作品タイトル不明
卒業パーティ2
建物から逃げるように庭に出た。街灯があるので歩くのに支障はない。中の熱気にあてられた人たちが、涼みに多数出ていたが、その間をするすると抜けて行って、噴水の近くのベンチに私を座らせてくれた。
「とりあえず、それをここに。」
レオン様がベンチの隣にハンカチを引いた。小首を傾げて彼を見上げれば、左手をそのハンカチの上にもっていき、握りしめられていた手をゆっくりをほどいてくれた。黒髪の房が、ハンカチの上にパサリと落ちた。
「あ、ごめんなさい。」
視界に短くなった髪と、いまだ長い髪が入った。会場はどうなったのだろう、私のせいで白けてしまっていないかしら。そんな心配をしていた。
「何がごめんですか。いったいなんで、こんなことをしたんです?」
明らかに非難を含んだ声色に、何も言えずに黙っていた。ざっと隣に座る音がして、ふいに肩が温かくなった。抱き寄せられて、距離が近くなった。
「せっかくきれいな髪なのに、なんで・・・。」
あまりにも、惜しいものを無くしたようにレオン様が言うから、もしかしたら私の髪は本当にきれいだったのかもしれない。惜しいことをしてしまったのかしら。
「別に、いいのです。短くしてみたかったのです。それに動き回るときは短いほうがいいですし、髪を洗うときも簡単ですし、それに、あと髪型だって悩まなくてよくなっていいですわ。」
「どうしてそんなことをなさったのです?」
「・・・、あの、えっと。ただ、短くしてみたかったのです。」
自分でもわからない。途中から何を考えているのかもわからなくなってしまった。ただ、踊りたくないとか逃げ出したいとか衝動的にハサミを持っただけだった。
レオン様が、短くなった髪にそっと触れて、はあ、とため息をついた。
「リチャード殿下が何か、おっしゃったんですか?」
「いえ、あの、壁際の制服を着た生徒たちが、全く踊っていない様子だったので、最初に私たちで踊ったら、彼らも踊りやすくなるのではないかと、言われたんです。」
グッとだまった。確かに一利のある理由に、しかし私はそれを途中で逃げ出したのだ。これはお叱りを受けても仕方のない私の咎だった。
「でしたら、婚約者のいるミランダ嬢のほうがよかったですね。」
お小言が始まることを覚悟していたが、帰ってきた言葉は予想とは違った。それも、第三王子殿下過激派のレオン様が、だ。
「今殿下が貴方と踊ると、王太子妃になるという噂に信憑性が出てしまうんですよ。殿下もそれを分かっているはずですが・・・。何か俺が気が付いていないことでもあるんでしょうか?最近王城にいなかったので、ちょっと詳細は分かりかねますね。」
「そうです、どうしてこんなに遅いんですか。ずっと待っていたんですよ。結局わたくしが卒業式の挨拶をしたんですよ。」
「ああ、それは本当に助かりました。ありがとうございます。街道で雪崩が発生して埋まってしまいまして。その事後処理をしてから来ましたら、遅れてしまいました。」
本来なら3日前にはつくはずだったのだ。私が口を尖らせれば、レオン様は少し笑った。やっと空気が軽くなった。
「・・・、手紙の答えを、聞いてもいいですか?」
真剣な顔のレオン様の手に、少し力が入った。答えなんてとっくの昔に決まっている。
「わたくしは、レオン様について行きます。前も、そう言いました。」
そっけなく返したかもしれない。
「本当に、いいんですか?このままここに残れば、貴女はきっと王太子妃だ。国王陛下からの説得もあるでしょう?あなたなら、きっと立派な王太子妃、ゆくゆくは王妃となれると思います。国を発展させることも出来るでしょう。それに王太子殿下はあなたのことを大事にしてくれるでしょう。あの方は穏やかな方ですから。俺は、貴方を高く評価しています。ですから、正直もったいないと、うちの領地なんて小さいところで収まるのは。それでも、来てくれると?」
そんなに高く評価していただけているとは。それだけで頬が緩んでしまう。
「はい。でも、私が居たいのは、レオン様のところですから。」
そう言ってから、また恥ずかしいことをと自覚した。しかし前と違うこともある。それは私の気持ちだ。あの時は形がはっきりしなかったものが、今は目の前にはっきりと名前がついて目の前にある。会えなかった期間にそれをじっくり考えて指先で触って確かめて、そしてやっぱり同じ結論に達したのだ。
レオン様のお隣に居たいな、と。卒業してからも、ずっと。
この鈍い人に私の気持ちを分かってもらうのは、きっと骨が折れると思う。多分今は私の気持ちの1割も分かってない。でも、領地に誘ってくれたということは、少なからず側に置いていてもいいと思ってくださっているはずだ。
「ありがとうございます。うちに来てくださるなら、絶対に後悔はさせません。」
無表情がデフォルトのレオン様が、目を細めてうれしそうなのは、なかなかレアだ。
「はい。」
卒業式の最後の最後に、笑いあえてよかった。