軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第19話 メリッサの宣告

大広間の大理石の床に膝をつき、絶望に顔を歪めるダリル。その姿を見下ろすメリッサの視線には、哀れみも、怒りすらもなかった。ただ、濁りのない冬の夜空のような、冷徹な静けさだけが宿っている。

「め、メリッサ……頼む、信じてくれ……。俺にはお前しかいないんだ。カサンドラとは本当に、ただの『遊び』だったんだ……!」

ダリルはなおも、往生際悪く這いつくばりながら、彼女のドレスの裾を掴もうと手を伸ばした。その浅はかで独りよがりな言葉は、静まり返る広間の貴族たちから、さらなる軽蔑の失笑を買うだけだった。しかし、ダリルはそのことにすら気づかないほど動転していた。

そんなかつての婚約者を、メリッサは一歩引いて冷たく見つめた。

「『遊び』、ですか」

メリッサの鈴を転がすような美しい声が、静寂に包まれた会場へ、残酷なほど明瞭に響き渡る。

「ええ、その通りでしょうね、ダリル。私を騙し、カサンドラ様と逢瀬を重ねていたこの二年間、あなたはさぞ楽しい『遊び』に興じておられたことでしょう」

メリッサは、その知的な瞳をすっと細めた。

「覚えておいでですか? 二年前、あなたが第一騎士団の副隊長候補に選ばれたと浮き足立っていた頃のことです。私はあなたから、こう言われました。『今は騎士団での立場を固める大事な時期だ。色々と付き合いも増えるし、派手に動かなきゃならないこともある。だから、俺を信じて少しの間だけ待っていてくれ』と」

ダリルは息を呑み、言葉を失った。激しい拒絶よりもなお冷たい、過去の記憶の突きつけに、身体が硬直する。

「私はその言葉を信じました。あなたが激務の合間に、たまの息抜きとして華やかな場所に顔を出すことも、騎士としての交際費がかさむことも、すべてあなたの未来のためだと自分に言い聞かせ、耐えてまいりました。あなたの言う『少しの間』を信じて、私はあなたにお金を渡し続けてきたのです」

メリッサの声には、微塵の震えもなかった。あまりにも淡々と、しかし確実にダリルの罪を抉っていく。

「ですが、実態はどうでしたか? あなたが『立場を固めるための付き合い』と称して通っていたのは、バルモン伯爵家の貸し別邸。あなたが『男の甲斐性』として消費していたのは、私が夜遅くまで働き、睡眠時間を削って工面した大切なお金でした。あなたは、私が血の滲むような思いで支えた二年間という時間を、すべてカサンドラ様との淫らな『遊び』のために費やしていたのです」

「それは……っ、あ、あれは、その……!」

ダリルは必死に喉を鳴らしたが、言葉が出ない。

自分がメリッサに甘え、彼女の献身を当然のものとして搾取していた事実が、これ以上ないほど論理的に暴かれていく。

「あなたが私に『信じて待て』と言ったのは、私が愛おしかったからではない。ご自分が後ろめたさを感じることなく、心置きなく別の女性と遊ぶための、都合の良い『免罪符』が欲しかっただけでしょう」

メリッサは、ダリルの足元に散らばるカサンドラの手紙を一瞥し、そして、最後通告を突きつけた。

「『遊びたいから待て』と言ったのは、貴方です。ならば、どうぞ、生涯ご自由に遊び続けてください」

その言葉は、優しくも苛烈な、永遠の突き放しだった。

「私の時間も、私の給与も、私の心も、これ以上一分一秒たりとも、あなたのような不実な男のために浪費するつもりはございません。本日、この場をもちまして、私、メリッサ・メーデンは、貴方との婚約を完全に破棄いたします」

凛とした宣告が、夜会の会場に吸い込まれていく。

格下であるはずの子爵令嬢が、伯爵令息に婚約破棄を突きつける。誰もが予想だにしなかった、前代未聞の光景だった。

その瞬間、ダリルの胸の中で、何かが完全に、そして修復不可能な音を立てて砕け散った。

「メ、メリッサ……っ!」

ダリルが絶望の悲鳴をあげるのと同時に、スティーブが静かに前に出た。メリッサを守るようにその斜め前に立ち、床に這いつくばるクズ男を、冷酷な目で射抜く。

「我が家がメリッサ子爵令嬢の後見となる。ダリル、お前の父である伯爵閣下には既に承認を得てある。これにより婚約破棄は成立した。これより先、君がメリッサ嬢に近づくことも、その名を口にすることも、我がオレオ侯爵家が絶対に許さない。法務官、および騎士団長。この不届き者を、連れて行ってください」

スティーブの鋭い尊大な命令に、会場の壁際に控えていた騎士たちが、一斉に動き出した。彼らはダリルの両腕を容赦なく掴み、大理石の床から引きずり起こす。

「待て! 離せ! メリッサ、メリッサァ!」

無様に暴れ、叫ぶダリルの姿は、もはや騎士の誇りなど微塵もない、ただの惨めな敗者だった。

メリッサは、その連行されていく背中を、二度と振り返ることはなかった。