軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

乙女心が分からない

不機嫌に靴音を鳴らしながら王宮の大理石の廊下をいじめていた。

わたくしがここまで譲歩しているというのに、国王は全く意に返さず逡巡なく離婚を却下した。まるで初めからわたくしの言うことには反対だとでもいうようだった。その態度にますます靴音を鳴らした。

頑ななのも意固地なところも嫌いだった。それでも昔は、そう、学園に行く前は少しはわたくしの話を聞き入れてくれていたし、話し合ってやっていこうと思って、王妃になる覚悟して結婚したのだ。心うちのモヤモヤしたものは、ベンチでエレンに泣きついたときに置いてきた。毎年新年会で彼の顔を見るたびに、あの時の覚悟を思い出してこの年までどうにかやってきたというのに。

奥歯を噛み締めて、何度目かの涙をこらえた。

王宮にリエッタの味方は少ない。父親であるヴィヴィエ公爵でさえ派閥が違う。ましてや弱音を吐ける相手はいなかった。

自由にやれることは孤児院への支援で、自由に行ける場所は教会だけだった。それだけは第二妃に譲らなかった。

廊下をいくらいじめても、気は全く晴れなかったので、いつものように静かに離宮に歩いている時だった。

「シエナ様をお誘いしていらっしゃらないようですね。」

年頃の娘のくせにいやに抑揚のない、落ち着いた声音がリチャードの執務室近くの中庭から聞こえてきた。少し身を隠し声に耳を傾けた。

「卒業式まであと1週間ですので、ドレスの色など打ち合わせがございましょう。」

「別に、シエナが卒業するわけで無し、ありもののドレスで構わないだろう?来年はドレスを贈ろう。」

小さな東屋のベンチに腰掛けたリチャードの声はそれでも少し弾んでいた。顔が見えない分感情が声に出ているようだ。黒髪の貴族子女の横顔は表情を変えずにまた平坦な声を出す。

「用意するものが多数ございますゆえ、連絡をなさってください。わたくしはこれで…。」

「シエナに泣きつかれたのか?モニカも大変だな。」

「…ついででしたので。」

最近、頻繁にこの黒いのを呼びつけているのは国王陛下だ。なんでも次期王太子妃にしたいだとか。今はギリギリ、ケイオスと妹に説得されて王勅は出していない状態だ。だから説得の対象を黒いの本人にしたのだ。本人にうんと言わせればあの二人は反対できない。そう踏んでのことだ。

もってあと1,2週間だろうか。あの威圧感の中にあって、国王の言葉を否定し続けるのは、小娘にはかなり堪えるだろう。大人の、それも国王をよく知った文官でさえ、冷や汗を流しているのを何度も見たことがある。あれもリエッタは嫌いだった。まるで床に頭を無理やり押さえつけられて、脅迫されているような惨めな気持ちになるのだ。

「兄上の妃になるという噂があるが、その気はあるのか?」

少しだけ、声が固くなった。今まで黒いのが毎日呼ばれているのは、国王のあの威圧感にそれでも否と言っている証拠だった。

「とんでもございません。分不相応でございます。」

「そうか。」

明らかにほっとした声音だ。

「じゃあ、卒業式は、モニカが踊ってくれないか?」

「なぜです?シエナ様がいらっしゃるでしょう。」

「ファーストダンスはな。でもその次のダンスは良いだろう?この三年間レオンと踊って、モニカだってだいぶ上手になったじゃないか。卒業式で私のパートナーになってくれないか。」

「お断りします。」

バッサリといわれたのに対し、リチャードは少しいら立ち交じりに声をあげた。

「いいじゃないか。この3年間一度も一緒に踊ってないじゃないか。パートナーだって決まっているわけじゃないんだろ?」

「生徒会のノルマは、卒業生はノーカウントなのでわたくしは踊らなくてもよいのです。ですからお断りします。」

「別にパートナーになってくれといっているわけじゃないんだ。ただダンスするだけなんだ。いいだろ?」

最近はもっぱら大人っぽい対応をするようになっていたリチャードの、珍しいわがままに少しだけ踊ってやればいいのにとも思うが、あの黒いのの立場から考えれば無理な話だ。今、王太子妃の話まで出ている中で、王族であるリチャードと踊るなど、王族入りの示唆になっていると噂が立つかもしれない。

「・・・第三王子殿下は、シエナ様と踊った後に、わたくしと踊りたいとおっしゃっているのですか?」

「ああ、いいだろう?」

「第三王子殿下は、あの、のびやかで美しく、まるで妖精のようなシエナ様と踊った後に、わたくしと踊ると。それはつまり、つたなく愚鈍なわたくしに卒業式で、大衆の面前で恥をかけとおっしゃるのですね。」

「そんなことは言っていない。モニカのダンスは大衆の面前で恥などかくようなものではない。見ていられるくらいにはなっていると思う。」

リチャード、その発言はあんまり褒めていない気がするわ。

「絶対に嫌です。第三王子殿下とは二度と踊りません。シエナ様と踊っていてください。」

「な、モニカ?!」

「わたくしはこれにて失礼いたします。」

こちらに歩みを進めて、目が合い、軽い挨拶をしてさっさと国王の執務室のほうに歩いて行った。ここ最近何回か王城に来ているという話を聞いて、リチャードはこんなところで黒いのを待ち伏せしていたのだろう。

「リチャード、なんでダンスなんて誘ったのよ?」

溜息をついたリチャードはすぐに無表情になった。

「別にいいでしょう。モニカに変な虫がつくよりましです。それにモニカのダンスは本当に、大衆の面前に出して、恥をかくようなものではありませんから。」

変な虫ね、変じゃなければいいのかしら。

「でも言い方ってあるでしょう。あれじゃあ褒めてないわよ。」

「何を言っているんです?モニカとレオンが踊っているのを見たことがありますが、本当に上手くなっていました。思わず見入ってしまうほどです。あのくらい踊れるのなら、私と踊ったって恥なんてかきませんよ。モニカが大げさなんです。」

今日は本当に珍しい日だ。あのリチャードが話を切り上げずにリエッタに言いかえしていた。相当腹が立ったのだろう。こういう些細な口喧嘩を黒いのと頻発している報告を受けてもいた。それを見ても、二人の相性はいいとは言えなかった。

「それが、レオンと練習した成果でしょう。いつも練習している相手と、3年間一度も組んでいない人とでは、同じに踊れるとは限らないわ。リチャードは上手いからフォローもできるだろうけど、あの子はそれは分からないしね。とりあえず、誘うのはおやめなさい。」

あの子が可哀そうだから。と、それはさすがにリチャードには言えなかった。昔から体を動かすこと全般が得意だったこの子に、ついて行けるのはそれこそレオンとシエナ嬢くらいだ。明らかにどんくさそうな黒いのには、ちょっと酷だ。

「母上に言われる筋合いはありません。」

プイと機嫌を損ね、ベンチから立ち上がり行ってしまった。乙女心が分からないところは本当に、国王陛下そっくりに育ってしまった。遺伝の濃さに重い溜息を吐いた。