作品タイトル不明
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右と左、同時に強い視線を感じたけれど、シャンティの唇は既に動き出していた。
「軍人じゃなくっても、死ぬときは死にますよ」
吐き捨てるようにそう言ったシャンティだったけれど、内心「あ、しまった」と冷や汗をかいている。
だがもう時すでに遅し。
そして、このまま「あら、失礼しました」と誤魔化し笑いで済ます気は無かった。
お人好しのシャンティは、とても珍しいことではあるが、現在進行形で腹を立てていた。
もちろん他人の話に口を挟むなど無作法にも程があるのは知っている。口出しできる権利がないこともわかっている。
今ギルフォードが自分に望んでいるのは、場を和ますマスコットキャラクターになりきれということも。
でも我慢ができなかった。どの面下げてと思いたくなるようなコラッリオの発言に。
だからシャンティは、ちょっと視線を彷徨わせて”自分は、小鳥と会話しています”という体を貫きながら言葉を続けることを選んだ。
「相手が死と隣合わせの職業だから怖いだなんて、そんなの後から聞いたところで納得できるわけないじゃないですか。いつ死ぬかわからないのは、みんな一緒です。だから死ぬかもしれないから結婚したくないとかしたいとか、そんなの言い訳にもならないですよ───……ね、小鳥さん。これも食べる?」
ディラス邸の別邸にいる小鳥は、大変空気が読めるようだ。
シャンティが近くにいる名も知らぬ小鳥に声を掛けるとすぐさまピチチッチチッピッと、小さなくちばしを開けた。
もっとよこせと強請るさえずりは、図々しいともいえるが今は可愛くて仕方がない。
シャンティはまるで富豪の商人のように、カップケーキを手で小さく砕いてから芝生にばらまいた。すぐさま小鳥もいつしか数を増やして、菓子の欠片を我先にと突っつき始める。
「縁起でもない事を理由に逃げないでください。生ある限り、並んで共に同じものを見ていたいと願うのが結婚なんだと思います。そして夫婦というのは、その生を終える時まで互いを慈しみ大切にしたいと思う相手なんです」
小鳥たちから目を離して、きっぱりと言い切ったシャンティは、真っすぐにコラッリオを見つめた。
シャンティの父親は軍事施設で働く設計士だった。
あくまで指示されたものを図面におこす作業をするだけなので、戦場に赴くことはない職業だった。
でも、シャンティの両親は死んでしまった。
隣町まで買い物に行った帰りに、土砂崩れに巻き込まれて。あっけなく。
シャンティの元に帰ってきた両親は、もう「ただいま」と言ってくれることはなかった。
父親の遺体はとても損傷が激しかった。全身包帯を巻かれていて、正直、本当は別の人なんじゃないかと疑ってしまうほどに。
でも、母親の遺体はとても綺麗だった。両腕だけは傷だらけだったけれど。
それは、父親が身を盾にして、母親を最後まで守ろうとしたから。
そして、母親は自分の代わりに落石を受ける父親を守ろうと手を伸ばしたから。
シャンティの両親は喧嘩をすることだってあった。
片方が居ないときに、シャンティに愚痴を吐くことだってあった。
でも、最後の最後で、両親は互いを守ろうとしていたのだ。
夫婦は死んでも、ずっとずっと夫婦なのだ。
肌が見ないくらいに巻かれた父親の包帯が、傷だらけになった母親のその腕が、シャンティにそれを教えてくれた。
だからシャンティだって、結婚するはずだったアルフォンスに愛情も恋心もなかったけれど、彼の事を理解しながら人生を共に生きるのだと思っていた。
今すぐ両親のようになるのは無理かもしれないけれど、それでもいつかは信頼し合う関係になりたいと思っていた。
少なくとも結婚を決めた男女は、縁もゆかりもない人間同士が書面上で家族になるのだから、それくらいの覚悟は持っていて当然だとも思っていた。
でも目の前にいる綺麗で可憐な女性は、そんなものは持っていない。どんなに目を凝らしたって。
「コラッリオさん、そういう覚悟が無かったくせに、今更、都合の良い弁明をするのは間違っていると思います」
きっと両親と同じ状況になったら、ギルフォードは軍人として、夫としての義務としてコラッリオを最後まで守ろうとするだろう。
でもコラッリオは、きっとギルフォードを守ることはない。
自身の腕を傷だらけにすることはないだろうし、最悪、自分だけでも助かろうと彼を見捨てて逃げるだろう。
これはあくまで推測だ。実際に目にしていないので断言するのは間違っている。でも違うとも言い切れない。可能性としては、前者の方が高い。
シャンティはギルフォードの代理の妻だ。
だからギルフォードと、これからも並んで人生を歩むことはことはできない。コラッリオが現れた時点で、もうこの契約は終了してしまっているのだから。
でも自分が去った後、ギルフォードには互いを思いやる心を持った女性と結ばれて欲しかった。
けれど残念ながら、シャンティの言葉はコラッリオには届かなかった。
「あら、随分とご立派なことを言ってくれるわね」
心底小馬鹿にした笑みを浮かべて、コラッリオは肩をすくめた。
次いで、肩に流れた髪をすくいあげながら、ゆっくりと口を開いた。まるで犬や猫に言い含めるかのような口調で。
「ま、庶民の感覚だとそれで良いのかもしれないわね。でもね、貴族というのはそういうことじゃなくて───」
「あいにく私もただの庶民だ。爵位は無い」
自分の立場がまだ有利であること信じて疑わない余裕のある表情を浮かべていたコラッリオだったけれど、そのギルフォードの言葉に、はっと息を呑んだ。
自分が取り返しのつかない程の大失言をしてしまったことに気付いたから。