。」

昨日の夜、あれから卒業パーティでは、会場の目立たないところで、ミランダさんとマゼンダさん、ライオルト様とおしゃべりして過ごしていた。マゼンダさんが私の髪をまとめて自身のリボンで止めて、中途半端に切ってしまった髪を違和感のない髪型にしてくれた。そのおかげで、みんなと笑顔でお別れが言えたのだ。

家に帰ってきてからはフィナから、せっかく綺麗に伸ばしたのにとお叱りを受け、肩ほどの長さで切りそろえてくれた。何だか前髪もぱっつんの上この髪型だと、こけしみたいかもしれない。ミランダさんにもらったバレッタは、この長さでもハーフアップにしてつけられ、そこは一安心だ。

晩餐後にバージェス家を訪れたレオン様は、公爵閣下と夫人に私を文官としてローファス領に連れて行きたい旨を話していた。どうやらレオン様は公爵閣下に事前に手紙を何通も送って、話を通していたらしく、驚くほどスムーズに了承の運びとなった。

「レオン君が遅れてくるから、どうしようと思ってたんだよ。そうと決まればなるべく早く王都を離れたほうがいいね。今の状況は非常に良くない。」

「そうね、お兄様がモニカにロックオン!って感じなのよね。時間をかければかけるほど断りにくくなるわ。こういう時はさっさと逃げるに限るわ。」

「そうですね。いつがいいとかありますか?」

「レオン君が大変じゃなければ、今日にでも。」

バージェス公爵閣下が、深刻な顔で言った。正直公爵閣下がこんな顔をするのは珍しい。どうらやら今回は相当国王陛下からの圧力が強いようだ。こんな夜逃げのような提案をするなんて。

「せめて一晩くらいはレオン様をお休みさせていただけませんか。・・・わたくしの準備はできておりますので、明日の昼くらいには行けると思いますわ。」

レオン様から手紙が来て、ローファス領で文官にならないかと書かれていた時から少しずつ準備をしていた。卒業式前日には準備を終えて、レオン様が来るのを待っていたのだが、予想以上に遅れてやってきたのだ。これが昨日の夜の話で、その後公爵閣下とレオン様が何やら話し込んでいたので、私と公爵夫人は部屋から辞した。その後に二人でこれまでの思い出話などに花を咲かせて、夜はシエナ様が一緒に寝たいと言ったので、一緒に布団に入ったのだ。いきなり髪を切った件で、何か問い詰められるかと覚悟したが、しかしシエナ様は私の髪を見てグッとこらえた顔をしただけだった。

「あと一日でもゆっくりしていけばいいのに。」

ぷくりとほほを膨らませたシエナ様は不満げだ。私は左手はレオン様、右手はシエナ様と組んで挟まれて歩いていた。

「でもこれ以上国王陛下の提案を拒み続けるのはわたくしには重荷ですから。」

「それはそうかもしれないけど。ねえ、レオン様。モニカをお願いね。私のお姉さま、大事にしてよ。」

「それは承知しています。」

シエナ様がレオン様の顔を覗き込んで、キッと可愛らしく睨みつけていた。一方のレオン様は相変わらずのポーカーフェイスだ。シエナ様が第三王子殿下の婚約者となってから、レオン様は明確にシエナ様に線を引いたように感じる。ミランダさんやライオルト様と一緒にいる時の、肩の力が抜けた、リラックスした様子のレオン様を知っているだけに、少し堅苦しい印象だった。

まあ、私はそのミランダさんたちと同じ方に入っているらしいので、問題はないのだが。それでも攻略対象とヒロインなわけで、一応、好感度が気になっていたりもするのだ。傍から見る分にはまったく気にしているようには見えないし、学園でも二人が話しているところは見たことが無い。気にすることではないのかもしれない。

しかし、こんなに気になるのはやっぱり、私がレオン様を特別だと認識しているせいだろう。

「絶対よ。じゃあ、出かけるまではモニカは私が独占しまーす。レオン様は荷物の準備でもしててよ。」

そんな心配など全く無意味なように、シエナ様が私の腕を引いた。

「シエナ様ったら、今生の別れでもないですのに。」

「・・・でも・・・。」

シエナ様はまたレオン様を睨みつけてから、そっぽを向いた。それから小さく、本当に小さくつぶやいた。

(もし、モニカがあっちで結婚したら、もうこっちに帰って来ないわ。)

結婚。

そんな事を考えていたのか。腕にギュッとしがみ付くシエナ様をそのままに、ダイニングに入って行った。心配しなくてもやっと自分の気持ちに気が付いたところで、結婚なんて夢のまた夢だ。そう思っていたのに。

食事を終えてから今度は公爵夫婦に取り囲まれた。

「ああ、モニカと朝食を食べるのもこれで最後なのね?寂しいわ。レオン君、モニカのことよろしくね。」

「本当にそうだね、レオン君よろしくね。モニカ、あっちに行っても私たちのこと忘れないでくれよ。」

公爵夫人はまるでもう会えないかのようなことを言うし、バージェス公爵は不安定だった時のように涙を流していた。我慢しようと思ってたんだけどな、とパタパタと流れる涙を指で拭っていた。レオン様とシエナ様が気まずそうに部屋の隅にいた。確かにお二人は年齢を感じさせない夫婦ではあるが、成人はしているため、大の大人が涙を流しながら私にしがみついているのはなかなかシュールな光景ではあった。

「ああー、それでは俺は一度王城に、父から預かった手紙を届けに行きたいと思います。」

「あの手紙だね、きっと王妃様も国王陛下も驚くだろうね。」

「そうね、私も驚いたもの。」

私が公爵夫婦の腕の中で小首を傾げていると、レオン様がそれに気づいてくれた。

「実は、うちの父と母が、離婚しまして。」

「え、ええ?!離婚ですか?」

レオン様のご両親はお父上のローファス伯爵しか知らないが、それでも見知った方の離婚は初めてだった。それだけこの世界の離婚は条件が厳しい。

「公爵閣下と夫人には昨日、父からの手紙をお渡ししたのでご存じでしょうが・・・。昨年あった俺の婚約者の件で、父と母が対立していまして。」

「ああ、伯爵夫人はお兄さんとシェトナ・ナバ子爵令嬢を結婚させて伯爵家を継がせようとしていたんだよね。しかしエレンは不貞を働いたシェトナ嬢を、弟の婚約者に手を出したお兄さんも許さなかった。責任を取ってお兄さんとシェトナ嬢の結婚は許すけど、家は継がせないという話になった。」

それでレオン様は文化祭から家に帰って、急遽家を継ぐ準備をすることになった。

「俺としては兄さんとシェトナ嬢の結婚は賛成なんですけどね。母が二人にローファス領を継いでほしいと言って父と対立したんです。」

「しかもシェトナ嬢はいまだに子供はレオン君の子だと言っているんでしょ?なんだか宇宙人と話しているみたいだわ。」

「これは帰ってから分かったんですが、父は兄さんに前々から、学園の成績の良いほうに後を継がせると言っていたみたいなんです。そうして学業に剣に専念してくれたらと・・・。しかし兄は王都で父の目がなくなって、歯止めがなくなってしまって。前から好きだったシェトナ嬢と恋仲になったそうです。」

「学園でお二人が仲睦まじく歩く姿は何回か見たことがありますね、確かに。」

なるほど、ローファス伯爵の案ではお兄様は伯爵家から縁切りされそうだから、勝ち馬であるレオン様に乗ろうとしているのか。そのままお兄様と結婚してもその後の生活にも心配がある。ローファス領は魔物の脅威から国を守る重要拠点だ。国からの支援も手厚い。そこからの援助はきっと莫大だろう。シェトナ嬢はどうせ婚約者のいないお兄様に子供ができたら、彼の嫁にしてくれると甘い考えを持っていたのだ。そして、ローファス伯爵のことを舐めていたのだ。

「そういえば、お兄様は何で婚約者ができなかったのですか?」

そう言うと公爵閣下と夫人、そしてレオン様の目線がすっとシエナ様に向いた。ご本人は何のことか分からないと困惑の顔をしていた。公爵閣下が昔の話だよ、と付け加えて口を開いた。

「エレンと、ローズ姉さんは幼馴染だって話は聞いたかな?そしてエレンとジョコビッチはグロリア伯父上に弟子入りして一緒に剣を習った、兄弟弟子として仲良くしていたんだ。だから姉さんがシエナを授かった時に、将来嫡男のお嫁さんに、と約束したんだ。まあ、口約束だったけどね。ただ小さいころからの婚約は、シエナの自由を奪ってしまうかもしれないから、しないことにして、年頃になったらと話していたんだよ。」

「え、ええええ?!そうだったの?私ぜんっぜん聞いてないわ!」

そう言ってからまた、ええええと小さくうなっていた。そりゃあ私も、あの浮気者の婚約者なんて御免だ。

「大丈夫ですよ、その話は兄さんがシェトナ嬢と恋仲になった時に無くなりました。それにあなたが第三王子殿下の婚約者となり、さすがに母もシエナ嬢を嫁に、と言えなくなりました。」

そうかシエナ様の婚約者の話が全然でないからどういうことかと思ったら、話があったから、いなかったのか。そうなるとゲームの第三王子殿下ルートでレオン様が戦線の前線である領地に帰ることになるイベントは、レオン様ルートだと一緒に帰って伯爵夫人になるのかしら。真面目にゲームをしなかったことでこんなに苦労するとは。何事にもちゃんと取り組むべきという教訓となった。ミランダさん曰く、かなりシナリオが変わっているから、ゲームを知っていても全くあてにならないとは聞いていたが。

「まあつまり、俺擁護で嫡男を変えるつもりの父と、兄擁護でそのまま兄が継げばいいという母で意見が対立しまして、この度父が離婚を言い渡し、母も同意したんです。母はグリーン侯爵家の方ですので、父が今グリーン領にて侯爵と話し合いをしているところです。その旨がこの手紙に書かれています。」

そう言って荷物から2通の手紙を出した。国王陛下と王妃陛下への手紙だ。ローファス伯爵家の紋の青い封蝋がついていた。

「まだごたごたが続いていますが、やっと終わりが見えてきたところです。俺はこれから王城でこの手紙を届けてきます。その後は昼食をいただいてから出発しましょう。」

「そうだね、わかった。なるべく、だれにも捕まらないように。」

公爵閣下の緊張感をはらんだ声に、レオン様は、はいと短く答えて部屋を出て行った。