作品タイトル不明
第16話 招待された「部外者」
オレオ侯爵家が主催する、格式高い大晩餐会。
きらびやかな魔石のシャンデリアが天井を埋め尽くし、極上の音楽が流れる会場には、一国の政財界を動かす上級貴族たちがこぞって集まっていた。
その華やかな熱気の中に、場違いな緊張感を漂わせた男が一人、壁際に立っていた。
第一騎士団の正装に身を包んだダリルだ。
(まさか、本当に俺がこんな最高格の夜会に招待されるなんて……)
手元にある、金の箔押しが施された招待状を見つめ、ダリルは興奮で喉を鳴らした。
本来、弱小貴族の三男坊である一介の騎士が、オレオ侯爵家の主催する夜会に、個人の名で招かれるなど天地がひっくり返ってもあり得ない。これまではメリッサが有能な侍女として裏方で働いているのを、遠くから見送るだけだった立場だ。
そんな「部外者」である自分に招待状が届いた理由を、ダリルは、昨夜カサンドラから届いた密信の内容で確信していた。
『私の愛しいダリル。明日のオレオ侯爵家の夜会、バルモン伯爵家のコネを使って、あなたに特別に招待状を回してあげたわ。楽しみにしていて頂戴ね』
ダリルは胸中でカサンドラの手回しの良さに深く感謝し、同時に、男としてのプライドをこれ以上なく満たされていた。
(カサンドラめ、そこまで俺の存在を上級貴族たちにお披露目したいのか。……まぁ、悪い気はしないな)
ダリルは誇らしげに胸を張り、周囲を見渡した。
彼の目当ては二人。自分のためにこの最高の舞台を用意してくれたカサンドラ。そして、この夜会のどこかで、いつも通り地味な侍女服を着て、忙しなく働いているはずの最愛の婚約者、メリッサだ。
(驚くだろうな、メリッサ。俺がこんな大舞台に堂々と招待客として出席しているんだ。夜会が終わったら、驚いているあいつを強く抱きしめて、最高のプロポーズをしてやるんだ)
ダリルは、自分の未来がどこまでも輝いていると確信し、甘い妄想に浸っていた。
しかし、彼が「至高の女神」と崇めるカサンドラの頭の中は、ダリルへの純粋な愛などではなく、相変わらず醜悪なエゴで満ち満ちていた。
「ふふ、よく来てくれたわね、私の可愛い猟犬さん《ダリル》」
バルモン伯爵家の華美すぎるドレスを纏ったカサンドラは、扇子の陰で妖しく微笑み、壁際のダリルを遠巻きに眺めていた。
カサンドラがダリルをこの夜会に呼んだ本当の理由は、彼への愛情ではない。「歪んだ優越感」を極限まで満たすための、最高のおもちゃとしてだ。
今日の夜会で、自分はオレオ侯爵家の未来の侯爵夫人という最高の地位を誇示する。その晴れ舞台を、自分が手駒にしている「メリッサの男」に特等席で見せつけてやる。そして夜会の中盤、誰もが見ていない隙を狙ってダリルを人目のないバルコニーへと連れ出し、婚約者であるメリッサのすぐ前で、不道徳な口づけを交わすのだ。
(未来の侯爵夫人としての絶対的な権力と富。そして、学園首席の完璧な侍女から奪い取った、若く逞しい男。すべてを同時に手に入れた私こそが、この夜会の、いいえ、世界の中心だわ!)
カサンドラは傲慢な高笑いを噛み殺し、勝利を確信していた。
だが、この二人は致命的なまでに勘違いをしていた。バルモン伯爵家ごとき弱小なコネで、オレオ侯爵家の招待状を偽造、あるいは横流しすることなど、絶対に不可能であるという貴族社会の常識を。
会場の喧騒から少し離れた、二階の回廊。
そこから、壁際に立つダリルと、一人で悦に入っているカサンドラを見下ろしている影があった。
オレオ侯爵家嫡男であり、王太子の懐刀、スティーブだ。その切れ上がった瞳には、獲物を完全に追い詰めた猛禽のような、冷徹な光が宿っていた。
「……本当に、救いようのない愚か者たちだな。自分たちが何のためにその場所に立たされているのか、想像すらできていない」
スティーブの低く冷ややかな声に、その背後に控えていた側近の隠密が静かに頭を下げた。
ダリルに招待状を送ったのは、カサンドラではない。スティーブだ。
二人が最も油断し、最も高い天狗の鼻をへし折られるその瞬間に、言い訳の利かない公衆の面前で、すべての罪状を突きつけて一網打尽にする。そのための「舞台」に、主役たるクズ男を自ら招き寄せたに過ぎない。
「すべては計画通りです、スティーブ様。バルモン伯爵家の放漫経営の証拠、およびダリル騎士の不貞行為、横領の全記録は、すでに王宮の法務官と騎士団長の手元に渡っております」
「よくやった。――さあ、そろそろ始めようか。メリッサを傷つけ、我が侯爵家を愚弄した対価がどれほど重いものか、その身に刻んでやるとしよう」
スティーブが合図を送ると、会場の音楽が静かに止まった。
いよいよ、何も知らない部外者たちの、最後の破滅への幕が上がる。