作品タイトル不明
第71話 世代交代の歪みと、量産される狂気
西暦2042年、秋。
極東の悪魔が放った不可視のEMP攻撃によって、G4(臨時四ヶ国協調体制)の最新鋭航空戦力が太平洋の藻屑となった『パシフィック・インシデント』から、実に十四年の歳月が流れていた。
アメリカ合衆国、ワシントンD.C.。
国防総省(ペンタゴン) の地下深くに設けられた極秘の戦略会議室。そこには、かつてこの部屋で葉巻の煙を吐き出しながら絶望に震えていた、白髪交じりの将軍たちの姿はもうどこにもない。
円卓を囲んでいるのは、三十代後半から四十代の、野心とエリート意識に満ち溢れた新進気鋭の軍人や政治家たちだった。
「――十四年前のパシフィック・インシデント。当時の首脳陣はこれをイージス・イノベーションズによる未知の宇宙兵器の攻撃と断定し、屈辱的な『不可侵確約書』にサインした。だが、我々の最新のAIシミュレーションによれば、当時のデータには複数の明白な矛盾が存在する」
軍服を隙なく着こなした若き将校が、巨大なモニターに当時の墜落データとレーダー波形を映し出しながら、自信に満ちた声で熱弁を振るっている。
「極東の企業は、確かに強力なプラズマEMPを宇宙空間から照射した。我々の最新鋭機が一瞬にして電子回路を焼かれたのは事実だ。……だが、物理的な破壊を伴うタングステン弾やレーザーが撃ち下ろされたという記録は、地球上のどこにも一切残っていない。なぜか? 答えは簡単だ」
若き将校は、円卓の同僚たちを見渡し、傲慢に言い放った。
「イージス社には、そんな『物理的な大量破壊兵器』を宇宙に展開する能力など、最初から無かったのだ。彼らの技術の限界は、強力な電波妨害兵器(EMP)を軌道上に置くことまでだった」
他の若きエリートたちも、深く頷いた。
彼らは十四年前、まだ士官学校の生徒や下級官僚に過ぎなかった。海に墜落する戦闘機の絶望も、ブラックアウトした司令室のパニックも、ただの「記録映像」や「年老いた上官たちの言い訳」としてしか知らない世代だ。
自分たちが直接肌で感じたことのない恐怖など、彼らの優秀すぎる頭脳にとっては「計算で乗り越えられる過去のバグ」でしかない。
「当時の首脳陣は、正体不明のEMP攻撃と巧妙なサイバーハッキングによるブラフに完全に騙され、恐れをなした。……たかが極東の一民間企業に、国家の主権と世界のエネルギー覇権を売り渡し、我々アメリカ合衆国の歴史上最大の恥辱を刻んだのだ」
一人の若手政治家が、忌々しそうにテーブルを叩く。
「このままでは、我々は永遠にイージス社のインフラに首輪を繋がれた奴隷だ。我々新世代が、この歪んだ世界の秩序を正さなければならない」
彼らの瞳には、圧倒的な力への恐怖ではなく、前任者たちへの軽蔑と、大国としてのプライドを取り戻そうとする狂信的な炎が宿っていた。
「対策はすでに整いつつある」
将校が、モニターの画面を切り替えた。
「イージス社のEMP兵器には、膨大なエネルギーの 充填(リロード) のために必ずタイムラグが生じるはずだ。さらに言えば、高度に電子化された兵器だったからこそ、EMPで一瞬にして無力化された。……ならば、複雑な電子頭脳を持たない安価な自律型特攻ドローンや、旧式の巡航ミサイルを『数百万発規模』で用意し、 飽和攻撃(スウォーム) を仕掛ければどうなる?」
「奴らの防衛網は必ずパンクする」
「その通りだ。……ターゲットは、奴らの宇宙開発と技術の中枢である、南太平洋の孤島要塞。あそこを物理的な飽和攻撃で海の底へ沈めれば、極東の島国はただの『警備員のいない資源の宝庫』に戻る」
彼らは、自分たちの論理が完璧であると疑わなかった。
そして、この「世代交代による歪み」と「新たな狂気」は、決してアメリカだけの現象ではなかった。
中国、中南海の国家安全部。ロシア、クレムリンの連邦保安庁。そして欧州連合の安全保障理事会。それぞれの中枢において実権を握り始めた新世代の強硬派たちもまた、同じ結論に辿り着き、水面下で兵器の量産体制に入っていたのだ。
歴史の修正力は、大国たちのエゴとプライドを肥料にして、再び一つの巨大な『狂気』を育てようとしていた。
* * *
「――世界中の軍需工場が、異常な稼働率を示しています」
地球の裏側。東京、六本木ヒルズ。
イージス・イノベーションズ本社の地下深くに広がるサイバー・コントロールルームで、橘玲奈が手元のタブレットから視線を上げ、極めて事務的な、だが警戒の色を滲ませた声で報告した。
「大国どもは現在、最新鋭のステルス戦闘機やイージス艦の建造ラインを意図的に停止させています。そしてその分の予算と資材をすべて、『安価な無人ドローン』と『旧式ミサイル』の大量生産へと振り向けています」
壁面の巨大モニターには、ヴァルハラの『神の 目(オーディンズ・アイ) 』が世界中の物流と電力消費量から割り出した、兵器量産の予測データがグラフとなって表示されていた。
「質より量、というわけか」
私は特注のレザーチェアに深く腰掛けたまま、冷めたコーヒーを口に運んだ。
「人間という生き物は、自分が直接火に触れなければ、その熱さを決して理解できない。十四年前の恐怖を『過去のハッタリ』だと軽視した新世代の若造どもが、自分たちの思い描いた机上の空論を信じ込んでいる証拠だな」
『ボス。彼らの行動は極めて迅速かつ徹底しています』
暗号化通信の分割画面で、ヴィクトル・イワノフが冷徹な声で報告を継ぐ。
『量産された無人機とミサイルは、ダミーの輸送船に紛れて徐々に太平洋周辺の秘密基地へと集積されつつあります。……完全に、我が社の最大の拠点である『ニヴルヘイム要塞』に対する『飽和特攻』を視野に入れた動きです。彼らは本気で、数百万発の雨を降らせるつもりのようです』
ヴィクトルの報告を聞き、私は小さく息を吐き出し、レザーチェアの背もたれに身を預けた。
私がどれほど圧倒的な未来技術を見せつけようと、彼らは「神盾宗一を排除しなければ人類に明日はない」という狂信に憑りつかれている。一回の敗北で諦めるようなまともな思考回路は、彼らにはもう残っていないのだ。
「……歴史の修正力は、彼らを確実に『次なる狂気』へと向かわせているな」
私は、モニターに映る大国の軍事グラフを見下ろし、極寒の瞳で呟いた。
「彼らが理性を完全に捨て、国家の存亡すら度外視した飽和特攻を仕掛けてくるのは、もはや時間の問題だ。……ならば、我々はその絶望的な物量すらも、真正面から完全に粉砕してやる必要がある」
私は、デスクの横に飾られた写真立てに目を向けた。
そこには、六歳になった孫のユウキが満面の笑みで虫取り網を掲げている姿と、それを見守るサチコ、誠、そして結衣の幸せそうな笑顔が収められている。
彼らの血中には『デッドマンズ・スイッチ』のナノマシンが溶け込み、私の命と宇宙の兵器を繋ぐ絶対的な鎖となっている。
だが、彼らが何百万発ものミサイルでこの平穏な日常を押し潰そうとするのなら、私はその前に、いかなる暴力すらも寄せ付けない『完璧な盾』を用意しなければならない。
「クリス。聞こえているな」
私がもう一つの分割画面へ呼びかけると、南太平洋の要塞ニヴルヘイムで指揮を執るDr.クリス・ウォーカーの顔が映し出された。
『ヒャッハー!! 待ってたぜボス!』
クリスは血走った目でキーボードを叩き、メインモニターにニヴルヘイムの立体構造図と、彼が独自にアップデートを重ねてきた防衛システムのシミュレーション映像を展開した。
『連中の時代遅れの飽和攻撃なんざ、俺の造った『未来の盾』で一粒残らず弾き返してやるぜ!』
「ニヴルヘイムの要塞化の進捗はどうなっている?」
『島を囲む半径五十キロの海域と空域に、『完全自律型プラズマ・迎撃システム(アイギス・シールド)』の構築が完了したぜ!』
クリスの解説と共に、映像の中で無数のミサイルが島へ向けて飛来するが、そのすべてが島に到達する遥か手前で、下から立ち上る青白い閃光の壁によって空中で次々と『蒸発』していく様子が描かれる。
『深海プラントの技術を応用した、超大出力のプラズマ・ポイントディフェンスだ。島の地下に設置した巨大な量子スーパーコンピュータが、飛来する数百万のゴミの軌道をミリ秒単位で同時計算し、地上の砲台からレーザーのようにプラズマを照射して物理的に焼き切る。……弾数制限なんて概念はねえ。深海から吸い上げてる無尽蔵のエネルギーがある限り、どれだけ撃ち込まれようが永遠に撃ち落とし続ける!』
「素晴らしい。だが、相手が潜水艦からの海中魚雷や、海面すれすれの無人特攻艇で、プラズマの死角を突いて波状攻撃を仕掛けてきた場合はどうする?」
私が冷静に指摘すると、クリスは「俺を舐めるなよボス!」と鼻を鳴らした。
『海中および低高度の侵入者に対しては、ヴィクトルの部隊と協力して配備した『自律型マイクロ・ドローン 群(スウォーム) 』が牙を剥く!』
モニターの映像が切り替わり、黒い煙のようなドローンの大群が、海面を覆い尽くす敵の特攻ボートや魚雷に群がり、一瞬でスクラップに変えていく様子が映し出される。
『一つ一つが極小のレーザーカッターとプラズマ爆薬を積んだ、数千万機の自律型キラービーだ。一つの巨大な意思を持った防壁として、島に近づくあらゆる有機物・無機物を文字通りすり潰す。……これでもう、大国の軍隊は島に上陸することすら不可能だぜ!』
「……恐ろしいですね。もはや現代の軍事学の常識が、何一つ通用しない『絶対防衛線』です」
玲奈が、完璧に構築されたニヴルヘイムのシミュレーションを見て、感嘆の息を漏らした。
「大国どもが国家予算を枯渇させてまで用意したミサイルの雨が、ボスの用意した未来の防波堤の前では、ただの虚しい花火大会に終わるのですね」
「彼らが物量で押し潰そうとするなら、我々はそれを『無限の迎撃力』で真正面から粉砕し、絶望させてやるのだ」
私はレザーチェアから立ち上がり、コントロールデスクに両手をついた。
「ヴィクトル。クリスの防衛システムを完全に運用するための、シャドウの精鋭部隊の訓練状況はどうだ?」
『抜かりはありません、ボス』
ヴィクトルの瞳に、冷酷な狼の光が宿る。
『我々シャドウの隊員たちは、クリスが開発した漆黒の 強化外骨格(エクソスケルトン) の操縦訓練を完了し、すでに一人一人が現代の戦車一個中隊に匹敵する火力を有しています。……万が一、防衛線を抜けて島に上陸する奇跡を起こした部隊がいたとしても、我々が物理的に狩り尽くします』
「よし」
私は、画面の向こうの腹心たちに向けて、絶対零度の冷気を纏った声で告げた。
「大国どもは、自分たちが数百万発のミサイルを撃ち尽くせば、我々の『盾』が砕けると本気で信じている。彼らが国家の命運を懸けて全弾を撃ち尽くし、手札のすべてを失ったその瞬間に……彼らは初めて理解するのだ。自分たちが挑んでいた相手が、決して勝つことのできない『神』であったということを」
私が命を懸けて完成させた、絶対的な聖域。
愛する家族の平和な日常を守り抜くために、極東の悪魔はあらゆる可能性を排除し、完璧な迎撃態勢を静かに整え終えていた。
歴史の修正力に抗うための、冷徹で絶対的な防衛準備が、誰も知らない水面下で着々と進められていた。