作品タイトル不明
卒業式当日
ダンスパーティの段取りの手紙が無事にシエナ様に届き、バタバタで支度を整えた。本当に間に合ってよかった。私をダンスに誘ってきたのもきっといつもの気まぐれだろうと頭の片隅に追いやって当日になった。
卒業式は2年生が中心になって行われる、新しい生徒会の始動の日でもあった。去年のこの日、レオン様が在校生代表の挨拶をしたのを、今でも鮮明に覚えていた。
そのレオン様は当日になってもローファス領から戻ってくる気配がなかった。この間来た手紙には、間に合わなかったら、生徒会である私に卒業生代表の挨拶をしてほしい旨も書かれていたので、一応用意はした。しかし本当に間に合わないとかは思っていなかったので、朝から少し緊張していた。
いても立っても居られず、少し早いが学園に向かうことにした。準備をしているとそれを聞きつけたシエナ様が自分も一緒に行くと言い出し、結局いつものように二人で馬車に揺られることになった。
「モニカこの間は、リチャードに話してくれてありがとう。」
「いいえ。お手紙を出さない第三王子殿下が悪いのです。」
そう言って笑いあった。ここ1週間余りの忙しさに、そのことをすっかり忘れていた。
「もうモニカと一緒にこうやって、馬車に揺られて学園に行くのも最後なのね。長かったような、短いような。」
「そうですね。何だか寂しいですわ。」
ふいについて出た言葉で、少ししんみりしてしまった。そこでシエナ様があえて明るく声をあげた。
「そんなモニカに、プレゼントがあります!」
白地にオレンジ色のリボンのそれは、シエナ様がいつもくれるプレゼントボックスとは違った。開けて、と手渡され、お礼を言ってから丁寧にリボンを解いた。
「これは、ポーチ?ですか?」
「そう、ベルトがついていてね、革でできているから丈夫なのよ。」
ウエストポーチだ。革には精巧な花の柄がついていた。使うほどに風合いが増していくだろう。
「開けると、ペンとインク、ハサミとメモ帳、後まだスペースがあるから何か入れて。」
ハサミには持ち運びに便利なカバーがついていた。仕切りもあって使いやすそうだ。
「モニカが将来どうなっても、そのポーチはずっと使えると思うの。いつも肌身離さず持っていてよ。そしたら、私も一緒にいる気がするから。」
シエナ様の言葉に、顔をあげれば、彼女の目にはうっすら涙の幕が張っていた。
「ありがとう、ございます・・・。」
その顔を見て、私のほうが目がしらに熱いものが込み上げてきた。それでもシエナ様は必死に口角を釣り上げて、笑顔を作っていた。
「新しい門出に、涙は似合わないわ。」
「シエナ様。」
二人で少しだけ涙をこぼして、それをお互い見ないふりをした。一生、大事にしよう。
やがて学園についてのんびり歩いていると、生徒会メンバーをまとめるミランダさんがいた。
「二人とも!もう来たの?」
花が咲くように笑った彼女に、少し照れくささを感じる。この2年で彼女とこんなに仲良くなれるなんて思わなかった。
「あ、そのポーチ!さっそく使ってるんですね!」
「はい。先ほどシエナ様にいただきました。」
私の腰には先ほど貰ったポーチがあった。卒業生挨拶の紙を入れておくのに丁度よい。早速大活躍だ。
「一緒に探したのよね。」
シエナ様がふわっと笑って、ミランダさんがコクンと頷いた。
「モニカ先輩。学園に入ってから、お世話になりました。これは私からです。」
ミランダさんが急にかしこまり、小箱を手渡してきた。白地に見たことのあるオレンジ色のリボンがちょこんとついていた。パカリと開けるとそこには銀でできたバレットが入っていた。
「きれい。」
「先輩がいつも使っている、銀のしおりの図案を参考にしました。いやあ、リッティーさんは本当に腕がいいですね。」
気に入っていると一度も言ったことが無かったのに、銀の椿が美しいバレットになって手の中にあった。
「モニカ、つけてあげるわ。」
シエナ様に手渡すと、下ろしていた髪をササっとハーフアップにして、そこにバレッタをつけてくれた。
「ありがとうございます。うれしいです。」
「よかった。ゆっくり話したいけど、今はちょっと忙しいからまたあとで。」
そう言ってミランダさんはせわしなく仕事に戻って行った。もっともっと話をしていたかったが、忙しそうだった。名残惜しさが胸に残った。
シエナ様が腕を絡ませてきたので好きなようにさせていた。そういえば最近はこうやって腕を取って歩くことは少なくなった。小さいころはいつも、こうやって歩いていたのに。いつの間にか身長だってシエナ様のほうが大きくなった。それでもいつまでたってもシエナ様はヒロインだった。美しくなると分かっていても見惚れるほど美しくなった。本当に天使のような人だ。
学園をのんびり歩いて、思い出話に花を咲かせていると、正面から黒い人影が歩いてきた。
「卒業、おめでとうございます。」
「クラレンス先生。ありがとうございます。」
相変わらず美しい黒髪をなびかせて、にこやかにやって来た。最近はもっぱら弟と手紙のやり取りをしているらしく、私よりジスの現状に詳しいのは少し納得いかない。髪色も相まって、兄弟に誤認されることが多く、クラレンス先生はそれも気に入っているようだった。嫌われるよりはいいかと思っているが、姉心としては複雑だ。
そのあと時間が近づきマゼンダさんにと合流した。先にミランダさんと遭遇していたらしく、こちらは金でできた千日紅のバレットを髪につけていた。式の直前まで卒業の挨拶の添削をしてもらったり、レオン様の到着を待ったりしていた。
そして、とうとう式は始まり、レオン様はついに来なかった。
来賓として珍しく王弟殿下が国王陛下の祝辞を述べていた。付き添っていたのはケイト卿だ。
壇上に登って、挨拶を滞りなく終わらせてからも、考えているのはレオン様のことばかりだった。