軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第21話 ダリル、本当の絶望の始まり

大広間から引きずり出されたダリルが連行されたのは、騎士団の査問控室だった。

冷たい部屋で、ダリルは床に膝をついたまま、呆然と自分の両手を見つめていた。

「嘘だろ……メリッサ……俺を、好きだったんじゃないのか……?」

口から突いて出るのは、未だに現実を受け入れられない譫言ばかりだった。

学園二年生の頃、自分を誇らしげに見つめてくれたメリッサの笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。あいつは俺を愛していたはずだ。俺の夢を、俺の成功を、誰よりも一番近くで応援してくれていたはずなのに。

「往生際が悪いぞ、ダリル」

重苦しい声が頭上から降り注いだ。

見上げると、そこには第一騎士団の副隊長、そして昨日まで詰所でダリルの剣を褒め、エールを酌み交わしていた先輩騎士たちの姿があった。だが、その顔に昨日のような気さくな笑顔は一切ない。あるのは、一人の騎士の「倫理的な死」を告げる、冷徹で、そしてどこか悲痛な眼差しだった。

「副隊長……! 先輩! 聞いてください、俺はただ―」

「もう何も言うな。お前の不貞、および婚約者からの資産搾取の証拠は、王太子殿下の側近であるスティーブ次期侯爵の手によって、すでに騎士団長、ひいては大臣の手元にまで提出されている」

副隊長は、一枚の重々しい書状をダリルの前に突きつけた。

「第一騎士団所属ダリル。貴殿を本日付で、すべての任務から外す。同時に、次期副隊長候補の推薦は完全に白紙。……いや、騎士団の品位を著しく汚した罪により、騎士爵の剥奪、および『不名誉除隊』の処分が下されることが、たった今決定した」

「えっ。不名誉……除隊……っ!?」

ダリルの顔から、完全に血の気が引いた。

不名誉除隊。それは騎士にとって、単にクビになる以上の意味を持つ。弱小伯爵家の三男坊であるダリルにとって、第一騎士団でのキャリアだけが、自らの人生を輝かせる唯一の生命線だった。それが失われるということは、これまでの血の滲むような努力も、掴みかけたつもりだった輝かしい未来も、すべてが泡と消えることを意味していた。

「嘘だ……! 俺は、俺はただ、カサンドラ伯爵令嬢に乞われて、断れなくて! 騎士団のために、少しでも後ろ盾を得ようとしただけなんです! 俺の根っこは何も変わっていません! 今でも、みんなの盾になる立派な騎士になりたいって、本気で―」

「だからこそ、バカ野郎だと言っているんだ!」

激しい怒声がダリルの言葉を掻き消した。

ダリルを実の弟のように可愛がり、前線で何度も背中を預け合ってきた先輩騎士が、悔しそうに拳を握りしめ、ダリルを睨みつけていた。その目には、怒りと同時に、深い落胆の涙が滲んでいる。

「お前が訓練を人一倍頑張っていたのも、困った仲間がいれば真っ先に駆けつけるいい奴だってことも、俺たちが一番よく知っている! だからこそ、みんなお前を次期副隊長にって応援していたんだ! それなのに、なんだこれは……! お前を心の底から信じて、二年間も日陰で支え続けてくれた婚約者を裏切り、金を毟り取り、上級貴族の女と泥沼の不貞だと!? そんな男に、誰が命を預けられるか!」

「先輩……」

「お前の『騎士としての本質』は、確かにまっすぐだったのかもしれない。だがな、お前は王都の華やかさに目を眩まされ、男のプライドとかいう安っぽい虚栄心のために、一番失っちゃいけない『誠実さ』をドブに捨てたんだ。……お前、やりすぎたんだよ」

先輩騎士の、悲しみに満ちた宣告。それが、何よりも深くダリルの胸に突き刺さった。

自分が「いい奴」であり続けようとした努力は本物だった。しかし、その裏で、メリッサという最も身近な存在の犠牲の上に自分の「いい奴」を成り立たせ、彼女の心を削り続けていた。その矛盾に、ダリルは今、本当の意味で気づかされたのだ。

「ああ……、あああ……っ!」

ダリルは慌てて部屋を飛び出し、もう一度メリッサの元へ縋り付こうと狂ったように走り出そうとした。

「メリッサ! メリッサ、俺が悪かった! 今ならわかるんだ、俺がお前を―」

「押さえつけろ!」

副隊長の鋭い号令とともに、かつての仲間たちが一斉にダリルへと飛びかかった。屈強な騎士たちの体躯に圧し折られるようにして、ダリルは冷たい床へと再び組み伏せられる。

「離せ! メリッサァァァ!」

床に顔を押し付けられながら、ダリルは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして叫び続けた。

騎士団の仲間たちは、そんなダリルを力任せに押さえつけながらも、その表情には一抹の哀れみが浮かんでいた。確かにダリルはいい奴だった。道を誤りさえしなければ、今頃みんなに祝福されて、メリッサと幸せな結婚式を挙げていたはずなのだ。

すべては、ダリル自身の「傲慢な甘え」が招いた結果だった。

もはやどれほど叫ぼうとも、その声が、美しいドレスを纏ってスティーブの隣を歩むメリッサの元へ届くことは、二度とない。

出世の道は完全に閉ざされ、誇りだった騎士の資格も剥奪され、そして何より、自分を心から愛してくれていた最愛の女性を永遠に失った。

床に這いつくばるダリルを包み込んだのは、自業自得という名の、底無しの本当の絶望だった。