軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第72話 狂気の多国籍軍と、繰り返される分割の青写真

大西洋の真っ只中。太陽の光など一切届かない水深五百メートルの深海を、巨大な鋼鉄のクジラが音もなく潜航していた。

アメリカ海軍が誇るオハイオ級原子力潜水艦。平時においては核の抑止力として深海に潜むこの戦略兵器の内部が、今日ばかりは極めて特異な『密室の会議場』として使用されていた。

「――ようこそ、暗黒の深海へ。ここならば、極東の悪魔が軌道上に展開している衛星ネットワークの監視網も、一切届くことはない。電波も光も届かないこの場所こそが、現代の地球上で唯一残された『真の絶対密室』だ」

潜水艦のブリーフィングルーム。

アメリカ軍の若き強硬派将校が、誇らしげに両手を広げてみせた。

彼の目の前に座っているのは、中国、ロシア、そして欧州連合から極秘裏に招かれた、次世代の安全保障を担う若きエリート高官たちである。彼らは各国の軍用潜水艇を乗り継ぎ、誰にも知られることなくこの深海での合流を果たしたのだ。

「十四年前、我々の前任者たちはスイスの古城で密談を行い、まんまとイージス社の盗聴を許した。……電磁波ジャミングで満足したアナログな老人たちの浅知恵だ。だが、数百メートルの厚い海水の壁は、いかなる量子通信やナノ・ドローンをも物理的に遮断する」

ロシアの若きFSB高官が、分厚い海図の広げられたテーブルに身を乗り出した。

「前置きはいい。我々がここへ来たのは、前任者たちが極東の企業に売り渡した国家の主権と、大国としての誇りを取り戻すためだ。……具体的な『戦後処理』の青写真について、各国のコンセンサスを固めたい」

十四年前の太平洋での 敗北(パシフィック・インシデント) の恐怖を直接知らない彼らは、純粋な屈辱と野心に突き動かされていた。

イージス・イノベーションズの通信網とクリーンエネルギーによって、世界は表向きの平和と繁栄を享受している。だが、それは大国のエリートたちからすれば「飼いならされた平和」に過ぎない。自分たちが世界のルールを決める側から、ルールに従う側に転落したという事実が、彼らのエゴを激しく苛立たせていたのだ。

「神盾宗一とイージス社は、もはや一企業の枠を超えた人類の脅威だ。彼らが宇宙と深海のインフラを独占している限り、我々に未来はない」

中国の国家安全部(MSS)の若きエリートが、冷酷な眼差しで告げた。

「だからこそ、我々新世代がイデオロギーを越えて手を結び、人類を解放するための『多国籍軍』を結成する。圧倒的な 飽和特攻(スウォーム) で南太平洋の要塞を沈め、極東の島国から資源と技術を奪還するのだ」

「その通りだ。……問題は、奴らを排除した後、日本の資源とイージスの遺産をどう管理するかだ」

欧州の代表が、手元の万年筆を弄りながら切り出した。

「十四年前の老人たちは『四分割して共同管理する』と皮算用を立てていたようだが、それではまた大国間で血みどろの覇権争いが再燃するだけだ。よりシステマチックで、後腐れのない管理体制が必要だ」

「簡単なことだ」

アメリカの将校が、テーブルに広げられた日本地図の上に、赤いペンで無慈悲な直線を三本引き、列島を四つのブロックに分断した。

「四ヶ国による『分割統治』。大枠は前任者たちの計画を引き継ぐ。しかし、名目は『人類解放後の治安維持』だ」

彼は、自らが歴史の偉人であるかのように傲慢な笑みを浮かべた。

「イージス社という世界的テロ組織を匿っていた日本政府の官僚機構を完全に解体し、G4の監視下に置く。北海道と東北はロシア。関東と中枢インフラはアメリカ。関西・西日本は中国。そして九州・四国は欧州が治安維持を担当する」

「なるほど。日本の国民には『あなた方を独裁企業から解放した』という大義名分を与えつつ、深海の資源プラントと次世代技術の特許は、我々多国籍軍の管理下に置くというわけか」

中国のエリートが、満足げに頷いた。

「そうだ。極東の生意気な黄色い猿どもに、二度と我々を見下すような真似はさせない。奴らが吸い上げる資源の利益は、すべて我々大国が正当な『治安維持費』として徴収する。彼らには、永遠に我々の足元で泥を啜らせてやろう」

ロシアの高官も、残忍な笑みを浮かべて同意した。

深海の密室で、若き権力者たちは自らの野望と狂気を「正義」と「平和」という言葉でコーティングし、歴史を再び自分たちの手で切り分けるという野蛮な皮算用に酔いしれていた。

彼らは本気で、この計画が完璧であり、自分たちが神盾宗一という特異点を排除して『新しい世界の秩序』を築くのだと信じ切っていた。

自分たちが絶対安全だと信じているこの潜水艦の内部音声が、彼らの心臓の鼓動一つに至るまで、極東の悪魔の耳元へ一字一句違わず届けられていることにも気づかずに。

* * *

「――化石どもは、世代が代わってもかくも学習能力に欠ける、哀れな生き物だな」

地球の裏側。東京、六本木ヒルズ。

イージス・イノベーションズ本社の地下深くに広がるサイバー・コントロールルームで、私は特注のレザーチェアに深く腰掛けたまま、極低温の嘲笑を漏らした。

私の目の前にある巨大なモニターからは、大西洋の深海五百メートルに潜航しているアメリカの原子力潜水艦の内部音声が、極めてクリアな高音質で流れ続けている。

彼らが広げた日本地図に引かれた赤いマーカーの線すら、私の網膜にははっきりと映し出されていた。

「見事な潜入劇ですね、クリス、ヴィクトル。……彼らがどれほど深い海の底に逃げ込もうとも、我々の『神の 目(オーディンズ・アイ) 』からは逃れられない」

隣に立つ橘玲奈が、モニターを見上げながら感嘆の息を吐く。彼女の美しい顔には、大国のエリートたちの愚かさに対する絶対的な軽蔑が浮かんでいた。

『ヒャッハー! 当たり前だぜ玲奈ちゃん! 俺の技術を舐めるなよ!』

分割画面の向こうで、南太平洋の要塞ニヴルヘイムにいるDr.クリス・ウォーカーが、誇らしげに鼻を鳴らした。

『潜水艦が出港する前のメンテナンスの段階で、艦内の空調システムに微小なナノマシン・マイクを仕込んでおいたのさ! 録音されたデータは、潜水艦が浮上して通信アンテナを出した瞬間に、圧縮されたバースト通信で一気に俺たちの衛星に送信される仕組みだ。……リアルタイムじゃないのが玉に瑕だが、連中のアホな密談を一字一句違わず記録するには十分すぎるぜ!』

「ご苦労、クリス。彼らの絶望的なまでの無知がよくわかる録音だった」

私は、冷めたコーヒーを口に運びながら、氷のような視線でモニターの音声波形を見つめた。

『ボス。彼ら新世代の強硬派たちは、いよいよ後戻りのきかないフェーズへと突入しました』

もう一つの分割画面で、ヴィクトル・イワノフが火傷の痕が残る顔を険しく歪めて報告する。

『イージス社を「人類の脅威」と認定し、多国籍軍を結成しての飽和特攻。そして、日本列島の四分割統治。……これは、彼らが前任者たちの失敗から学んだものではありません。ただ自分たちの欲望と大国としてのプライドを、最も暴力的な形で正当化しただけの、狂気のシナリオです』

「……歴史の、修正力か」

私は、手元のコーヒーカップを置き、低く、這うような声で呟いた。

その声の奥底には、どんな爆発よりも恐ろしい、静かで絶対的な『激怒』がマグマのように渦巻いていた。

前世の2065年。

彼らはまさに、この音声データで語られた通りに日本を分割した。

アメリカ、中国、ロシア、欧州。四つの大国が「治安維持」を名目に我が国へなだれ込み、私が創った『神の雷』を使って日本の主要都市を火の海に変え、同胞たちの富と尊厳を徹底的に蹂躙したのだ。

爆心地となった新宿のマンションで、声を発する間もなく炭と化した、愛する娘のサチコと孫のユウキ。

あの時、ただ地下研究所のモニターの前で涙を流すことしかできなかった、無力な自分。

「前世でも今世でも、大国どもの考える『世界の秩序』とは、自分たちが安全な場所から富を搾取し、弱者を分割統治することなのだ。……大義名分が変わっただけで、彼らが人類の総意として結託し、極東の島国を暴力で叩き潰しに来るという歴史の 結末(ゴール) は、一ミリも変わっていなかったのだな」

私はゆっくりと立ち上がり、コントロールデスクに両手をついて画面を睨みつけた。

「ボス……」

玲奈が、私の背中から立ち上る異常な殺気に気付き、息を呑んだ。

「彼らが人類の総力として導き出した答えが、前世と何一つ変わらないというのなら……私からの『返答』もただ一つだ」

私は、軌道上で私の命、そしてサチコやユウキの命と直結して静かに回る『神の雷』の威容を思い描いた。

運命が私を殺そうとするのなら、私はその運命ごと、この世界を焼き尽くす。

「ヴィクトル。クリス」

私の絶対零度の呼びかけに、画面越しの二人が瞬時に居住まいを正した。

『はっ、ここに』

『おう、ボス。命令を待ってるぜ』

「彼らは自分たちの 飽和特攻(スウォーム) で、ニヴルヘイムの防衛網を突破できると信じている。ならば、存分に希望を抱かせてやろう。……彼らが数百万機の無人ドローンと旧式ミサイルを製造し、太平洋の周囲に集結させるまで、一切の手出しをするな」

「泳がせるのですね、ボス。彼らがすべての手札をテーブルに晒すまで」

玲奈が、私の意図を理解して確認する。

「そうだ。中途半端な妨害で彼らの足を止めても、歴史の修正力はまた別の形で狂信的なテロを生み出すだけだ。……彼らが国家の威信と全リソースを懸け、人類の総力として最大の軍事行動を起こす、その瞬間に」

私は、窓ガラスに映る自分の冷酷な瞳を真っ直ぐに見据えた。

「第一の盾であるプラズマ迎撃と、第二の盾であるスウォーム・ドローンで、彼らの絶望的なまでの物量を一粒残らず空中で蒸発させる。……そして、手札のすべてを失い、自らの無力さに絶望した彼らの頭上に、絶対的な神の力を見せつけてやるのだ」

これまでの威嚇やEMP攻撃は、大国の傲慢な心を折るための『警告』だった。

だが、彼らが再び結託し、前世と同じ狂気を繰り返そうとするのであれば、もはや警告など必要ない。私に残されているのは、彼らのその腐り切った国家の心臓を、物理的に抉り取ることだけだ。

「クリス。軌道上の『神の雷』のセーフティ・ロックの最終確認を行え。……プラズマEMPではない。タングステン弾の射出プロセスの準備だ」

『……ッ!! ついに本物を撃つんだな、ボス!』

クリスが息を呑み、そして次の瞬間、疲労を吹き飛ばすような狂喜に顔を歪めた。

『了解だぜ!! G4の馬鹿どもに、宇宙からの『物理的な重み』ってやつを骨の髄まで教えてやる!!』

極東の悪魔の瞳には、かつてないほどに深く、冷たい地獄の炎が燃え上がっていた。

大国どもの狂気と傲慢さが、決して触れてはならない逆鱗に完全に触れたのだ。

『――音声傍受データ、解析完了。G4新世代幹部による多国籍軍結成のシナリオを、暗号化アーカイブのセクターCへ転送・保存します』

サイバー・コントロールルームに、無機質なAIの電子音声が静かに響き渡る。

深海の密室で繰り広げられた愚か者たちの謀議は、ナノマシンの不可視の耳によって、一字一句違わずヴァルハラのサーバーへと記録され続けている。

大国の新世代たちが夢見る『日本の分割統治』。

その傲慢な青写真が実行に移される日に向け、歴史の裏側で、人類の存亡を懸けた『真の絶望』へのカウントダウンが、静かに、そして無慈悲に時を刻み始めていた。