作品タイトル不明
騒々しい日
結局、レオは卒業パーティに到着したと思ったらモニカを連れてどこかに行ってしまうし、その後も生徒会メンバーや、騎士科の後輩に囲まれて話す機会もなかった。そしてその日の夜はバージェス邸に泊まったようだった。前なら王城に泊まりに来て、いつもの部屋で夜に話す余裕があったのに。それを少しつまらなく思った。
それにモニカがいきなり髪を切ったのも驚いた。なんであんなことをしたのか、あのあと結局ミランダ嬢と踊って終わったが、モニカと久しぶりに踊りたかった。
「ロイ!」
いつもより騒々しい廊下を不思議に思い、ロイと二人、父上の執務室へと向かっている最中だった。
「あ、リチャード殿下もご一緒でしたか。」
王太子の補佐官として、最近はもっぱら兄上と一緒に書類に埋まっていたケイトが、これまた慌ただしく話しかけてきた。
「何かあったのか?」
そう問いかければ今度は喧騒に紛れて聞き取りづらい声色で話し出した。
「実は、王妃陛下が恒例の教会へ行ったっきりまだ帰ってきていないそうなんです。午前中に門を出て、今はもう3時でしょう?前も帰り道にカフェに寄ったり、知り合いの貴族の家に寄ったりしていたのですが、そういう時は夕食は要らないとか連絡があったらしいのです。しかしそれがないので国王陛下が大荒れで。」
「国王陛下が?」
同じことを思ったのだが、先に口に出したのはロイだった。
「はい。騎士団を派遣して王都を捜索するよう指示を出そうとしていて、近衛騎士団長が調整しているところです。」
「まだ早いじゃないか。どうせ連絡し忘れたとかそんなのじゃないか?」
ケイトがはあ、とため息をついた。
「私もそうだと思います。実は前にも数回、貴族の家で食事をしてから帰ってきて、国王陛下が気を揉んでいたことがあるのです。しかもここ数日の舌戦でしょう?王妃陛下も気晴らしに、教会で羽でも伸ばしているのではと思っているんですが。」
「父上は心配性というか…。」
そこまで言って、リチャードは違和感を感じた。今まで何度かそういうこともあったなら、父上だってそれを承知で騎士団なんか動かさないはずだ。今回は何かが違うと感じたのだろうか?
「ところで兄上は?」
「本日はモニカ嬢が王城に来ない日なので、バージェス家に今後の作戦会議に行ってくると、昼頃出掛けて行きました。…そういえば、少し遅いですね。それこそ夕食までごちそうになる気でしょうか。まあ最近、根詰め過ぎだったので、ちょうどいいと言えばそうですが。」
あの書類の山を一時置いておいて?
それを目の前のケイトが黙っているのも違和感があった。バージェス家にいる部下に報告をさせようかと考えて、そういえば彼女は一身上の都合で、辞表を出したんだと思いなおした。ちょうど本日から職務を離れたのだ。タイミングが悪い。
「とりあえず執務室に行こうか。」
「あ、私も一緒に行きます。レオン君が今朝、ローファス伯爵から国王陛下への手紙を持ってきたんですよ。」
「へえ、来たのなら顔を見せればいいのに。」
ロイが残念そうに言うと、ケイトが忙しそうだったと苦笑いしていた。その発言にもまた違和感を感じた。
普段は文官が多い廊下には、執務室に近づくにつれて、騎士団の制服が増えていった。開けっ放しの扉を覗けば、近衛兵と騎士団員が王都の地図を広げて何やら話していた。その説明を、父上が真剣に聞いていた。
「どうなさったのですか。」
「ああ、リチャード。リエッタが帰って来ない。」
「幼子でもないのにどうなさったんです?」
「いや、嫌な予感がする。令嬢の誘拐未遂もあるから、気を付けていて損はないだろう。」
やはり違和感を感じる。ケイトが未処理の手紙を文官の机に置いていた。ローファス伯爵からの手紙なら、封蝋は青いのではないだろうか。
「それで本当の理由は何ですか?」
そう問いかければ、せわしなく動いていた騎士たちの動きが少し止まり、机に向かっていた騎士団員と近衛兵は話すのをやめた。父上は眉間にしわを寄せ、目の前の地図を遠い目で眺めていた。
「・・・」
「話してくれませんと、策も立てられませんよ。たかが数時間の外出で、騎士団を動かす検討をする正確な理由は何です?」
「・・・、嫌な予感というのは本当だ。ここ数日、リエッタが、離婚について口に出していた。」
離婚?あの母が、王妃という地位を捨てるか?正直それは全く考えられなかった。ああ見えて国の為なら何でもする御仁だ。
「父上から申し入れしたんですか?」
「あちらからだ。」
ますます意味が分からない。人一倍王妃という地位にこだわっている人だ。離婚なんて利益が、母上には何一つなかった。しかしだ。何かこの王宮に不満があったとして、離婚を口にするのならそれは、母上の中では決定事項になったということだろう。
「父上と母上の婚姻契約はどうなっているのです?離婚についての文言は?」
「王国法に準ずると。離宮は別居3年に当たるか否かを、離婚調停で争ってもいいと言っていた。離婚届が教会から発行されているから、調停では不利だな。」
力なく笑った父上はいつもの力強さが全くなかった。母上がそこまで言って、教会に行くと言って出て行って、それから?確かに父上が不安になるのも仕方ないかもしれない。
「護衛はついているのでしょう?離れて帰ってきていないということは、母上についていると考えられますよね。それで、どこまで消息がつかめているんですか?」
父上に話しかけながら、地図を覗き込んだ。騎士団員がすっと指さした。
「まず東の門を10時半ころに馬車にて出発されています。護衛はその日、離宮警備にあたっていた4名の近衛兵です。先ほど確認したところ、11時頃にお祈りを終えてから、白の聖堂に行くと言っていたようです。」
リチャードは頭の中に、王妃のスケジュールを思い浮かべた。確かに教会に行く日は、王家から一番近い東の教会に行くことが多かったが、その後に白の聖堂に行くこともままあった。白の聖堂は東西に長い大通りを通って、西の門を抜けて王都から出て行かねばならない。しかも王宮の馬車だ。目撃者が多数いるはず。
「その後の足取りは?」
「普段でしたら行きつけのレストランで昼食なのですが、そちらには行かず、西大通りのほうで、北側の住宅地へ入っていくところで目撃情報は最後です。」
つまり行き先が分からなくなってから3時間ほどしかたってない。西大通りの北側は高級住宅地で、高位貴族の邸宅も多数ある。顔なじみの貴族の家に、思い立って行ったのなら、のんきにおしゃべりをしている可能性もあった。
「西大通りの門から出たという報告は?」
「ありません。ですからまだ王都にいると思われます。」
「だが、門を抜けなくても王都を出ることはできるだろう?倉庫街の後ろは馬車のためにいつも開いているし、貴族の邸宅の中を通れば王都から出られる。倉庫街に王宮の馬車が来たら目立つだろうから、素直に白の聖堂に馬車で向かって、その途中から違う馬車に乗ったほうが王都脱出しやすいだろう。」
「リチャードは、リエッタが、家を出て行ったと思うか?」
「父上はその可能性が高いと感じたので、騎士団を動かそうとされているんでしょう?個人的には教会からの離婚届について何か話に行ったと考えていますが。そういえば離宮に誰か送りましたか?母上のことだから手紙の一つも置いていくと思うんですが。」
先ほど、と誰かが言いかけたとき、一人の近衛兵が扉から駆け込んできた。
「陛下!王妃陛下の執務室からこちらが!」
それは母上の記入済みの離婚届だった。
「リエッタは、私と離婚して一体それからどうするつもりなんだろうな。」
諦めを含んだ声に、いたたまれなくなった。いくら仲が悪かろうとも、離婚はしないと思っていた。
「相変わらず、身勝手な人だ。」
リチャードは思わずそう呟いた。大きなため息をついた父上に、仕方なく声をかけた。
「父上、母上の交友関係でお心当たりは?」
「最近の交友関係の報告は受けていない。主に孤児院と教会関係者くらいしか交流がなかったとしか。」
徹底している。護衛から父上に報告が行くことを前提で行動していたのだろう。王城で交流をしていたにしても、離宮を訪ねた者は兄上に報告が行くはずだ。そしてその報告は自分も定期的に確認しているが、怪しいものはなかった。
「しかし現に、貴族街に行っています。知り合いに会いに行ったと考えるほうが自然でしょう。」
そう、離婚に関して了承しない国王の愚痴を、外に漏らさず聞いてくれるような知り合いだ。味方にならずとも、母上のフラストレーションを和らげてくれるような、身内にも近い存在。リチャードの頭には珍しく機嫌のよかった母の、王妃の顔が思い浮かんだ。最近の記憶は、姉上の結婚式の控室だった。
「姉上のいる、メーファス侯爵家の邸宅はどうです?」
「・・・、ありそうだな。」
そう言って席を立ちあがった父上に、近衛兵は困惑の顔をしていた。当然指示が来ると思っていたのだろう。
「騎士団を先振れにいたしましょうか?」
「いや、直接行こう。」
真っ直ぐ馬車に向かう父上について行くことにした。ケイトに王家の紋章の入っていないお忍び用のの馬車の手配を頼み、ロイと父上の護衛を連れて馬車に乗った。
「父上、帰りにバージェス家によっても?兄上にも報告しないといけません。」
「ああ分かった。」