作品タイトル不明
第65話 宇宙(そら)からの鉄槌と、堕ちる空の覇者
太平洋上空、高度一万メートル。
厚い冬の雲を眼下に見下ろす成層圏に近い空域を、人類が到達した最高の航空力学と電子工学の結晶たちが、巨大な編隊を組んで飛行していた。
アメリカのF-35CライトニングII、ロシアのSu-57フェロン、中国のJ-20威龍、そして欧州連合のユーロファイター・タイフーン。
国境を越え、かつての敵同士が翼を並べて飛ぶその光景は、軍事史において奇跡とも呼べる威容であった。
『――こちらアルファ・リーダー。G4航空部隊、全機、 予定空域(ポイント・オメガ) への到達を確認。これより作戦のフェーズ2へと移行する』
編隊長を務めるアメリカ海軍のエースパイロットは、酸素マスクの奥で傲慢な笑みを浮かべ、編隊内通信で号令をかけた。
『ブラボー・ワン、了解。ロシア部隊、いつでもいける』
『チャーリー・ワン、了解。中国部隊、電子戦ポッドのウォームアップ完了』
各国の編隊長たちから、次々と力強い応答が返ってくる。
彼らは選ばれたエリート中のエリートだ。自分たちが乗っている機体は、レーダーに映らない絶対的なステルス性能を持ち、高度なネットワークで結ばれた無敵の空の覇者であると信じて疑わなかった。
彼らの眼下には、自国の空母打撃群が鋼鉄の島のように浮かんでおり、その背後には国家という圧倒的な権力が控えている。極東の民間企業が展開する通信衛星など、彼らがその気になれば、ボタン一つで無力化できるただの脆弱なインフラに過ぎないのだ。
「全機、ジャミング・ポッド起動スタンバイ。……極東の空を、我々の電波で埋め尽くしてやれ」
アルファ・リーダーが、操縦桿のスイッチに親指を掛けた。
彼らが放つ強力な電磁波ノイズが、イージス・イノベーションズの通信インフラを完全に麻痺させる。そして、その通信の死角に乗じて、日本国内に潜伏している合同特殊部隊が、神盾宗一の家族を確保する。
作戦は完璧だ。彼らの頭上には、澄み切った暗黒の宇宙が広がっているだけだ。彼らを遮るものなど、この地球上のどこにも存在しない。
「ジャミング、開――」
彼が『開始』の言葉を最後まで発音することは、永遠になかった。
その瞬間。
彼らの頭上、遥か四百キロメートルの宇宙空間から、目に見えない『裁き』が降り注いだのだ。
* * *
真空の宇宙空間。
光学迷彩によって完全に姿を隠し、誰のレーダーにも映ることなく地球を周回する巨大な十字の要塞――『神の 雷(トール・ハンマー) 』。
その心臓部であるプラズマジェネレーターが、イージス本社のAIから送信された極秘のコマンドを受信し、コンマ一秒の間にその出力を極限まで絞り込んだ。
タングステン弾を撃ち出すための物理的な破壊力は完全に封印され、代わりにプラズマの余剰エネルギーが、特殊な磁場レンズを通って『指向性電磁パルス(EMP)』へと変換される。
核爆発を伴わない、純粋で高密度な電子の波。
それは光の速度で大気圏を突破し、太平洋上空の指定された半径三百キロメートルの空域へと、正確無比なレーザーのようにピンポイントで照射された。
音もない。光も見えない。熱すら感じない。
だが、その見えざる光が航空機群を透過した瞬間、現代の科学技術の粋を集めた『電子回路』に、致命的な過電圧が叩き込まれたのだ。
* * *
バチィィィンッ!!
アルファ・リーダーの網膜投影型ディスプレイ(HMD)が、強烈なノイズと共に一瞬でブラックアウトした。
同時に、コクピット内のすべてのグラスコックピット(液晶計器)が暗転し、生命線であるレーダー、GPS、通信機器が完全に沈黙した。
「なっ……!? なんだ!? 何が起きた!」
アルファ・リーダーはパニックに陥り、再起動のスイッチを何度も叩いた。
だが、システムは一切の応答を示さない。それどころか、機体を安定させていたターボファンエンジンの轟音が、不自然なほどの静寂へと変わっていく。
エンジンが停止したのではない。
燃料の噴射からノズルの角度調整に至るまで、現代の最新鋭戦闘機はすべてコンピュータによって高度に 制御(フライ・バイ・ワイヤ) されている。その電子頭脳が物理的に焼き切られた瞬間、エンジンはただの鉄の筒と化し、推力を完全に失ったのだ。
『メーデー! メーデー! 操縦系統が完全にダウン! 機体が反応しない!!』
『全計器が焼け焦げた! 油圧も落ちている! ダメだ、 操縦不能(アンコントローラブル) !!』
バックアップの短距離無線から、他国のパイロットたちの絶望的な悲鳴が入り乱れて飛び込んできたが、それも数秒後には完全にノイズに飲まれて途絶した。
アルファ・リーダーが操縦桿を必死に引いても、機体は全く言うことを聞かない。
空気抵抗を無視したステルス形状の機体は、コンピュータの補正がなければ、まともに空を飛ぶことすらできない脆い構造なのだ。
六十機以上に及ぶG4の最新鋭戦闘機群は、まるで糸を切られた操り人形のように、一斉に機首を下げ、錐揉み回転しながら太平洋の海面へと向かって真っ逆さまに落下を始めた。
「ば、馬鹿な……我々は、何もされていないぞ!? 敵の姿すら見ていない!!」
無重力状態のような強烈なG(重力加速度)に苛まれながら、アルファ・リーダーは絶望の淵で呻いた。
彼らが誇っていたステルス性能も、圧倒的なミサイルの積載量も、最新の電子戦ポッドも。
そのすべてを統括する『電子頭脳』を一瞬で奪われた今、彼らが乗っているのは、一機百億円を超える『空飛ぶ棺桶』に過ぎなかった。
「 脱出(ベイルアウト) ! 全員ベイルアウトしろぉぉぉッ!!」
彼は無線が通じないことを知りながらも、喉が千切れるほど絶叫し、座席の下にある緊急脱出用のレバーを力任せに引いた。
ガァァァンッ!!
キャノピーが吹き飛び、アナログな火薬点火機構だけが正常に作動して、射出座席がアルファ・リーダーを空中へと放り出した。
強烈な風圧に揉まれながらパラシュートが開き、彼は空中にぶら下がった状態で、信じられない光景を目の当たりにした。
彼の周囲の空域には、彼と同じように機体を捨て、パラシュートで降下していく各国のパイロットたちの姿が無数に浮かんでいた。
そして彼らの足元では、アメリカのF-35、ロシアのSu-57、中国のJ-20といった、大国の威信を懸けた最新鋭の機体たちが、何の抵抗もできずに海面へと激突し、次々と巨大な水柱を上げて海の藻屑と消えていく。
「……あ、ああ……」
アルファ・リーダーは、パラシュートに揺られながら、ただ呆然とその光景を見下ろすことしかできなかった。
自分たちが空の覇者だと信じて疑わなかった驕りは、木端微塵に粉砕された。
彼らは戦ったのではない。宇宙から見下ろす神のような存在によって、ただ『スイッチを切られた』だけなのだ。
自分たちがどれほど無力で、ちっぽけな存在であったかを、彼らは落下する特等席で骨の髄まで理解させられていた。
* * *
「――プラズマEMP照射、完了。目標空域内のG4航空戦力、全機のシステム完全沈黙を確認。……全機、海面へ向けて落下中です」
地球の裏側。東京、六本木ヒルズ。
イージス本社の地下に広がるサイバー・コントロールルームで、橘玲奈の冷徹な声が響き渡った。
「パイロットの生存状況は?」
私が特注のレザーチェアから尋ねると、サイバーチームのチーフがキーボードを叩きながら即座に答える。
「アナログな火薬機構による 射出座席(イジェクションシート) は正常に作動しました。パラシュートの展開を確認。彼らは全員、冷たい海を泳ぎながら、味方の艦隊に救助されるのを待つことになります。……死者はゼロです」
「ご苦労。……クリスの出力調整は完璧だったな」
私は、壁面の巨大モニターに映る、無数の戦闘機が海へ墜落していくレーダーの光点を見つめながら、静かに頷いた。
パイロットの命を奪えば、それはただの虐殺となり、大国どもに『殉教者』を与えることになる。
私が彼らに与えたかったのは、憎しみではなく『絶対的な無力感』と『絶望』だ。
国家の威信と莫大な予算を懸けた最強の兵器群が、私に指一本触れることもできず、ただの鉄屑として海に沈んでいく。それを見せつけることこそが、彼らの国家としての心を完全にへし折る最高のデモンストレーションとなるのだ。
「――ボス。空の掃除が終わったのなら、次は地上のゴミ掃除の番ですね」
暗号化通信の分割画面で、ヴィクトル・イワノフが火傷の痕が残る顔を歪め、獰猛な狼の笑みを浮かべた。
「ああ。……日本の国内に潜伏しているネズミどもは、今頃、空の通信が一時的に途絶したことを『自分たちのジャミングが成功した合図』だと勘違いして、アジトから這い出してきている頃だろう」
「はい。彼らは完全に武装を整え、ご家族やイージス関連施設への襲撃準備を完了させています。……彼らが扉を開けた瞬間を、我々『シャドウ』が歓迎いたします」
「やれ、ヴィクトル。……私の領域に土足で踏み入った愚か者どもに、慈悲は不要だ。一匹残らず物理的に 排除(クリアリング) しろ」
『御意のままに』
ヴィクトルの画面が通信を切り、私は深く息を吐き出してレザーチェアに背を預けた。
モニターには、太平洋上でパニックに陥るG4の艦隊と、日本国内でシャドウの精鋭たちが一斉にアジトへ突入していくシミュレーション映像が、無数のデータと共に表示されている。
すべてが、私の描いた『カウンター・プロトコル』の通りに進行している。
大国どもが数ヶ月かけて立案し、国家の総力を挙げて実行した最強の軍事シナリオは、私の未来の技術と情報の前に、わずか数分で完全に粉砕されたのだ。
『――G4航空部隊、全機のレーダーロストを確認。……太平洋上の航空脅威、完全に排除されました』
無機質なAIの電子音声が、静まり返った部屋に冷たく響き渡る。
コントロールルームのモニター群は、次々と消えていく敵の光点を示す緑色の表示へと切り替わり、粛々と膨大なデータの処理を続けている。
そこには、大国が抱いていた傲慢な夢も、彼らが流すであろう屈辱の涙も入り込む隙は一切ない。
ただ、絶対的な力を持つ極東の悪魔が構築した、冷徹で完璧な迎撃システムだけが、歴史の修正力を叩き潰した証として、静かに明滅を続けていたのだった。