軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

離婚届

『さっさと王太子を変えれば済むことですわ。』

ここぞとばかりに母上は自分を引きずり降ろしにかかる。そうなることは予想できてはいたが、対策はできなかった。どこに着地点を持っていくのが最善なのか、いくら考えても堂々巡りに陥った。

「大丈夫ですか?」

ケイトが心配そうに顔を覗いてきたので、ため息交じりに返事をして、机いっぱいに乗った書類たちとの格闘に戻る。昨年は余計な仕事がなかったため何とかこなせたが、今年は処理すべき案件が多すぎた。そうしてやっとの思いで仕事を終わらせ、ベッドに横になっても頭は冴え渡ってゆっくり眠れず、朝になる。最近はその繰り返しだった。

自分のいたらなさを痛感していた。娘の顔も何日も見に行けていない。

母上はそういう自分の要領の悪さを指摘して、リチャードに代われ、といっているのだ。少しでもリチャードに仕事を振れば、その優秀さがはっきりと分かるものだ。この机が弟の物なら、きっとここまで仕事を溜めたりしないだろう。

やはり、自分が王太子を下りたほうがいいのだろうか。

これはクリスの中で長年くすぶり続けた疑問だった。継承問題があるので、そう簡単に王太子は変えられないという父上の意見も分かる。しかし、優秀なほうを跡取りに、というのも分かるのだ。どちらがよかったかは結果論でしかない。

それにリチャードだって、急に王太子になれというのも酷だ。婚約者のシエナ嬢だってまさか王太子妃に、ゆくゆくは王妃になるとは思っていないだろう。弟たちに迷惑はかけたくない。そうなると目下、自分の妃が問題になる。次の王妃だ、慎重に選らばなければならない。こうならないように幼いころからラペットと婚約していたというのに。

一つ、ケイトにバレないように溜息をついた。

そう考えていくと本当にモニカちゃんが一番の候補になってしまうのがつらいところだ。彼女は優秀で真面目、生徒会として生徒たちをまとめ上げていたし、人前に出るのも慣れているだろう。小柄で可愛らしい彼女も、表舞台に出るようになれば国民からの人気は高まりそうだった。

しかし、モニカちゃんは弟の元婚約者で初恋の人だ。リチャードがモニカちゃんと仲良くなるために少しばかりのアドバイスをしていた身としては、候補から外してもらいたい。それにモニカちゃんも相手が自分のような年上の後妻など嫌だろう。小さいころからリチャード伝手に話しを聞いていたため、こちらとしては兄としての気持ちが強いのだ。

王位継承権について連日父上と母上は喧嘩に近い舌戦を繰り返し、仲はますます冷え切ってしまっていた。王太子妃を変えれば問題ないと考える父上と、クリスごと変えてリチャードが継ぐべきだとする母上で話し合いは平行線だった。

「殿下、少し外を歩いて来て下さい。この書類でも、国王陛下の執務室に置いて来てくれませんか。」

ふいにケイトから声がかかった。一分一秒が惜しい中で、しかし息抜きをと提案してくれる彼に、申し訳なくなった。

「でも・・・。」

「少し歩けば効率もよくなりますよ。今は王妃陛下との話し合いはお昼休憩のはずですから。」

そう笑顔で押し切られて、書類を持って父上の執務室に向かう。途中何人かとすれ違い、執務室についた。扉の前の数人の一人に声をかけようとしたが、声をかける前にササっといなくなってしまった。しかし中から聞こえる女性のヒステリックな叫び声を聞いて、理由が分かってしまった。

「母上が、いるんだな。」

思いがけず人払いをした格好になったので、仕方なく自分でノックをしようとした。

「リチャードを王太子にしてくれるんでしたら、離婚して差し上げますわ!」

「断る。」

離婚の言葉で手が止まり、すぐにきた父上の否で体が止まった。中も不自然な沈黙が流れていた。母上のほうから離婚の提案をするなんて。今、仕事は第二妃が本来王妃の仕事である後宮の取り仕切りをし、その他外交や外向けの仕事は母上が顔を出していた。その割合も年々第二妃が務めることが多くなってきていたのだから、父上としては願ったりかなったりの提案のはずだ。それを間髪入れずに否とは。

『このままだと、捨てられるわよ。』

そういえばラペットが捕まる前の占いで、そう言っていた。その時はなんて世迷いごとをと思ったが、母上の心中はそういうことだったのかもしれない。

「・・・離婚原因はわたくしとの不仲ということにすればいいわ。陛下にとって悪い話ではないはず。外聞が悪いといまだに考えているの?全く、不仲なことは国内外に広がっているし、事実でしょ。」

「却下だ。」

ダン!と何かをたたく音がして我に返り、扉を開けて中に入った。

「父上?!」

そこには執務室の机にこぶしを下ろしている母上がいた。

「少しは検討したらいかかです?!いつもいつもわたくしの言うことは検討するのも値としないと?!」

「検討せずとも、離婚はありえない。」

「もう別居して3年経ちましてよ。王国法では3年別居の後は婚姻継続の意思なしととられましてよ?」

「王室は範疇外だ。」

「いいえ、婚姻時契約書にもそこは王国法に準ずると。」

「王宮の離宮は別居に当たらない。」

「そこは離婚調停で争いましょうか?離宮は別居に当たるか当たらないか。そんなことなさらずとも離婚して差し上げましてよ?」

「離婚はしない。」

「はあ、呆れた。よくお考えになって。」

くるりと黍を返しカツカツと扉から出て行った母上を、クリスは黙って見送った。父上の離婚の機会をつぶしてしまって心が痛んだ。はあと息を吐いて机の上の紙を見ている父上の前に進み出ると、そこには教会の判の押してある離婚届があった。父上と母上が書いて、教会に出すだけで離婚が成立する。これを母上に教会が発行したということは、離婚条件は満たしているということだった。

自分に構わずに、父上の好きなようにやってほしい気持ちと、国王という立場上それはできないという気持ちがせめぎ合っていた。

「どうした。」

いまだ机上の紙から目線をあげない父上に、何も声をかけられずに書類ですと一言添えた。そうして逃げるように執務室を後にした。

自分のせいで、父は母と離婚できず、弟は王になれず、ラペットは占い師になれず、今度はモニカちゃんにまで迷惑をかけている。

「私はいったい、何ならできるんだ。」

冬のくせに憎らしいほど晴れた青空に向かって独り言ちた。