軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話 東方の街ルインズ 『一縷の光の先に』

――王国東方。港湾工業都市ルインズ。

ペンキが塗られてからずいぶん経つのだろう薄汚れた赤の鉄骨と、多くの建物を形作る鉄と銀の色。それが、王国東方にある工業都市ルインズの第一印象だ。

筋肉質な男女が鉄や丸太、或いは重そうな土砂を担いで動き回り、排水はそのまま海にどばどばと流されて、煙は空高くもうもうと立ち込める。それは港も例外ではなく、今日は晴天であったはずなのに、どこか薄く曇りがかっているようにも感じられた。

クレイン・ファーブニルは光の神子だ。

共和国から馬車と船を乗り継いで、最速で王国にやってくるルートがこのルインズを経由するもので、クレインとその仲間であるリュディウスとハルナはルインズに到着するなりひとまず情報収集のために街の方々へと散っていた。

この工業都市は、基本的に魔導の力を持たない人々の集う街でもある。

いや、魔導の力に頼らない人々、と言った方がいいのかもしれない。

王国といえば、剣と魔導を両立して掲げる国家として有名だ。

剣の道を行くのなら魔導も修め、その逆もまたしかり。

両道を行ってこそ一人前だというその姿勢があるとはいえ、どうしても才能には左右されてしまう。

クレインの仲間であるリュディウスもその例に漏れず、魔導の才よりもはるかに際立った剣の才を極めようとして今に至る。

同じように、魔導と剣の両方を試した結果剣に振れた人々は、魔導に苦手意識を持っていることが多いのだ。そして、剣の道に才があったからといって、誰しもが騎士、剣士になれるはずもない。剣とはすなわち力だ。その力の才を伸ばす環境というのが、こうした地道な力仕事なのである。

工業都市ルインズは、そんな剣の道に生きた者たちが、自分の才を活かして働く街。

自分が頑張れば頑張るほど、街が豊かになっていく。その楽しさを仲間とともに味わおうという極めて人々の明るい街でもあった。

最近では、愉快な仲間と共に休暇を飲んで騒いで遊んですごし、その楽しかった思い出を魔導転写した絵画をギルドの掲示板に貼るのが流行だそうだ。いんす……いんすた……なんと言ったか。

閑話休題。

ハルナならある程度なじめるだろうが、クレインにとってはちょっと気を遣い過ぎてしまう、そんな街であった。

救世の五英雄のうち、王国から代表として選ばれた聖剣使いカテジナ・アーデルハイドもこの街の出身だったと聞く。力強さを売りにした街だからこそ、彼女のことも大きく取沙汰されているようだった。ちらほら、髪を後ろで一つ結びにした少女騎士の銅像がある。

「さて、と。あらかた情報収集というか、人に聞いてみたはいいものの……ここの人たちみんな声大きいなぁ……」

若干疲弊しているのが事実だった。

でかい声と大勢で囲むノリ、背中をばしばし叩かれるあの感覚、クレインがもう少しやさぐれていたら棒で全員吹き飛ばしていたに違いない。

集合場所に決めていた酒場の内部はあまりに煩過ぎたので、仕方なくその前で待つことにしていた。通りをぼうっと眺めている分には、この街の活気はなかなか悪くない。

「あ、おーい! クレイーン!」

「おかえり、ハルナ」

ぶんぶんと手を振りながら走ってこちらにやってくる銀髪の少女。クラスチェンジした瞬間に髪の色が変わったことには驚いたが、なんだか少し雰囲気が少女らしくなったというか、あどけなさが消えたというか。年頃の少女と一緒に旅している実感が少し沸いてしまって、なんなら前の方が気楽だったなあなどと失礼なことを考えていると。

「えっとね。第何席とかは分からないんだけど、どうも帝国の魔導司書が西の街に居たみたい。そんな話を聞いたよ。細かいことは分からないけど、男だったって」

「西か。共和国、リンドバルマから王国に来るなら東を使うはずだけど……僕の方ではあんまりそれらしい手がかりも得られなかったし、とりあえず西に向かってみるのを第一候補にしてみようか。魔列車を使って王都を経由していけば、そんなにかからないはずだし」

「うへー、お金かかるねー」

「仕方ないよ。歩いていくと凄い時間かかるし」

「そりゃそうだぁ」

がっくりとうなだれた様子で杖を地面につけるハルナ。

しかし魔導司書が西に居るなんて情報どこから得たのだろう、とその疑問をハルナにぶつけると、彼女は無言で工業地区の方角を指さした。

「事務所? みたいなところで聞いてきた」

「僕は絶対嫌だなあそこ行くの……」

聞いてきてくれてありがとう。そう思わずにはいられないクレインだった。

「揃ってるな。俺が最後か」

「あ、リュディお帰り」

鉄の鎧の音をさせながら、悠々とリュディウスが戻ってきた。

ハルナが少女っぽくなったというのなら、リュディウスは風格が出てきたというべきだろうか。クレインが今、初めてこのリュディウスに会ったとしたら少し気後れしてしまったに違いない。敵意など向けられたら臆して声も出なくなってしまうはずだ。

そんな情けない自己分析はさておき、強烈な覇気を漂わせるリュディウスは軽く眉根を寄せて、首を振ることで成果を伝える。

「悪いが、こっちは魔導司書やらジュスタらしき少女の情報は得られなかった。そんな子供がいればすぐにわかる、などと言っていたから、もしかしたらこの街には来ていないのかもしれないな」

「それがねリュディ。あたしが聞いてきたとこだと西のツァーリスで魔導司書を見たって話があったの。男だって」

「いつ頃の話だ?」

「その人は魔列車に乗って直接こっちに来たらしいから……二日前とかかなー。聞いた相手は、その旅人さんの友達って人だったからもう詳しくは聞けなかった」

「なるほどな。しかし西か。なんでだ?」

少し考えて。

「いや、どのみち王都に寄りたいと思っていたところだ。父上に狂化魔族について今度こそ問い質す。そのあと、西の街で聞き込みするのがいいかもしれないな」

「うん、僕もそう思う」

と、そこでリュディウスは思い出したように指を立てて。

「そうだ。まったく関係ない話なんだが、この辺りに鬼が出るらしい。好き勝手に暴れて云々ということだそうだ。魔列車の乗降場所にほど近いところでも目撃されているようだが。……暴れる、の定義にもよるだろうがそんなことをしそうな鬼に一人心当たりがあってな」

「え、シュテンさん居るの!?」

「せんぱいが居るなら遊びに行こうよ! 色々聞けるかも!」

「そうと決まればひとまずそちらに行ってみるか」

方針は決まった。

いずれにせよ王都、ないしは西の街ツァーリスに向かうためには魔列車に乗らなければならない。この街に逗留する理由が見当たらない以上、こうなったら即行動だった。

港湾地区を抜け、中央地区を抜けた先にある西地区。

ここは魔列車の東の終点であり、東から王国内へ入る人々の入り口でもある。

そのためそこそこ人は賑わっているのだが、どうも様子がおかしい。不穏というか、そう。何かしら良くないものがあって、触れないようにしているというか。

三人が三人とも同じ感想を抱いた時、ハルナは目ざとくその中心を見つけた。

「あの喫茶店じゃない?」

「ちょっと行ってみるか」

ざわつく雑踏。それぞれがそれぞれ、人々には人生がある。自分が今からしなければならないことと、目の前で起きている変事を天秤にかけた結果として自分の目的に傾くのは仕方のないことだ。そして、クレインのように目の前のことをすぐさま優先する人間のことを、聖人と呼ぶのだろう。

まだ半人前と思っていても、行うことは教国の光の神子のそれだった。

ぐるりと喫茶店を囲む野次馬をのけて、クレインを先頭に店の前へ。

オープンテラスを抜けて店内に入ると、勢いよく瓶か何かが割れる音と、男の怒鳴り声が聞こえてきた。

「次だ次ィ!! 次の酒持ってこい!!」

「は、はい、ただいま!」

「おせえ!!」

「ひいいいい!」

なんというか。ハルナとリュディウスは顔を見合わせて思った。

なんて、ベタな展開なんだと。

そして、そんな風に冷静になれないのがクレイン・ファーブニルという少年だった。

颯爽と男の前に立ちふさがると、言い放つ。

「他のお客の迷惑でしょう」

「あ? 誰だテメエは」

胡乱げな表情で顔をあげた男に、クレインはぴくりと反応した。

鋭い一本角と、特徴的な赤ら顔。巨躯と言って差し支えない体躯に、険しい表情。

この男、 豪鬼族(オーガ) だ。

「残念だったなクレイン。鬼は鬼でもアホな妖鬼ではなく……無能な豪鬼だったようだぞ」

「そうだね」

静かに頷き、クレインは床に散らばった瓶の破片やら砕かれたテーブルやらを風を使って片づけていく。店員らしき人々は端っこの方に避難しており、クレインはそれを確認するとゆっくり背の棒を引き抜いた。

「おいおい分かってんのかテメエら。俺を敵に回すってことは、旧火山の豪鬼族を敵に回すってことだ。まあそれ以前に……殺すんだがなァ!!」

ごう、と豪鬼から激しい覇気の嵐。風圧で店の棚が吹き飛ぶかというような勢いで、びりびりと威圧が周囲にまき散らされる。

本来なら、目の前の少年も、鎧の青年も。そして店員やらも纏めて吹き飛ばし、この店ごとダメにするはずだったのだが。少年たちはともかく、店員や野次馬、何なら周囲の棚のグラス一つでさえ何かしらの影響を受けた様子はなかった。

「あん?」

「もう、これ以上お店壊すつもりなの?」

その原因は、店の入り口で彼らを見守る一人の少女だった。

彼女の発した魔導の波が、単純に豪鬼の覇気を上回ったのだ。

「舐めたことしてくれやがって!!」

「行かせないよ」

怒りに任せて殴りかかろうとした豪鬼を、棒でクレインが押し止める。

その時豪鬼に初めて冷や汗が走った。ただただ肩を棒で叩かれただけなのに、身動きが取れなくなってしまったのだ。まるで金縛りにあったような妙な感覚に、ぎろりとクレインを睨み据える。

「クレイン、リュディ。その豪鬼結構強いよ。店は守るから全力でやって」

「その前に、このまま帰るつもりはありませんか、豪鬼さん」

「はァ? なんでテメエ如きに指図されなきゃならねえんだ、よ!!」

持ち前の筋力でか、無理やりにクレインの制止を振り払う。

そのまま殴りかかってきた豪鬼に、クレインは「そうですか」と一言だけ添えて。

拳が自分に届くよりも早く、手元の棒で豪鬼の顎を突き上げた。

「がっ!?」

「ふっ」

上向いてガラ空きになった腹部にストレートに蹴りを叩き込み、くの字になった豪鬼の頭から棒で殴りつける。

「か、はっ!? ちょ、調子に、乗るんじゃねえ!!」

流石は豪鬼の耐久力。人間とはくらべものにならない頑丈さに目を見張るクレインだが、飛びかかろうとした豪鬼は別の力に弾き飛ばされた。

なんてことはない、リュディのショルダータックルだ。

「ごふっ!?」

「クレインの攻撃じゃあ軽いからな。悪いが、叩き潰す」

吹き飛んだ豪鬼に、腕を鳴らしながらリュディウスは言う。こんな店で大剣を抜くわけにもいかない。そう思考したところで、しかし豪鬼は。

「このガキどもッ……まさかこいつら、クソ!」

と何かに気づいたようで逃げ出した。

それと入れ替わりに、通報か何かを受けたのか街の衛士隊が飛び込んできて。

リュディウスはさっとフードを被り、クレインに応対を任せて外に出た。

と、店を出たところでハルナに声をかけられる。

「実は……豪鬼って大したことない?」

「いや分からない。何かが動いてるのかもしれないな、この辺で」

あまりにも一方的過ぎた。

あれだけでかい態度を取っていたからそこそこやるのだろうと思っていたが、肩透かしを食らったような気分でリュディウスは自身の右手を閉じたり開いたり。

簡単に言えば、この期間でクレイン、リュディウス、ハルナの三人も相当に腕を上げていたのだ。ジャイアントウォールでのパワーレベリングで潜在能力をがっつり上げ、その力に身体が馴染んできたというべきか。

そうでなければ、集めるべき七つの鍵が残り一個にまでなっているはずもない。

「しかし、豪鬼、か」

「どうしたの、リュディ」

「いや。確か、最後の鍵は――」

リュディウスが口にしようとした時、解放されたのかクレインがとぼとぼと店の中から出てきたところだった。

「やばい……この街もう嫌……豪快と乱暴のサラブレッドだよあの人たち……」

「元気良くて楽しいよ?」

「剣の国としての側面はこんなものだ」

「じゃあ二人が話してくれれば良かったのに!」

「あたしは豪鬼と直接やり合ってないし」

「俺は身の上がバレると困る」

「ぐう……!」

恨めしそうにハルナとリュディウスを見上げるクレインだったが、二人がどうあっても取り合うつもりがないと察したのだろう。小さく嘆息して、あきらめたように歩きだした。

「とりあえず王都まで魔列車に乗っていこうと思ってたんだけど、ちょっと聞いてくれる?」

クレインと並んで向かうは魔列車の切符売り場。

無人改札機の横に作られた大規模なその売り場は、まるで某海外レジャー施設のそれであったが、その酷似に気づく者はここにはいない。

「なんでも最近、この辺りというか……王国の南東地域で豪鬼たちの活動が活発になっているみたいなんだ。旧火山に住んでるらしいんだけど」

「ほう? そういえば先ほど言っていたな。旧火山の豪鬼を敵に回す云々と」

「そうそう。あまりに目に余るからって理由で王都から討伐隊を出すらしい……んだけど」

「だけど?」

リュディウスが続きを促すと、クレインは困ったようにハルナを見た。

その意図が分からず彼女は首を傾げ、クレインは観念したように口を開く。

「その討伐隊が、聖竜騎士団だってさ」

「魔狼部隊か?」

「それは分からない。けど、もう旧火山に向けて出発するらしいよ。情報の届いた時間的に、向かっていてもおかしくないって」

「そう、か」

聖竜騎士団は、王国の精鋭部隊だ。いくつもの部門を持ち、狂化魔族を使う魔狼部隊を始めとして他国にも負けない戦力を有している。とはいえ、魔狼部隊が出てくるとなればリュディウスの心中は複雑極まった。

王国民に今のように害をなす魔族は討伐すべきと思う。けれど、彼らを操り敵国や外敵と戦わせるのは違うだろう。

無論それはこの三人での共通見解ではあったにせよ。一番の当事者は、まぎれもない王国の王子、リュディウス・フォッサレナ・グランドガレアその人だ。

考え込んでしまったリュディウスの横で、ハルナがクレインに問いかける。

「旧火山っていうと、鎮めの樹海の?」

「そうだよ、そこのへき地にある死火山のこと」

「だってよ、リュディ」

ハルナの声を受けて顔をあげたリュディウスは、二人に向かって頷いた。

「よし、分かった。俺の知り合いも多いだろうし、旧火山に王都から向かうならおそらく、南東のリバーサイド駅まで軍用列車でやってくるはずだ。王都の前に、その駅で降りて旧火山に向かってみようか」

「ん、分かった。それに、豪鬼っていうと気になることもあるしね」

「ああ、そうだな」

先ほどリュディウスが言い損ねたことだろう。

クレインも気が付いていたようだった。

彼らの旅の目的である七つの鍵。赤の鍵から始まって、これまでいくつもの鍵を集めてきた。これらは魔界地下帝国への入り口の扉を開けるというだけでなく、クラスチェンジの際にも世話になった代物。

特にハルナは"覚悟"を新たにネグリ山廃坑でクラスチェンジしたという思い入れがある。

その、七つ目。最後の、紫の鍵は。

豪鬼族が持っているという話だった。