作品タイトル不明
第20話 カサンドラの没落
無様に叫ぶダリルが騎士たちによって大広間から引きずり出され、会場には再び重苦しい沈黙が戻っていた。
その空間に取り残されたカサンドラは、未だに現実を受け入れられず、真っ青な顔でがたがたと唇を震わせていた。
「嘘……嘘よ……こんなの、何かの間違いだわ……!」
彼女が縋るような目を向けた先には、冷徹な表情で自分を見下ろすスティーブ、そして、彼の傍らで凛と佇むドレス姿のメリッサの姿があった。
カサンドラにとって格下の「冴えない侍女」に過ぎなかったメリッサが、今や自分よりも遥かに高貴な輝きを放ち、オレオ侯爵家の庇護下に置かれている。その事実が、カサンドラの傲慢なプライドをズタズタに引き裂いた。
「スティーブ様! 騙されてはなりませんわ! その女はただの侍女ですのよ! 私こそが、あなたに相応しいバルモン伯爵家の―」
「見苦しいぞ、カサンドラ伯爵令嬢」
カサンドラの金切り声を遮ったのは、スティーブではなく、会場の重鎮席から歩み出てきたオレオ侯爵その人だった。格式高い侯爵の、地響きのような威厳ある声に、カサンドラはびくりと肩を跳ね上げる。
「我がオレオ侯爵家を財布代わりに利用し、実家の莫大な借金を帳消しにしようと画策していた不届き者が。我が家はとうに、バルモン伯爵家との婚姻など白紙にしている。……いや、より正確に言えば、お前の実家からも、すでに『見捨てられている』がな」
「え……? 実家、から……?」
カサンドラが呆然と呟いた直後、広間の隅から、数人の貴族に付き添われるようにして、一人の壮年の男が進み出てきた。カサンドラの実父、バルモン伯爵だった。
カサンドラは救いを求めるように「お父様!」と叫んだが、バルモン伯爵は娘と目を合わせようともせず、冷酷に言い放った。
「オレオ侯爵閣下、およびスティーブ様。我がバルモン伯爵家は、この愚女が仕でかした数々の不調法、およびオレオ侯爵家に対する不敬の数々について、一切の関与をしていないことをここに誓います。……このような恥知らずな娘は、我が家には不要。本日を以て、カサンドラをバルモン伯爵家から『勘当』し、平民へと落とす所存にございます」
「な……ッ!? お、お父様!? 何を仰っているの!? 実家の借金を返すために、私がオレオ侯爵家と―」
「黙れ、この愚か者が!」
バルモン伯爵は、娘の言葉を怒号で怒鳴りつけた。
バルモン家はすでにスティーブによって財政の急所を完全に握られており、ここでカサンドラを庇えば、家名ごと王都から抹殺される手前まで追い込まれていたのだ。生き残るためには、娘をトカゲの尻尾として切り捨てる他なかった。
カサンドラは絶望に目を見開いた。
実家の後ろ盾を失い、未来の侯爵夫人の座も消え、ただの平民へ。彼女がこれまで誇ってきた「血筋」という唯一の鎧が、音を立てて粉々に砕け散った。
だが、スティーブの冷徹な追撃は、それだけでは終わらなかった。
「カサンドラ。君の罪は不貞や不敬だけに留まらない。我が家のイザベルの専属侍女であるメリッサ嬢に対し、長年にわたり陰湿な嫌がらせや、根も葉もない悪評の流布を行ってきたことも、すべて調査済みだ」
スティーブが手を挙げると、法務官たちが次々とカサンドラの「悪行の記録」を読み上げ始めた。
チャリティ茶会で給仕の少女を怒鳴り散らした逸話をはじめ、メリッサの仕事の成果を横取りしようとした画策、裏での身分違いな罵倒の数々。上級貴族としての美徳を微塵も持ち合わせないその醜悪な本性が、これ以上ないほど具体的に、王都の最高権力者たちの前で暴露されていく。
会場の貴族たちから、一斉に「浅ましい」「吐き気がする」といった冷ややかな嘲笑と蔑みの視線が、一斉にカサンドラへと浴びせられた。
「あ、ああ……っ、嫌、見ないで、私を見ないで頂戴……!」
カサンドラは、恥辱と恐怖で顔を覆い、その場にへたり込んだ。
ドレスの裾は無惨に乱れ、彼女からは、かつて夜会の女王を気取っていた傲慢な面影はどこにもなかった。
「用件は以上だ。衛兵!我がオレオ侯爵家の夜会に、バルモン伯爵家を勘当された『平民の犯罪者』を置いておく理由はない。つまみ出しなさい」
スティーブの冷酷な命令により、今度はカサンドラの両腕が、容赦なく衛兵たちによって掴まれた。
「離して! 私はバルモン伯爵家の令嬢よ! 未来の侯爵夫人なのよ! メリッサ、あんたのせいよ! 冴えない侍女の分際で、私からすべてを奪うなんて許さないわぁぁぁ!」
ヒステリックな悲鳴をあげながら、カサンドラは大広間の外へと無様に引きずり出されていった。その姿を見送るメリッサの瞳には、かつて自分を虐げていた女への憎しみすらなく、ただ静かに、哀れな犯罪者の末路を見届けるような冷徹さだけがあった。
こうして、侯爵家の夜会を舞台にした、傲慢な侵略者たちの「大没落劇」は、完璧な形で幕を閉じた。
邪魔者はすべて消え去り、会場には再び、静かな光が戻ろうとしていた。