軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第24話 侯爵令息の極上スウィートレッスン

夜会から数週間。メリッサの生活は、それこそ天と地がひっくり返るほどの激変を遂げていた。

長年着慣れていた黒と白の地味な侍女服を脱ぎ捨て、現在の彼女は「侯爵家嫡男の正式な婚約者」として、邸内の最高級の客室に迎えられている。

そして今日から、未来の侯爵夫人となるための本格的な「淑女教育」が幕を開けた。

「メリッサ。まずは一度、私の目を見てごらん」

陽光が優しく差し込む広大なサロン。

極上のシルクで作られた室内ドレスを纏ったメリッサの前に立っていたのは、他でもないスティーブだった。彼は王宮の激務の合間を縫って、なんと自らメリッサの 教育係(レッスンパートナー) を買って出たのだ。

「スティーブ様……。その、このように至近距離で見つめられますと、いささか緊張いたします。私のような元侍女が、最高格の侯爵夫人の社交マナーや、夜会でのエスコートの受け方を本当に熟せるのか、まだどこか不安で……」

メリッサはほんのりと頬を染め、戸惑うように視線を泳がせた。

メーデン子爵家の次女とはいえ、実家が娘を侍女として行儀見習いに送り出すほどの環境だったのだ。上級貴族特有の複雑なステップや、他家との高度な心理戦を伴う社交術には、どうしても身がすくむ思いがあった。

だが、そんなメリッサの小さな肩を、スティーブは大きな手で優しく包み込んだ。

「不安になる必要など、何一つないよ。君は今まで、我が家のイザベルの我が儘をすべて完璧にコントロールし、王都の社交界の裏方を完璧に支えてきた『最高峰の才媛』だ。自信を持って。それに……」

スティーブは悪戯っぽく目を細めると、メリッサの細い指先を取り、その甲にそっと熱い唇を落とした。

「君がどんなに失敗しようとも、僕がそのすべてを愛し、支える。だから、僕の胸を借りるつもりで、ただ僕のリードに身を委ねてくれればいいんだ」

スティーブから与えられるあまりにも甘く、惜しみなく注がれるストレートな愛情。メリッサの胸に、じわりと温かな熱が広がっていく。

脳裏に、かつての婚約者との日々がふと過った。

ダリルと付き合っていた二年間、メリッサが「お姫様」として扱われたことは一度もなかった。デートと言えばいつもダリルの騎士団での愚痴を聞き、彼に乞われるままに財布を開き、彼の身の回りの世話を焼くばかり。ダリルにとってメリッサは「自分を支えて当然の便利な港」であり、労いや、女性としての特別な扱いなど、ただの一度も差し出されたことはなかった。

だが、スティーブは違う。

彼はメリッサの髪一房、指先一つに至るまで、まるで世界で最も壊れやすくて尊いガラス細工であるかのように、どこまでも丁寧に、慈しむように触れてくれる。

これこそが、本物の「お姫様扱い」なのだと、メリッサは生まれて初めて知った。

「……はい、スティーブ様。あなたの婚約者として、全力を尽くします」

覚悟を決めて顔を上げたメリッサの瞳に、かつての聡明な光が戻る。

そこからのレッスンは、スティーブ、そして見学していたイザベルや侯爵夫妻の想像を遥かに超える、驚異的なものとなった。

「では、上級貴族の間で交わされる、夜会での最初のステップだ」

スティーブのリードに合わせ、メリッサは滑らかにドレスの裾を翻した。

元々、学園を首席で卒業した抜群の頭脳を持つメリッサだ。さらに二年間、オレオ侯爵家という一流の環境で「誰よりも近くで上級貴族の動きを観察し、サポートしてきた」という、圧倒的な実務経験のベースがある。

ステップの細かな規則、淑女としての優美な首の角度、扇子の正しい持ち方から、相手に不快感を与えない高難度の会話術に至るまで、メリッサは講師が一度説明しただけの事柄を、まるで乾いた砂が水を吸い込むかのように、完璧にその身に同化させていった。

「まあ……! お兄様、メリッサお義姉様のステップを見て頂戴! そこらの付け焼き刃の高位貴族の令嬢よりも、遥かに気品があって美しいわ!」

サロンの端で観ていたイザベルが、大興奮でパチパチと手を叩く。

スティーブもまた、自分と完璧に呼吸を合わせ、見事な美しさで舞うメリッサを見つめ、その瞳に熱い独占欲と深い感嘆を滲ませていた。

「素晴らしいよ、メリッサ。君は僕の想像を遥かに超えて優秀だ。これなら、次の夜会で君がどれほど多くの男たちの目を奪ってしまうか、今から嫉妬で狂いそうだよ」

曲の終わりに、スティーブはメリッサの腰をぐっと引き寄せ、その至近距離で囁いた。

メリッサは、彼の胸にしっかりと支えられている安心感の中で、心地よい達成感に胸を弾ませる。

「すべては、スティーブ様の極上なレッスンの賜物ですわ」

悪戯っぽく微笑み返したメリッサの表情は、侍女のそれではなく、すでに一国の社交界を魅了するに相応しい、気高くも愛らしい「未来の侯爵夫人」の輝きを放ち始めていた。