軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第15話 決戦前夜の二人

夜会を翌日に控えた、第一騎士団の詰所。

夕刻の厳しい訓練を終えた騎士たちが、鎧を脱ぎ、エールを片手に日頃の疲れを癒やしていた。その中心にいたのは、訓練で一際目覚ましい成果を上げ、先輩騎士たちからも肩を叩かれているダリルだった。

「いやあ、今日のダリルの剣の冴えは見事だったな。さすがは次期副隊長候補の一角だ」

「ありがとうございます。すべて先輩方のご指導のおかげです」

ダリルは爽やかな笑みを浮かべ、謙虚に頭を下げた。

この生真面目さ、そして平民上がりの荒くれ者も多い騎士団の中で、誰に対しても分け隔てなく接し、困った仲間がいれば真っ先に盾を持って駆けつけるその泥臭い実直さこそが、騎士としてのダリルの本質であり、最大の美徳だった。

弱小伯爵家の三男坊という、実家からの支援も期待できない厳しい立場で、彼は血の滲むような努力をしてこの地位を掴み取ったのだ。その純粋な努力の軌跡を知っているからこそ、学園時代のメリッサも彼を心から愛し、支えようと決意した。

だが、男たちの会話が「女」の話題に移った瞬間、ダリルの顔に宿るその美徳は、傲慢な甘えへと姿を変えた。

「そういえばダリル、お前、オレオ侯爵家に仕えているあの優秀な侍女さんと、そろそろ二年になるんだろ? いつまで待たせる気だ。あんな一等国の淑女みたいな美人の婚約者を放っておくなんて、贅沢が過ぎるぞ」

同僚の言葉に、ダリルはエールのグラスを傾けながら、少し得意げに鼻を鳴らした。

「ああ、メリッサのことですか。……そうですね、明日の夜会が一段落したら、そろそろ彼女と結婚してやってもいいかな、と思っているんですよ。二年間も健気に俺の帰りを待たせてしまいましたし、これ以上焦らすのも流石にかわいそうですからね」

悪びれもせず、むしろ「待たせてやった婚約者に、ようやく慈悲を与えてやる」と言わんばかりの上から目線だった。

ダリルの胸中には、確固たる歪んだ自信があった。

カサンドラとの派手な逢瀬は、明日、彼女がスティーブ次期侯爵との婚約を無事に成立させれば、表向きは一度落ち着くはずだ。その後はカサンドラの後ろ盾で自分は専属護衛騎士の地位とバルモン家からの小遣いを拝領し、私生活では自分を一番に愛してくれる優しくて完璧なメリッサを妻に迎える。

カサンドラへの不貞は、あくまで「男の甲斐性」であり「出世のための割り切り」だ。自分が本当に愛し、家庭に迎えたいのはメリッサだけであり、その席はちゃんと残してある。だから、メリッサも多少の不満はあれど、最終的には俺のプロポーズを泣いて喜んで受け入れるに決まっている。

周囲の騎士たちは、ダリルがバルモン伯爵令嬢と泥沼の不倫劇を演じていることなど夢にも知らないため、「おお、ついに身を固めるか!」「ごちそうさま!」と無邪気に囃し立てた。

「メリッサは本当に出来た女ですから。俺がどんなに遅く帰っても怒りませんし、俺の夢を誰よりも応援してくれている。あいつには、俺がついていてやらないとダメなんです」

ダリルは満足そうに微笑み、エールを飲み干した。

その姿は、一見すれば婚約者を大切に想う良き男そのものだった。しかし、その足元にぽっかりと開いた巨大な奈落の底には、まだこれっぽっちも気づいていない。

彼が「そろそろ結婚してやってもいい」と傲慢に微笑んでいるまさにその瞬間。

オレオ侯爵邸のメリッサの部屋では、最後の手回しが完了していた。

ダリルが「俺の帰りを待っている」と信じ込んでいるメリッサは、すでに彼の実家である弱小伯爵家宛に、二年間で搾取された全財産の返済要求書と、裏付けとなるスティーブが集めた不貞証拠付きの、完全なる婚約破棄の通告書を発送し終えていた。

ダリルが「俺の夢を応援してくれている」と疑わないメリッサの隣には、明日の夜会でダリルの騎士爵剥奪と不名誉除隊の全権を握る、王太子側近のスティーブが冷徹な知略を携えて控えている。

何もかもが、もう遅いのだ。

ダリルがどれほど騎士として「いい奴」であり、どれほど本気でメリッサを愛していようとも、裏切りの代償は明日、すべて強制執行される。

「じゃあ、明日の夜会、お互いに大役を全うしようや」

「はい。明日は俺の人生の、最高の転換期になりますよ」

仲間に向かって爽やかに言い放ち、白い歯を見せたダリル。

その言葉通り、明日、彼の人生は「最悪の形」で永遠に転換することになる。

決戦の幕が上がるまで、あと数時間。

何も知らないクズ騎士とマウント浮気令嬢を奈落へ突き落とす、運命の夜会が、いよいよ始まろうとしていた。