軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第66話 空を舞う鉄屑と、艦橋の阿鼻叫喚

太平洋上、日本の排他的経済水域の境界線すれすれに展開した『G4(臨時四ヶ国協調体制)』の合同大艦隊。

その中核を担うアメリカ海軍の最新鋭原子力空母『ジェラルド・R・フォード』の戦闘指揮所(CIC)は、数秒前までの傲慢な余裕が嘘のように、完全なパニックと阿鼻叫喚の地獄と化していた。

「――全機、レーダーからロスト!! 繰り返す、我が軍の全航空戦力のシグナルが完全に消失しました!!」

レーダーオペレーターの張り裂けんばかりの悲鳴が、張り詰めたCICの空気を一気に引き裂いた。

「なんだと!? ロストだと!? 一体何が起きた!」

空母打撃群を指揮する海軍提督が、信じられないものを見る目で戦術モニターに駆け寄った。

先ほどまで、モニターにはアメリカのF-35C、ロシアのSu-57、中国のJ-20、欧州のタイフーンといった、各国が威信を懸けて集結させた六十機以上の最新鋭ステルス戦闘機の光点が、誇らしげに輝いていたはずだ。

それが今、まるで誰かが電源スイッチを引き抜いたかのように、すべての光点が一瞬にして消滅しているのだ。

「ジャミングの影響ではないのか!? 味方の電子戦機が発している強力な電波妨害で、こちらのレーダーまで干渉を受けているのだろう!」

視察に訪れていたCIAの高官が、すがるような声で叫んだ。

「違います! 各機からのIFF(敵味方識別装置)の応答が完全に途絶しました! さらに、全機のパイロットから、 緊急脱出(ベイルアウト) を知らせるアナログな非常用ビーコン信号が、一斉に発信されています!!」

「緊急脱出だと……? 全機がか!?」

提督の顔面から、サァッと血の気が引いた。

戦闘機が六十機同時に緊急脱出を行うなど、航空軍事史において絶対にあり得ない事態だ。

「目視確認!! 左舷前方、距離二万! ……あ、ああっ……!!」

艦橋の窓にへばりついて双眼鏡を覗き込んでいた見張員が、恐怖に顔を歪めて後ずさった。

提督とCIA高官も慌てて双眼鏡を奪い取り、冬の鈍色の空を見上げた。

そこには、彼らの理解を絶する光景が広がっていた。

雲海を突き抜けて、一つ百億円を優に超える最新鋭のステルス戦闘機群が、何のコントロールも効かないただの『鉄の塊』となって、次々と錐揉み回転しながら真っ逆さまに落下してくる。

エンジンの火は完全に消え、機体を立て直そうとする動きは一切ない。

そして、ドゴォォォォンッ!! という重低音と共に、機体は次々と海面へ激突し、巨大な白い水柱を幾重にも上げて、あっという間に冷たい太平洋の底へと沈んでいった。

空を舞う鉄屑の雨。

その無惨な光景のさらに上空には、パラシュートの白い花が、まるで綿毛のように無数に開いて漂っている。

「ば、馬鹿な……。撃墜されたというのか……? 一体誰に!? 敵の姿はおろか、ミサイルの一発すらレーダーには映っていなかったぞ!!」

CIA高官が、双眼鏡を取り落とし、震える両手で自らの頭を抱え込んだ。

「EMP(電磁パルス)だ……」

提督が、血を吐くような声で呻いた。

「広範囲かつ指向性を持った、極めて強力な電磁パルスの直撃を受けたのだ。それでなければ、フライ・バイ・ワイヤで飛ぶ最新鋭機群が、一瞬で全機操縦不能に陥るはずがない……!」

「そんな馬鹿な!! 核爆発も起こさずに、これほど広範囲の空域だけをピンポイントで焼き切るEMP兵器など、地球上のどこにも存在しないはずだぞ!!」

「地球上には、な」

提督は、絶望に満ちた目で、鉛色の空のさらに向こう――宇宙空間を見上げた。

「……奴らだ。イージス社の、衛星網……。奴らは我々の通信を妨害するだけでなく、宇宙から見えない光を撃ち下ろしてきたのだ……!」

その事実に行き着いた瞬間、CICにいたすべての将校たちの背筋に、氷をねじ込まれたような悪寒が走った。

スイスの古城で交わされた密談。G4という人類の総力を結集した『完璧なシナリオ』。

彼らは自分たちが圧倒的な暴力の頂点に立っていると信じ、極東の一企業を赤子のようにひねり潰せると思い上がっていた。

だが、現実はどうだ。彼らが放った『最強の矛』は、敵に指一本触れることもできず、ただ宇宙からボタン一つを押されただけで、すべて海の藻屑と消えたのだ。

「く、くそぉぉぉッ!! 舐めるな!! 我々G4の誇りを、こんな形で……!」

提督が、狂乱したように怒号を上げた。

「全艦、対空戦闘用意!! VLS(垂直発射システム)の対衛星ミサイルを全弾起動しろ! 我々の頭上でふんぞり返っている悪魔の衛星群を、片っ端から宇宙のチリにしてやれ!!」

「だ、駄目です提督!!」

火器管制を担当する士官が、半泣きの声で叫び返した。

「イージス・システムが全く応答しません! 火器管制レーダーのロックオンが、何者かに外部から強制的に解除されています! ミサイルの発射シークエンスに移行できません!!」

「なんだと!? 物理的に回線を切れ! 手動で撃ち上げろ!!」

「不可能です! 艦のメインフレームそのものが、未知のウイルスによって完全に書き換えられています! 我々の艦は……我々のシステムは、すでに完全に掌握されています!!」

「…………ッ!!」

提督も、CIA高官も、完全に言葉を失った。

彼らはようやく理解したのだ。

自分たちが太平洋に浮かべているこの巨大な空母打撃群も、イージス艦も、すべては極東の悪魔の掌の上で弄ばれている『オモチャの船』に過ぎなかったということを。

相手がその気になれば、ミサイルの発射はおろか、この艦そのものを自爆させることすら容易いのだと。

国家の威信。軍事力の誇り。大国としての傲慢さ。

それらすべてが、宇宙空間から見下ろす絶対的な暴力の前に、文字通り一瞬で粉砕された。

空母の艦橋は、もはや怒号すら消え失せ、底知れぬ絶望と恐怖による死に絶えたような静寂に包まれていた。

ただ、窓の外で海面を漂う戦闘機の残骸と、救助を待つパイロットたちの無力な姿だけが、彼らの完全なる敗北を残酷なまでに証明し続けていた。

* * *

「――G4の艦隊、完全に沈黙しました。対衛星ミサイルの発射システムは我がサイバーチームが完全に掌握・ロックダウン。彼らにもはや、反撃の手段はありません」

地球の裏側。東京、六本木ヒルズ。

イージス本社の地下に広がるサイバー・コントロールルームで、橘玲奈の冷徹な声が響き渡った。

「ご苦労。……見事な手際だったな、玲奈、そしてサイバーチームの諸君」

私は、特注のレザーチェアに深く腰掛けたまま、壁面の巨大モニターを見上げた。

モニターには、ヴァルハラの『神の目』を通じて傍受された、G4合同艦隊の阿鼻叫喚の光景が映し出されている。

空を覆っていた最新鋭戦闘機の光点はすべて消滅し、海面にはオレンジ色の救命ボートとパラシュートが無数に浮かんでいる。そして、艦橋でへたり込み、絶望の表情を浮かべる提督たちの姿。

彼らが何十兆円という国家予算を投じて集結させた『人類最強の暴力』は、私が宇宙から放った見えない電磁パルスによって、ただの巨大な鉄屑の展示会へと変貌したのだ。

「彼らは、自分たちの軍事力が絶対だと信じていた」

私は冷めたコーヒーを口に運び、静かに呟いた。

「だからこそ、その絶対的な力が自分たちの理解を超えた存在によって一瞬でへし折られた時、人間の心は最も深く絶望する。……これで、大国どもの『国家としての心』は完全に折れた」

『ヒャッハー!! 最高だぜボス! あいつらのマヌケ面、一生の酒のツマミになるぜ!』

暗号化通信の分割画面で、南太平洋の要塞にいるDr.クリス・ウォーカーが、腹を抱えて大爆笑している。

『一機の命も奪わずに、プライドだけを完璧に粉砕する! 俺のプラズマEMPとボスの冷酷なシナリオの完全勝利だな!』

「ああ。クリス、軌道上の『神の雷』の出力をアイドリング状態に戻し、光学迷彩を維持しろ。……これ以上の威嚇は必要ない」

私がそう告げた直後、もう一つの分割画面に、ヴィクトル・イワノフの鋭い顔が映し出された。

彼の背景は、どこかの薄暗い倉庫のような場所であり、彼の足元には黒装束を着た何十人もの男たちが、血を流して無惨に転がっている。

『――ボス。地上のネズミの駆除、完了いたしました』

ヴィクトルの声は、氷のように冷たく、一切の感情を排したプロフェッショナルのそれだった。

『G4のジャミング開始の合図と共にアジトから動き出そうとした中露欧米の合同特殊部隊およびマフィアのヒットマンたち、総勢四百名。……すべて、彼らがアジトの扉を開ける前に、我がシャドウの制圧部隊が一斉突入し、物理的に 排除(クリアリング) いたしました。ご家族の半径十キロ以内に、武装した敵対者は一人たりとも生存していません』

「ご苦労だった、ヴィクトル」

私は、画面越しの凄惨な光景に微塵も動揺することなく、冷酷に頷いた。

「大国どもがスイスの密室で描いた『極東制圧シナリオ』は、空の盾も地上の剣も、すべてが始まる前に完全にへし折られたというわけだ。……彼らがこれ以上、歴史の修正力にすがりつくことは不可能になった」

前世の2065年。彼らは結託し、私の家族を焼き尽くし、日本を分割統治した。

だが今世の2028年。彼らが再び結託して放った人類の総力は、極東の悪魔が構築した未来のテクノロジーと絶対的な防衛網の前に、文字通り手も足も出ない状態で完膚なきまでに叩き潰された。

「……ボス。これで、本当に終わったのですね」

玲奈が、ふと肩の力を抜き、深い安堵の息を吐き出した。

「G4の首脳陣は、今回の合同演習の『大事故』の責任を問われ、本国で失脚するでしょう。彼らの後任が誰になろうと、イージス社という絶対的な神に逆らう愚か者は、もう二度と現れません」

「ああ。私の愛する家族の日常は、誰にも触れることのできない不可侵の領域として、完全に守り抜かれたのだ」

私はレザーチェアから立ち上がり、コントロールデスクに手をついた。

モニターの中では、G4の空母打撃群が、もはや反撃の意思を完全に喪失し、救助活動のためだけに海に留まっている無力な姿が映し出されている。

彼らは敗北したのだ。地球上の軍事力と政治力という盤上ゲームにおいて、極東の民間企業に完全なる白旗を掲げたのである。

「――全システム、平常監視モードへ移行。事後処理シーケンス、開始」

サイバーチームのオペレーターが、淡々とキーボードを叩き、無機質な報告を上げる。

コントロールルームの照明が通常の明るさに戻り、張り詰めていた空気がゆっくりと解けていく。

大国の傲慢さが打ち砕かれ、数兆円規模の軍事力が海の藻屑と消えたその裏側で。

イージス社のスーパーコンピュータは、何事もなかったかのように粛々と膨大なデータの処理を続けていた。

そこには、勝利の高ぶりも、敗者への哀れみも存在しない。

ただ、歴史の修正力を完全にねじ伏せた、絶対的で冷徹なシステムだけが、静かに明滅を続けているのだった。