作品タイトル不明
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それから数分後、お茶を飲んで怒りの感情をなんとこさ押さえたギルフォードは、嫌々ながらも口を開く。
「……わかった。色々腑に落ちないし、相当理不尽なことを言われている気がするが、一応、君の要求を聞くとしよう」
ギルフォードの言葉を聞いた途端、コラッリオの顔がぱっと輝いた。
そして気が変わったら困ると言いたげにすぐさま口を開く。
「エンリ国の国境まで護衛の手配をよろしく!もちろんイケメン一択よ。あと、国境までの宿の手配と馬車の用意もお願いね。言っとくけど、庶民の宿屋なんて願い下げだから。そこんとこもちゃんと考慮してね」
なかなか図々しい要求にギルフォードは、げんなりとした顔をする。けれど、一つ気になることがあった。
「……そこに何をしに行くんだ?」
エンリ国とヨルシャ国は隣同士に位置するため交易は多少ある。
だが、相手国は大して栄えているわけではないし、また、女性が華々しく活躍できる国柄でもない。
でもコラッリオはそこにどうしても行きたいようで。とはいえ、わざわざそこへ足を向けようとする目的がギルフォードにはわからなかった。
「ああ、そういえば……あんたに言ってなかったわね。わたくしの母方の叔母がそこに嫁いでいるのよ。で、わたくし勘当された......っていうか、両親から少佐様の顔に泥を濡ったんだから修道女になって一生罪を償えって言われているのよ。それを聞いた異国に嫁いだ叔母が、そこにいるあんたの妻みたいにお人好しで、養女にならないかって言ってくださったの。エンリ国って一夫多妻制っていうのは知っているわよね。で実は、さ来月から国王の側室の選別が始まるの」
「……まさか、君は……」
「そう。そのまさかよ。もうね、こうなったら底辺側室から成り上がろうと思って」
「……そうか」
キラキラと目を輝かすコラッリオに対し、ギルフォードは唖然とした。
結婚式当日にぶっちをかまして、その後詐欺師の婚約者になり悪事を暴いた挙句、最終的に異国の王の側室を目指す人間をギルフォードは見たことも聞いたこともなかった。
だが、幸せとは人それぞれ。他人がとやかく言う権利はない。
それに神様とて、こんな破天荒な修道女に仕えられても迷惑だろうと心底思った。
「わかった。要求を呑もう。ただ、途中までは私の家の馬車を使ってもらう。王都を出た最初のハース砦からこちらが用意した馬車に乗り換えてくれ。その時に、護衛もつける」
「え、途中から?......まさかあんたの家の紋章とか入ってないわよね?そんなん付いてたら、逆に危険だわ」
「安心したまえ。私とて、君がディラス邸の馬車に乗っていることなど世間に知られたくない」
「ああ、そう。あと、出発は明日にしてちょうだい」
「……随分せっかちだな。あと、そういうことは早く言え」
「あら?そんなに不機嫌になることかしら?軍人のくせに、数日待たせる気だったの?随分と呑気なこと言うわね」
「物事には全て段取りがある。君のように気分で動く人種にはわからないと思うがな」
コラッリオの憎まれ口に、憎まれ口で返答するギルフォードは大人げないと思うが、これは嘘偽り無い本音だった。
そしてギルフォードはおもむろに立ち上がると、チェストの中から便箋とペンを取りだし、その場でさらさらと何かを書き連ねていく。
そんな彼をちらりとコラッリオは見ていたが、すぐに目の前にいるシャンティに向かい口を開いた。
「それにしても、あなたすごかったわね。あのビンタ、なかなかのものだったわ。わたくしちょっと見直したわ」
「......はぁ、あ、ど、どうもありがとうございます」
「でも、あの後、メソメソ泣いていたけれど、なんで?」
「え、だって......恥ずかしかったから」
「はぁ?ぜんぜん意味がわからないわ。あそこはドヤ顔を決めるか、不適に笑うタイミングでしょ?なのに、な───」
「コラッリオ殿、これ以上無駄口を叩くなら、警護に当てる連中を全員定年間近の軍人にしてやるぞ。老害と呼ばれる奴らばかりだ。なんなら道中2、3人殺してくれたら、私の仕事が減って楽になる」
物騒この上ない発言に、シャンティをからかっていたコラッリオは、すぐに口を閉じた。
ただギルフォードの声音がかなり本気のそれだったので、コラッリオは「ま、あなたたちがお似合いの夫婦だってこと」と、お愛想なのか本音なのかわからない言葉を呟いてみる。そうすれば、ギルフォードから書簡を手渡された。
コラッリオは、その場で内容を確認する。幸い、書き直した様子はなく、非の打ち所がない指示書に満足そうに頷いた。
「じゃあ、わたくしこれで失礼しますわ」
──貰うもんはもらったから、もう用はない。あばよ。
そんなニュアンスを込めてコラッリオはさらりと言うと、残っていたお茶を飲み干し、書簡をしっかり握って勢いよく立ち上がった。次いで、足取り軽く玄関ホールへと向かう。
シャンティとギルフォードも一応コラッリオを見送る為に後を追う。
途中でホウキが逆さまの状態で立て掛けられているのを何本も目にしたけれど、気付かないフリをして。
そして玄関ホールに到着したコラッリオは一旦足を止めて、ギルフォードとシャンティに向かい合う。
けれど口を開くことはしない。ただ片方の口の端を僅かに持ち上げただけで、すぐに背を向けディラス邸を後にした。
いささか乱暴に玄関の扉が閉まり、二度と来るなと言いたげだった使用人達が消え去っても、シャンティはその場から動くことができなかった。
「……シャンティ、まさかアイツのことを気にかけているのか?」
「はい」
即答したシャンティに、ギルフォードは軽く笑った。
「心配するな。アレは行き倒れるような玉じゃない。間違いなく起死回生を図ることができる」
まるで未来をしっかり見届けて来たかのようなギルフォードの口調に、シャンティは曖昧な表情を浮かべてしまう。
けれどギルフォードの言葉は本物になる。
その後、コラッリオは本当に側室となった。そしてたった2年で側室の中でも最高位のプラタナスという称号を得た。
そしてコラッリオにも多少の良心というものがあったのだろう。
数年後、エンリ国と外交摩擦が起きた際、矢面に立たされてしまったギルフォードにコラッリオは救いの手を差し伸べることになる。
でも、そんなことなどわかるはずもないシャンティは、ただただギルフォードに言葉を信じることしかできなかった。
「ギルさん」
「どうした、シャンティ?」
急に口調を改めたシャンティに、ギルフォードは軽く眉を上げて続を促す。
「今日のことありがとうございました。それと、結果としてあなたを騙すようなことをしてしまって、申し訳ありませんでした」
深々と腰を折ったシャンティの頭にぽんと何かが乗った。ギルフォードの手だった。
そしてそれはくしゃくしゃとシャンティの柔らかい髪の感触を楽しむように動く。
ただその手の持ち主は苦笑を浮かべていた。
自分のあずかり知らぬ間に元婚約者と妻が、ハチャメチャな計画を立てていたことに気付かなかった己の不甲斐なさに。
誠実に全てを話し謝罪してくれる妻に対し、自分は一生アルフォンスのことを語らないと決めていることに。
ハングリー精神の塊であるコラッリオに最後まで都合よく振り回されてしまった事実に。
そんな諸々のことを考え、ギルフォードは苦い気持ちを隠すことができなかった。
でも、本当はそうじゃない。
今、苦い気持ちでいるのは、このタイミングでシャンティにお願い事をしたら、絶対に嫌と言わないであろうと確信を持っていて、そしてこの機を逃すつもりが無い自分のズルさに対してだった。
「……シャンティ、お願いがあるんだ」
「え゛」
案の定、何かを感じ取ったシャンティは、勢いよく顔を上げた。見事に顔が引きつっている。
だが、ギルフォードはそれに気付かないフリをして、自分の願いを口にした。
その願いとは、シャンティにとって二度とやりたくないもので、ギルフォードにとってどうしてもやり直したいこと。
ギルフォードはシャンティを心から愛している。
彼女の嫌がることはしたくないし、望みはなんでも叶えてやりたいと思っている。
でも、そう思っているのはシャンティも同じで。
だから、う゛う゛っと渋面を作りながらも、シャンティはギルフォードの願いを叶えることにした。