軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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初冬のきんとした空気が爽かな陽の光を含んで、王都の外れの小さな教会を包み込んでいる。

けれど、ここは一足飛びで春を迎えてしまったかのように、パステルカラーの花々に埋め尽くされていた。

バラやトルコキキョウを始め、ラナンキュラスやユリなどといった結婚式で使われる代表的な季節外れの花は、全て花婿の財力によって王都の温室から取り寄せたもの。

またポインセチアやコットンフラワーといった季節の花も、違和感なく式場に飾られている。

本日は、とある新郎新婦の結婚式。

そして、前科者の結婚式でもあり───会場は、おめでたい空気というよりは、異常な緊張感に満ちていた。

「いいか、式開始まであと30分。徹底して監視を続けるのだ!」

「はっ」

「2度ある事は3度ある。この諺は忘れろ。口にすれば現実となるぞ!」

「はっ」

「では、引き続き気を引き締めて警護及び監視にあたるようにっ。以上、解散!」

「はっ」

教会の庭で号令を出すのは、ディラス邸の執事であるドミール。

そして胸に手を当て、勇ましい返事をするのはディラス邸の使用人たち。

彼らは退役した軍人であったり、そのゆかりの者たち。もちろんドミールも。

そのため誰一人違和感を感じることなく、命令を遂行しようと機敏な動作で持ち場に就いた。

「───……いやぁー……凄いね」

「ええ、もう。ほんと」

「でもさぁ、あの二人のどちらかが今からどっかに逃げ出すなんてあり得ないけどねぇ」

「それも同感。ただ、面と向かってドミールさんには言えないわ」

同じく教会の庭の少し離れた場所で、そのやり取りを見ていたエリアスとクローネは、小声でささやき合う。

ディラス邸の使用人達は皆、真剣なのだ。

なにぶん、この屋敷の主人と奥方は結婚式当日に相方に逃げられた脛に傷を持つ者同士。

しかも正式に入籍をして、奥方を紹介する予定だった夜会では珍事が勃発して台無しになってしまったのだ。

というわけでやり直しをする今日は、絶対に何があっても、どんな邪魔が入ろうが成功させなければならない。

その意気込みは痛い程わかるので、揶揄するようなことを言ってはいけない。

……言ってはいけないのだが、やはりどうしたって苦笑してしまうのは親しさ故のそれというもの。

ギルフォードが愛妻家だというのは、軍を飛び越え王宮にまで知られている。確認はしていないが王様だってご存知だろう。

そしてその奥方も、旦那様を心から愛しているのも周知の事実。

だから、天地がひっくり返っても、このやり直しの式が失敗に終わることなんてない。

そんなふうに確信を持っているエリアスは、ちらりと隣にいるクローネに視線を移す。

本日のクローネは見慣れた軍服姿ではなく、結婚式の参列者に相応しい落ち着いたシックなドレスを身に付けている。とても綺麗だった。

「……あーあ、少佐が羨ましいよ。2回も好きな人と結婚式が挙げれるなんて」

───僕に分けて欲しいくらいだ。

ぽそっとエリアスは本音を呟いてみる。どうせ隣にいる想い人は都合よく聞き流すだろうと思い込んで。けれども、

「そうかしら?私は1回で良いわ。でも、冬に挙げるのはごめんだわ。どうせなら秋が良いわね。子供の時から結婚式にはダリアのブーケを持つって決めているから」

その発言にエリアスはびっくりして、クローネをまじまじと見つめてしまう。

「……それ本気なの?」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、僕がダリアのブーケを用意するよ。そうしたら、さ」

「なに?」

「僕と結婚してくれる?」

ノリと勢いで求婚をかましてくれたエリアスに、クローネは意地悪く笑った。

「春までに考えとくわ」

そっけない言葉の中にも、まんざらでもない心情を感じ取ったエリアスは「よっしゃー!」と叫びながら両手を天に掲げた。

という一連のやり取りを、シャンティとギルフォードは控室の窓から見ていた。

「……あいつ、また馬鹿なことをやっているな」

「そうでしょうか?ただ単に喜んでいるように見えますが」

「それが馬鹿にしか見えない」

「……そうですか」

寄り添いながらそんな会話をしている二人は、本日の主役であるので純白の衣裳に身を包んでいる。

ただシャンティの胸元には貝のブローチが。そしてギルフォードの袖口には、青い石の付いたカフスがキラリと光っている。

これは亡きシャンティの両親の形見であり、本日、式に身に付けることはギルフォードから提案したもの。

これまでギルフォードにとって結婚式とは、ただの契約の場という認識でしかなかった。

その証拠に、最初の結婚式ではギルフォードは遠い土地に住む両親を呼び寄せることはせず、手紙だけで報告を終わらせた。

けれど夜会での一件……特にルジリッドからお叱りを受けた後、その考え方は変わった。

結婚とは家族が増えること。新しい家庭を築くこと。

全く別の人生を歩んでいた者同士が繋り、次の世代へと繋げていくもの。

そして結婚式とは、これまで妻を育ててくれた人たちに感謝を伝える場であり、自分自身の覚悟を見せる場所だと考えを改めた。

従って本日の式には、ギルフォードの両親も参列し、既にシャンティと挨拶も終えている。現在、ルジリッドとモニータと仲良く歓談中である。

「それにしても、皆さん、気合が入っていますね」

窓から目を逸らさず、緊迫した面持ちで周辺警護にあたる使用人達を見ている花嫁に、ギルフォードは視線を向ける。

ベールとブーケ以外の花嫁衣裳を身に付けたシャンティは、視線を感じて動きにくそうに、ぎこちなくギルフォードを見つめた。

「ま、仕方がない。好きにさせておけ」

目が合った途端に、そう言われたシャンティは素直に頷いた。でもすぐにギルフォードから視線を逸らす。

本日のギルフォードは身分を隠してのそれなので、軍の式服ではなく、一般人が身に付ける花婿衣裳なのだ。

言わなくて良いことだが、大変良く似合っている。そして神々しい程にカッコいい。

こんな姿滅多に……いや、一生に一度しか見ることができないのだから、瞬きを惜しんでずっと見つめていたいのがシャンティの本音。

なのだが、見ているだけで顔に熱を持ってしまい、お化粧が崩れてしまいそうになるのも、これまた現実。だから、チラッチラッと盗み見をすることで我慢をしているのだ。

そんなシャンティは、正直ギルフォードから式のやり直しをしたいと提案された時、ノリ気ではなかった。いや、面倒くさいと思った。

高いヒールは足が痛くなるし、ドレスは重いし肩がこる。それに何より、また何かしらのトラブルが起こったら……と考えて、尻ごみしてしまっていたのだ。

でも今日、光り輝かんばかりのギルフォードを目にして、我ながらゲンキンではあるが式のやり直しをして良かったと心から思った。

例え、前回同様、ドレスの着付けを終えて控室に入室するなりドミールに鍵を掛けられたとしても。

───ガチャ。トン、トン、トン。

鍵を開ける音と共に、ノックの音も部屋に響く。

ギルフォードが返事をすれば、品の良いドレスを着たモニータが顔をのぞかせた。

「シャンティ、そろそろ式が始まるからヴェールを付けましょう」

そう言いながら部屋に足を踏み入れたモニータと入れ替わりに、ギルフォードは廊下へと足を向ける。

でも、一旦足を止め振り返ると、シャンティに向けてこう言った。

「それでは私は一足先に祭壇で君を待つことにしよう。可愛らしい花嫁さん、どうか早く私の元に来ておくれ」

かつての時と同じようにド気障な台詞を吐いて、今度こそギルフォードは部屋を出て行った。

───……リーン、ゴーン。リーン、ゴーン。

教会から祝福の鐘の音が、はるか遠くまで響き渡る。

それを聞いた沿道の人達は祝いの言葉を紡ぎ、拍手を贈る。そして即席で作った紙吹雪を天に舞い上げ、名も知らぬ花婿と花嫁を祝福する。

「さぁ、足元にお気を付けてください」

ドミールの先導で、シャンティとルジリッドが並んで教会の正面扉まで歩く。

今回は定刻通りなので、ドミールの足取りは花嫁に気遣いゆっくりだった。在りし日の時とは大違いで、それがなんだかおかしくて、シャンティはくすくすと笑ってしまう。

「……なぁシャンティ、扉が開いた途端、花婿が居なかったら、お前はどうする?」

教会の正面扉まであと少し。そんなところで突然ルジリッドはシャンティに意地が悪い質問を投げかけた。

ドミールの足がピタリと止まる。良く見れば、縁起でもないことを口にするなと言いたげに、頬が引きつっていた。

対してシャンティは、笑みを崩すことはしなかった。そして、足を止めてルジリッドに答える。

「もしギルさんが、私の前から居なくなってしまったら……」

「しまったら?」

中途半端に言葉を止めたシャンティに、ルジリッドが続きを促す。若干、緊張した顔つきで。

ドミールも前を向いているが、その背は妙に強張っていた。そんな二人を交互に見つめ、シャンティは芯のある声でこう言った。

「私は今度は泣き寝入りなんてしません。ギルさんの後を追いかけます」

その答えを聞いた途端、ドミールの足は軽やかに動き出した。シャンティとルジリッドも、無言で後に続いた。

ヴァージンロードに繋がる正面扉の前に立てば、既にパイプオルガンの音が聞こえてくる。

ルジリッドはおもむろにシャンティに腕を出す。シャンティも自然に腕を絡めた。

それを合図に、教会の聖職者の手によって扉が開かれる。視界の端でドミールが深々と腰を折るのが見えた。

「では、行こうか」

「はい」

シャンティとルジリッドは、息を合わせてヴァージンロードへと足を踏み出した。

真紅の絨毯を敷き詰めたその道を花嫁の親が花嫁と並んで歩くのは、慈しみ育ててきた娘を神の前で花婿に出会わせ、二人が共に歩む人生の第一歩を見送るという意味がある。

だから厳かな気持ちで向かわなければならないというのに、ルジリッドは突然苦笑しながらぼそっとこんなことを呟いた。

「……ははっ、儂は随分と愚かな質問をしてしまったようだな」

無駄口を叩くなんてと思われてしまうが、そうなるのも当然なこと。

なぜなら祭壇の前には、花嫁の到着が待ちきれないといった感じで、今にもこちらに駆けてきそうな花婿がいたのだから。

司祭を始め参列者たちは、ルジリッドと同じように温かみのある呆れた表情を作る。

でも花嫁だけは、花婿と同じく待ちきれないようで───満面の笑みを浮かべて、愛する夫の元へと歩を進めた。

◇◆◇◆おわり◆◇◆◇